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魔女とドラゴン

作者: 秋空 夕子
掲載日:2017/08/04

 馬車に揺られながら、オリアーヌはカーテンの隙間から見える外の景色を眺めていた。

 人里離れた山の中では見えるものなど生い茂る木々と雲が浮かんでいる空程度しかなく、指先は退屈まぎれに長い金色の髪を弄んでいる。

(これが人生最初で最後の外出か……)

 そんなことを考えながら自嘲気味に微笑んだ。


 オリアーヌはこの山近くにあるレェジルド国の王女として生まれた。

 本来であれば国中から祝福されるはずだった彼女の誕生は王妃である母の死によって影を落としてしまう。

 さらに翌年には母方の祖父である侯爵が亡くなるとある噂が国中に流れた。

 この不幸はオリアーヌのよってもたらされたものではないかというのだ。

 それがどこから始まったのかはわからない。しかし、その後も起こる不幸の数々に、やはり原因は彼女なのだと周囲は確信し、やがて魔女だと呼ばれるようになったのだという。

 詳しいことはオリアーヌも知らない。だって、物心ついた時にはすでに彼女は災いを呼ぶ魔女として、城の奥深く隠されるように育ったのだから。

 一応、王女としての教育は受けさせてもらったが、華やかな表舞台に立つこともなく、王女としての役目を果たす機会もついぞなかった。

(まあ、それはそうよね。王家には私以外にもご立派な王女様がいるんだから)

 オリアーヌには一人姉がいる。

 名前はジョエンヌ。金色の髪や顔立ちがそっくりだがオリアーヌとは違い、国中から愛される可憐で清らかな王女様だ。

 姉妹でありながらジョエンヌとはこれといった交流がない。記憶にあるのは遠目で見た姿だけだ。

 だが、オリアーヌがこうして城から追い出されたのはジョエンヌにも関係する。彼女が隣国の王子と結婚するにあたり魔女などと呼ばれる妹の存在は邪魔以外の何物でもないというわけだ。

 名目上は山に棲みついたドラゴンを鎮める為の生贄。生まれた時より魂に刻まれた罪をその命で償えと言ったのは彼女の父である王だ。

 その言葉を聞いた瞬間、オリアーヌは笑い出しそうになってしまった。

 本人は為政者として毅然とした態度をとってるつもりだろうが、そんな白々しい言い訳を用意しなくては邪魔者の始末もろくにできない腰抜けっぷりがおかしかった。

(…………でも、一番笑えるのは私ね)

 そんな腰抜けに言われるがまま、逃げることも戦うこともできず、おめおめ殺されにいくのだから。


 ついたのは大きな洞窟だった。ここにドラゴンがいるらしい。

 オリアーヌをここまで運んだ従者たちは彼女を置いてさっさと逃げて行ってしまう。

 一人残されたオリアーヌも自分もどこかに逃げようかと思ったが、すぐにやめた。

 逃げたところで行く当てなどないし、そもそも帰り道がわからない。

 もし仮に、人里へ無事たどり着けたとしてもその後どうすればいいのだろう。ずっと城で軟禁状態だったオリアーヌには自活するのに必要な知識も経験もない。

(どうせ惨めに野垂れ死にするのなら……ええ、いいわ。お望み通り、死んでやる!)

 自暴自棄に動かされる足はひたすら洞窟の奥を目指し進んでいった。

 だがその足は、入口の光が小さく見えなくなりそうなところでぴたりと止まる。

「あ、あ……あ……」

 悲鳴を上げなかったのは奇跡だった。

 そこにはこの洞窟の主が銀色の鱗に包まれた巨体を横たえ、静かに眠ったいたのだ。

 それを見た瞬間、オリアーヌの心に浮かんだのは恐怖だった。死ぬつもりだったのに、死にたくないと本能的に思ったオリアーヌはその感情のまま逃げだそうとしたが、足が竦んで動かない。

 自分の寝床の来訪者に気づいたらしいドラゴンは鼻をピクピク動かし、ゆっくりと目を開ける。

 殺される。

 そう認識したオリアーヌだったが、ドラゴンは彼女を見下ろしたまま何もせず、また瞼を閉じて眠ってしまう。

「……え?」

 今は空腹ではないのか。それともオリアーヌがまずそうに見えたか。どちらにしても彼女にとっては幸運である。

 オリアーヌは音をたてないように洞窟から出た。

(……どうしよう)

 これからのことを考え、オリアーヌは途方に暮れた。一度怖気づくと、やっぱり死ぬのが怖くなってしまう。

 死にたくない。でも、どうしたら生きていけるのかわからない。

 何かないかと辺りを見渡せば、川が見えた。覗き込んでみると魚の姿が見える。

(魚は、食べられるっ!)

