ネピル博士と発電所 四
戦闘形態をとった錬太郎を前にしてあっという間にネピル博士が、空に舞い上がった。曇り空に浮かび上がると、ネピル博士は空の雲にまぎれてしまった。これがネピル博士の狙いであった。攻撃の準備を雲にまぎれて行うつもりである。
空に舞い上がったネピルは錬太郎の叫びに答えた。。
「私が何なのかだって? ネフィリムの出来損ないだよ」
馬鹿にしたような言い方だった。しかし錬太郎のことをではない。自分たちのことを馬鹿にしているようだった。この答えが、錬太郎にはしっかりと届いていた。ネピル・トゥリフゥリは実際の完成したネフィリムを見てしまったとき、感じてしまったのだ。
「これが完成したネフィリムか。これが自分たちとは違って、本当の混じりけのない存在なのか。
これを見てしまったら、自分たちなどまったく比べる相手にならない。比べるのも失礼だ」
空を雲にまぎれて飛ぶネピルの動きに合わせて錬太郎が手を振った。手を大きく横に振って、ハエでも払うようなしぐさだった。同時に、空間が大きく揺れた。風といわず、世界全体が揺れているような、振るえがおきた。その震えは、たった一つのものを狙って走っていった。これが錬太郎の力。念力である。錬太郎は自分の力が、はるか遠くのものに通じることをよくわかっていた。このような動作を必要とせずとも通ることもわかっていた。しかしイメージがしっかりあるほうが楽に使えるとわかっていたので威力を上乗せするためにこのようにした。エルバーハに叩き込んだときよりも威力は上がっているようだった。これは錬太郎がなれてきたからである。
錬太郎が手を振るのとほとんど同時に、空の雲が千切れて飛んで、隠れていたネピル博士の体も吹っ飛んだ。風に吹かれて飛ぶ、風船のように空高く舞い上がっていった。錬太郎の念力が、ネピル・トゥリフゥリの体を捕らえ、防御するまもなく作用したのである。今、ネピル・トゥリフゥリが空を待っているのは錬太郎の念力の勢いが死んでいないからである。雲に隠れていようが雲ごと吹っ飛ばしてしまえば何の問題もないのだ。
吹っ飛ばされた後、ネピル博士はまだ空を飛んでいた。何とか姿勢を整えていた。しかしずいぶんあわてているようだった。呼吸が荒くなっている。ネピル・トゥリフゥリは自分の考えているよりも、完全なるネフィリムの力が強いことに驚いていた。自分自身を出来損ないとはいっていたがそれなりにできるという自信があったのだ。それがまったく相手にならないほどの出力。須磨字いい完成度だとは思っていたが、それでもありえないと思う心と、恐ろしいという気持ちが合わさって、混乱が生まれていた。
空で息を整えていたネピル博士がつぶやいた。
「お気に召さなかったか?」
まだ余裕がある。これから戦いの始まりだとでも言わんばかりであった。しかし実際は余裕などない。余裕がるように見せかけることで、精神的な駆け引きを行おうとたくらんだのである。単純な力だけならば、あっという間に錬太郎に押しつぶされるのが見えていたために小細工に走ったのである。
空に浮かぶネピルに錬太郎がきいた。
「何が目的で、こんな馬鹿な真似をするのかときいている」
上空にいるはずのネピル・トゥリフゥリにもよく届いていた。ネピル・トゥリフゥリとは反対で錬太郎は余裕があった。先ほどの一発で自分と相手の力にずいぶんと開きがあることを悟っているのだ。
質問を受けたネピル博士が、近くにあった建物を浮き上がらせた。ネピル・トゥリフゥリは指揮者のように手を振った。すると周りにある建物が、大きなビルだとか、住宅だとかまったく関係なしに浮かび上がったのである。浮かび上がった建物が空を埋め尽くして、空が見えなくなった。空に浮かせた建物のすべては、錬太郎にぶつけるために使う玉である。ネピル・トゥリフゥリはまだあきらめていなかった。勝てるとは思っていなかったが、いい勝負をするつもりなのだ。
そして投げ飛ばしてきた。錬太郎を指差して
「行け」
と叫んだ。必死な様子だった。これが効かなかったらどうしたらいいのかという気持ちが表情に浮かんでいた。実際これ以上の攻撃というのをネピル・トゥリフゥリは思い浮かばなかった。大量の質量を伴った念力での攻撃。おそらくシンプルな念力も通じないだろうから、一発目の攻撃から、自分のできる限りの攻撃を仕掛けるようなことになっていた。石を投げるような攻撃だが、効果は抜群である。普通ならば。
錬太郎はそれを弾き飛ばした。指をまっすぐに落ちてくる建物たちに向けた。そして、空中で止めて見せた。空に一枚の大きな壁が出来上がっていた。ネピルと錬太郎の力がちょうどぶつかり合っていたのである。しかしそれもほんの数秒のこと。あっという間に錬太郎が押し返した。そして更地になった場所に引き抜かれた建物たちが積み上げられてしまった。錬太郎は現在の自分の力ならば、できるだろうと感じていた。特に光のコートを引っ張り出しているときの力というのはとんでもないものがある。相手ができるというのならば、自分にもできるというのは、錬太郎の傲慢ではないのだ。実際できた。
