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ネピル博士と発電所 二


 まだ少しからだの調子の悪い錬太郎は仮眠室でイオニス少年と遊んでいた。コインをはじいて、表と裏がどちらが出るかといって遊んでいたのである。動き出してもよかったが、流石に歩き回るほどの力というのは全身になかった。できるなら静かにしておきたいという気持ちがあった。そうして休もうと思ったのだけれども何もしないというのもなかなかつらいものがあった。そういうわけで何かしようという話になったのだが、トランプだとか遊べるようなものがない。あるとすれば、錬太郎のポケットに入っていたコインくらいのものである。そこで錬太郎がこいつを使って、ひとつ遊ばないかと言い出したのだ。錬太郎は自分の体に不思議な力があるということを理解していたので、その練習としてというのもあった。

 何度もコインをはじいて裏と表を当てる遊びをしたのだが、イオニス少年はさっぱり正解を当てられなかった。コインの裏と表を当てるだけの遊びである。まったくあたらないというのはおかしい。しかしイオニス少年はさっぱり当てられなかった。ものすごくよく見て、裏と表を言い当てようとするが、さっぱり当てられない。イオニス少年の運が悪いということでもなければ、動体視力というの極端なまでにないということでもないのだ。

 イオニス少年がどうしてと聞いた。ずいぶん悔しそうだった。二分の一の確率でどうにかなるはずなのに、まったく当てられない。流石に悔しくもなるが、何十回と試してまったく当てられないということになると流石に不思議になってくる。悔しさというのもあるが、おそらく錬太郎が何かしているだろうというトリックのほうが気になっていた。

 イオニス少年に尋ねられて錬太郎が答えた。

「ちょっと念じると、簡単に表と裏を操れるみたいなんだな、これが。ちょっとみてみ?」

ほんの少しだけ、得意げだった。自分の考えたトリックというのはそこそこわからないだろうという自信があったらしい。錬太郎が素直に答えたのは、トリックについて話したかったというのと、自分が不思議な能力を使いこなせているというのを人に話したかったのだ。たいした意味はない。見せたかったから見せただけである。

 不思議がっているイオニス少年に錬太郎はコインを操って見せて、イオニス少年を驚かせた。コインを宙にはじいて見せて、コインを落とさないようにそのまま空中で回転させ続けていた。そしてコインを手のひらにのせて、手のひらの中でコインの裏表を変えて見せるということもやって見せていた。イオニス少年が驚いていたのは、自分たちの超能力というのはここまで強いものではないので、錬太郎のように自在に使えるというのがずいぶん不思議だったのだ。ここまでのことをやろうとしたら、補助器具がいるのに錬太郎にはそれがない。イオニス少年にとってはとても不思議なことだった。

 ひとしきり遊び倒してから、錬太郎は、イオニス少年に聞いた。

「お父さんと、お母さんは見つかった?」

静かな調子だった。警察署の職員にイオニス少年のお父さんとお母さんの話は間違いなく伝わっているはず。ならば、時間がたち避難している人たちの情報が入るようになった今ならば、もしかして見つかっているのではないかと考えたのである。 

 錬太郎の質問に対して少し時間を置いてイオニス少年は答えた。

「どこにもいなかった」

泣きそうな声だった。まったく見つからなかったのだ。イオニス少年は自分の両親というのがもうすでに、死んでしまったのか、それとも怪物になってしまったのかという不安を抱えていた。その不安が、錬太郎の質問でよみがえってきたのだ。

 錬太郎は申し訳そうな顔をして、謝った。深々と頭を下げていた。自分の考えが足りなかったことをすぐに理解したのである。イオニス少年の両親が見つかっていたのならば、そもそも自分のところなどにくるはずもないのだから。

 イオニス少年は錬太郎にこういった。

「謝らないでよ。まだ、わからないんだから。警察のお姉さんが教えてくれたんだ。ダナム博士が研究者を連れて月に向かったって。きっとお父さんもお母さんも、一緒だよ。お父さんもお母さんもリーダーだから、きっと間違いないだろうって」

強がっているようなところもあったが、確かな希望もあると信じているようだった。可能性があるのならば、まだわからないのだ。イオニス少年がまだ強くあれるのは、奇跡というのがあると知っているからである。何せイオニス少年は錬太郎と出会うという奇跡を体験している。錬太郎と出会い、命が助かり、そしてシージオと出会い、ここまで来ている。きっと何かが一つでもかけていたら、イオニス少年はこの世にはいなかっただろうと予想がつく。ならば、今どこにいるのかわからない両親も、奇跡が起きて生き残っているかもしれない。自分が奇跡を体験しているからこそ、信じられた。

 錬太郎は、うなずいた。

「そうだな。きっとそうだ」

錬太郎もまた信じているようだった。そして少しも馬鹿にすることがない。不思議なことだが、錬太郎の心には力が満ちていた。合理的な説明ができる言葉ではないのにもかかわらず、信じられるのだから、不思議である。


 