 どうせ死んでしまうのだからと、今朝から何も食べさせてもらってない。いい加減我慢の限界だ。

 実際に食べたことはないが、生魚を使った料理があると聞いたことがある。今は贅沢を言える状況ではなく、お腹を満たすことが何よりも重要だ。

 オリアーヌは意を決して川の中に入り、なんとか魚を手づかみしようとするが、うまくいかない。

 それでもなんとか捕まえようと悪戦苦闘しているうちに、足下を滑らせてしまう。

「きゃあっ!!」

 幸い怪我はしなかったものの、服がびしょ濡れになった。

 その後も魚取りに挑戦するも結局一匹も捕まらず、さらに濡れた服のせいで体がすっかり冷えてしまう結果に終わった。

 日が沈む頃、オリアーヌは体を震わせながら草の上に寝転がる。

 硬い地面は寝心地が最悪で、寒さと空腹も相まってとても眠れそうになかったが、しかし暗闇に包まれた森の中でこれ以上の体力の消耗は避けたい。

 最悪な条件の中で、それでも疲労困憊な体は睡眠を必要としているようで、やがて意識を失うように眠りについた。


 それからどのくらいの時間がたっただろう。最初に感じたのは毛布の肌触りだった。

 普段使っている寝台とは比べ物にならない程の粗悪な感触にオリアーヌは眉をひそめる。

 しかし、だんだんと意識が明瞭になっていくに従い、この状況に違和感を覚え始めた。

(どうして、毛布があるのかしら?)

 オリアーヌはゆっくりと目蓋を開く。そこでまず目にしたのは火。それから一人の男。銀色のざんばら髪を眺めていると、不意に目が合った。

「目が覚めたか。気分はどうだ? 何か食べられそうか?」

「あ、あの、ここは?」

「俺が寝泊まりしている山小屋だ。君が草陰で震えているのを見つけて、勝手にここへ連れてきたんだ。すまない」

「そうだったの……ありがとう。助かったわ」

 男から渡されたスープをオリアーヌはごくごくと飲み干す。簡素な味付けのみされたそれは寒さと空腹を訴えていた体に染み渡り、思わず安堵の溜息をついた。

 オリアーヌが落ち着くのを待って男は口を開く。

「朝になったら近くの国まで案内しよう。それまでここで寝ていてくれ」

 本来ならありがたい申し出。しかし、オリアーヌはそれを受けられない。もし自分のことが城の人間にバレたら今度はどんな目に遭わされるかわからないからだ。

「ま、待ってっ!……私、住んでいた所から追い出されたの。だから、戻れなくて……」

「……そうなのか」

 オリアーヌの言葉に男は何か考え込む。

「それなら、暫くの間ここに住んでみないか?」

「え?」

「いや、まあ、ここは元々廃屋だったのを俺が勝手に使ってるから、こんな言い方はおかしいかもしれないが、ベッドは君が使っていいし、食料も俺が用意しよう。だから、どうだろう?」

 それはオリアーヌには願ってもない話だ。しかし、どうしてここまで良くしてくれるのかわからないし、何より気にかかることがある。

「でも、ここってドラゴンが住んでるんじゃ……」

「え、ああ、そのことか……いや、それは大丈夫だ。ここのドラゴンは滅多に人前に出てこないし、好んで人を襲ったりしない。こちらから何もしなければ安心だ」

 男の話はあまりにオリアーヌにとって美味しすぎて何か裏があるのではと勘ぐってしまう。けれど、この提案を拒んだとしてオリアーヌに待っているのは野垂れ死にだ。

「……それじゃあ、お世話になるわね」

 オリアーヌは迷いに迷いながら、男の提案を受けることにした。

「ああ、こちらこそ」

 男の顔が綻ぶ。男は背が高くて体格も良さそうなのに、その表情はなんとなくあどけない印象を受ける。けれどそれが妙に男に合っているものだからオリアーヌは少しおかしくなった。

