天をつく巨人 オウル・コンシリアートル 二
錬太郎は輸送車に乗り込まず、二人が来るのを待っていた。二人からは視線をきることはなかった。もしも何かがあったときにはすぐに動き出せるようにしていた。錬太郎はルアウダの近くにいるのがつらかったのである。また、イオニス少年のそばにいることも難しくなっていた。ルアウダが自分のことを恨んでいるだろうという予想と。イオニス少年が自分に対して恐れを抱いていたり、また、自分の命に限界があるということを悟らせたくなかったのだ。純粋に自分のことを頼ってくれているのがわかったからである。しかし、二人から離れるわけにもいかない。何せ武力が二人にはないのだから。そのために、錬太郎は二人が無事に輸送車までこれるよう、見守っていた。
二人がやっと動き出し、輸送車にむかって歩いているとき、錬太郎は、再び地面が揺れるのを感じた。地震ではなかった。空気自体が震えていた。錬太郎は何事かと思った。このようなゆれというのは体験したことがないゆれだったのだ。
錬太郎が何事かとあわてていると、大きな音が聞こえてきた。建物が崩れる音だった。ガラスが何百枚、何千枚と一気に割れたのか、雷が落ちたような迫力になっていた。
激しい空気の振るえと、雷のような爆音が届いてすぐ、錬太郎が音のするほう、震えの発信源に向け振り向いた。錬太郎たちのいる国立演劇場と反対側、超高層ビルたちが立ち並んでいる大都市のど真ん中で何かが起きていた。まずは、何が起きているのかを確認しなければならない。その気持ちと、単純な反射として、錬太郎は動いていた。ここまで巨大な音が出るようなものがある。それだけで十分、意識を向ける理由にはなる。
錬太郎は、大都市をまるごと叩きのめせるほど大きな巨人の姿を見た。天をつくほど高いビルの群れを見下ろすほど背の高い巨人であった。どうやって、立ち上がったのか、そもそもどうやってその肉体を作っているのかというのがさっぱりわからない。ただ、妙に生々しい質感であった。この巨人が、今まで錬太郎たちが感じていた揺れの正体である。一番背の高いビル「分割塔」の高さが、約一キロメートルであるというところから見ると、巨人の身長は約一キロメートルと巨人の頭ひとつ分というところである。これが体を起こして立ち上がり、まっすぐにどこかを見つめていた。
巨人が現れてから数分間は錬太郎は見上げるばかりだった。まったく何が起きたのかというのが理解できていなかった。目の前で起きているということはわかるのだ。恐ろしく体の大きな怪物、巨人が現れて、超高層ビルの立ち並ぶ大都市を破壊してしまった。これも壊したくて壊したというところではなく、大きな体を持ち上げたことで、地面が揺れて、立ち上がったときにすべてがひっくり返ってしまったというだけである。しかし何にしてもあまりにも現実離れしていた。超能力だとか、大きな月だとか、宇宙船だとか言うのが当たり前の状況になりつつあったが、流石にこのようなものが現れるとは思っていなかったのである。また怪物たちというのがいたけれども、ここまでのスケールのものが出てくるというのもまた、思っていなかった。事実は理解できるが、心が追いついていなかった。
巨人が現れてから数十秒後、シージオがうなった。
「何だあれは!」
ほとんどやけになっていた。ライオンヘッドを思い切り使って、叫んでいた。あごが外れそうなほどほえていた。ほえた衝撃で銀の砂粒が振り落とされていた。これまで数々の怪物になってきた人たちを始末してきたシージオである。自分自身が怪物のようになってしまっていることから、何が出てきても、おかしくはないとは思っていた。思っていたが、ここまで桁違いの怪物が出てくるとは思っていなかった。錬太郎が今まで打ち倒してきたネフィリムというのもとんでもない力を持っていたが、目に見える力というのはそれだけで圧力が違うのだ。それこそ拳銃のようなものというのは威力こそ高いが、いまいち迫力というのがない。しかし、刀だとか、ハンマーだとか、ずらりと並ぶ兵隊たちというのはなんとなく迫力がある。実際のところはひとつの兵器、素晴らしい破壊力というのが圧倒的な武力になるのだけれども、人間の本能に訴える力、見える強さというのはいつになっても圧力がある。シージオというのは頭が天に着きそうなほど大きな巨人というのを見て、あまりにも強い迫力に押されてしまったのである。
