天をつく巨人 オウル・コンシリアートル 四
満身創痍の状態の錬太郎などまったく知らぬと、天をつく巨人オウル・コンシリアートルは行動を続けていた。錬太郎がどこに消えたのかというのがわかっているようだった。足元に転がっているガラクタを手にとった。そして錬太郎が逃げ込んだ、国立演劇場をにらんでいた。走って国立演劇場にいくというのもひとつの選択肢だった。しかしオウル・コンシリアートルは行わなかった。そんなことをするよりも、一発でたたく方法があるとわかっていた。それが、足元にあるガラクタである。こいつを投げつけて、始末してしまえばいい。何せ錬太郎は満身創痍、両腕が破壊できているのは確認していた。何十キロも離れている場所にある国立演劇場であっても身長一キロメートルを超える巨人にとってはたいした距離ではなかったのである。
そして両手つかんだガラクタを、思い切り投げつけてきた。天をつく巨人がが動くたび、大都市がどうしようもないほど壊れていった。巨人が投げつけてきたのは超能力技術研究所だったものだ。何百トンもある瓦礫であってもまったく重さを感じさせない腕力があった。
国立演劇場まえの広場が、真っ暗闇になった。投げつけられた研究所が太陽をさえぎったのだ。
何とか体調を持ち直してきた錬太郎はイオニス少年と、ルアウダを見た。二人ともずいぶんと、恐れおののいているようである。錬太郎が二人を見つめたのは、勇気がほしかったからである。自分が命をかける理由がほしかった。そして、胸を張って自分の道を行く勇気の一押しに変えたかった。だから見たのだ。錬太郎はまだ戦いをあきらめていなかった。
そして少しだけ昔のことを錬太郎は思い出していた。自分の大切なものが、まったく説明もなくあっという間に奪われた光景である。錬太郎はその光景を思い出すたびに、胸が焼けるように痛んだ。
錬太郎は立ち上がった。全身のばねを使って、両腕を使わずに立って見せた。
そして錬太郎は念じた。錬太郎は自分の力が、まったくこんなものではないと信じていた。自分ができると思えば、何でもできるのだ。腕がないなら、作ればいい。あの時、池淵頼子に上半身を吹っ飛ばされたときのように、作ればいい。
そしてつぶやいた。
「もうコイントスは必要ない」
錬太郎の両腕から光の腕が生えてきた。錬太郎がまとっているネフィリムの光のコートと同じ夕焼けのような色をしていた。錬太郎は気がついたのだ。自分の本体。自分自身というものが、肉体によってあるのではなく、光そのものであるということを。錬太郎はろうそくの火、肉体は蝋。錬太郎はその事実に気がついた。だから、自分の力を全力に使うことができた。
投げつけられていた研究所がぴたりと宙で止まった。まったくそれ以上動かなかった。
空中で動きを止めた研究所を錬太郎が指差した。このまま研究所を宙に縫い付けておくわけにはいかない。そして、好き勝手に攻撃されるわけにもいかないのだ。そして、錬太郎が拳を握り締めて、巨人に投げ返した。
一秒もかからなかった。研究所が思い切りぶつかり巨人の右手が吹っ飛んだ。野球のボールのような動きではなく、瞬間移動である。今まで目の前にあった研究所の残骸が、距離を無視して天をつく巨人の右肩に現れたのである。その衝撃で巨人の右腕が破壊された。同時に、研究所の残骸もまた粉々のごみくずに変わってしまった。
そして吹き飛んだ巨人の肉片は、空で銀の砂粒になった。銀の砂の粒というのもとんでもない量であった。銀色の雲ができたようだったが、風にあおられてどこかに流れて消えていった。天をつく巨人も、怪物と錬太郎たちと同じルールの下で動いていた。
意を決した錬太郎が浮き上がった。そしてあっという間に姿を消した。瞬間移動である。
錬太郎の攻撃を受けた巨人の右腕は再生していた。池淵頼子の攻撃を受けて、上半身を回復させた錬太郎と同じように、光が集まりあっという間に作り直されてしまった。これが天をつく巨人オウル・コンシリアートルの力であった。
天をつく巨人オウル・コンシリアートルが目の前に現れた錬太郎にこういった。
「錬太郎君。私を食いたまえ。君の持つネフィリムの力なら物質的な垣根を越えて、魂を食らうことができる。君にならできるはずだ」
何とか搾り出せた言葉であった。ほとんど音になっていなかった。しかし今の錬太郎にならば伝わる。オウルは錬太郎に自分をなんとしても止めてもらいたいと思っていた。そうしなければ、自分の守りたかったものを自分で壊して台無しにしてしまうことになるのだから。それはどうなってもいやだった。だから錬太郎が意思を固めてくれたのを確認して、その命を錬太郎の前に差し出してきた。
