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天をつく巨人 オウル・コンシリアートル 一

 戦いが終わって、五分ほどたったときである。国立演劇場が大きく揺れた。建物がゆれているというよりも、地面自体がゆれているようだった。一秒ほどゆれてきれいに止まった。あとからゆれるということはなかった。

 揺れが収まってから、シージオが叫んだ。

「外に出るぞ!」 

シージオはあせっているようだった。シージオは建物が崩れてしまうことを恐れたのである。国立演劇場の設計では大きな地震というのにも耐えられるようになっている。しかし、シージオは錬太郎とエルヨ・ガリファイアが戦ったという話を聞いていた。実際のところはそれほど建物自体に戦いでは被害は出ていない。しかしシージオは二人がどのくらいの損害をだしているのかというのがわからなかったので、あまり長くこの場所にいたいという気がしなかったのだ。

 シージオの号令に錬太郎がルアウダとイオニス少年を担ぎ上げた。軽々とやってのけていた。錬太郎の顔色というのは悪いけれども、二人を担ぐくらいのことは簡単にできた。錬太郎は建物が揺れたというのを大きな地震がきたからであるというように考えていた。そのため、もしかすると後になってから、強い揺れが繰るのではないかというような予想を立てたのである。錬太郎がネフィリムの力を使えば、建物が崩れてきたとしても問題はないだろう。しかし、危険だとわかっているところに、ずっととどまるというのはおかしな話なのだ。建物が大きく揺れたときにはすでに逃げる姿勢になっていた。それを、シージオの号令が後押ししたのだ。

 錬太郎を先導する形でシージオが出入り口までの道を走った。演劇場にはいってきたときについていた、照明というのはすでになくなっていた。しかし証明がなくなったとしてもまったく問題なかった。というのが普段の営業状態と同じような、照明がついていたからである。シージオが前を走っているのは、建物の中身というのをいくらか覚えているからである。仮に暗闇の状態になっていたとしてもシージオは頭の中の地図で、どうにか潜り抜けられるという自信があった。そうしてその自分を追いかけて錬太郎が走れば、逃げるのも簡単だろうと算段をつけていた。

 あっという間に演劇場の玄関ホールまでたどり着くことができた。そこでシージオはゆがんで動かなくなっている出入り口をみつけた。錬太郎とシージオが入ってきた出入り口である。先ほどのゆれで、出入り口のフレームがずれてしまっていた。

 すぐさま、シージオがゆがんだ入り口を壊した。踏み抜くような蹴りを入り口のフレームに叩き込んだのである。シージオの腕力というのは鋼鉄の門を引き抜いてしまうほどのものである。そして無数の怪物たちをあっという間にたたき伏せるだけの威力がある。当然だがその脚力というのも尋常ならざるものがある。建物のフレームくらいならば、簡単にはずすことができるのだ。時間をかければ、出入り口のフレームを丁寧にはずすこともできるのだけれども、建物が崩れてしまうかもしれない状態では、いちいち丁寧な仕事というのは選べなかった。心情としては、できるだけすばやく、安全な場所、外に出たいところだから。

 シージオが出口を作ったところで、錬太郎は一気に脱出した。イオニス少年とルアウダを抱えたまま、呼吸も忘れて一気に駆け抜けていった。錬太郎もまた、シージオと同じだった。できるだけ早く安全な場所へ移動したかった。




 脱出したところで、錬太郎がイオニス少年とルアウダをおろした。演劇上の出入り口から少し離れたところにある、広場のような場所であった。錬太郎はできるだけ二人を丁寧に扱っていた。静かに地面に下ろして、そしてやっとほっとしていた。錬太郎は二人をどうにか助けたいという気持ちが強かったのである。広場のような場所に、二人を下ろしたのはここならば上空からも建物からも離れていて、もしも建物が崩れたとしても瓦礫が襲ってくるようなことがないだろうと考えたのである。