積み上げられた瓦礫を横目に見て、ネピル博士がこういった。
「目的? 爺の目的の話かな? 月に上るのは計画していたから。それだけだと思うよ。計画を立てたからやる。それだけさ。情熱なんてない。
何せ本当の目的はとっくの昔に達成できている。技術を極めた人類は滅亡寸前だ。今やっているのは後始末」
ネピル・トゥリフゥリの息が完全に上がっていた。体力の問題というのももちろんある。力を使えば使うほどつらくなってくるのは当然である。そしてネフィリムの力が負担になっているというのもある。ネフィリムは人が使う力ではないのだ。しかし一番は心理的な問題として押されているというのが一番だった。まさか、まったく手も足も出ないとは思ってもいなかった。手加減されるなどというのは屈辱のきわみであった。
錬太郎が、手を振った。少しいらだっているようだった。右手に前に出して、思い切りぎゅっと手をにぎった。そして、握ったものを地面にたたきつけるような動作をして見せた。錬太郎はこうすることで、空を飛ぶネピル・トゥリフゥリを引き寄せられると思ったのだ。そしてそのように力を発揮していた。
錬太郎の動作に合わせて、ネピル博士が地面に引き寄せられた。まったく制御ができていないようだった。錬太郎が右手を握り締めたときに動きが止まり、引き寄せる動作をしたときには、地面に向けて墜落が始まっていた。力がまったく抗えないものだから、ネピル・トゥリフゥリというのは景色が高速で流れるのを見ているだけだった。
ネピル博士は地面にたたきつけられていた。ちょうど発電所の敷地に落ちてくるように調整されていた。錬太郎が話しやすいようにここまで誘導していたのである。丁寧な扱いをしないのは、する必要がないからである。
しかし地面にたたきつけられてもネピル博士はあきらめずに行動していた。錬太郎たちが乗ってきた輸送車を浮き上がらせたのだ。何十トンもある車が浮き上がり、錬太郎のほうに向かって飛んできていた。これはネピル・トゥリフゥリにできる最後の攻撃だった。
飛んでくる輸送車に錬太郎が視線をやる。錬太郎には高速で飛んでくる輸送車の中のバリー・マーロンの顔がよく見えていた。錬太郎が視線を向けるだけで、輸送車というのは空中で動きを止めた。しかしその止まり方というのは、非常に丁寧なもので、車の中のバリー・マーロンが怪我をしないように配慮された動きだった。いちいち手を動かさなかったのはイメージさえあれば錬太郎は視線を向けるだけで力を使うことができるからである。攻撃のときは威力を高めるために動かしているだけだ。
錬太郎の隙をついて無理やり青空にされた空にネピル博士が飛び上がった。しかしはじめのような勢いはなかった。錬太郎の攻撃というのが重大なダメージになってネピル・トゥリフゥリの力を奪っていた。何とか空に向かって飛び上がったのは、錬太郎がまだ空を飛べないと踏んだからである。まだ、空からならばどうにかなるという考えがあるのだ。
空に飛び上がったネピルに錬太郎が叫んだ。
「なぜ戦うのかときいている。ネフィリムだかなんだか知らないが、俺を見るだけなら、こんなまねをしなくてもいいだろうが!」
ほんの少しだけ怒っていた。なぜこんな馬鹿な真似を欲望に正直にネピル・トゥリフゥリが行うのか、さっぱりわからなかったのである。ネフィリムを見るというのならば錬太郎に頼めばよかっただけのことなのだ。それこそ手伝う交換条件として見せてほしいといわれたら、錬太郎は見せていただろう。わからないはずもないのに。
そして、戦っている間まったく後悔していないような顔をするのが錬太郎に迷いを与えるのだ。それがどうにも耐えられなくて錬太郎は怒りはじめていた。
錬太郎の叫びは無視されて発電所の周りの建物が、再び引き抜かれていった。ネピル・トゥリフゥリが最後の戦いに挑むためである。全身全霊をこめた攻撃を仕掛けるつもりである。
空に出来上がる巨大な建物の球体を錬太郎は見て、錬太郎は空に飛び上がった。被害を出さないようにするためである。
そしてネピル博士は空で固めた大質量を投げつけてきた。ネピル博士絵は少し呆れ顔をしていた。錬太郎が空を飛んできたからである。
発電所を狙って飛んできていた建物たちをすべて錬太郎が止めた。錬太郎が腕を前に出し、大質量を念力ひとつでとめて見せた。まったくネピル・トゥリフゥリの力がきいていないようだった。
そして邪魔にならない地面に下ろして見せた。大きな瓦礫の山が出来上がった。
ネピル博士が笑った。
「すさまじいな。これが完璧なネフィリムの力か」
