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魔女 エルヨ・ガリファイア 四

 シージオがあわてて劇場から出て行った後、錬太郎がエルヨを見つめていた。熱のこもった視線ではない。監視するという気持ちが八割と、観察するという気持ちが二割の目である。シージオの姿が消えた今、一番の武力が自分であるということをよりはっきりと錬太郎は自覚している。シージオがいないのだから、自分がしっかりとしなければいけないと思っている。

 当然エルヨ・ガリファイアに対して油断をするという気持ちはない。この女性はエルバーハ、ネピルと同じ存在だろうと予想がつく。となれば、行動理由もまた理解不能であるとも考えられた。監視をやめるということはなかった。また観察するような気持ちがあるのは、彼女というのを見ているとわずかに感じる奇妙な気持ち。この嫉妬するような気持ちに答えを出したかったというのがあった。

 そろそろルアウダの説教が始まりそうだというときエルヨが錬太郎の視線に気がついた。エルヨというのは女優さんである。そして有名でもある。人の視線というのにはなれている。だから気がついたのかというとそうではない。錬太郎が視線を待った区画していなかったのだ。この熱視線を受けて気がつかない人間はいないだろう。

 視線に気がついたエルヨが錬太郎に話しかけてきた。

「不思議っすか? どうしてこんなことをするのかって顔をしてますよ」

 話しかけられた錬太郎はうなずいた。戸惑っているようなところがあった。あまりにも気安い対応をされると、心が安らぐのである。錬太郎はそれがどうにも気持ちが悪かった。怒りというのがあるのに、また、嫉妬するような気持ちがあるというのに、友達に接するような気持ちになってしまう。それがどうにもおかしかった。

 しかし動揺をしていても冷静を装って錬太郎はこういった。

「はい。まったくわからないですね。はっきりいってリスクしかない方法だったと思います。それにダナム博士の計画に乗るってのも意味がわからない。人類が滅亡したら今までの生活がなかったことになるのに」

 錬太郎の質問にエルヨが答えた。

「たいした理由なんてないんっすよ。先輩がやめちゃうからそのまえになんとしても先輩がきらきらしてる秘密が知りたかったってだけで。

 本当のところ、おじいちゃん先生の計画なんてどうでもいいんすよ。私としては先輩にしか興味ねぇわけで。それで、ラストチャンスだと思って、無理やり先輩を引っ張り出して、一番近いところで演技を見せてもらったわけで」

 錬太郎に語り聞かせるエルヨの尻をルアウダがはたいた。エルヨの説明というのがどうにも納得いかないようだった。

「あんたって子は! そんなことで! こんな馬鹿なことを!  あんたは私よりもずっと才能があるのに、こんなことで無駄にして!」

 怒り狂っているルアウダを無視して錬太郎はこういった。

「それで、こんな無茶をしてまでほしかったルアウダさんの奥義ってのは見つかったんですか?」

 尻をたたかれながらも何とかエルヨが答えた。

「ぜんぜんでした。でもはっきりわかったことがあるっす。私は先輩のファンだってことです。たぶん、そういうことなんだと思います」

 尻をさすっているエルヨにルアウダがこういった。

「本当、馬鹿な子。とっくに私なんて追い抜いてるのに。でもいいわ。私はあんたを許す。無茶なことをやったのは確かだけどね、あんたはやっぱり私の大切な後輩だから。

 でも私は許すけど、イオニス君には謝っておきなさいよね。迷惑をかけるなら私だけにしておきなさいよ。何であんな小さな子まで巻き込むのしかしら」

 ルアウダが近くにいたイオニス少年の頭をなでた。実に丁寧に、怖いことはもうすっかり終わったぞというようなやさしい手つきだった。 

 イオニス少年はエルヨ・ガリファイアに近づきたくない様子だった。錬太郎とルアウダよりも距離をとっていた。いつでも逃げられるような距離だった。イオニス少年はエルヨが怖いのだ。何せあっという間に警察署の職員たちを従わせ、ルアウダと自分の存在を見つけ、手馴れた様子で人間を操って見せたのだから。イオニス少年から見るエルヨ・ガリファイアというのは心を自在に操る魔女、怪物にしか見えていないのだ。映画だとか人の評判というのを知っていたが、まったくそんなものが気にならないほどの恐ろしさだった。