一方で錬太郎が巨人をにらんでいた。憎くてしょうがないという目ではない。ルアウダが錬太郎に向けたような探るような目であった。錬太郎は言葉にできない違和感というのを感じていたのである。この違和感というのは直感だ。言葉にするとしたら、もしかして人間の心が残っているのではないかという直感である。どこからどう見ても人間ではないし、脳みそが人間のようになっているのだとも思わない。しかし、錬太郎の直感がささやくのだ。あれはシージオとよく似たもの。もっといえば、自分自身とよく似た存在であると。錬太郎はその直感に従い、相手を見透かそうと試みたのである。
天をつく巨人をにらんでいた錬太郎の体から光が放たれた。十秒ほど、錬太郎が天をつく巨人をにらんでからのことである。錬太郎は覚悟を決めたような目をした。そして下唇をかんだ。そうすると錬太郎の体が夕焼け色の光になった。そしてすぐに、光のコートが形作られ、錬太郎の肉体を包み込んだ。錬太郎は戦うつもりはない。もちろん天をつく巨人が攻撃を仕掛けてくるのならば、戦うつもりだったが、その前に確かめに行くつもりだった。もしも、あの巨人がシージオと同じように意識を保ったまま怪物になってしまった存在であったのならば、平和的に解決ができるのではないかと。少なくともネフィリムだとは思わなかった。なぜならエルバーハ、ネピル、エルヨのように、人の形を保っていない。そして一番の特徴である光のコートが感じられなかったのである。ほぼ間違いないだろうとは思う。しかし予想である。そのため確かめなくてはならなかった。だから彼は飛ぶために力を使ったのだ。
光のコートをまとった錬太郎に向けてルアウダが叫んだ。
「だめ!」
錬太郎が飛び立とうとしたときである。悲鳴そのものだった。ルアウダはまだ恐れている。ルアウダには飛び立とうとする錬太郎の姿が、戦いに行く姿に見えていた。そしてその姿を何度も見るということは、錬太郎が死に近づくということである。錬太郎が死に近づくたび、ルアウダははっきりとした死のビジョン、エルヨ・ガリファイアの姿を重ねてしまう。わかっていたとしても、耐えられない痛みがあった。
錬太郎は、シージオにこういった。
「いきます」
ルアウダの叫びは聞こえていた。しかし錬太郎は止まらなかった。呆然としているシージオに声だけかけて、飛び出した。ネフィリムの光のコートを出している錬太郎の顔色というのはずいぶんよいもののように見えた。苦しさというのからは開放されているようだった。錬太郎がシージオに声をかけたのは、自分が相手をするから、シージオはこの場所にいる者たちを助けてやってくれという意味があった。今こそあまりにもぶっ飛んだ光景で頭がついていっていないが、すぐに回復するだろうと錬太郎は期待していた。シージオとは短い付き合いであるけれども、この程度の混乱なら、自分の一言で十分払える技量があると信じている。
シージオの返事を待たずに、すぐさま錬太郎は空に飛び上がった。重力にまったく縛られない飛行であった。また、瞬間移動のように消えては現れるという移動を何キロという単位でやってのけていた。国立演劇場にいた者たちはあっという間に錬太郎の姿を見失った。ただ、はるか彼方に消えたりついたりする夕焼け似た光を放つネフィリムの光のコートが彼の存在を教えてくれていた。
飛び立って一秒もかからないうちに、錬太郎が巨人の前に姿を現した。初めからそこにいたかのような自然な振る舞いであった。錬太郎は瞬間移動の技を、技を認識できないほど当たり前に使いこなしていた。錬太郎は自分に起こしている現象をまったく説明することはできない。錬太郎はただ、自分の体を動かすような気軽な気持ちしかもっていないのだから。あの場所に行きたい。あの攻撃を防ぎたい。言葉を放つとか、呼吸をするとか、それこそ瞬きをするようなもので、理屈がないのだ。できるからできる。超能力というのは錬太郎にとってそういうものになっていた。
錬太郎は巨人に声をかけた。
「俺の名前は花飾錬太郎。もしかしてあなたはオウル捜査官でしょうか!」
錬太郎は目の前の壁にしか見えないものに大きな声を出して質問を飛ばした。錬太郎の声というのはずいぶんよく響いていた。錬太郎の質問は彼の直感から引き出された質問であった。というのがエルヨ・ガリファイアの話というのが錬太郎の頭にはあった。彼女の話というのはシージオとその相棒オウルが、ダナム博士に知られているということ。錬太郎はその話だけで、もしかしてと思ったのだ。もしかして、シージオと同じように実験を受けて、姿が変わるような目に合わされていたのではないかと。もしも、間違いであったとしても、まったく問題はなかった。なぜなら、自分はオウルではないといって反応が返ってきさえすれば、知性がある、心があるとわかるからだ。わかりさえすれば、平和的にことが進むかもしれない。