 遊び始めて三十分ほどたったころ錬太郎が休んでいる部屋に、シージオが入ってきた。ずいぶん精神的に消耗しているようで、ライオンヘッドがしなびていた。肩を動かしたときに銀の砂の粒がぱらぱらと落ちた。シージオが錬太郎のところに来たのは、とりあえずの予定が決まったのと、自分たちの決定に異を唱えていたルアウダを一応説得することができたからである。説得といってもお互いに道が分かれているということを確認したというだけのことである。おそらく二つの道は永遠に交わることがないだろう。

 部屋に入ってきて少し言いよどんでから、シージオが錬太郎にこういった。

「錬太郎、そのままでいいからきいてほしいことがある」

シージオは少し弱っているようだったが、声には力があった。覚悟を決めたようだった。シージオは錬太郎に自分の計画に乗ってもらえるように説得するつもりなのだ。そしてすでにシージオの頭の中では自分の人としてのプライドと人情というのを押しつぶすことが決定されてあった。

 シージオに声をかけられてすぐ錬太郎は、シージオをすっと見つめた。シージオの内面を探るような目だった。しかしこれは意地悪をしようという目ではなかった。自分が期待しているだろう内容のお願いを、シージオがしてくれるのだろうかという期待が錬太郎にはあった。錬太郎は目の前にいるイオニス少年のため、そしてまだ見ぬものたちのために守るということを選んでいる。そのためもしもここで戦うなといわれたら面倒くさいことになるという気持ちになっていた。できるのならば、頼んでもらいたい。なぜなら、頼んでくれたほうがずっと、手短に済むからだ。シージオの内面を見透かそうとしたのはそのためだ。

 錬太郎の涼やかな目に射抜かれながらシージオが話し始めた。

「つい先ほど、私たちのところにメッセージが送られてきた。メッセージは発電所から送られてきているものだった」

非常に丁寧な口調だった。できるだけ今の状況というのを錬太郎にわかってもらいたい。わかってもらえれば、自分の言いたいことも、説得もかないやすいだろうから。錬太郎が誰かのために戦える人間であるとシージオは見抜いている。イオニス少年を助けたこと、初めてであったときの行動、そしてルアウダを助けてきたこと。十分すぎる根拠がある。そのため説得しだいでは自分たちの願いがかなう可能性が高いと踏んでいた。

 錬太郎がうなずいた。満足げだった。戦うのはだめだといわれて、いちいち説得をしなければならないというパターンが消えたのがわかったのだ。錬太郎は今の話しはじめだけで、十分シージオの言いたいことがわかっていた。

 そしてうなずいてから、シージオにきいた。

「発電所の職員さんですか? よく、守りきってくれていますよね。ライフラインが完全に切れていないのは、その人たちのおかげってことでしょうか」

楽しそうだった。やる気満々で、戦いにいってやるぞというのが見えている。しかし完全に浮かれているということはなく必要なことは話してくれよという冷えたところもあった。錬太郎は自分がこれから動き回るだろう場所がどういう状況にあるのかというのを知りたかったのだ。

 シージオが首を横に振った。残念そうだった。

 そしてシージオはこう話した。

「発電所を守っているのは発電所の職員たちではない。彼らはもう怪物になっているのだと、おもう。このメッセージを送ってきたのは、ダナム博士の関係者だ」

 この話を聞いてすぐ錬太郎は笑った。失笑だった。楽しいのではなく、簡単になったという感じで喜んでいた。それこそ学校のテストで簡単な問題がずらっと並んでいたようなときの、楽勝ムードである。しかしこの笑いというのは、戦いが楽になったということでの笑いではないのだ。自分がこれからやらなくてはならない行為というのが、わかりやすい行為になったというので笑ったのだ。作戦を練るとか、交渉するとか、そういう面倒なことではなく、誰が敵なのかといって悩む必要というのもない。ただ、目の前に現れるだろう敵を倒すだけでいい。その簡単さに、錬太郎は笑ったのだ。

 少し笑ってからシージオに錬太郎がこういった。

「さっぱりわかりませんね。ダナム博士は、この世界を滅ぼすつもりだといっていましたけど? 何で、発電所を守っているんですか」

笑った後の錬太郎は冷静であった。錬太郎が質問を飛ばしたのは、わからないことがあったからである。わからないのは、ダナム博士の目的人類滅亡と、発電所を守っている人物の行動が一致していないところである。本当に滅亡させたいのなら、ライフライン、生活を維持するために必要なものはすべて叩き壊しておくべきである。少なくとも博士ならばできただろうと思う。なぜならエルバーハのような力を持つものがほかにも二人いるのだから、楽勝だろう。

