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よく見てみれば――火星

 ひろしはもう何日も火星の象徴、軍神アレスについて考えごとをつづけていた。しかし、何日たっても納得できる理屈や感覚を得ることができないでいた。

 破壊と狂乱の神アレス。オリンポス十二神にさえあげられているのだから、それなりの武勇伝があってもいいはずなのだが、そういう挿話は見当たらない。むしろ無様な目に遭った話ばかりが残されている。

 悩んだすえ、滉は考えることをやめて、普段の生活にヒントがないものかと、観察してみることにした。

 迷子だった子猫、いまは彼の同居人になった猫のアフロが、まず観察の対象となった。

 自由奔放な振る舞い、悪戯を悪戯だと思わぬ傍若無人さは、確かに破壊力抜群だった。でもそれが狂乱ゆえとは思えなかった。アフロはアフロなりに、虫の居所が悪かったり、何かに強い好奇心を刺激されているとしか見えないのだ。

 意地悪なことだと気づいてはいたが、安閑とくつろいでいるアフロを驚かせようと、急にフローリングの床を叩いて、彼を驚かせたこともあった。だが、皆目ヒントらしきものは見つからなかった。いや、あったといえばあった。床を打ったとき、アフロが毛を逆立てて驚いたあとに見せた、まあるく開いた目。だがその恐怖も一瞬で消えてしまうのだった。

「アレスめ、なかなか正体を見せないな……」

 そんなことを呟きながら、恐怖など存在しなかったようにうっとりと寝入っているアフロを、ぼんやり眺めたりしていた。

 そんなとき滉の心奥では「邪魔してやりたい」と囁いているような気がしたのだが……。

 観察はつづいた。さちとの日々のメールも研究の素材にされる始末だった。

 意味もなく顔文字の使いかたが変だと難癖をつけてみたり、わざわざ倖の嫌がることを書き送ったりした。

 だが、滉の作戦を見抜けない倖ではなかった。

「また神話に夢中なんでしょ。その手には乗りませんからね!」

 と愛想のないショートメールを返信されただけだった。

 しかも見破られたことがバレたとなると、

「ごめんね! Chu☆」

 といった軽薄な謝りのメールを送ったりする滉なのである。

「くそ、アレスも手ごわいが倖はもっと手ごわいぞ!」

 思わず携帯を投げつけたくなる衝動を感じもしたが、思いとどまるのだった。

 アフロという同居人ができて、家計が逼迫していることを熟知していただけに、機種変更にかかる費用を忘れるほど冷静さを失うこともなかったのだ。

 街へ出ても観察はつづいた。

「野球かァ」

 市営グランドに金属バットの立てる甲高い音が響いていた。雲一つない青空に白球が弧を描いて飛んでゆく。声援や野次があちこちから聞こえる。どの選手の顔にも真剣な眼差しが輝いていた。

 九回裏、二死満塁。ここで一発が出れば、攻撃側はサヨナラ勝利だ。緊張の場面といえた。

 セットポジションに入ったピッチャーの額に汗が光っている。視線をふり向けると、足元を気にしていたバッターの動きがぴたりと止まっている。

 金網を握る滉の手にも力が入っていた。

 鈍い音――バントだ!

 内野手がボールに走り寄り、キャッチャーに返球される。三塁ランナーはベースに滑り込もうとしている。

 アウトか! セーフか! 審判の判定が割れた。

 監督やコーチがベンチから走り出て抗議がはじまった。彼らを囲むように選手達も集まってくる。そして大乱闘がはじまった。

「アレス見つけたり!」

 滉は満足して喧騒の球場を背にした。

 どうりで、普段の生活では見つからなかったわけだ。

 見えない神アレスの姿は、彼の手にも痕跡を残していた。

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