 ルアウダの注意を受けてエルヨがしゃがんだ。優雅な動作だった。一つ一つの動きがどうにも映える。エルヨ・ガリファイアがしゃがんだのは、自分の事を見ておびえている少年に安心感を与えるためである。そして謝れといわれたのだから、謝っておけないとまずいという気持ちがあるのだ。このあたりの行動というのを失敗するとルアウダというのはなかなか機嫌を直してくれないのをよく心得ていた。

 そしてイオニス少年にこういった。

「怖がらせちゃってごめんなさい。お姉さんのこと許してくれる?」

耳に優しく、心に染み渡る声だった。エルヨの声の出し方、顔の作り方、身振り手振りは少年の心を溶かすために動いていた。これはネフィリムとしての技術ではない。彼女本人の力、人間としての技術である。こういう振る舞いをすることが、何より許しを手に入れやすいと知っていた。だからエルヨ・ガリファイアはこのように振舞った。

 イオニス少年がルアウダの背中に隠れた。リュックサックがはみ出していた。イオニス少年は余計に今ので怖くなったのだ。行っている動作というのが非常に美しく、許してしまいそうになってしまうというところが余計に恐ろしかった。理屈ではなく本能的にイオニス少年は目の前のエルヨ・ガリファイアに苦手意識を感じていた。

 自分の背中に隠れたイオニス少年を見てルアウダが笑った。そしてこういった。

「そりゃそうよ。嫌われるって」




 ルアウダがそしてこういった。

「じゃあ、戻りましょうか。ここら辺は危ないでしょ? ほら、錬太郎いくよ、エルも」

 ルアウダがイオニス少年の手を引いて、劇場の出入り口に向かった。なぜならこの場所というのは警察官たちが守ってくれているわけでもなければ、バリケードがあるわけでもないからである。もしも怪物というのが現れたとしたら、大変なことになってしまう。大変なことになってしまったら困るからルアウダはさっさとみんなで安全なところに向かいたかった。

 しかし錬太郎とエルヨは動かなかった。エルヨ・ガリファイアは不敵な笑みを浮かべて、ルアウダを見送る。錬太郎はエルヨから視線を切ることはなかった。まったく油断するところがない。二人とも、この場所から無事に出て行けるなどという考えを持っていないのである。だからルアウダの提案というのは飲めないのだ。

 二人の動く音がしないことに気がついたルアウダが振り向いた。

 そしてきいた。

「どうしたの二人とも」

 ルアウダにエルヨが答えた。申し訳ないという気持ちがあった。まったくふざけている様子はない。

「すんません先輩。まだ終わってません」

言葉通りである。エルヨ・ガリファイアのやるべきことというのは、まだ終わっていないのである。彼女はこれからやるべき事をすべて行わなくてはならない。だから謝ったのだ。一緒には行けませんと。

 エルヨの答えを聞いた錬太郎がこういった。淡々としていた。

「なんとなくそんな気がしていました。あなたと同じような人を二人ほど見てきましたから。同じようによくわからない理由で、よくわからない道を選んでいた」

やはりそうなったのかという気持ちしかなかった。

 自分を見つめる錬太郎にエルヨがこういった。

「おじいちゃん先生と約束をしているんです。錬太郎君を全力で足止めするって。もしもこの約束を破ったら、私はシージオさんみたいにならなくちゃならない。

 それだけならまだいいけど、もしかするとオウルさんみたいになる可能性もある。それはとても困ります。なにせ、先輩にも迷惑がかかりますし」

 エルヨと錬太郎のただならぬ雰囲気を察して、ルアウダがこういった。

「馬鹿なことはやめなさい」

ルアウダの顔色が悪くなっていた。血の気が引いてきていた。イオニス少年の手を握る手の力が強くなっていった。ルアウダは二人のまとう雰囲気がどんどん張り詰めていく理由に思い当たったのである。二人とも、この場所で、命がけの戦いを始めるつもりだ。そしてお互い命を奪うことにためらいがない。そしておそらくだが、やめてくれといっても二人ともやめない。錬太郎もエルヨもそういう性格。わかったからこそ、出た言葉だった。ルアウダの言葉は、懇願だ。