「そういえば、名前がまだだったわね。私は、オリアーヌ」

「ジクルドという。よろしく、オリアーヌ」




 こうして始まった二人の共同生活。それは予想外に順調であった。


「ねえ、これ見て! 魚が捕まってた!」

 そう言ってジクルドに見せたのはオリアーヌが昨日一人で川に仕掛けておいた罠だ。その中には一匹の大きな魚が入っていた。

「すごいな、大物じゃないか」

「ふふ、そうでしょ」

「ああ、これなら今晩の分は十分だな」

 こうして連れだって歩くのも随分と慣れたもので、ドラゴンもジクルドの言葉通りあれ以来見かけていない。

 当初はジクルドが言っていたように彼が毎日食事の準備をしていたのだが、流石にそれはまずいと感じたオリアーヌが手伝いをかってでた。

 勿論最初は上手くいかなかった。食べられるキノコと食べられないキノコの見分け方、罠の張り方、捕まえた獲物の仕留め方や血抜き方法など、覚えることは沢山あったし、失敗したことも一度や二度ではない。

 しかし、ジクルドは根気よく教えてくれたし、オリアーヌも努力した。

 手には肉刺ができて、服も着てきたドレスはもうボロボロでジクルドがどこからか持ってきてくれた質素な物に変わり、小さな傷が体中そこかしこに出来てしまっている。

 何もしなくても食事が出てきて、身の周りの事は全て他の者がやってくれた城にいた頃とは雲泥の差である落ちぶれた生活。

 けれどオリアーヌはここでの生活を気に入っていた。

 誰かに生かされているのではなく、自分の力で生きている。その実感が彼女に充実感と自信を与えてくれた。

 ジクルドに対する警戒感も、そんな日々に少しづつ薄らいでいった。

「ねえ、今日は私がさばいてみたい」

「その意気はいい……が、この前の猪の肉みたいに食材を無駄にするようなことだけはしないでくれ」

「だ、大丈夫よ! もうあんな失敗はしないから!!」

 つい先日、貴重な肉を丸焦げにしてしまったのは二人にとって苦い記憶である。

 その他の失敗ならそれほど気にしないジクルドも流石にあれには看過できないらしく、心配そうな目でオリアーヌを見つめる。

「お願いだから、俺の指示した通りにやってくれ。くれぐれも勝手なことはしないように……」

「……わかってる。わかってるから」

 自分が悪いとわかっているが、そんなに何度も念を押さなくてもいいだろうとオリアーヌは唇をぎゅっと結ぶ。

 それに気づいたジクルドがオリアーヌの頭を撫でた。

 まるで小さな子供にでもするようなその対応に不満げを覚える。

「でも、こうやって進んで手伝ってくれるのはとても助かってる。本当にありがとう」

「……どういたしまして」

 しかし、現金なもので、たったそれだけの言葉でオリアーヌの機嫌は簡単に直ってしまった。


 それで結局、魚がどうなったかというと……

(……まあ、食べちゃえば形なんて関係ないわよね)