本当にすごいものを見たという感動があった。
ネピル博士の目の前に錬太郎が現れた。あっという間の出来事だった。今まではるか彼方にいたはずの錬太郎がいつの間にか目の前に現れていたのである。錬太郎は自在に飛んだのだ。
錬太郎はネピル博士を思い切り殴りつけた。地面に向けて思い切り念力をこめた拳で殴った。
ネピル博士は、地面にたたきつけられた。落ちてきたところは、錬太郎が先ほど落とした場所と同じだった。
平べったくなっているネピル博士に錬太郎が近寄っていった。
地面に叩き落されたネピル博士の光のコートが弱弱しくなり消えていった。あと少しで消えそうなろうそくの火のように頼りなかった。
錬太郎が近づいてきたのを察してネピル博士はこういった。
「なぜ、戦うのかだったっけ? はじめに答えていたけど見るため。観察のためだよ。研究の行き着いたところというのを観察しなくてはならないと思っていた。だから、ここにいた。
私はね、戦っているときの一番高ぶっている力を見たかったのさ。一番いいところが見たくて、嘘じゃない」
静かな声だった。自分の死というのを受け入れていた。もともと何もかも承知の上で行動していたのだ。ダナム博士の思惑にわかった上で乗っていた。また、錬太郎が現れてその時間稼ぎをしなければならないとなったときに命の終わりというのを確信してもいた。だから満足していた。この結末になっても納得づくであったので穏やかだった。そんな穏やかさがあったから自分の命を奪うだろう錬太郎の質問にも答えようという気持ちになっていた。
答えを聞いた錬太郎が首を振った。
「わからないな。それだけのためにどうして命なんてかける? 命はたった一つしかないのに、そんなもののために?」
錬太郎の表情にあった怒りというのが隠れ始めていた。今の錬太郎にあるのは、目の前で死に掛けている男への興味であった。あまりにも馬鹿な理由で命を懸けて、しかもまったく恥じるところがない。頭の悪い生き方をしているとしか言いようがない。しかし男がどうしてそういうまねをできたのか、興味を持った。だから錬太郎は、さっさと始末したほうがいい相手を、生かすようなことをやっていた。
呼吸を整えてネピル博士がこういった。
「自分のしたいことをする。それ以外の理由があるか?
君だって道を決めたら歩いていくだろう? 私の道はこれだった。それだけさ。思い切ってやってみれば案外気持ちがいい」
嘘だといわれて少し気分を害していた。
錬太郎は黙ってネピルを見つめた。嘘かどうかを図っているようだっだ。じっと見つめて、内面を探ろうとしていた。錬太郎は心を読むことができない。できないけれどもじっと目を見つめていれば、何かわかるかもしれないと思ったのだ。残念ながらさっぱりわからなかった。
考え込んでいる錬太郎にネピルが言った。
「どうやら完全なるネフィリムというのは燃費が悪いらしい。ずいぶん消耗させてしまった。
なぁ錬太郎君。私を食べなさい。できるだろう? お詫びさ。面倒をかけてしまったお詫び」
しょうがないという感じがあった。疑い深いやつだという気持ちもあった。しかし疑われてもしょうがないなというのも混じっていた。何せ信じられないようなまねばかりをやってきたのだから、都合よく信じてもらえるわけがない。お詫びというのは本当にお詫びである。最後に少しだけ本当を見せれば、自分のいっていることを信じてもらえるのではないかと思ったのだ。
回復に自分を使えというネピルに錬太郎はポケットにはいっているコインを取り出した。そしてはじいた。コインは裏だった。錬太郎のやるべきことというのはすでに決まっている。これから控えている戦いのため力の回復が必要だった。コイントスを行なったのは、まっすぐにネピル・トゥリフゥリを見ていられなかったからである。
錬太郎は、光のコートの形を変えた。エルバーハとの出会いで目覚めた力は、すでに自在に使いこなせるようになっていた。錬太郎はネピル・トゥリフゥリを食らうのだ。
光のコートが口のような形をとったとき錬太郎はつぶやいた。
「いいなぁ、あんたら」
そして光のコートは一口でネピルを食ってしまった。ネピルの体はどこにもなかった。
戦いを終えた錬太郎が戻ってくると、シージオがこういった。
「大丈夫だったか?」
戦いを終えた錬太郎の表情というのがずいぶんと暗かったからである。エルバーハの戦いの後と同じように、気を失うのではないかという不安があった。
心配するシージオに錬太郎が答えた。
「大丈夫ですよ」
表情は暗かった。錬太郎は自分の中の妙な感情を、うらやましいと思ってしまう感情を処理しきれなくなりつつあった。
輸送車から、バリー・マーロンが走ってきた。
そして大きな声でこういった。
「大変です! イオニス君と、ルアウダさんがさらわれました!」




