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救済者と始まりの被害者 四


 展望台に向かう道で、池淵頼子が錬太郎に聞いた。

「進路調査票さ、どうしたの? もう、決めた?」

池淵頼子はすがるような目を錬太郎に向けていた。その声もずいぶん弱弱しかった。錬太郎の変化というのに気がついてしまったのだ。錬太郎の中にあった、どうしたらいいのかわからないという迷いが見えなくなっていた。まったくきれいにないのだ。自分が置いていかれてしまったのではないか。独りぼっちになっているのではないかという、恐れを池淵頼子は感じ始めていた。その恐れを、どうにか振り払いたかった。

 池淵頼子の質問に、錬太郎は

「決めました」

と答えた。はっきりとした声だった。力がこもっていて、気持ちがいいくらいである。錬太郎は頼子がどのような質問を飛ばしてくるのか、というのも予想がついていたが、まったく問題なかった。今の錬太郎ならば、問題がない。馬鹿な理由でも胸を張って答えることができる勇気があるから。

 池淵頼子は震えながら質問をした。

「何で、その道を選んだの?」

意地の悪い笑みが浮かんでいた。かといって悪いやつだというような印象を受けることはない。独りぼっちになって震えている小さな子供のようにしか見えないのである。池淵頼子が錬太郎にこのような質問をしたのは、錬太郎の心があの時と前回と、変わっていないでほしいという祈りがあったからである。あのときの、自分と同じように弱い錬太郎であってくれたのなら、迷っている錬太郎であってくれたらいいのにという祈りがあった。

 錬太郎ははっきりと目を見て答えた。

「俺が行くと決めたからです」

迷いのない言葉だった。誰が自分の前に現れようとも、同じように答えるだろうという力があった。もう、錬太郎には自分の道を恥ずかしがる気持ちはなかった。だからまっすぐに答えたのである。これが偽らない錬太郎の答えだった。

 錬太郎の答えを聞いた池淵頼子は震えていた。うつむいてしまって、顔は見えない。声も出さずに泣いていたのだ。一人きりになってしまったことを自覚してしまって寂しくなっていたのである。しかし、錬太郎に泣き顔を見せるわけにはいかなかった。なぜならこの涙というのは池淵頼子が弱くて泣いている涙なのだから。錬太郎には見せられなかった。

 錬太郎は、池淵頼子の手をとった。両手に分けていた荷物を片手で持って、空いているほうの手で、池淵頼子の空いている手を握ったのである。手をつないだのだ。このままだと夕焼けを見ることができないからである。

 そしてこういった。

「いきましょう。本当に日が暮れます」




 二人は展望台のベンチに座っていた。錬太郎はここまで手をつないで池淵頼子を連れてきた。ベンチに池淵頼子が先に座り、錬太郎が後に続いて座った。ベンチの余っているところに、二人の荷物をおいた。

 二人が到着したときには、夕焼けに町が染まっていた。太陽が町を夕焼けで染め上げていた。町を一面夕焼けで染めるのが太陽の決まった役割なのである。しかし、毎日見事な夕焼けを作ったとしてもこの景色を見るものというのは少ない。しかし誰もが見てくれるわけではないとわかっていても、決まったことであるから真面目に行っているのである。

 太陽の作る光景を眺めながら、池淵頼子が錬太郎にこういった。

「きれいだよね」

 錬太郎が答えた。

「はい。二度と見れないと思っていましたからよけいに」

 池淵頼子がうなずいた。

 そして池淵頼子が聞いてきた。

「やっぱり、夢じゃなかったね。ねぇ、錬太郎君。私のこと、うらんでる?」

 錬太郎が答えた。

「いいえ」

 池淵頼子が言った。

「やさしいんだ」

少し責めるような調子が合った。いっそのことうらんでいるといってくれたほうが、寂しい思いをしなくて済んだのにという逆恨みに近い感情である。



 夕焼けが沈むというときだった。錬太郎の電話が鳴った。着信音から錬太郎の姉、晶子からの着信であるというのがわかった。

 池淵頼子に目で確認を取った。彼女と話をしているのだから、確認を取らなくてはならない。

 池淵頼子はうなずいた。自分の用事というのは急ぐものではないからである。

 許可を得た錬太郎が、電話を取った。

 電話は姉からだった。確認の電話である。錬太郎の姉、晶子は錬太郎が自分の後輩をつれてきてくれるだろうと思っていた。少なくとも朝の錬太郎の様子を見ていると、間違いないと思えていた。そこで連絡をしてきたのは、せかすためではない。自分の後輩が自分の家に来るということで準備を進めるためである。呼んだのだから、もてなす準備というのが必要だった。そのためのの確認であった。