 煮込まれている魚肉は不揃いかつ歪な形をしていて、それを頬張りながらオリアーヌは味付けは悪くないし、と思った。

 しかしそうやって自分を慰めてみても、胸中の不安は消えない。

「ねえ、味、どう?」

 オリアーヌは堪らず問いかける。

 ジクルドは優しく笑いかけ、「とても美味しい」と言ってくれた。

 その言葉に、オリアーヌの胸の鼓動が高まる。

 ジクルドと一緒にいるようになってからこういうことが度々あった。

 魔女として疎まれていたオリアーヌにはこんな風に誰かと過ごすなんて初めての経験であり、故に戸惑うこともあるが、それ以上大切だと思う。

 出来ることなら、ずっと彼の傍にいたい。いつしかそう思うようになっていた。

 けれどきっと、その願いは叶ってはいけないのだろう。

「……ねえ、ジクルド。私がここにきてもう一ヶ月以上経つわよね」

「ん? ああ、そうだな。それがどうかしたか?」

「あのね……私、もう一人でもやっていけると思うの」

「……それは、どういうことだろうか?」

 ジクルドは驚きの表情を浮かべる。けれど、オリアーヌは前から考えていたことだ。

「私は、誰かと一緒にいないほうが良いの。不幸が起きるから」

 ジクルドはオリアーヌに優しくしてくれる。けれどそれは、自分の正体を知らないからだと、オリアーヌは考えていた。

「信じられないかもしれないけど、私はレェジルド国第二王女のオリアーヌなの。聞いたことない? 災いを呼ぶ魔女の話」

 知らぬはずがないだろう。とても有名な話なのだ。

「私が生まれて母が死に、祖父も亡くなった。それだけじゃないわ。飢饉が起きたことも災害が襲ったことも病が流行ったこともある」

 大勢の人間を死に追いやる呪われた存在。それが自分。

「これ以上一緒にいたら、ジクルドにもどんなことが起こるかわからない。流石に命の恩人を死なせるわけにはいかないわ」

 今、自分はちゃんと笑えているだろうか。泣きそうな顔をしていなければいい。

 でももしジクルドに黙っていたことを責められたら、たぶん耐えられない。

 だがジクルドの言葉はオリアーヌが全く予想していなかった物だった。

「……知っていた」

「え?」

「知っていたさ。君のことは、最初から」

 目を見開くオリアーヌにジクルドは苦笑を浮かべる。

「すまない。君が知られたくないことだと思って黙っていたんだ」

「そう、だったの……なら話は早いわ」

 知られていたのは驚いたが、それでもオリアーヌのするべきことは変わらない。むしろ、知っていて受け入れてくれていたのなら、余計に一緒にいるべきではないのだ。

 だが、それをジクルドは拒否する。

「君はまだまだ危なっかしい。一人にするのは不安だ」

「大丈夫よ」

「いや、ダメだ。何かあってからでは遅い」

「平気だってば」

「……オリアーヌ」

 ジクルドはオリアーヌの腕を掴んだ。痛みすら感じるその力強さにオリアーヌは驚きを隠せない。

 彼はいつだって優く、こんな風に扱われたのは初めてだ。

「こればっかりは俺も引けない。頼むから諦めてくれ」

「……どうして?」

 それは純粋な疑問。どうして彼がここまで自分を引き止めるのかが、わからない。

「君と一緒にいたいから、では駄目だろうか?」

「でも、わ、私は……だって……」

 嬉しい。嬉しい。

 オリアーヌの心は確かにそう叫んでいる。でも、それでも、駄目なのだ。

「私は……あなたを死なせたくない」

「大丈夫だ。体の丈夫さには自信がある」

「違う。そうじゃない……そうじゃないの」

 悲痛な顔をするオリアーヌにジクルドは胸の中にある疑問を口にした。

「君は自分のせいで俺が死ぬと言うが、そもそも君には本当に災いを呼ぶ力があるのか?」

「え?」

 オリアーヌは戸惑いがちな視線をジクルドに向ける。彼の言ったことがよくわからなかった。

「まず、王妃はもともと体が丈夫ではない方で、第一王女を産んだ時も随分と難産だったと聞く。そして、そんな王妃は侯爵がお年を召されてからできた子で侯爵はとても可愛がっていた。そんな王妃が死んでしまったのだから、侯爵はショックで憔悴しただけではないだろうか」

「で、でも、それなら、飢饉は? 災害はどう説明するつもり?」

「それだって確かに頻繁に起きていたわけでもないが、全く無かったわけじゃない。どちらもいつの時代にもあるものだ」

 偶然だと、ジクルドはそう告げる。

「でも……そうだ、ドラゴンが国に襲ってきたこともあるのよ! それも偶然だというの?」

 六年前の話だ。ドラゴンは強大な力を持つが知性も非常に高く、国を襲うなんてことは滅多にしない。

 それなのに襲われた。しかもこの時、国の英雄が亡くなったらしい。

「偶然も何も……知らないのか?」

「何を?」

「ドラゴンが国を襲ったのは自分の卵が盗まれ、国に持ち込まれたからだ」

 オリアーヌは目を見開く。そんな話、知らない。

「卵さえ返せばもしかしたらそのまま引き返してくれたかもしれないが、それは王が嫌がった」

「王が……?」

「盗んだ連中は王にドラゴンを倒して手に入れたと偽って卵を売りつけ、さっさと逃げてしまったんだ。ドラゴンの卵なんて滅多に手に入らない貴重品。だから王はドラゴンを追い返すのではなく、ドラゴンを殺すことを選んだ」