 シージオが首を横に振った。困っているようだった。シージオもさっぱりわからないのだ。一応の予想というのは考えられるけれども、確証というのがなかった。

 シージオはこういった。

「理由はわからないが、大切なのはそこではない。大切なのは発電所からメッセージを送ってきた何者かが、私たちに発電所を任せたいといっているところだ。

 ご丁寧に、このお願いを聞いてくれなければ、ライフラインが完全に途切れるだろうとも説明してくれていた。

 非常にわかりやすい説明で、理解しやすかった。満場一致で、発電所に向かう決定が出たよ」

 錬太郎が大きく笑った。笑ってはならないところだったのだが、面白かったのだ。

 笑い終わってからこういった。

「罠ですよね」

冷えた調子であった。錬太郎の頭に浮かんでいるのは罠を仕掛けたダナム博士の一派が、待ち構えている姿である。錬太郎の事を狙っているとエルバーハが教えてくれたのだ。当然がそのくらいのことはやっているだろうとすぐに思い当たった。エルバーハの口ぶりからすると、ダナム博士は錬太郎が邪魔らしい。真正面からでは錬太郎の武力に対応できないと判断したなにものかが回りくどい方法をとったのだろうと、予想もつく。

 錬太郎の指摘にシージオがこう答えた。

「だろうな。しかしいかないわけにはいかない。実際メッセージが送られてきたこと自体は真実なのだから」

あきらめているようだった。罠だとわっているけれども、ライフラインを切り捨てられてしまえば間違いなく滅びに近づいていく。ただでさえ復興を急がなくてはならないのに、電力が使えなくなるというのは、死活問題であった。わかっていても突っ込んでいかなくてはならない。シージオの新しい悩みの種だった。

 がっくりとしているシージオに錬太郎はこういった。

「わかりました。俺は、ついていけばいいんですか?」

まったく不安そうなところがなかった。シージオの話しぶりから察すると、自分にはもしものとき、エルバーハのようなものが出てきたときに排除してくれということであると推測することができていた。実際、ここまで話をされて、わからないわけもない。

 シージオがこういった。

「あぁ、もしもの時には任せたいと思う。あの力、自在に使えそうか?」

シージオの表情は少しだけ明るくなっていた。もしも錬太郎がだめだといったときにはどうすることもできないからだ。また、自分から言い出せなかったことを、錬太郎が言ってくれたので心が少しだけ軽くなっていた。

 シージオの質問に錬太郎は笑った。

「不思議なことで、呼吸をするように」

自信があるという感じがあった。

 錬太郎の答えを受けて、シージオがうなずいた。そしてこういった。

「頼もしい限りだ。では、すぐに出発しよう。発電所はここから、三十キロ先だ、バリーが運転をしてくれる。それと、体は大丈夫か? ずいぶん辛そうだったが」

やることをやるぞという仕事人としての振る舞いと、どこか親しげな感じが交じり合っていた。シージオはやることをやるという覚悟を持ってはいたが、人間味を完全に押さえ込むことができていないのだ。利用するとは決めたけれども思いやりまでが封じ込められなかった。

 シージオにたずねられて錬太郎は、ベットから降りた。ふらついてはいなかった。ずいぶん元気があるように見えた。そのように錬太郎が振舞ったからだ。元気があるというわけではない。体はまだだるい。しかしやる気だけは会った。やる気があるのだから、やらせてくれよというアピールである。

 そのとき、錬太郎は少しだけふらついた。めまいで、足元がおぼつかなくなるような、ふらつき具合である。錬太郎は気力こそ充実して、心も決まっていたが、体がついてこないのだ。

 ふらついたのを見てすぐイオニス少年が錬太郎を支えた。看病をする人のような、必死さがあった。イオニス少年は錬太郎の調子が悪いことをよく知っている。そのため自分が支えなくてはという子供らしい感情、助けられるのなら助ければいいじゃないかという気持ちで構えていた。そして、その気持ちのところに錬太郎がふらついたので、簡単に対応することができたのだ。身構えていたら、急な事態にも対応できるように、善意が先回りしていた。

 錬太郎が、お礼を言った。少し恥ずかしそうだった。できるぞといって見せておいて、ふらつくのだから、これは恥ずかしい。

 シージオが心配そうにこういった。

「大丈夫なのか?」

申し訳ないという気持ちがにじんでいた。

 錬太郎は、うなずいた。できるだけ元気が見えるようにうなずいていた。ここでだめだといって返されてしまったら、守りたいものが守れなくなるかもしれないのだ。錬太郎も必死だった。ただその姿というのは、あまり見ていていい気持ちにはならないだろう。何せ、つらそうなのだから。

 錬太郎がシージオに聞いた。

「そういえば、そのメッセージはどちらさんから送られてきたんです?」

場の空気を茶化すような声色だった。錬太郎は、休憩室の空気を変えたかったのだ。失敗してだめなところを見せてしまって、変な空気になったことを質問で塗りつぶしたかった。

 シージオが答えた。

「メッセージの送り主はネピル・トゥリフゥリ。ダナム博士の弟子だ」

少しあわてているような感じだった。錬太郎の配慮にあわせたために、あわててしまったのだ。休憩室が変な空気になっていたのはシージオにもわかっていた。

 錬太郎がこういった。

「なるほど」


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