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ルアウダ 一

 錬太郎は銀の銃をシージオに返した。壊れ物でも扱うような丁寧な返し方であった。錬太郎がシージオに銀の銃を返したのは、自分が持っていても恐ろしいだけだからである。拳銃を持つということ自体が、日本人である錬太郎にはいまいち当たり前ではないというのもある。それこそ圧倒的に特別な武器である。あまり持っていたいと思っていない。そして、特別に危ないものだという認識の上に、先ほど自分が引き金を引いたことで生み出された、未曾有の惨状がある。補強されて、おそらくほかの建物よりもはるかに強かっただろう研究所の側面部が、豆腐だとかプリンだとかがえぐれるような勢いで、壊れてしまったのだ。その事実が恐れを余計に強くしている。そういう気持ちが沸いているものだから、自分が持っておこうとは思わなかった。こんな危険なものは別の誰かに管理してもらったほうが心が安らぐ。

 錬太郎から拳銃を受け取ったシージオは二人に向けてこういった。

「とりあえず外に出よう。ちょっとばかり出入り口の規模がでかくなっただけのことだ」

少し大きな声を出していた。そしてできるだけはきはきとした言い回しで、つい先ほどあったことはなかったことにしようというのが、察せられる。シージオにとっても錬太郎が見せた銀の拳銃の威力というのは思ってもいないほど大きかったのである。そして自分が思っているよりもはるかに大きな損害を出してしまったということにも、内心冷や汗をかいている。当然だけれどもこの惨状を引き出す原因というのはシージオにある。錬太郎にももちろんあるが、比重はシージオに多くある。というのはどこかで何かの追求が行われることになるだろう。そういうもろもろの面倒くさいことを考えると、なかったこととして、それこそ知らん振りをしてやろうという気持ちがわいているのだ。

 続けていった。

「二人とも特に行く場所がないというのなら、警察署へいこう。おそらく保護してもらえるはずだ。私はどうなるかはわからないがね」

真面目な表情をして言っているように錬太郎には見えていた。見えていたというようなあいまいな言い方になったのは、シージオの頭というか全体がライオンのような動物になっているため、表情がいまいちわからないのだ。目をきりっとさせて声をはっきりとした調子で発してはいるけれど、二足歩行するライオンが腕を組んでいるようにしか見えないので、いまいちわからない。

 そして三人は、超能力技術研究所から脱出した。三人ともずいぶん早足だった。イオニス少年は怪物たちから逃れることができるという安心のため、足が速くなる。シージオは警察官という職業に立っているため、保護しなくてはならない人たちのために動こうという気持ちが八割。そして少しだけ失敗してしまったことをごまかそうということが頭に二割。錬太郎は、国立機関の建物を使い物にならないくらい破壊してしまったことに対する後ろめたさ十割である。非常に危機的な状況であったのだから、見逃してもらえるだろうという考え事態はあるが、あるとしても胸を張って出て行けるような気持ちになるというのは難しいことであった。



 研究所から出てきた三人は目を疑っていた。イオニス少年は目をこすり、シージオは眉間にしわを寄せて物をよく見ようと試みていた。錬太郎は口を半開きにして、まったく目の前の光景というのが理解できないようであった。三人とも目の前に現れた光景というのがあまりにもひどいものだったのだ。一言で言えば地獄であった。研究所の外、天を突くほど大きなビルが作る大都市のいたるところから爆音が聞こえてくる。そして、怪物たちが共食いを行っている姿というのも、いたるところで発見できた。イオニス少年は自分が五時間ほど前に見た光景とあまりにも違っていることに驚き、シージオは自分が守らなくてはならなかったものが奪われてしまったことを受け止め切れていなかった。錬太郎は自分がいったいどこにいるのかがいよいよわからなくなり、混乱してしまっていた。二人と圧倒的に違っていたのは、地獄が目の前にあるということ以上に見たことがない超高層ビルの群れが存在しているということであった。見上げるのがつらくなるほど高いビルなどというのを錬太郎は見たことがなかった。三人とも、現実離れした光景の前に声を失ったのだ。