「……それで、ドラゴンは倒せたけど、英雄が一人死んだのでしょう?」

「いいや」

 オリアーヌの言葉にジクルドは首を横に振った。

「死んでない」

「え?」

 ジクルドはどんな時にも外さない手袋をゆっくりと引き抜く。そこから見えたものに、オリアーヌは息を呑んだ

「ドラゴンは死ぬ間際、最後の力を振り絞り、自分を殺した人間に呪いをかけたんだ。ドラゴンに変じる呪いをな」

 それは、銀色の鱗に覆われた異形の手。

「ジクルド、貴方……」

「周囲の者はドラゴンになっていく俺を恐れ、国から追い出した。それ以来ずっとここに暮らしてる……こうして人間の姿をとれるようになったのは二年ほど前からで、まだ体の一部はこんな風にドラゴンの名残が消えないんだ」

「もしかして、あの洞窟にいたドラゴンは……」

 あの日以来姿を見せていないドラゴン。

 それは、ずっと洞窟の中にいたのではなく……

「俺だ。今の俺の本来の姿はあちらだから、たまにあの姿になるんだ」

「そう、だったの……」

 もうオリアーヌには、自分が聞いていた話のどこからどこまでが本当のことなのかわからなくなっていた。

 でも今はそれ以上に気になることがある。

「ジクルドはずっと……六年間も一人でいたの?」

「ん? まあ、そうだな」

「……ひどい」

 ジクルドは命がけで国を守った。それなのに、こんな所で一人っきりだったなんて。

「ひどい、ひどいわ。あんまりよ!」

「オリアーヌ?」

「だってそうでしょう! ジクルドは何も悪くないのに!」

 オリアーヌは叫んだ。それは、彼女が初めて抱いた誰かの為の怒りであった。

「あんまりな仕打ちだわ! 私なら絶対ジクルドを一人にしない!」

「え? 本当か?」

「ええ! ずっとジクルドの傍にいる!!」

「そうか!」

 オリアーヌの言葉にジクルドは破顔する。

 その後も憤る彼女をなだめながら、ジクルドの笑みは寝るまで絶えることがなかった。


 自分がとんでもないことを言ったのではとオリアーヌが気づけたのはベッドの中で少し冷静になってからだ。

 自分の台詞を思い出せば顔が熱くなるのでそのことは一旦思考から外し、別のことを考える。

(……起きた災いはただの偶然、か……)

 ジクルドはそう言ってくれたが、オリアーヌはそう思えない。

 だって、幼い頃からずっと言われていたのだ。

 お前の責任なのだと。お前が悪いのだと。

 飢えて死ぬ者がいればそれはオリアーヌのせいになり、大きな火災が起きればそれはオリアーヌのせいになり、経済が不安定になればそれはオリアーヌのせいになった。

 ずっとそうだったから、オリアーヌ自身もそれを疑わなかった。今更それが違うんじゃないかと言われても、簡単には受け入れられないのだ。

(でも、もし、ジクルドの言う通りだったら……それは、どんなに……)




