この時代におけるパンはふっくらしてるわけではないので改良しようか、ついでにビール作りを試してみよう
さて、この時代の窯で焼かれているパンと言うのは21世紀のいわゆる食パンやロールパンのようなふっくらしたものではない。
ドネルケバブの肉や刻みキャベツを包むのに使われるピタパンや南米のトルティーヤに近い、薄くて硬めの白い平たいもので、小麦粉や大麦、豆や団栗などを石皿と石棒で粉にして水と塩を混ぜて伸ばして粘土板に乗せて窯で焼いたものや、同じ材料を固めて固く焼き上げた乾パンやビスケットのようなものだ。
この地域では土器が使われるようになるのは遅いが、パンを焼く時にパンの生地をのせるための粘土を平たくして焼いた粘土版は結構古くから用いられているらしいのだな。
まあ21世紀ではピタパンもイーストを加えて膨らませて中空にして中に色々入れて食べるんだが、こうしたパンを使って何かを包んで食べるという方法は東に伝わって中国の餃子や焼売、春巻などの麺料理のもとにもなったようだ。
「まあでもやっぱ小麦を粉にして焼いて食べるとうまいよな」
俺が言うとリーリスは頷く。
「そうね、小麦を作れるようにしてくれたご先祖様と大地の女神様に感謝しないと」
そんなことを言いながら俺達は朝食を取っている。
薄いパンにバターを塗って、塩と粉にしたクミンを振って焼いた肉をのせて丸めて食べるとかなりうまいぞ。
ちなみに麦を粥として食べる時は石を削って作った石鍋や動物の胃に麦や豆を水で満たして煮てたべる。
大麦は小麦と違ってグルテンが含まれていないし、食感も大粒でぼそぼそしているので、味的には余り好まれないのだけどな。
さて、その大麦だが水に浸しておくと発芽してしまう。
その発芽した大麦を日にさらして乾燥すると、やわらかくて香ばしくなり粥としても甘くて食べやすいものになる。
「そろそろ発芽した大麦も粥にして食べたら美味しそうね」
「あ、それちょっと俺に使わせてくれないか?」
「え、何に使うの?」
「麦酒を作ろうと思うんだよ」
リーリスは首を傾げている。
「葡萄酒なら絞り汁を革袋に入れてほおってけば作れるけど、麦を酒に出来るなんて聞いたことがないけど大丈夫なの?」
「まあ、多分だけどな」
さて、ビールを作る場合麦汁を発酵させなければならない。
だが麦や稲などの穀物類はワインに使うブドウの絞り汁からつくる果実酒とは違って、そのままでは発酵しない。
これは穀物はデンプンであって果糖のような小さな糖ではないからだな。
しかし発芽した大麦には内部変化が起こり、デンプンを分解する酵素であるアミラーゼができて、芽の成長を助けるための栄養となる。
発芽した大麦であれば甘くて食べやすくなるのもこれが理由だ。
そして発芽した大麦を乾燥させた麦芽がビールの主な原料になるのだ。
で、アミラーゼを含んだ麦芽を粉にして練り固めると、様々な酵素や細菌の働きで発酵し、練り固めておいたものはその中に二酸化炭素のガスを含んで中空ができてふっくらとしたパンになったりする。
タイミングを見極めないと腐るけど。
そして麦芽の粥は二酸化炭素の泡を発生させながらアルコール分を含む甘い汁になる。
これが古代のビールだ。
これもほおっておくと酢になるし、ビールというより麦で作った泡の出る甘酒に近いんだけどな。
防腐剤としてのホップも入っていないので苦くはない。
ただ今まではそれをつくるための大きな液体を入れられる容器がなかった
ワインも革袋の中で発酵させたりしたから相当貴重な飲み物だったわけだ。
まあまずはやってみよう。
大麦を発芽させて乾燥させた麦芽と一粒小麦と野生の小麦の交配種であるエンメルコムギを石皿ですりつぶして粉にする。
「この粉にするための手間が大変なんだよなぁ」
俺の独り言にリーリスが頷く。
今の製粉はすりごまをつくるように石の皿に載せた穀物を石の棒で更に押し付けて粉にするのだがこれは手間もかかるし力もいるのでとても大変なのだ。
この辺りでの定住の理由の1つに樫の団栗を粉にして水で晒すためにかかる手間と時間が長すぎるので定住せざるを得なかったという理由も含まれているくらいらしいぞ。
これの改良を進めたのがまず、サドルカーンと呼ばれるもの。
大きな板状の「下石」と、下石の幅に合わせて左右が少し長めの長さの棒状の「上棒」が一対でセットになっていて、下石の平たい面上に少量の穀物を載せ、上棒の両端を持って前後に動かして穀物を挽き潰す。
これは古代エジプトやメソポタミアでも使われていて21世紀でもインドやアフリカ、南米などでは使っているらしい。
「そうね、もう少し楽な方法があればいいのだけど」
「じゃあ今よりは楽になるものを作ってみようか」
「そんなものが作れるの?」
「まあ、多分、だけどな」
俺は久々にようつべを見たりして2枚の石の円板を重ねて、上の円板を回転させるロータリーカーンと呼ばれる回転式の石臼を作ることにした。
「しかし石器だけだと作るのも大変だな」
大きな柔らかめの石をそれより硬い石のハンマーで角をとったり砥石で削ったりして丸めていき、中心や穀物をいれるための穴もまあなんとか作って回転させるため木の取っ手もつけた。
「さて、うまく行ってくれよ」
大麦を上の円板の穴に入れたら取っ手を持ってぐりぐりと上の円板を回す。
なんとかうまく行って麦は粉になってくれた。
「大変は大変だが、前よりは随分楽だな」
リーリスが俺の様子を見て言った。
「私もやってみていいかしら?」
「ああ、いいぜ。
やってみてくれ」
リーリスが見よう見まねで挽臼を廻してみる。
「あら、本当にだいぶ楽ね」
「そうだろ」
「これも村長に教えてあげたほうがいいわよ」
「そうだな、村のみんなの生活が楽になるなら、それに越したことはないもんな」
なんせ回転式の挽臼は機械的な製粉方法が確立されるまで現役だったのだ。
まあ、家畜を使ったり水車を使って回すようにはなっていくのだけどな。
さて大麦麦芽と小麦を混ぜて粉にして塩を混ぜて、温かいところで軽く発酵させればちょっとふっくらとした現代的なパンができるし、それを砕いて湯で溶きナツメヤシの絞り汁なども加えて糖度を上げて、壺で自然発酵させたら、古代のビールの出来上がりだ。
「ん、ドロドロしてるけど甘くてうまいな」
リーリスも飲んでみたが結構美味しそうだぞ。
「本当、大麦と小麦の粉でお酒が出来るなんて面白いわね」
「だろ」
俺はその後マリアにビールと回転式の石臼の作り方を教えたぞ。