 姉はこういった。

「いけぶっちゃんのことサンキューね。万年ちゃんと姫ちゃんからメールが来てたよ。

 でもあんたどうしたの本当に。朝から変だったし。万年ちゃんが人が変わったみたいだったって心配してたよ」

 錬太郎は答えた。

「気のせいじゃない? それで、どうしたの?」

 姉はこういった。

「うん、いつごろ帰ってくるかなって思ってね。今どこよ?」

 錬太郎は答えた。

「展望台」

 姉がこういった。

「なるほど。ならあと一時間くらいかな。しっかりエスコートしてあげてね」。

 電話の向こうにいる姉に錬太郎はこういった。

「あぁ、連れて行くよ」

 錬太郎は電話をきった。


 

 電話の間に、池淵頼子は胸をさらけ出していた。ブラウスのボタンをはずして、自分の胸を見えるようにしてしまっていた。池淵頼子は自分のみに起きている現象というのを錬太郎に確認してもらいたかったのである。そして確認してもらったうえで、自分のやろうとしていることを見守ってもらおうとしていた。

 胸をさらけ出している池淵頼子はこういった。

「やっぱりだめだったみたい。私の胸に潜んだ悪魔は、消えなかった」

 電話を切った錬太郎は池淵頼子の胸に銀のふくらみがあるのを見た。

 銀の主要を見つけた錬太郎の眉間にしわが寄った。錬太郎の目に怒りの光が宿っていた。池淵頼子の胸にあるものというのが池淵頼子を悲しませている原因でいあると錬太郎は見抜いたのである。そして彼女が何を思っているのかということに察しがついた。それが余計に腹立たしかった。

 怒りに震える錬太郎を見て池淵頼子がこういった。

「ごめんなさい。気がついたときにはもうどうすることもできなくて、目が覚めたら、こんなことになっていて、どうしたらいいかわからなくて、それで、一生懸命考えて、やっぱり死ぬことに決めたんだ。私が死ねば、あんなこと起こらないはずだから。

 今度こそ失敗しないようにする。最後に会えてよかった」

 決意を語った池淵頼子はかばんから、果物ナイフを取り出した。果物ナイフはどこでも変えるような安いナイフであった。彼女はこのナイフで自分の命を終わらせるつもりなのだ。そうすれば、あの恐ろしい光景を作り上げなくて済むと考えていた。錬太郎の前で行うのは、錬太郎ならばもしも失敗したときに手を下してくれると信じているからである。

 池淵頼子がこういった。

「私が失敗したら、お願いね」

 ナイフを構えるるところで錬太郎は、池淵頼子の手を握った。錬太郎の手は簡単に池淵頼子の手を包んでしまった。錬太郎はまったく池淵頼子を死なせるつもりがないのである。

 錬太郎に止められた池淵頼子がこういった。

「だめだよ、邪魔しないで」

本気で死ぬつもりであった。自分があらゆる破壊行為の原因になっていると信じていた。あのようなことが起こるくらいなら死ぬ。そう決意を固めていた。

 本気で死のうとする池淵頼子のナイフを錬太郎が弾き飛ばした。錬太郎の腕力を使えば、貧弱な女子学生の腕力などあっという間に無力にすることができた。握り締めている指を解いていって、ナイフをどこかに投げ捨ててしまった。

 無力化したところで錬太郎はこういった。

「俺はあなたを連れて行くといった!」

力をこめた声だった。目の前の池淵頼子の胸にある銀の腫瘍をどうにかする技術というのに錬太郎は思い当たっていた。そのため、彼女をこのまま死なせるなどという道は選べなかった。

 意を決した錬太郎は頼子の胸の銀の腫瘍に手を触れた。錬太郎の大きな手のひらが、彼女の胸に重なった。そして錬太郎は

「魂を食う感覚」

を引き出していた。かつて、どこかの世界で錬太郎が使いこなした力のひとつである。念力が使えた以上、この力もまた錬太郎には使える技だった。

 力を使おうとする錬太郎の瞳の奥に光が宿る。夕焼けのような光が残像を描く。

 錬太郎に押さえ込まれた池淵頼子がうなった。

「あっ!」

錬太郎の触れている胸が熱くなったのである。そして、自分の内側に絡み付いていた邪悪な存在というのが、消えていくのを感じ取っていた。この奇妙な感覚の痛みが声になって現れたのである。