 それから一週間ほど。二人は至って平穏な日々を送っていた。

 日の出と共に起床して、食料を調達したり壊れた道具や山小屋の修繕をしたりしながら過ごし、夜になったら寝る。

 それまでと変わらない普通の毎日だった。しかしその日、狩りに出かけたはずのジクルドが慌てた様子で戻ってきたのだ。

「オリアーヌ、ちょっと来てくれ」

「え、何? どうしたの?」

「説明は後でする」

 そういうと、ジクルドはオリアーヌを横抱きにし、背中から羽を出すとそのまま飛び立った。

 小さく悲鳴をあげるオリアーヌに詫びて、ジクルドはある場所に向かう。

 見えたのは二人の故郷。その地を自国と異国の兵士たちが争っていた。

「これ、は……」

「血の匂いがひどいので様子を見に来たらこうなっていたんだ」

 見たところ、侵攻しているのは隣国だろう。姉が嫁ぐはずの国が何故レェジルド国を襲っているのかオリアーヌにはわからない。

「見る限り戦争が始まってそう時間が経っていないようだ。王族は皆無事だろう。今からでも俺が加勢すれば隣国を追い返せる」

 そう、ドラゴンの身となったジクルドならそれも容易いこと。

 だからオリアーヌが望むなら、ジクルドはこの国を助けようと思った。

 例え、命がけで戦い、守った自分を恐れ排斥した者たちであろうと、彼女が言うなら救おうと。

 ジクルドにとってオリアーヌはそれほど大切な存在である。

 六年にも及ぶ孤独の中ようやく現れたのが彼女。最初に受け入れたのは人恋しさ故であり、正直に言えば誰でもよかった。

 だが今は違う。他の誰でもない、オリアーヌが大切なのだ。

 だから彼女の意思や願いは尊重したいし、そうするべく彼女の言葉を待った。

 じっと蹂躙されていく郷里を見下ろしていたオリアーヌだったが、やがてゆっくりと顔をあげた。

 そこには、微笑みが浮かんでいる。

「ジクルド、ありがとう。ここに連れてきてくれて」

 今までにないほど穏やかな声色。それをジクルドは黙って聞く。

「私ね、不安だったの。本当に私には災いを呼ぶ力がないのか、本当に今までのが偶然だったのか」

「そうか」

「でも、今確信した。私には災いを呼ぶ力なんてないんだわ! だってこの国は、私がいなくても不幸になっている!!」

 レェジルド国が戦争になった時、オリアーヌは国になかった。つまり、彼女が呼んだわけではないのだ。

 オリアーヌの心は、今とても軽い。城にいた時もジクルドと一緒にいる時もいつだって彼女の心のどこかを苛んでいた罪悪感が、初めて消えたのだ。

 そんなオリアーヌを、ジクルドも「よかったな」と言って微笑む。その胸中にはすでに国を守ろうという意思はなかった。

 目の前で大勢の人が苦しみ嘆き死んでいくのを見て幸せそうな顔をするオリアーヌは普通ではないし、一人の少女の笑顔の為に数万人の命を簡単に見捨てるジクルドも、かつて英雄と呼ばれた頃とは程遠い。

 けれど、それで彼女たちを責めるのはお門違いだろう。

 人々が彼女たちを人でない者と呼び扱った結果、そうなった。それだけだ。だったらこれは、人々が自ら望んで招いた結果でもある。

「オリアーヌ、もしかしたら俺達が住んでいる山も巻き込まれるかもしれない。どこか遠くに行こうか」

「いいわね。あ、それなら私、海が見たい。一度でいいから見てみたいって思っていたの」

「わかった。それじゃあ荷物を取りに行こうか」

 広がっていく悲劇も惨劇も、もはやその心にはなく、家族と呼べる者やかつて親交を深めた者の顔も浮かばない。

 戦火が広がる故郷に背を向けて、二人は仲睦まじくこれから先のことを話す。

 嬉しそうに楽しそうに幸せそうに。


 こうして一つの国が滅び、魔女とドラゴンは姿を消した。

 その後のことは誰も知らない。


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― 新着の感想 ―
[良い点]  自分は呪われた運命だと考える王女オリアーヌの描写。魔女と蔑まれて自暴自棄になった故の無謀な選択からの展開、とても面白かったです。  いくつかの布石が置かれた上での、伏線回収が見事でした。…
[一言] まさしく因果応報、ですね。 さて、不幸の元凶をを滅ぼした筈の国では何と言われていたのでしょうね? 死して尚呪いを振り撒く魔女、でしょうか? 責任を負うことを忘れた国が滅びるのは、成るべく…
[良い点] 残酷な祖国との決別 きっと二人は幸せになれたであろう結末 [一言] 存外不幸の子は姉貴だったのかも 妹はスケープゴートにされたのやも んで隣国はそれに感づいて開戦に踏み切ったか あるいは…
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