 しかしいつまでもこのままではいられなかった三人は外に出てまず車を探した。イオニス少年はできるだけ錬太郎から離れずついていった。そして錬太郎とシージオはできるだけ鍵が刺さったままの車を探していた。三人が鍵の刺さった車を探しているのは、足が必要だからである。三人が今いる超能力技術研究所というのは警察署からかなりはなれたところにある。そのため歩いてい警察署に向かうというのは難しい。非常に時間がかかるのだ。そのためシージオが二人にこういった。「車を探そう。後で返せばいいだろう」

イオニス少年は大丈夫なのかという顔をしていたが、錬太郎はしょうがないだろうなという顔でうなずいていた。

 シージオは駐車場で、車を見て回っていた。これは非常に怪しい光景だった。二足歩行するライオンが車上荒らしの真似事をやっているのだ。やることは車自体を盗むのだから、車上どころではないが。シージオが駐車場の車を探っていたのは、とめてある車が非常に多いということと、車がたくさんあるということは油断しているものももしかしたらいるかもしれないという考えがあったからだ。下手な鉄砲でもたくさん撃てば当たるという発想である。

 いくつか調べた後、シージオが

「これだ」

といった。やっと仕事が終わったぞというほっとした感じであった。そこそこ大きな声を出したのは、一緒に駐車場を探している錬太郎とイオニス少年に終わりを教えるためである。車を探し始めて十分ほどしてくると、人の車を持っていくという罪悪感よりも、なんとしてもこの面倒な仕事を終わらせるのだという必死さが生まれていた。そいつがにじんでいたのだ。そのため見つけたときにはやってやったぞというような満足感が出る。もちろんほめられたことではない。

 車には鍵が刺さっていた。鍵が刺さっていた車は大きくて高級感が漂っていた。錬太郎だとかシージオのように体が大きいものがそばに立っても少しも小さく見えない。

 錬太郎が

「大丈夫なんですか?」

といって聞いた。錬太郎の声は先ほどと同じようなことをやるのは勘弁してもらいたいし、もしも何かしらの面倒ごとが起きて金銭の問題になったとしてもまったく手助けできないぞというような気持ちがこもっていた。先ほどの自分の失敗というか、運の悪い事故をいまだに引きずっていた。そしてどうにもお金の問題が頭をよぎってしまい、高級感の漂い車を持っていって後になって何を言われても困るぞという気持ちがわいてしまうのだ。

 シージオは

「かまわない」

といった。たぶん大丈夫だろうという感じであった。シージオはそこそこの法律の知識というのが頭にある。そのため現在シージオ、錬太郎、イオニス少年が置かれているような状況であったときには、無茶をほんの少し下としても許されると知っていた。もしも訴えられたとしても、うまく切り抜けられるだろうと考えていたのだ。そして、もうひとつ理由がある。というのが、おそらくこの車の運転手のみならず、巨大な国立機関の駐車場にとまってある車の持ち主というのはほとんど生きていないだろうという予感があったのだ。持ち主がいなくなっているのならば、訴えられる心配などひとつもない。

 シージオが運転席に乗り込んだ。シージオは体を少し曲げながら、頭をぶつけないようにして慎重な動きだった。シージオの体というのは二メートルを超えている。そのため普通に車に乗り込もうとするとどうしても頭が車のフレームにぶつかるのだ。積極的にぶつかっていくストロングな生き方をしている人間というのもいるだろうが、シージオは痛いのは勘弁してもらいたいと思うタイプの人間であった。そういうわけで思いのほか慎重な動きで乗り込んだのだ。

 次に錬太郎が助手席に乗り込んだ。錬太郎もまた、シージオと同じような丁寧な動きだった。錬太郎もまた普通の人よりも身長が高いものだから、車の高さと自分の頭の高さを見ながら動いていく癖のようなものがあるのだ。何せ頭の高さと出入り口の高さというのをよく確認せずに動いているといろいろなところでぶつかってしまうのだ。ぶつかって気持ちいいと思えないタイプであるものだから、そうするのが錬太郎の当たり前になっている。助手席に乗り込んだのは、周りの状況を把握しやすいからである。そしてシージオというのをいまいちまだ信用していないところがある。そのため助手席に乗っている。もしものときには、自分がやるという気持ちがある。

 最後に、イオニス少年が後部座席に乗り込んだ。一生懸命に体を動かして、やっと乗り込むという感じであった。イオニス少年というのは二人よりもはるかに身長が低い。そのため社交の高い車に乗っていこうとするとどうしてもがんばらなくてはならない。錬太郎だとかシージオにとってはちょっとした段差でしかないのだけれども、イオニス少年にとってはいい障害物である。それにリュックサックを背負っているというのが会って、重心が後ろに下がりやすい。身長が足りないのにくわえて重心が乱れているのも手伝って、一大事になっていた。