質問から五秒ほどしてから錬太郎の呼びかけに巨人がこたえた。
「私のことを知っているのか。そのとおり。私はオウル・コンシリアートル。しかしなぜ私だとわかった」
ずいぶんと低い声だった。大きな洞穴が、うなっているようにしか聞こえなかった。オウル・コンシリアートルはまさか自分に話しかけてくるものがいるとはまったく思っていなかった。しかし、自分に直接話しかけてくるものがいて、しかも自分の名前を言い当てるということをやってのけたことに興味を持ったのである。
洞窟の反響のような音を聞いて、錬太郎が答えた。
「エルヨ・ガリファイアがあなたのことを話していました。シージオ捜査官の相棒だったと。私は今、シージオ捜査官の計画に賛同しダナム博士の計画をたたく手伝いをしています」
丁寧な話し方だった。自分には敵意などないというのをわかってもらおうとする頑張りが隠れていた。錬太郎は、誤解を避けたかったのだ。自分というのがオウル・コンシリアートルに敵対するものではなく、味方であるとわかってもらいたかった。何せ錬太郎というのはネフィリムの力を使うことができる。これはつまりダナム博士の賛同者、エルバーハ、ネピル、エルヨと同じ能力を持っているということである。となれば、邪推される可能性がある。お前もダナム博士の賛同者なのではないかと。そうなったとき戦いになれば、おそらく誤解は永遠に解けなくなるだろう。どちらも手加減ができるような武力ではないのだ。始まればどちらかが終わるまで止まらない。そういう武力である。
錬太郎の答えを聞いて天をつく巨人オウル・コンシリアートルが答えた。
「なるほど。あの怪物からきいたのか」
この声も洞窟から響いてくる反響のようにしか聞こえない。風のうなるような、少なくとも言葉にはなっていないような音だった。オウル・コンシリアートルというのはずいぶん冷静だった。オウルがまったく冷静であるのはシージオの名前が出たからではない。またエルヨ・ガリファイアの名前が出たからでもない。自分のような状況になったものに、あえて話しかけようとしているずいぶん怪物に対して理解があるという存在であったからだ。この怪物のようにしか見えない自分に対して、話しかけるというのだから、怪物になったとしても知性を持っているということを知っていると予想がつく。また、話しかけて、情報を交換しようとする姿勢というのは、戦いを回避したいという気持ちの表れとることができていた。もしかすると操ろうとしているのかもしれないとも考えられたが、危険性は低かった。少なくとも敵対者ではないとの判断ができていた。
風のうなる音に錬太郎が答えた。
「はい。しかしまだ、シージオ捜査官にはあなたのことを話していません。あなただとわからなかったからです」
少し錬太郎が申し訳なさそうな顔をした。錬太郎はオウル・コンシリアートルがシージオの相棒であったというのを知っていた。当然だがシージオがオウルのことを心配しているだろうということも想像が付いた。しかし錬太郎は自分の予想を伝えなかった。なぜならばどう考えても、怪しい推測だったからだ。言葉にできない感覚を信じて、シージオにあなたの相棒は天をつくほど大きな巨人になっていますなどとはいえなかった。仮に正解だったとして、助ける方法など思いつかないのだから、ただ、残酷なだけである。しかし、伝えるべきかもしれないという気持ちもあるのだ。知りたいと思う気持ちは誰にでもあるだろうから。
申し訳なさそうにする錬太郎に、オウル・コンシリアートルが答えた。
「それでいい。よくシージオに配慮してくれた。あいつはへこみやすいやつだからな。それで正解だよ。なぁ錬太郎君、シージオは無事なのかな?」
この言葉もまた、風のうなるような音にしかなっていなかった。しかし風の音にはずいぶんと優しい気持ちがこめられているようだった。オウルはシージオの最後の姿を見ていなかった。最後というのはこの姿になる前の、姿しか見ていないということである。そのため自分と同じような目に合わされたのか、それとも自分と同じようにつかまってしまったのかというのがわからなかったのだ。しかし希望に傾いている質問であった。何せ錬太郎とであって何とかやっているというのがわかっているからだ。シージオにもオウルにもお互いの身を案じる気持ちがあった。
