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紫電一閃――太陽

 ひろしは毎日のように、天窓の隙間からさしこむ日射しで目を覚ます。だから、夏と冬とでは布団から起きだす時間が違う。

 気休め程度に万年床を整えながら、滉は微睡まどろんだままふと思った。

 なんで冬は日が短いんだ、地球の地軸が傾いてるから?

「まあいいや、とりあえず珈琲でも飲もう」

 滉がおくる一日のはじまりは、大体こんな感じではじまる。

 朝の思索というよりも考えごとは彼の趣味である。

「太陽神アポローン、自由と若々しさ溢れる美青年。芸術、音楽、詩、健康、陽気、進取の精神、それに加えて医術と疫病の神。でもって竪琴が得意……」

 どうやら、朝からぼやける近眼を酷使して、本を開いているようだ。

「そしてなによりも、予言の神ね。ていうか仕事かかえすぎだろアポローン。で、両親は誰なの? ――父は大神ゼウス、母はレトですか。レトはオリンポスの神々の中では、最も柔和で慎ましやか。夜の女神ですか。夜という母から太陽が生まれた。光と闇は一体っていう思想の表れなんだろうねェ。夜の神レトにゼウスの雷がびかびかーってなって、太陽誕生、そんなところかな。このびかびかーっていう好機がないと、生まれないというところがきっと味噌だね」

 考えごとはつづく……。滉は必死にない頭を絞って、朝一番に湧いた疑問、日照時間の謎について、かつて学校で習ったことを思い出そうとしていた。

「日照時間の差は太陽神アポローンが、勇躍として黄金の馬車を進めだしたとか、今日は体調が悪いとかいって遅刻しているわけじゃあないだろう。彼はつねに決まった時間に出発し、決まった時間に仕事を終えているはずだ……。というよりも太陽を中心に考えてみれば、アポローンはまったく動いていない、不動だよね。つまり、仕事をしているというのは大嘘で、彼は何もしていないということか。サボってるのね。ならまあ忙しくても何とかなりそうね。移動中の馬車で仕事とか、過労で倒れるでしょ。――というか地軸じゃなかったっけ。地球の地軸が傾いていて、そのうえ公転している位置や緯度経度の影響もあって、確かそんなだったような……。ああそういえば、ギリシャ時代はまだ地球を中心に天体が動いているという、天動説で考えてるのかなァ。であれば、アポローンが馬車に乗ってというのは納得いくよね」

 支離滅裂である。だが滉を笑ってはいけない。人間の思考などというものは、得てしてこんな塩梅である。なかには理路整然と順序立てて思考する人もいるのかもしれない。しかし大体において、人の思考というものは、ある瞬間に突然関係のないことを思いだしてみたり、どうしてその話が急にというように脈絡のない思考が現れるのではないだろうか。

 それが結構面白かったりする。

 しっかりやることをやって外出したはずなのに、突如、道端で、

「あれ、あたしストーブ消してきたかしら?」

 などと、とんでもない発想が起こる。

 閃きとでもいえばいいか。しかし、この閃きは意外と有用である。

「ともあれ、太陽ってのは凄いね。いわば何でも屋、テラフリーダム。――だってさァ……」

 そういって滉は、本棚に並べられている背表紙を右から左に眺め、

「これ直射日光浴びると色褪せるんだよね。最近はあまり気にしなくなったけど、ずっと放置しといたら、背表紙全部まっ白になるだろ」

 とつぶやいた。

 万年床愛好家という無精者なくせに、つまらないところに神経質な面があるようだ。

 取りとめもなく背表紙を眺めていると、ある日友人から聞いた言葉が彼の脳裏に蘇ってきた。

「あたしが太陽を描くとまっ白になるの……」

 ――滉曰く、今なんか俺の中で光った!? ということらしい。

 それまで彼の中では、太陽といえば赤というイメージが強かった。日の丸の印象ゆえかもしれない、子どもたちの描く太陽も、大体が真っ赤であるという記憶のせいかもしれない。だが、それからというもの、太陽を眺めては、

「ほんとだ、白い……しかもいつでも純白なのね」

 と友人のものを見る目に感動したのである。

 ――滉曰く、今なんか俺の中が痺れたァ! ということらしい。

 早朝の光は青であったり、夕暮れの日射しは橙に感じるものだが、太陽それ自体は確かに純白なのである。ありのままにものを見るとは、なかなか難しいものである。

「太陽自身はいつも真っ白、その光線を浴びた背表紙はいつか色褪せて真っ白になる。すべてを純白にする太陽。すべては一つだといってるみたいだよね」

 ――滉の閃きである。痺れの理由に気づいたということらしい。

「だとすればアポローンがいろいろできる神だったり、太陽が古代からあらゆる国々の神話で信仰の対象にされてきたことは、肯けるよね」

 最近、神話の底流には人間の無意識の思いがあるということを知った滉は、満足そうな顔で窓を開けて太陽を眺めた。そして、遅い起床時間など気にもとめない呑気さで、

「みんなァ、おはようー!」

 と、まぶしい太陽に挨拶したのだった。

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