 全員車に乗り込むと、シージオが車を発進させた。シージオの運転というのはライオンのはずなのに非常に丁寧だった。三人が移動することができる足を手に入れたのならば、いつまでも危険な場所にとどまっている理由はない。車を探しているときには、たまたま怪物に襲われることがなかったけれどもいつ襲われてもおかしくないのだ。

 三人は警察署に向けて移動した。警察署に向かえば、ほかの建物にいるよりはずっと、安全であるはず。シージオにはそのような考えがあった。またイオニス少年も同じである。しかし錬太郎の場合は二人とは少し違っていた。安全というのもほしかったが、情報というのも同じくらいにほしかった。錬太郎にはまだわからないことが多すぎた。超能力、怪物、そして見たことのない建物だとか車のようなもの。このようなものたちをどうやって理解していけばいいのかがわからない。情報が少なすぎた。かといって問い詰めるというのもできない。ならばいったん安全を手に入れて、そこから考えていけばいい。何にしても安全が必要だったのだ。

 



 シージオはどんどん車を先に進めていった。駐車場のときからずっと運転は丁寧だった。車がほとんど走っていないのにもかかわらず、交通ルールをいちいち守っていた。シージオがどんどん車を進めていけるのは、シージオが警察署への道というのをよく心得ているからである。土地勘というのがある人間というのは、いちいちどこに何があるのかなどというのを考えながら進まない。そのため、初めての道を歩く人たちよりもずっとすばやく目的地に到達することができる。

 その間にシージオは錬太郎とイオニス少年に質問をした。大分気を使っているようだった。

「君たちはどうして超能力技術研究所に? あんなところに用事があるものなんて研究者くらいのものだ」

なぜ研究所のような場所に言ったのだといって、責めているわけではない。話題を振ることで会話しようとしたのだけれどもよくよく考えてみると話題というのがない。小さな子供の扱いに慣れた警察官というのもいるのはいる。しかし残念なことにシージオというのはそういう話題を持っていなかった。子供に人気があるゲームだとかアニメというのを思い浮かべてみるが、どうにも五年か、十年近くずれている。また、錬太郎に話しかけるにしても、またこの年代の子供というのにどういう話を振っていいのかいまいちわからなかった。結果、責めるような質問に、警察官がやるような質問をしてしまうことになった。

 イオニス少年が答えた。少しおびえているようだった。しかし自分がしてきたことをはっきりと伝えようとする意思がはっきりとあった。頭の中で話をする内容をまとめてから、口に出していた。

「お父さんとお母さんを迎えにきていたんです。二人とも研究者だから」

イオニス少年というのが何か悪いことをしていたのかというとまったくない。そのため責められるいわれというのはない。しかしシージオというのがいかにも大人だったのがまずかった。そして警察官の口調で話しかけるものだから、よくわからない圧力をかもし出すことになってしまっている。その両方がきいてしまって、おびえさせることになった。

 シージオはうなずいた。無視されなくてよかった。返事が返ってきてよかったという安心感が、全身から漂っていた。シージオも自分の外見が怪物そのものになっているのに気がついているし、口調がきつめなのにも気がついている。ライオンが二本足で立ち、しかも警察官のような口調で話しかけてくる。恐ろしい限りだ。そのためもしかしたら嫌われてしまっているかもしれないというのが頭にあったのである。

 二人から微妙な空気が発せられているときに錬太郎は答えた。できるだけはきはきした調子で、ぜんぜん気にしていませんけどねというような元気をこめていた。

「俺は、さっぱりわかりません。気がついたら超能力技術研究所にいました。本当にそれだけですね。ほかの事はさっぱりわからない」

錬太郎が正直に答えたのは、嘘を伝える意味がまったくないからである。そして、はきはきとした調子で話をしたのは、自分がここで落ち込んでいますよという声の調子で話をしたら、間違いなく空気がおかしなことになるだろうと予想したからである。シージオが無理に話題を振って空気を変えようとしたのも、イオニス少年が少しおびえているのにも気がついていた。当然だが、黙っておくわけにもいかず、かといって嘘をつくわけにもいかないわけで、錬太郎は元気ですよというアピールをすることになった。