 池淵頼子の胸の奥にあった銀の腫瘍を殺したところで錬太郎が手を離した。ずいぶんとゆっくりとした動きである。胸に触っていたいと思ったのではない。能力を使ったことで体力を非常に消耗したのである。その消耗のため、腕を動かすのが億劫になったのである。

 池淵頼子の胸には錬太郎に指のあとがついていた。しかしもう、何もなかった。銀の腫瘍は失われていた。錬太郎の力が、見事池淵頼子の胸に潜んでいた悪魔を取り除いたのであった。

 池淵頼子が呆然としているところで錬太郎は右目を抑えた。激しい痛みと、熱を感じたのである。そして思わず、手を触れた。

 そしてうなった。獣のような唸り声だった。錬太郎の右目というのがあまりにも熱くなり、そして痛みが走ったために声を上げるのを耐えられなかったのだ。



 錬太郎の異変に気がついた池淵頼子が錬太郎の肩に触れた。ずいぶん心配しているようだった。自分の胸元が開いているというのもまったく気にしていない。錬太郎が自分を助けるために何か無茶をやったというのがすぐにわかったのである。そして錬太郎の身を案じた。超能力を使えば使うほど、命を削るというのが彼女にとっては当たり前だったのだ。錬太郎が超能力を使ったのならば、また命が削られてしまうというように考えるのは当然であった。

 そしておろおろとした。どうしたらいいのかわからないらしく錬太郎の体をさすったり、声をかけたりしていた。まったくわからないのである。こういうときにどうしたらいいのかがわからない。それで、彼女はできることだけをやっていた。

 五分ほどしてから錬太郎は池淵頼子にこういった。

「大丈夫です。大丈夫。少しだけ痛みがあっただけです」

まだ痛みに耐えているようだった。しかしどちらかというと痛みよりは恥ずかしさというのが上回っていた。もちろん体の調子というのはよろしくない。万全ではない。しかしそれよりも自分の体に密着している池淵頼子のほうが困ったものになっていた。つまり見た目の問題である。胸元がはだけている女性というのが密着しているというのがどうにも胸がどきどきとしてたまらなかったのだ。

 顔を真っ赤にしている錬太郎はこういった。

「服を着てください。もう、死ななくていいでしょ。後、荷物も」

痛みに耐えているというところもあるが、恥ずかしさがだんだんと上回っていた。はっきりと伝えれば、乱れた服装というのを池淵頼子が直してくれるだろうと考えたのである。もう少し遠回りな言い方をするほうが、いいのだろうが、どきどきとしている錬太郎にはできなかった。

 錬太郎の言葉を受けた池淵頼子は自分の格好を思い出したのか、すばやく服を直した。流石に恥ずかしかったのである。

 そして、弾き飛ばされたナイフを取りにいった。果物ナイフというのは彼女の実家から持ってきたものである。もちろん黙って持ってきたものだ。このまま持って帰らなかったということになったら、家族が騒ぐことになるだろう。そしておそらくすぐに見つかってしまう。どうしてナイフを持っていったのか。もしもそのことを追求されたら非常に困ることになる。正直に告白するわけにも行かない。自殺しようと思ったのだが、できなかった。後輩の男子学生に止められてどこかに捨てられた。こんな話をしたら、とんでもないことになるだろう。

 池淵頼子が後片付けをしているとき錬太郎は右目を抑えていた。錬太郎の額には脂汗が沸いていた。自分の右目にある不思議な熱というのを感じ取っていたからである。この奇妙な熱というのが何なのか、錬太郎にはさっぱりわからなかった。しかしよくないものであるというのはわかっていた。

 池淵頼子がさっさと支度を済ませた。錬太郎が捨ててしまったナイフを見つけて、服装を正した。池淵頼子にはもう悩むような問題というのは、ほとんどないのだ。少なくとも命がけになるような問題というのはない。問題がほとんど片付いてしまったのなら、錬太郎と一緒に錬太郎の姉の晶子のところに向かわなければならないのだ。そういう約束をしている。そして錬太郎のところに来た。

 池淵頼子の準備が整ったのを待って錬太郎はこういった。

「では、いきましょう」

 二人は展望台から去っていった。

 銀色に輝く月はいつもと変わらない様子で世界を照らしていた。


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