家の掃除はちゃんとやろうぜ、家には先祖も眠ってるんだから
さて、驚いたことにこの時代のこの地域には片付けとか掃除という概念があまりない。
各家庭から出るゴミを捨てる特定のゴミ捨て場などはなく、生ゴミは家畜の餌にしたり、家畜が食えないようなその他のゴミは空き家になった住居の中などにまとめて投げ込んで捨てられている。
排泄物は、街の周りの環濠にそのままするか、穴をほって埋めるだけでトイレというものもなかったりする。
尻を拭くのは砂を使う。
「うーん、なんか割と適当なんだな」
俺の言葉にリーリスが首を傾げた。
「何が適当なの?
「いや、ゴミとか物の片付けとかさ」
「そうかしら?」
リーリスは首を傾げてるがものが割りと投げっぱなしになってるのだよな。
しかも、エリコではこういう状態が普通らしい、マリアの家は客人を迎える場所だったから割りと綺麗にしてあったんだが。
どうも、彼らとは掃除とか整頓とかそのあたりの考え方が違うらしい。
そもそも高温な季節は乾燥していて、低温な季節には湿っているという環境では生ゴミもあまり腐ったりせず、基本的に野菜くずなどは家の中にある家畜小屋で飼っている山羊や羊、骨などは犬などの食料ともなるのでそこまで酷い事にはならないのか。
いままでは土器もなかったから容器が壊れることも少なかったのかもしれないし、そもそも収納棚や箪笥のような収納家具というのもないしな。
基本的にいろいろな道具は床に置かれているか天井から吊り下げられたフックにひっかけてあるだけだ。
洗濯も小川で衣服を濡らした後、石に叩きつけたり流れに浸すだけで後は屋根から吊るすだけだな。
「まあとりあえず、もうちっと片付けようか」
「はあーい」
いろいろな物が部屋のどまんなかにあるとちょっと邪魔だしな。
といっても石臼とか運ぶのは大変だけど。
そして俺達はリーリスの実家の先祖の魂に安息と守護を願う祈りの儀式に向かった。
「ご先祖様、どうか我が家族に繁栄と守護を」
「繁栄と守護を」
エリコの住居は、同時に先祖の墓地でもあった。
先祖代々の遺体は家の中に専用に用意された日本で言う仏間のような専用の部屋の穴蔵に埋葬され、それを定期的に儀式を執りおこないつつ家を守ってもらうというのが普通らしい。
先祖の霊は家そのものに宿って守護し、やがて赤子となって戻ってくるとエリコでは考えられていた。
なので儀式のときにはその穴蔵に対し水やパンなどのを供え、祈りをとなえて魂の安息と家の守護を願うのだな。
ちょっと21世紀の人間としては家の中に先祖の遺体が埋まってるというのは考え難いかもしれないが、実家に仏間が有った俺にはまあまだ理解できなくもない。
流石に日本の仏間には先祖の遺体は埋まっていたりはしないけど、先祖の霊はいると思われてるからな。
まあ最近では仏間どころか仏壇のない家のほうが多いかもしれないけど。
後には家庭内で先祖を祀るための専用の祭壇を設け本格的に儀式を行うようになったらしいな。
家そのものが墓地と言うのは21世紀に生きる人間としては違和感があるが、もともと人間が洞窟に住んでいた時も、その遺体が獣などに食べられないように死んだものは住んでいる洞窟の中に埋められていて、住んでいる場所に死んだものを埋めるというのは石器時代では珍しくはなかったようだ。
死んだものの遺体が獣に食べられるとその魂は戻ってこれないと考えているのだろう。
まあ、俺がリーリスと一緒に住んでる家は新しく建てたばかりなのでまだ何も埋まってないけど。
「いやいや、新築でよかった」
「そう?いざという時ご先祖様が守ってくれる方がいいと思うのだけど」
「でも俺はよそ者だしなぁ」
「大丈夫よ、別に他所から来たからって気にしないもの」
「そうしてくれないと困るよなぁ」
そしてしばらくして俺はリーリスの妊娠を告げられた。
「喜んで、私子どもができたの」
「ああ、それは嬉しいな。
生まれてくる子どものためにも
色々必要なものを考えていこうか」
リーリスは強く頷いた。
「ええ、私達の赤ちゃん。
生まれるのが楽しみだわ」
出産はだいたい春先くらいになるかな。
それまでに色々用意しておかないとな。