 ルアウダのお願いを受けたエルヨが謝った。

「すみません、説教は受けられません」

これから戦うからだ。そして目の前の完全なるネフィリムとの戦いというのが負け戦であるということもほぼ間違いないと察していた。感じてしまっているのだ。目の前の存在というのは自分とは桁が違う完成度の、怪物なのだと。だから謝った。なぜならもう彼女は行き止まりなのだから。

 謝ったエルヨの体から光が滲み出してきた。光の色はオレンジ色と混じった赤色だった。

 光がコートのように広がり全身を包み込んだ。ネフィリムの力を完全に使いこなせる形に変わっていくのである。

 エルヨの体を光のコートが包むのと同じくして錬太郎の体が光を放った。夕焼けのようなオレンジ色の光が、会場全体を包み込んだ。

 そして光が集まり、肉体を光のコートが包みこんだ。錬太郎の力をできる限り発揮するための形である。

 戦闘準備の整ったエルヨが錬太郎を見た。感動しているようだった。そして目をしっかりと見開いて、観察していた。そしてこういった。

「これが完全なネフィリム」

 

 戦いの合図もなしにエルヨが一気にルアウダのところに飛び込んだ。あっという間の移動であった。瞬間移動を彼女は行っていた。ルアウダのところへと飛び込んだのは、ルアウダを人質にするためである。錬太郎というのが善人であるというのを見透かしたエルヨの戦術であった。

 錬太郎が対応する間もなくエルヨがルアウダとイオニス少年をたてにした。ルアウダもイオニス少年も何が起きたのかというのがわかっていないようだった。二人の体を念力が包み、二人とも身動きが取れないようになっていた。

 この二人を宙に浮かべて、錬太郎の念力を制限していた。どこから念力が飛んでくるのかというのが予想できれば、防ぐことができると考えていたのである。つまり、二人を避けて念力が飛んでくるのだから、その方向に力を集中させればいいという発想である。そうすれば、出力で敗北していてもどうにかなる可能性があると考えていたのだ。

 二人を浮かせるとエルヨが手を振った。誰かを呼ぶようなしぐさだった。指をくねらせて、自分の意思を伝えているようだった。協力者がいるのではない。念力を使うためのイメージがつきやすいため、このようにしているだけである。エルヨ・ガリファイアはこれから、錬太郎に一方的な攻撃を仕掛けるつもりなのだ。

 エルヨの指示にあわせて座席が浮き上がった。数え切れない座席が宙に浮かび上がった。基本的な戦法というのはエルバーハとネピルと変わらなかった。物質を思い切り打ち出して、それをつかい攻撃する。シンプルだからこそ、強いという考え方でやっているのだ。実際これをやられるとつらい。

 座席が錬太郎を襲う。四方八方から、大量の座席が襲い掛かってきた。しかも尋常ならざる勢いだった。瞬間移動のような挙動を、宙に浮いている座席も行っていた。どうやら加速しているらしい。

 自分に向かってくる座席を視界に納めた錬太郎が指を振った。手首をひねって、ハエを払うようなしぐさだった。まったく力むところがなかった。この攻撃は錬太郎には脅威ではなかった。

 錬太郎の合図と同時に座席が止まった。空中でぴたりと止まっている。はじめから空中に座席が作られていたのだと思うほどゆれもしなかった。

 攻撃を防がれたエルヨがもがいた。体全身に力を入れて念力の出力を上げようとしていた。

「うわぁ、ぜんぜんうごかねぇ」

半笑いである。完全にあきらめてはいなかったが、勝てるとも思っていないようだった。エルヨ・ガリファイアはただの義務感で戦っているだけ、約束のために戦っているだけなのだ。錬太郎の武力にはじめからなうとは思っていなかった。

 もだえているエルヨに向けて錬太郎が、一気に距離をつめてきた。その挙動というのは瞬間移動じみていた。エルヨ・ガリファイアの技術というのを見て、習得したのだ。錬太郎にはまったく長引かせるつもりがなかった。自分の命もそろそろ危なくなっているのだ。さっさと終わらせたかった。

 錬太郎が距離をつめてきているのを見てルアウダが叫んだ。

「まって! まって錬太郎! エルヨを殺さないで!」

涙が宙に舞っていた。必死だった。ネフィリムの力を全開にしている錬太郎の様子はどこからどう見てもエルヨ・ガリファイアの命を取りに来ているのがわかる。またエルヨ・ガリファイアがやっていることを考えると、錬太郎がこれから取る行動というのはひとつしかない。ルアウダはまだエルヨのことを大切に思っているのだ。たとえネフィリムという怪物になるという選択をして、自分を悲しませて、今もまた馬鹿なことをしている後輩であっても。大切だったのだ。