オウルの申し出に錬太郎がうなずいた。もう迷いというのはなかった。道を決めたのだからやるだけだという覚悟があった。
命を奪うとき錬太郎がこういった。
「後でまた会いましょうオウルさん」
明るく振舞っていた。こうでもしなければ、やっていられなかった。
挨拶を受けたオウルが答えた。
「シージオによろしく」
さわやかな響きの風が吹いた。魂の呪縛をすり抜けられたぎりぎりの言葉であった。
錬太郎の光る両腕が、巨人に突き刺ささった。そして巨人は動きを止めた。錬太郎の光り輝く両腕が巨人の肉体を作るエネルギーを支配してしまったのである。そのため、どれだけ巨大な存在であるといっても、自由自在には動くことはできない。錬太郎の物質的な限界を超えた光の両腕というのは、念力の本当の力というのを発揮させることができていた。錬太郎にとって肉体というのは能力を使うに当たっては邪魔者でしかなかったのだ。
そして間をおくことなく巨大な肉の塊の奥にある、オウルの魂をつかんでいた。錬太郎の目は、天を突くほど巨大な肉体の中にある、無数の魂を見極めて、その先にあるオウル・コンシリアートルの魂を見つけていたのである。
そして、一気に引き抜いて、自分の光の中に取り込んだ。ネフィリムたちを食ったときのような姿になることはなかった。ただ、光り輝く両腕が錬太郎の望みを果たしてくれた。こうすることで、オウル・コンシリアートルの願いを錬太郎はかなえたのである。巨大な肉体を作っている核の部分を奪ってしまえば、肉体は銀の砂に変えると、錬太郎は知っていた。
錬太郎が魂を食うと同時、天をつく巨人の肉体は銀の砂の粒に変わった。オウル・コンシリアートルの魂が失われたためである。
大都市が銀の砂粒で埋まった。超高層ビルのほとんどの窓ガラスが割れていた。たたき折られてしまったものもある。銀の砂粒で埋まっていたが、その下にある舗装されていた道路はひび割れて、使い物にならなくなっていた。錬太郎と巨人が戦っていた時間は、一分ほどであったが、被害は甚大であった。しかし、廃墟同然となった大都市は銀色の砂粒の作る砂漠で輝いていた。
戦いが終わった錬太郎がシージオたちのところに姿をあらわした。暗い顔をしていた。錬太郎はシージオにオウルの話をしなければならないと考えて、心苦しく思っているのだ。話さないということもあるが、話しておいたほうがいいだろうという気持ちも強かったのだ。
シージオたちの姿を確認した錬太郎は力を押さえ込んだ。すると錬太郎の失われていた両腕が当たり前のように存在していた。
シージオが錬太郎の体を軽く抱きしめた。錬太郎が見事に天をつく巨人を打ち倒してくれたからである。天をつく巨人というのはあまりにもシージオたちの計画の邪魔だった。どうやっても宇宙船を空に飛ばすための邪魔になっていたのである。どうしたものかというところで、錬太郎が排除してくれた。これでシージオたちの計画というのはつぶれずに済んだのだ。だからシージオは喜んだのである。やってくれたと。その気持ちを表現したのである。
そしてこういった。
「よくやってくれた。これで、空に上れる」
錬太郎を放してシージオがバリー・マーロンにこういった。
「連絡だ。問題はすべて解決された。月に上り、ダナム博士の計画を阻止する。大急ぎでだ!」
さて移動するかというところで錬太郎がシージオにこういった。
「待ってください。ちょっとまって」
気分が落ち込んでいるようで、話しにくい調子が合った。錬太郎はまだ悩んでいるのだ。自分が見てきたものをシージオに伝えるべきなのか。それとも自分の心の中にすべてとどめておくのかを。特に、シージオと自分が向かう計画というのは大変な計画である。もしかすると生きて帰れないということが大いに考えられるのだ。そのときにまったく何も知らないままで戦うのか、それともすべてを知った上で戦うのかというのは違ってくるだろう。特に錬太郎が倒した相手はシージオの相棒であったという話である。伝えるべきなのか、伝えないべきなのか、やはり微妙で難しかった。
錬太郎に呼ばれてシージオが立ち止まった。不思議そうな顔をしていた。錬太郎の様子というのがずいぶんおかしかったからである。シージオは錬太郎というのがこういう雰囲気かもし出したところを見たことがなかった。
そして困っている錬太郎に聞いた。
「どうした?」
できるだけやさしい声を出そうと気をつけていた。錬太郎の悩みというのがどういうものなのかはシージオにはわからない。しかし何か悩んでいるというのは間違いなかった。その悩みというのを受け入れるためには、やさしさが必要とシージオは判断した。自分の後輩が相談を持ちかけてくるときと同じように感じたのである。
