超能力と怪物と少年 三
二人が話をしていると更衣室の扉ががたがたゆれた。更衣室の扉はしっかりと鍵が閉められている。そのため外側から誰かが入ってこようとしても入ってくることはできない。ガタガタと揺らしているのは誰かが更衣室に入ってこようとしているからだ。
異変が起きるとすぐに錬太郎が構えた。今まで悩んでいた錬太郎はもういない。戦うのだといって心を切り替えていた。もしかすると怪物ではないかもしれない。しかしもしかしたら怪物であるかもしれない。そのため錬太郎はどちらであってもいいように心を切り替えたのだ。
更衣室の扉が開かれた。鍵が壊されて、乱暴に扉が開かれた。どうやらなんとしても更衣室に入ってきたかったのだ。
怪物になった白衣を着た男が、更衣室に入ってきた。頭の部分が草食動物のようになってしまっている。錬太郎の背後に隠れているイオニス少年に視線を集中させていた。ほかの怪物たちと同じように、イオニス少年を狙っているのだ。
錬太郎はこの怪物になった白衣を着た男に覚えがあった。完全に怪物になっていたけれども、忘れもしない錬太郎をごみのように捨てた名前も知らない何者かである。
錬太郎はすぐに攻撃を仕掛けた。右足を使った踏み抜くようなけりである。まったく会話の余地などないのは、錬太郎がすでにこの怪物との出会いから理解していた。相手が自分にした所業をよく覚えているためまったく会話を試みるだとか、意思があるとかないとかにかかわらず攻撃を仕掛けたのである。
錬太郎のけりが、怪物になった研究者の腹部に突き刺さった。問答無用にけりだされた踏みつけるような蹴りは腹部に刺さり、衝撃を全身に伝えていた。よけることも防ぐこともできなかったのは、錬太郎の攻撃選択までの時間が非常に短かったからだ。完全に先手を取った形である。
怪物になった研究者は、よろよろと後ろに下がっていった。打ち込まれた腹を押さえて、よだれをたらして苦しんでいた。
そして壁にもたれかかり、うなるばかりになった。二日酔いに苦しんでいるようにもみえた。錬太郎の一撃というのは非常に重く、即死させるということはないがまともに動けなくするには十分な威力があった。
錬太郎は、イオニス少年に
「行くぞ」
といった。今回はうまく言ったけれども、次もうまくいくとは限らないのだ。さっさと安全なところにいきたかった。
イオニス少年は錬太郎の手をとった。錬太郎と離れないため、そして安心のためだ。錬太郎がそばにいさえすれば、この地獄を潜り抜けられるような安心感をイオニス少年は感じていた。
そして廊下をライトで照らした。自分の仕事は道を照らすことと、案内することだとはっきりと理解していた。
二人は暗い研究フロアを駆け抜けていった。イオニス少年の記憶に従って、そして錬太郎が時々出会う怪物を蹴り飛ばして、あっという間に進んでいく。道がわかっているのと、道をふさいでいる怪物たちをなぎ払える力があったため、暗黒の研究フロアも恐ろしくなかった。
そしてイオニス少年の案内で、管理室にたどり着いた。二人は階段を上り、怪物をよけて時々打ち倒しながら、目的地にたどり着いた。イオニス少年の案内も、錬太郎の力もうまくかみ合った結果である。
管理室の扉は閉まっていた。更衣室の扉よりもずっと頑丈そうな扉が、しっかりと侵入者を防いでいる。管理室というのはとても大切な部屋だ。当然侵入者を許すわけには行かない。研究所であるということも重なって、頑丈であることはほめられることであった。
イオニス少年はこういった。
「僕の力じゃ、ここをあけられなかったんだ。どうしたらいいかわからなくてもがいていたら、怪物に見つかって。逃げてたら錬太郎にあったんだ」
イオニス少年の話を聞いた錬太郎は速やかに扉を蹴り飛ばした。怪物たちを踏み潰すときのような力強い攻撃だった。少しだけ違っているのは錬太郎の二つの目に光が宿っていたということである。彼の目には夕焼けのような光が宿っていた。扉にけりを放ったのは、もしかしたら扉を打ちぬけるかもしれないという予感があったからだ。なんとなくだが、錬太郎は自分にはできるのではないかという自信があった。しかし鉄の壁、それもかなり頑丈なものを抜けるかどうかというのは怪しいところだ。しかし試してみるくらいは問題なかった。
