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たぶん9千5百年くらい前の古代オリエントのエリコに転移したけど意外とのんびり暮らしてる件  作者: 水源


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秋は豊穣の季節、しかしそれだけに危険も多い

 さて、夏の乾季にはほとんど雨の降らないエリコも秋になると少しずつ雨が降り出してくる。


 そしてその前の時期になるとリンゴや葡萄の実がなるわけだ。


 この時期はエリコの壁の外へ集団で出ていき、そういった果実やドングリ、ナッツなどをかごに入れて収穫する。


 収穫をしている最中やしたあとの帰りの途中、肉食の獣や他の村の人間などが襲いかかってくるような不測の事態に対処するために弓矢を持った男が犬も連れて一緒に行動する。


 俺も収穫組に加わって、街からカゴを持って出て果樹やドングリ、ナッツの採取にエリコから林に入るのだが皆の表情はやや暗い。


 マリアは本当に困ったようにいった。


「うーん、こまったわね。

 今年は暖かすぎて林檎は駄目みたいね」


 林檎は年平均気温が10℃前後の寒い地域に適した果実でエリコが寒かった頃には冬の主な果実だったらしい。


 しかし、林檎が赤く色づくには、秋の低温が必要であるのだが、ここ最近は暖かくなってるので林檎が美味くは実らないのだそうだ。


「まあ、葡萄はそこそこよく実がついたみたいですし。

 こちらを取って帰りましょう」


 マリアの言う言葉に俺は頷く。


「ああ、そうしようか」


 葡萄は麦と同じくらいの温度で育つので、麦とは相性がいい。


 もっとも林檎のほうが手軽に腹を満たせるという点では助かるんだがな。


「いちじくも今年はよく育っていますね」


 マリアの言葉に他の村人が答える。


「ええ、助かりますね」


 実際の所、林檎は寒帯の、葡萄は温帯の、いちじくは亜熱帯の植物なので、どれかが美味く育たない可能性は高かったりするのは仕方ない。


 実際ガラリア湖以北のゴラン高原辺りだと冬は雪も積もるのでりんごが美味しい場所だったりするしな。


 俺達が集団でしかも弓矢を持った人間や犬を護衛として一緒に果樹等の採集に来てるの、は今で言うイスラエルの辺りのムンハタやヨルダンのベイダの集落の人間と争いになる可能性があるからだな。


 一応、お互いに入っていい領域は決まってるのだが、そう簡単には行かないのだ。


 氷河期が終わり一度暖かくなった後人間はオークのドングリやピスタチオなどの採取により、この土地へ定住し集落を作るようになった。


 しかし、ヤンガードリアスの寒の戻りによって、オークのドングリなどが取れなくなったことで人々は食料を巡って闘いを始めた。


 現在では暖かくなっているわけだからもう争わなくても良いはずなのだが、ヨルダン川流域の穀物や果樹の豊富な場所以外の場所では豊かな生活を送っているとは言い難いというのもある


 また他の集落との間でも寒冷化した時期の何千年にも渡る食料や土地などをめぐる争いなどもあり、そういった遺恨はいまだに残ってるわけだな。


 同時期の日本は縄文時代だが日本では大規模な穀物栽培はまだ行われておらず、土器による煮炊きによる食料の幅が広がったことと、豊富な森林資源と暖流による寒冷化の影響の少なさも有ってこの時期はほとんど争いは起こっていなかったはずなんだ。


「できれば、他の村の襲撃とかないといいんだがな」


 俺はそうつぶやくとマリアがそれを聞きとがめたようだ。


「そうですね、それに越したことはないのですが」


 俺達は可能な限りまとまって果樹やドングリやナッツの採集を行っている。


 ある程度時間が経てばそれぞれのかごは葡萄やいちじくやオークのドングリやピスタチオなどのナッツで一杯になる。


「では、皆さん帰りましょう」


「はい」


 弓矢を携えた護衛の人間が緊張の色を見せた。


 犬は今のところ何かに吠え立てたりすることはない。


 そして何らかの襲撃を警戒しつつ街までは無事に戻れた。


「はあ、何もなくてよかったな」


 集団を率いたマリアもホッとしたようだ。


「はい、何事もなくて良かったです。


 そして街に到着すれば皆それぞれの家に戻っていく。


 ちなみに今日俺が主にとってきたのはオークのドングリといちじくだな。


「只今戻ったよ」


 家に入って中に声をかけるとリーリスが奥から出てきた。


「おかえりなさい」


 俺はリーリスにいちじくを手渡した。


「ほれ、とりあえずいちじくでも食べてくれ」


 リーリスは受け取ると皮を手でむいて食べ始めた。


「うん、美味しい」


 日本だとマイナーなフルーツだがいちじくは意外とビタミンやミネラル、食物繊維やポリフェノールも多い。


 ただ干してドライフルーツにしないと、すぐに痛むんだけどな。


 葡萄も常温保存してもすぐ傷むから果実の中ではやはり林檎が一番保存しやすいのだが、まあ仕方ない。


「あ、オークのドングリだけど、俺にアク抜きをやらせてくれるかい」


「え、いいけど大変よ」


「ああ、そのあたりはわかってるつもりさ」


 日本ではドングリは土器で煮ることでアク抜きをしたが、このあたりでは殻を割って中身をすりつぶして粉にしたあと袋に包んで水に晒すことでやっとアク抜きをすることが出来る。


 小麦が主な食べ物になってくるとアク抜きが面倒なドングリはあまり食べられなくなってくる訳でもあるのだが、ドングリの灰汁は革の鞣しにつかえるからな。


 まずは土器に水と殻付きのドングリを入れて煮て虫を殺しつつアク抜きをする。


 当然煮ていくうちにお湯が茶色になっていく。


 煮えたドングリをお湯から上げて石のハンマーを使って割り、カラと薄皮をはがす。


 そして、その中身をもう一度煮る。


 で、小川で洗ったガゼルの皮をドングリのアクを煮出した茶色い液に漬け込む。


 空気に触れてしまうとカビるので皮に石を載せて重しにして、そして毎日1回、棒でかき混ぜて皮にタンニンをよく染み込ませる。


 それを一週間ほど続ければ皮のタンニンなめしが出来上がる。


 タンニンなめしのいいところは脳漿鞣しだと毛が傷んでしまうので、その方法ではできない毛皮をつけたままの鞣しが出来るところだ。


 後は脳漿鞣しと同じように伸ばしたまま乾燥させれば革のタンニン鞣しが出来上がる。


 脳漿鞣しだとうまく染み込まなくてなめせてなかったりすることもあるが、タンニンなめしはそういった失敗も少ないしな。


「リーリス、ガゼルの毛皮をなめして腐らないようにしたんで、寝る時の敷物に使ってくれ。

 これからは寒くなるんだろ?」


 リーリスは嬉しそうに受け取ってくれた。


「ありがとう、嬉しいわ」


 リーリスは嬉しそうに受け取ると早速寝室へ持っていってそれを敷いて寝てみたようだ。


「温かいし柔らかいし、いいわね、これ」


「うん、満足してもらえたなら俺も嬉しいよ」


 これでおなかの中の赤ん坊が流産する可能性が減ればいいな。


 寒さは妊婦の大敵だし。

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