 イオニス少年が不思議そうな目で、錬太郎を見つめていた。何がおきたのかまったくわからないという様子だった。イオニス少年は自分の体が、銀色の砂の粒にまみれていることに気がついたのである。しかしこれはまったくおかしなことだった。なぜならバイオニス少年は砂場で遊んだ覚えがないからである。まったく砂がつくような場所で遊んでいないのに、自分の体に砂がついている。これはつまり、自分ではなく誰かの体についていたものが、自分の体についてしまったということだろう。そうなってくると、誰が砂にまみれているのか。イオニス少年は簡単に思い当たった。何せ今まで自分を脇に抱えて走っていた錬太郎だけだ。長く触れていたのは。仮に錬太郎だとしたら、それはとてもおかしなことである。なぜなら、錬太郎が砂場で遊ぶようなことをするのだろうかという気持ちになる。銀の砂の粒が体についているのだから、錬太郎は砂場で遊んでいたということになる、それも銀の砂場でである。それはおかしかった。イオニス少年はさっぱりわからなかったのだ。

 脇に抱えられたまま運ばれ、外に連れ出されたルアウダは涙をぬぐっていた。できるだけ自分の様子をみられないように、こっそりと行っていた。どうにも不安定な感じがあった。しっかりとしなければならないという表情と、布団に包まって泣いていたいというような情けない表情が混じっていた。しょうがないことで、ルアウダにはあまりにも衝撃的だったのだ。まさか目の前で自分の弟子がネフィリムなどという怪物の力を使うとは思わなかったし、そもそも馬鹿な目的のために、命をかけるようなまねをするとも思っていなかった。そしてその馬鹿な弟子が殺されてしまうとも思わなかった。それも自分の命を助けてくれた錬太郎に殺されて、影も形も残されなかったのだから、これまた恐ろしい。

 かといって錬太郎を責めるわけにもいかない。なぜならどのように考えても、正義があったのは錬太郎である。ルアウダとイオニス少年は殺されかけていたという客観的な状況だったのだから。かといって、納得できるかといわれるとできないので、彼女は泣いていたのだ。ただ、その涙自体が、錬太郎にとってまずいものであるともわかっていた。この涙を見せれば錬太郎は苦しみ、悲しむだろうと予想がついた。ついてしまったから見えないように泣いたのだ。

 涙をどうにか隠そうとしていたルアウダが自分の手をじっと見つめた。何か、気になるものを見つけたという感じがあった。宝物を見つけたということではない。奇妙なものがあるという感じがあった。目をしっかりと見開いて、鼻水をすすりながらじっと見つめていた。ルアウダは自分の手、自分の体に銀の砂の粒がついていることに気がついたのである。ルアウダはこれがおかしいと思った。イオニス少年はこの砂の粒がどうして生まれているのかというのがさっぱりわかっていなかったが、ルアウダはこの銀の砂の粒というのがどういう風に生まれてくるのかというのがおよその理屈がわかっていた。この銀の砂の粒は、怪物になってしまった者たちの死体から生まれている。ルアウダの別荘で兵隊たちが消えうせたときにわずかに残っているのを覚えているのだ。

 この銀の砂粒が、あるということ自体は不思議なことではなかった。何せネフィリムになってしまった馬鹿な弟子が錬太郎に倒されたときに生まれていてもおかしくない。しかし錬太郎は死体を残さなかった。光のコートで包み込み、消してしまった。ということはあってはならないはずなのだ。となるとルアウダは考えた。どこから引っ付いてきたのか。自分ではないならば、当然錬太郎だろう。そしてすぐに思い当たった。錬太郎がエルヨを始末したときにつぶやいた言葉、自分も後から行くという言葉。それがどうにも気になって、手のひら、自分の体についている銀の砂粒について目を向けてしまう。

 そして少し考えてからルアウダは錬太郎を見た。真っ赤に充血した目を錬太郎にまっすぐ向けていた。それは錬太郎の状況を把握するために行ったのである。目を見ただけで相手の状況がわかるわけがない。わかるわけがないけれども、ほんの少しだけ、相手の考えていることがわかったりすることがある。もしもルアウダが思っているようないやな結末というのが待ち受けているとしたら、錬太郎の目はよどむだろうから。そして錬太郎が見抜かれまいと振舞っているのなら、それを見抜いてやればいい。そう考えた。