少し迷ってから錬太郎が答えた。
「オウルさんが、よろしくと」
はっきりとしたこえだった。しかしやはりまだ迷っていた。はっきりとオウル・コンシリアートルを殺してきたとはいえなかった。やはり迷いがどこかにあったから、錬太郎はあいまいな言い方をしたのである。そうして、察してもらおうとした。
錬太郎の言葉をうけてシージオが天を仰いだ。
そのままの姿勢でシージオが錬太郎に聞いた。
「さっきのが、そうなのか?」
錬太郎が答えた。自分のことではないのに、自分のことのように悲しんでいた。
「そうです」
錬太郎の答えを聞いてシージオがこういった。
「そうか。やはり生きていたか。俺が生きていたから死んでいるわけがないと思っていたが。そうか」
シージオが鼻を鳴らした。複雑な気持ちというのがあった。生きているのではないかという希望がなくなってしまったということの絶望感。やはり心のどこかではすぎ去ってしまった日常がもう一度戻ってくるのではないかと期待していた。しかし、それがはっきりとつぶれてしまった。覚悟をしていても寂しいことだった。そしてもうひとつは、決着をつけられたのだという安心感である。これは、怪物に成り下がって、警察官として生きてきた誇りを汚さずにすんだ。きれいに消えていけたという安心感であった。
空を見上げているシージオが錬太郎にこういった。
「ありがとう。錬太郎。あいつもうかばれるはずさ」
シージオはそういって、錬太郎の肩をたたいた。気にするなという気持ちをこめたものである。シージオは錬太郎が言いよどんでいた理由を理解したのである。自分の気持ちというのを考えて、伝えるべきなのか、伝えずに旨のうちでとどめておくべきなのかというのを錬太郎が悩んでいたのを、見抜いたのである。そしてその心遣いが間違いではなかったと、伝えたかった。
落ち着いたシージオがこういった。
「宇宙船の発着場に向かう。みんな乗り込んでくれ」
シージオがそういうと、錬太郎が歩き出そうとした。しかし足に力が入っていなかった。足だけではない。全身の力がほとんど残っていないようだった。ネフィリムの力をいっぱいに使えば使うほど錬太郎の命というのは弱まっていくのだ。オウルとの戦いでの消耗はまったく見過ごせないレベルであった。
イオニス少年が錬太郎に駆け寄ってきた。ずいぶん心配しているようだった。自分の体がどうにかなってしまったようなそんな深刻さがあった。イオニス少年は錬太郎の戦う様子を見て、錬太郎が命をすり減らしていることに気がついたのだ。両腕を破壊されて、しかしそれでも戦っているのを見て、まったく無事でいられるなどとはイオニス少年も思わなかった。それまで錬太郎がいさえすればどうにかなるという安心感があったのもあって、その不安というのは半端なものではなかった。
あわてているイオニス少年に錬太郎はこういった。
「大丈夫大丈夫」
強がりだった。できるだけ心配させまいという気遣いがあった。錬太郎は自分のやろうとしていることというのを、少しも後悔していなかった。イオニス少年が自分の姿を見て、悲しむということがあれば、それは自分の責任であるというようにも感じていた。だから錬太郎は、大丈夫だといった。気にしなくても大丈夫だと。
しかし大丈夫だといってみてもりうまく歩けなかった。それどころかこけてしまっ他。そして立ち上がれなくなっていた。何度か立ち上がろうとしたが、肉体がいうことをきいてくれなかった。どうにも意識と肉体が離れているような感覚があった。
異変に気がついたシージオが駆け寄ってきた。ずいぶんあわてていた。シージオは錬太郎と肩を組んで、ほとんど錬太郎を運んでいるような状態で歩いていた。
輸送車まで、シージオが運んでくれた後で、錬太郎はお礼を言った。
「ありがとうございます」
声がうまく出せていなかった。力が残っていないのだ。
錬太郎は少しだけわからないという顔をしていた。というのが今まではずいぶん調子がよかったためである。戦っている間はまったくつらいことなどなかったのだ。しかし今は違っている。もしかすると今になってそれが帰ってきたのかもしれないなどと考えていた。
辛そうにしている錬太郎をルアウダが見つめていた。何か思いつめているようだった。じっと見つめて、スカートのすそを握り締めていた。
全員乗り込んだところで、輸送車は宇宙船の発着場に向かった。月に向かいダナム博士の計画をつぶすため。決着をつけるためである。