扉はばたんといって倒れた。あっけなかった。思いのほかあっけなく扉は壊れてしまった。扉を止めていた金具が、ねじりきれているようだった。扉自体は硬く出来上がっていたようだが、それを止めている建物、そして金具自体が錬太郎の攻撃に耐え切れなかったのだ。
イオニス少年が、錬太郎をほめた。
「すげー」
それはそのはず、金属が変形するほどの力を発揮したのだ。常人の脚力ではない。
二人は管理室に入っていった。恐る恐るという様子だった。もしかしたら内側に怪物がいる可能性もある。そして、人間がいるかもしれないが、入り方が問題になって攻撃される可能性もある。そのため少しだけ緊張していた。
中には誰もいなかった。がらんとしていて、数時間前には人がいたのだろうという証拠として、コーヒーカップが机の上に三つおかれてあった。
錬太郎がイオニス少年にきいた。
「どこに、ブレーカーがある? 教えてくれ」
錬太郎はまったく何がどこにあるのかというのがわからなかった。そのためもしかしたら知っているかもしれないイオニス少年に聞いたのだ。
イオニス少年がライトの光を当てて錬太郎に教えた。そしてこういった。
「あれだよ。たぶんね。違ったらまた探そう」
錬太郎はさっさとブレーカーに近づいていった。そしてブレーカーを上げた。
同時に、電力が復旧した。電気が流れてきたのか研究フロアーの電灯が動き出す音が聞こえてくる。錬太郎が上げたブレーカーは正しかったのだ。
どこからかわからないが、何か重たいものが開く音が聞こえてきた。重たいものがかみ合って動く音だった。エンジンのようなものがうなる音も同時に聞こえてきた。電力が復旧したことで機械たちもいつもどおりに動くようになったのだ。
錬太郎は身構えた。もしかすると電力を復旧させることで変化が起きるかもしれないと考えたのだ。
しかし何も起こらなかった。考えすぎだった。
イオニス少年が錬太郎を呼んだ。
「ちょっと持ち上げて」
イオニス少年は両手を上げていた。錬太郎に体を持ち上げてほしいというアピールである。
錬太郎は聞いた。
「何がしたいんだ?」持ち上げること自体はまったく問題がない。しかし、どうして持ち上げなくてはならないのかというのがわからなかったのだ。まさか、この怪物がうごめいている危険な場所で、遊んでほしいということではないだろう。
イオニス少年は答えた。
「エレベーターが動いているか確認したいんだ。そこのモニターを見せてもらえる?」
錬太郎にはさっぱり何が書いてあるのかわからないモニターというのがある。錬太郎ほどの身長があればらくらく見ることができるが、イオニス少年にはできない。身長が低いためである。そのため、イオニス少年は錬太郎に持ち上げてもらうことを選んだのだ。身長が低いと大人用のいすに座るのも一苦労である。
錬太郎はイオニス少年を両手で抱えた。わきの下に手を入れるようなやり方で持ち上げた。そして、モニターの前にあるイスにイオニス少年を持ち上げた。
イオニス少年は表示板を見た。じっと見つめていた。エレベーターが動いているかどうか問い運を確認しているのだ。しかし始めてみるモニターのためどこに何があるのかというのを確認する必要があった。
錬太郎はさっぱり何もしなかった。モニターの文字がさっぱりわからなかったからだ。わかることは、電力が復旧しているということと、復旧しても物理的に壊れてしまったためにどうにもならなくなっている箇所がいくつもあるということ。そして管理室にあるモニターが思いのほか広い範囲を表示しているということである。建物全体が恐ろしく広かったのだ。左にも右にも、そして上にも下にも。
イオニス少年はこういった。
「大丈夫みたいだね。エレベーターはしっかりと動いているよ。さぁ、脱出しよう」
二人は管理室から出て行った。
研究所に光が満ちた。電灯は光を放って人気のないフロアーを照らしている。照らしているフロアーというのはきれいなところと汚いところで分かれてしまっていた。ピカピカ光るほど磨かれた床もあれば、赤黒く汚れているところもある。光がともったことで隠されていたものが見えるようになったのである。