 ルアウダの視線に気がついて、錬太郎は振り返った。たまたま気がついたという感じがあった。なんとなく後頭部をにらまれているような気がしたのである。

 振り返った錬太郎は、ルアウダの目を見つめ返した。少し驚いていた。振り返ってみると、真っ赤に充血した目をしたルアウダが自分のことをにらんでいる風にみえたのだから。ルアウダを見つめ返したのは、ルアウダが自分のことをうらんでいるだろうと思ったからである。錬太郎は自分がルアウダの大切な人間を殺してしまったということをわかっていた。ネフィリムだったから、邪魔をしたからしょうがないという気持ちはある。理屈としても説明できる。しかしそんな話をしたところでルアウダが納得するわけがない。そして錬太郎自身、そういう気持ちを悪いとは思わなかった。うらまれるだろうと思ってやったことであるから、にらまれてもしょうがない。だからにらまれたのならば、にらんでもらえばいい。逃げるよりは受け止めたほうが誠実だろうなと、そのまま見つめ返したのだ。存分にうらんでくれと。

 錬太郎に見つめ返されたルアウダの表情が変わる。今まで何とか保っていた凛々しい目が情けなく崩れた。少しでも揺らしたら涙がまたこぼれるようになるだろう。ルアウダは錬太郎の目を見て、またその表情を見て、察したのである。ほとんど直感のようなものであった。体調不良からくる、立ち振る舞いのぎこちなさ、自分の命がどうにもならないことというのを予感してどうにか周りに察せられないようにしようとする振る舞い。女優としてやってきたルアウダを演技の素人である錬太郎の動きで欺けるわけもない。理屈よりも経験から来る直感が、錬太郎の隠された秘密を暴いてしまったのである。

 気がついたルアウダがつぶやいた。

「錬太郎? あんたまさか?」

ずいぶん弱弱しい声だった。震えていて聞き取りにくかった。ルアウダは自分の予想が外れていることを祈ったのである。そして錬太郎が自分の質問に対して、まったく問題ないといって答えてくれることを期待した。自分の目、直感というのが間違いであって、錬太郎はこれからも生きていけるし、元気でやっていける。そういう風な未来を祈ったのだ。

 ルアウダが錬太郎の異変を追求しようとしているとき、シージオは輸送車に駆け寄っていった。これがずいぶんすばやかった。風のようにという表現がまったく嘘ではないと思えるほどすばやかった。シージオは先ほどのゆれの原因というのを知りたかった。いったい何が起きていて、自分たちにどのような影響があるのか。確認しないと対応ができないのだ。

 シージオが走っていくのを横目に見ながら、錬太郎がイオニス少年とルアウダにこういった。

「いきましょう。危ないですから」

ルアウダの質問にはまったく答えるつもりがないようだった。できるだけ元気を振り絞っていたけれども、声に張りがなかった。錬太郎は、自分の命が失われつつあるということに気がついている。そして、おそらく命が消えていくのはどうしようもないだろうと受け入れていた。ネフィリムの力を使えば使うほど超能力に慣れていくけれども、反対にネフィリムの力を解いたとき、自分の肉体が終わりに近づく感覚というのがある。呼吸が難しくなり、だんだんと感覚が遠くなっていく。しかし錬太郎はそれでよかったのだ。この命を使って、何かを成し遂げられるのならば、できるならば、イオニス少年とルアウダのように生き残っている人たちを助けられうのならば、それが満足であった。何も得るものがないけれどもそれだけでよかった。だから自分の命などというのを、いちいち心配してもらいたくなかったのである。

 錬太郎に促されてルアウダが立ち上がった。また少し泣いていた。錬太郎を見ていられないようだった。かろうじてうなずいてはいたけれども、うなずくたびに涙がこぼれていた。目の前にいる錬太郎が自分の馬鹿な弟子エルヨ・ガリファイアにルアウダは重なって見えていた。自分のいうことをまったくきかず、自分の好きなように歩き回り、命をおかしなことに使って、消えていこうとする馬鹿な弟子とよく重なるのだ。それがどうにも悲しかった。ルアウダはわかってしまったのだ。自分がどれだけ一生懸命にお願いをしても、説得をしても、おそらく力技に出たとしても、目の前の錬太郎は、錬太郎が殺してしまったエルヨ・ガリファイアと同じ結末を迎えるだろうと。錬太郎もエルヨも納得して行動をしているけれども、それがどうにもルアウダは悲しかったのだ。何もできないのが悲しかった。