優しい風の声に、錬太郎が答えた。
「一応無事です。あなたと同じように姿が変わってしまいましたが元気です。今も人類を救うために走り回っています」
錬太郎は力強く答えた。少しだけ錬太郎はうれしかったのだ。今まで戦いずくめで、奪うばかりであったから。まったく戦わずに、事が収まるというのがどれほど素晴らしいことなのかというのを錬太郎は実感していた。できるのならば錬太郎が奪ってきた命、ネフィリムたちとも会話で話をつけたかった。人の悲しむ姿というのは見ていてまったくいい気持ちになれなかった。
天をつく巨人が、うなずいた。少し頭を傾けただけであった。しかし錬太郎には山が動いたようにしか見えなかった。オウル・コンシリアートルは自分の相棒がこの状況においても、心折られずに一生懸命動いているということがうれしかった。そしてそういう人間が自分の相棒であったということが誇らしかったのだ。
うなずき終わってオウルはこういった。
「なるほど、ということは錬太郎君があの怪物の相手をしたのか? その身にまとう輝きはあの怪物たちのものと同じもののように見える」
洞窟の暗闇から響いてくる風の唸りそのものだった。オウル・コンシリアートルは錬太郎の姿を見てすぐに錬太郎以外のネフィリムたちを思い浮かべていた。オウル・コンシリアートルは目覚めてからずっと、彼らに対して抵抗を試みていたのである。そのため、ネフィリムが全力を持って戦いを挑むときには光のコートをまとうことも知っていた。そしてオウル・コンシリアートルは錬太郎もまさに、その一味ではないかと考えたのである。しかし考えただけでその可能性が低いということ頭にはあった。この質問は、錬太郎が敵なのか味方なのかをはっきりとわけるための質問だった。つまりダナム博士に追随するものかどうかという話である。
風のうなり声に、錬太郎が答えた。
「はい」
まったく隠すところがないようだった。まっすぐにオウル・コンシリアートルを見て答えていた。錬太郎は、自分がネフィリムであるということを隠すつもりなどないのだ。できる限りのことをして、いい関係を作りたいとは思っていた。思ってはいたけれども嘘をつくというわけにもいかなかった。何せ今の自分の様子というのはどう見ても人ではない。空を飛び、何十キロもある距離を一瞬で移動してしまう。違いますなどといって答えられるわけもなかった。もしも戦いになったとしても、それも覚悟の上だった。
まっすぐに答えた錬太郎に、オウル・コンシリアートルがこういった。
「ありがとう。そしてすまなかった。私たちの失敗を尻拭いさせる結果になった」
風のうなるような声というのはずいぶん静かになっていた。できるなら深く頭を下げたいところだが、できないのがいじましいという気持ちがにじんでいた。オウル・コンシリアートルは錬太郎が自分に会話を仕掛けてきたときから、そして嘘のない態度で対応してくれたことで錬太郎が敵対者ではないというのを理解していた。オウル・コンシリアートルは錬太郎以外のネフィリムに出会っている。そのためあの三人のような邪悪な感じというのを感じていないというので、ずいぶん簡単に納得できたのであった。少なくともエルヨ・ガリファイアに近いところにいたというのならば、その振る舞いには彼女の薫陶というのが出てくるはず。錬太郎にはエルヨ・ガリファイアの匂いというのがまったくなかった。むしろ反対にいるまっすぐな調子というのが隠せていなかった。それをオウル・コンシリアートルは見抜いていた。
オウルの礼を聞いて錬太郎が、首を振った。
「いえ、いいんです。俺がしたかったことですから」
少し錬太郎ははにかんでいた。お礼を言われたというのが少しうれしかった。しかし錬太郎はは心の中ではっきりと自分の目的というのがわかっていた。自分は失ってしまったものをこの世界の人たちに重ねているだけ。錬太郎はただ自分の未練を守りたかっただけなのだ。自分が守れなかったものを、イオニス少年とルアウダの姿に重ねて、自分が守れたように思いたかった。自己満足のために戦っている。それがはっきりとわかっているから、錬太郎は素直にうなずけない。何せ自分のことしか考えていないとわかっているのだ。御礼はいらない。