光が満ちたけれども二人の歩みというのは非常にゆっくりだった。できるだけ音を立てないようにして歩いていた。光がともったことで怪物たちの姿がはっきりと見えるようになったのである。今までは暗闇であったためはっきりとどこに何がいるのかというのがわからなかった。しかし、わかるようになって二人は自分たちがよほど危ないところにいたのだということがわかった。いたるところに怪物がうごめいていた。しかも共食いまでやっている。音を立てて、寄ってこられたら非常に困る。錬太郎の力だけでは乗り切れないほどの数があった。
しかし二人は何とかエレベーターまでたどり着いた。光がともったことで錬太郎たちの姿もはっきりと見えるようにはなった。しかしそれは怪物たちにとっても同じであった。錬太郎たちを襲うものもいたが、それよりもお互いに戦いあい、つぶしあうように動いていたそのため少しの力で錬太郎たちはエレベーターまで移動することができたのである。
錬太郎はエレベーターのボタンを押した。
イオニス少年が錬太郎に注意を促した。
「エレベーターが来る音につられて、怪物たちが集まるかもしれない」
エレベーターの動き出す音というのが思いのほかうるさかったのだ。もしか知るとこの音につられて、よってくるものがいるかもしれない。それを注意したのだ。
錬太郎はすぐにあたりを見渡した。油断していたわけではない。しかし心配するに越したことはなかった。
錬太郎の背後ではエレベーターが降りてくる音が聞こえていた。エレベーターはしっかりと動くようだった。
そして、エレベーターの到着を示すチャイムが鳴った。
周囲に、怪物たちの姿はなかった。怪物たちはどうやら錬太郎たちには興味がないらしかった。
錬太郎とイオニス少年はほっとした。これでようやく脱出できるようになる。
錬太郎はエレベーターの扉が開くのを待った。
エレベーターの扉が開いた。乗り降りのためである。
錬太郎は速やかに戦いの姿勢をとった。もしかしたらと思っていたが、もしかしたらというのがあたってしまったのだ。
エレベーターの中には怪物が二体乗っていた。怪物たちは赤黒く汚れているエレベーターというのをまったく気にしていなかった。また、怪物たちの着ている衣服というのが汚れているが、それもまた気にしていなかった。怪物はどちらも同じような肉食動物のような頭をしていて、そして鋭いつめを持っていた。
錬太郎はあっという間に怪物たちをエレベーターの外にたたき出した。相手が攻撃を仕掛けてくる前に、赤黒く汚れている衣服をつかみ、そのまま外に引っ張り出した。戦う必要はないのだ。何せ、エレベーターに乗ってしまえば、それで済むのだから。
そしてイオニス少年の手を引いて、エレベーターに乗り込んだ。怪物たちは何がおきたのかさっぱりわかっていないようだった。勢いよく外に引っ張り出されたためバランスを崩しふらついていた。その間に錬太郎はイオニス少年の手を引いて、脱出を図った。
錬太郎はそのままの勢いで、エレベーターの一番を押して扉を閉めるボタンを押した。二体の怪物が立ち上がってくるのを待つ必要はない。逃げることだけが大切だった。
エレベーターから投げ飛ばされた怪物たちが立ち上がろうとしていた。錬太郎とイオニス少年を狙っているようだった。どちらも目が血走っている。
しかし扉が閉まった。扉が閉まるほうが、追いかけてくるものよりもすばやかったのだ。
錬太郎はやっと一息つけた。これで脱出できる。そして危険のない場所に移動できると。
イオニス少年が錬太郎の手を握ってきいてきた。
「いまのどうやったの?」
怪物であったということはイオニス少年にはわかっていた。しかし錬太郎があっという間に何かを引っ張り出して、投げ飛ばしたことしかわからなかったのだ。それが不思議だった。
錬太郎は答えた。
「柔道かな? 力任せに投げただけだけど」
錬太郎の友人早房ツバメの練習に付き合わされてほんの少しだけ錬太郎も柔道の技が使えるのだ。しかしそのきれというのは友人に及ぶものではない。




