そろそろ麦や豆、にんにくなんかの種まきの時期だな
さて、あのあと俺はどんぐりのアク取りのために、どんぐりを煮込むついでのタンニンなめしで自分やリーリスの両親の為の毛皮の敷物を作った。
ついでにそのうち産まれるはずの子供のために亜麻を編んで抱っこ紐と葦を編んでベビーベッドもどきを作ってもみた。
もっともリーリスにはそれが何なのか分からなかったようだが。
「あらそれは一体何なんの?」
「子供が産まれたあとに使えるように今から作ってみた、抱きかかえるのを補助する紐と寝かせるための寝台だよ」
「なるほど、たしかにそういう物があれば楽になりそうね」
もちろん子育ては重要だが、食料の確保も同じように大事だ。
そして、果樹は雨が降ってからの収穫では腐ってしまうので、雨が降り始めるちょっと前に収穫するが、麦や豆、にんにくなどの野菜類の種まきの時期はその後の雨が降り出して土が柔らかくなってからになる。
エリコの周りの土地も時折降る雨に濡れることで潤ってくるわけだ。
「さて、その前に牧草を刈り取って土を耕さないとな」
俺はリーリスの家族と一緒に畑にでていた。
夏の間に育っていた背の伸びた乾燥に強い牧草のたぐいを、骨にアスファルトで小さな刃をくっつけた鎌でサクッと刈り取って、冬の間の山羊や羊の餌にするのだな。
山羊の原種は森林の中に住んでいるのだが、家畜化された山羊は視界が遮られる森林のなかはあまり好まないらしい。
なのでまあ、麦や豆、にんにくなどの野菜を植え始めたらなるべく山羊などの餌は干し草で済ませるようにするわけさ。
まあ、クローバーなんかは街中でも通年で生い茂るからそこまで家畜の餌の不足が深刻になることもないけどな。
そして雨が降って土が柔らかくなったら石鍬で地面を掘り返して種を蒔いていく。
「よっと、しかし石鍬だと大変だなぁ」
この時代には牛はまだ家畜化されていないので、牛にプラウを引かせるなんてことは当然できないし、木鍬に比べても石鍬のほうが刃が厚いから効率は良くないのだな。
「まあ、適当に種をばらまくよりは掘り返して埋めたほうがいいからねぇ」
リーリスのお母さんがそういう。
「まあ、それはそうですよね。
鳥なんかに食べられたり風で吹き飛ばされたりするでしょうし」
野生の麦などを採取していた頃は、あくまでも自分たちの住んでる街に近いところにそのまま掘り返したりせずに適当に種をまくと言うだけだったらしいが、いつ頃からか誰かが土を掘り返してタネを埋めればより芽が出やすいということを考えだしたらしい。
まあ、そのおかげで土を掘り返すという重労働をしないといけなくなるわけではあるんだが、これによって地面に種をただばらまくよりも麦や豆、やにんにくなどの芽が出てくる可能性はぐんと上がった。
一つの家族が狩猟生活で必要な食料を得るために必要な土地の広さが1000ヘクタールに対し、農耕と牧畜を平行して行うと、一つの家族が必要な食料を得るために必要な土地は10ヘクタールで済むようになり、少ない面積の土地で多い数の人間を養うことで、出来るうようになったが、農耕を行うための手間はどんどん増えてゆくことで、常に労働をしないといけなくなってしまうわけだ。
人間が労働という苦行を一生しなくてはならなくなったのはこのせいなわけで、あんまり良いことではなかったのかもしれないと思わなくもない。
また麦は乾燥していて割りと冷涼な環境でも育つため、土壌が痩せたりしてあまり取れなくなると、人々は麦を持ってその他の土地へと農耕を広げていった。
最初はナトゥフ文化の起こったヨルダン川の流域からユーフラテス川に広まり、チグリス川流域にも広まるとまずメソポタミアで麦の栽培が盛んになり、そこからエジプトやヨーロッパ、インドや中国の黄河流域まで広まってユーラシア大陸でもっとも広く栽培される穀物となったんだな。
まあ、東アジアでは粟や稲が、北アメリカではトウモロコシが、南アメリカではキヌアやアマランサスが、サハラ以南のアフリカではシコクビエやソルガムがおなじ頃に栽培されるようになっているので、動きの遅い大型哺乳類の絶滅により人類はいずれ農耕をしなければならない運命だったのかもしれないけどな。