 錬太郎がそういうと、シージオは苦い顔をした。イオニス少年に自分の話を聞かせたときと同じような顔だった。つまりまずいことをしてしまったという顔である。シージオはすぐに錬太郎の境遇というのに思い当たったのである。何せ、自分というのがその被害を受けてしまっているのだから。シージオというのはもともと錬太郎だとかイオニス少年と同じような人間の姿かたちをしていた。しかしそれが、研究所でよくわからないまねをされて、そして今のようなライオンヘッドの怪物にされてしまっている。このような姿に変えることができる技術を持っているものたちが、記憶を奪うとか、操るということができないわけがない。となれば、あの研究所にいたという錬太郎が、目に見えないところをいじられた被害者であるというのは、すぐに思い浮かぶ。そうなってきて、どうしてあの場所にいたなどと話をしてしまったのだから、相手の心をむやみに傷つけたと思うのも仕方がない。

 シージオはこういった。ひどく落ち込んだ声であった。ネコ科動物が体を震わせるようにして頭を振って見せた。

 シージオが頭を振るときらきらと銀色の粒が舞った。

「もしかしたら、私と同じなのかもしれないな」

 錬太郎は何も言わなかった。なんとなく、その可能性というのに思い当たっていたのだ。どうしてあの場所にいたのか、どうしてこれほどまでに変わっている世界のことを覚えていないのか。超能力技術研究所などという研究機関にいたということと、つながらない記憶というのを考えていると、やはりどうしてもシージオと同じような目にあったのだろうなというのが予想できた。思い当たったからこそ、どうにも対応することができなかった。まさか、そんな目にあうなどとは思ってもいなかったし、そもそも記憶を奪われているとしてもどうしたらいいのかわからなかった。

 重苦しい空気が車内に流れた。泥のような重たさがあった。三人の胸のうちに自分の失敗を感ずる気持ちというのが沸き起こり、お互いがお互いを思うからこそ、口が開けなくなっていた。話題が重たすぎるのと、これからのことを考えるとどうにも暗くならずにはいられなかった。

 シージオがこういった。よどんだ空気を断ち切る力強さがあった。

「心配しないでいい。落ち着いて探せば、何であっても見つかるさ。イオニス君のご両親も、錬太郎の記憶も」

理由は特にない。研究所がとんでもないことになっているということ自体がそもそもいいことではないとシージオにはわかっている。目に見えないところにも怪物がうごめいているだろうというのも予想がついている。しかし、それでも楽天的であった。絶望していてもいいことがないというそれだけの理由で、前向きな言葉をはいたのである。

 そういって、シージオはどんどん車を先に進めていった。落ち込みたいことばかりはあるけれども、落ち込むのは後でよかった。三人はまだ安全な場所にはいない。まだ怪物たちがどこにいるかもわからないのだ。ならばまず、安全を確保できるだろう場所に向かいたかった。暗くなるのはいろいろと試した後でいい。試してだめだったのなら、落ち込んで、また何か思いつくことをやればいいのだ。

 錬太郎は窓の外を眺めていた。ぼんやりとではなく目をしっかりと開いて、できるだけ注意深くいろいろなものを見逃さないようにという意思があった。錬太郎の目の前に見えるものというのがあまりにも見慣れないものたちばかりだったのである。天をつくほど高いビル。それが数え切れないほど立っている町。大都市である。これほどの大都市というのは錬太郎の記憶ではどこにもなかった。何せ、錬太郎の記憶にあった建物で一番高いものでもせいぜい七百メートル。しかしここにある建物というのはそれをはるかに超えているものばかりだ。さっぱりわからないことばかりで、何とかして情報がほしかった。

 天をつく建物たちの中に特に目を引く建物があった。ほかの建物たちよりも頭一つか、二つ分大きな塔だった。まったく何のために立てられたのかというのは理解できないほどの大きさであった。ふしぎがっている錬太郎にイオニス少年が教えてくれた。

「あれは、分割塔だよ。一キロメートルをこえる高さがあるんだ。小学校で先生が言ってたよ」

 また、遠くには、何かよくわからない建物まである。滑走路のようだった。しかし様子が少しおかしい。どうにもスキージャンプの滑走路のように空に向けて反り返っていた。


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