 歩き出せないルアウダのスカートをイオニス少年が引っ張った。親指と人差し指を使って、できるだけ丁寧な扱いで、スカートのすそを引っ張った。錬太郎が輸送車に向かって歩き始めたというのに、ルアウダがまったく動き出さないのを心配したのである。イオニス少年は演劇場からずっとルアウダが心理的に追い込まれているというのを見ていた。ずっと泣いているし、今も泣いている。どうして泣いているのかというのはイオニス少年にははっきりとはわからなかった。エルヨ・ガリファイアが死んでしまったことと何か関係があるというところまではわかっていたが、今も泣いている理由まではわからなかった。しかし、イオニス少年にも、この場所でずっと泣いているわけには行かないというのは分かった。なぜなら怪物というのがまだ、うろついているだろうし、イオニス少年とルアウダでは対応できないのがわかっているのだ。しかしシージオと錬太郎がそばにいてくれれば、何とかなるというのがわかっている。特に錬太郎がそばにいてくれれば、とんでもない力を持った悪人、エルヨ・ガリファイアのような人でも退治できるのだ。だからイオニス少年は思う。泣いているのはいいけれども、いつまでもこんなところにいたら襲われて死んでしまうかもしれない。安全なところへゆこうと。

 スカートを引っ張ってみてもルアウダはまったく動かなかった。動かなかったというよりも動けないというようだった。顔を下げて、何とか耐えているようだった。両手をぎゅっと握り締めて、震えている。ルアウダは歩き出したかったが、瞬きをするたびに涙があふれてくるので前に進めなかったのである。この涙というのが錬太郎に見つかれば、おそらくもう見つかっているだろうけれども、はっきりとみせてしまえば、錬太郎の邪魔になるというのがわかっている。少なくとも錬太郎は悲しい気持ちになって、自分に対して申し訳ないと思うはず。そうなって、思いやられて錬太郎に何もかもが任せきりになっているというのもまた、悲しい。命を助けられるばかりで、貧乏くじを引かせてばかりいる自分が情けない。そんな気持ちが前に進ませない。足手まといにもほどがあると自分自身が叫んでいた。

 イオニス少年は少し近づいてルアウダの顔を見上げた。恐る恐るという感じであった。そっと、ルアウダの近くによって言って、心配そうに見上げている。ルアウダがまったく動けなくなっているのを、何かの不調からではないかと考えたのである。何せこんなところで動かなくなっているのだ。もしかすると自分と同じようにエルヨ・ガリファイアの術にかけられて、動けなくなっているのかもしれない。錬太郎がエルヨ・ガリファイアを退治しているのだから、そんな恐ろしい話があるだろうかという気持ちもある。しかしもしかしたらという気持ちがあった。そうしてもしもそうだったとしたら確認しなければ助けなければならないとして、行動を起こしたのである。

 心配そうに自分を見つめるイオニス少年の頭をルアウダなでた。いたわるような手つきだった。ルアウダは自分たちが今どこにいて、どういう状況であるのかというのを思い出したのである。今ルアウダは怪物たちがうごめいている大都市にいる。そしていつどこで怪物に襲われるかもわからないのだ。イオニス少年の心配そうな顔を見ていると、自分もまた、しっかりしなければならないという気持ちになる。自分よりもずっと年下の少年でも、一生懸命に動いているのだ。ならば、自分もがんばらねばならないと。

 イオニス少年を撫で回して、涙をぬぐってルアウダはこういった。

「大丈夫。大丈夫だから」

少しだけ力が戻っているようだった。鼻声ではあった。しかし新しい涙があふれているようなところはなかった。ルアウダは少しだけ心を強く持ったのである。まだ何も終わっていなければ、何か錬太郎を救うための方法がわかったわけではない。わかったわけではないが、このままここにいていいわけもない。少なくとも泣いて足を止めているというのは間違いであるとわかったのだ。それはまた後で、時間の余ったときにでもやればいいことだから。

 そういうとルアウダはイオニス少年を連れて、輸送車のほうへと歩いていった。長いドレスのすそを縛って、歩きやすいように工夫していた。そして自分のことを心配そうに見つめているイオニス少年と手をつないだ。そのあと少し気合を入れて、歩き出した。



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