 ルアウダが叫んでいる間に、錬太郎がエルヨの首をつかんでいた。まったく難しいことなどひとつもないという様子だった。ここで、エルヨ・ガリファイアの命を奪うためである。しかし錬太郎に怒りというのはなかった。錬太郎は攻撃を仕掛けてきて、命がけでやってきたというのだから、エルバーハとネピルと同じように殺してしまえばいいとしか思っていなかった。正当防衛という気持ちである。そしてまた、奇妙な気持ちというのが心にはあった。

 錬太郎に首をつかまれているエルヨがお願いをした。

「一思いにやってください。痛いのは勘弁」

 錬太郎の光のコートが大きな口に変わった。あっという間の変形だった。さまざまな動物の口が泡のように現れては消えて、大きな口を作り出していく。そして大きく膨らんでエルヨ・ガリファイアを包み込めるほど成長していった。

 自分の運命を受け入れてまったく恥じるところのないエルヨ・ガリファイアに錬太郎がこういった。

「また後で。あなたの演技素敵でした」

錬太郎の声は優しかった。イオニス少年とルアウダを連れ去られた怒りというのもあった。しかし不思議な感情というのを錬太郎には自覚できるようになっていたのだ。エルバーハとネピルと会話したときに感じた気持ちである。馬鹿で理解できない理由だけれども、なぜだかそれが少しだけわかるような気がしたのだ。そしてどうしてなのかうらやましかった。そういう道を選んで歩いてこれたものたちがまぶしく思えた。ここで始末することになってしまったのは結果として、道がぶつかり、お互いに譲れなかったから。それだけである。

 大きな光の口が、エルヨを飲み込んだ。錬太郎の光のコートは一口でエルヨ・ガリファイアを包み込んだ。そしてあっという間にもとの光のコートの形に戻っていった。

 エルヨの姿はどこにもなくなった。まったくどこにもない。念力が失われて、拘束されていたルアウダとイオニス少年が解放された。そして、宙に浮いていた座席たちが落ちて、轟音を立てていた。

 もくもくとほこりが舞い上がった劇場の中でルアウダがひざを突いた。ふらふらと、力をなくしていって、ガクリと地面にへたり込んだのである。 そして泣き始めた。両手を顔に当てて、声を殺して泣き始めていた。周りにいるもののほうが、悲しくなるような、哀れな泣き声であった。

 錬太郎はルアウダに声をかけなかった。ルアウダの悲しんでいる姿を、見つめるだけだった。それ以上のことはしなかった。悲しませている原因が自分にあったからだ。何を言えば救いになるのかなどと思いつくわけもない。仕方がなかっただとか、相手はネフィリムであなたたちを襲った。悪いやつなのだといってみるとか。まったくそんな気持ちにもならなかった。


 

 土煙が収まった後、シージオが戻ってきた。ずいぶんあわてているようだった。シージオは警察署に連絡を取り、これからのことを話し合って、急いで戻ってきていた。そんなところで、轟音を聞きあわてて戻ってきたのである。もしやと思ったときにはもう遅かった。

 あわててもどってきたシージオに錬太郎がこういった。

「あの人たちと同じでした」

平坦な調子で、事実だけを伝えていた。これだけで十分シージオには伝わると錬太郎はわかっていた。あの理解のできない理由のために命をかけて戦ったエルバーハとネピル。その同類であったと。そういってしまえば、どういう結末が待っていたのかなどというのは、いまさら確認する必要はないだろうと。

 錬太郎の答えにシージオがうなずいた。

「わかった。話は後できく」

シージオも平坦な調子と動作だった。うすうすこうなるだろうとは思っていたのである。

 シージオが泣いているルアウダにこういった。

「外に出よう。車を待たせてある」

ほんの少しだけ優しい声だった。シージオにもルアウダの悲しみの理由というのが察せられていたのである。

 錬太郎とシージオが歩き始めたとき、イオニス少年がルアウダの手をとった。ルアウダ一人では歩けそうになかったからだ。



 

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