表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
21/42

ネピル博士と発電所 一

 戦いが終わった後のことである。錬太郎はひざをついた。全身から力が抜けてしまったようだった。それは錬太郎自身が、まったく理解できていないようだった。急に自分の見ている世界が、一段下がったことに驚いていた。錬太郎がひざをついたのは、まったく力が出なくなっていたからである。錬太郎の意識というのは立ち続けることを選んでいた。意識ではなく肉体というところが、どうにもエネルギー不足になっているのである。人間というのは心と体というのが微妙にかみ合わないことというのがある。一生懸命なときというのは心が先に走りすぎて、肉体の不調を忘れさせるということがあるが、錬太郎の場合は、肉体の不調が強くあるため、意識がどれだけ立てと命じていても動けないのである。

 錬太郎がひざをつくとすぐにシージオが駆け寄ってきた。ものすごい勢いだった。ライオンヘッドで表情がわかりにくくなっているのに、あわてているのがよくわかった。錬太郎に自分ではまったく対応できない問題が起きたいのではないか。戦いの中で見せた強烈な超能力。そして光のコートを身にまとうという現象というのが、問題になっていて、錬太郎の命を脅かしたのではないか。

 シージオは錬太郎の命を人類のために使うと決めていたのだけれどもまだ錬太郎の命を使うことに完全に納得させられていないのだ。つまり自分自身のプライドを殺しきれていない。そのため、錬太郎がひざをついたときシージオは駆け寄らずにいられなかった。戦えば命の危険が付きまとい、何がおきるかわからないという覚悟が吹っ飛ぶくらいには、まだ自分の選択を後悔しているのである。

 シージオは錬太郎に声をかけた。

「大丈夫か!」

ひざを突いて動けなくなっている錬太郎よりも、駆け寄ってきたシージオのほうが辛そうな雰囲気がある。作戦に錬太郎が組み込まれているからというよりも、錬太郎という一般人を心配しているのだ。ただただ、戦いの影響で、命を削っているということが、心配だった。矛盾してはいたが、二つはまったく切り離されていなかった。

 ひざを突いて動けなくなった錬太郎は、あらぬ方向を見つめていた。シージオをまったく見ていなかった。錬太郎は混乱していた。自分の体に起きている変化、そして体に備わっているだろう力。そして倦怠感と、憎むべき存在に対してのうらやましいなどとおもう不可解な自分という問題。どれもこれもさっぱり理解できない。このわからないものの渦の中で、混乱していた。

 ぼんやりとしている錬太郎の体にシージオが触れた。壊れ物を扱うような丁寧さがあった。錬太郎の体に手を回して、錬太郎が気がつかないのではないかというくらいの静かな動作で、錬太郎を担ぎ上げた。錬太郎をすぐに安全な場所に連れて行くためだ。錬太郎の様子というのはシージオから見ると非常に危険な状態だった。目がうつろで、まったく反応がない。このままこの場所に残しておくことも、意識が戻ってくることも期待することはできなかった。そのためシージオは警察署の中に錬太郎を連れて帰り、休ませようと考えたのだ。

 シージオの手のひらに、銀の砂がついた。この銀の砂の粒というのは、錬太郎の体から生まれてきているものである。

 しかし、気がついていなかった。シージオの両手、全身というのはライオンの毛皮のようになっている。その上、錬太郎の調子が悪いということに注意が向いていて砂の粒などというのに気を回していられなかった。



 錬太郎を担ぎ上げたシージオが警察署に向けて歩き出した。錬太郎という重たい荷物を運んでいるというのにまったく錬太郎は揺れていなかった。しかし歩くスピードは非常に速かった。シージオはできるだけ錬太郎の負担にならないように動いていた。

 警察署のバリケードが開かれた。しっかりと侵入者を防ぐように作られていた瓦礫が分かれた。砦の門が開くようだった。戦いに出ていたシージオと錬太郎を迎え入れるためである。

 シージオがバリケードを超えたとき若い警察官バリー・マーロンがシージオに声をかけた。

「これが、錬太郎君の力ですか。ダナム博士に改造されて、記憶を奪われて。こんなことに」

バリー・マーロンは泣いていた。バリー・マーロンは錬太郎の置かれている境遇というのを考えて、そして、力を使って疲れ付している錬太郎を見ている。その錬太郎の様子というのを見ていると、どうして錬太郎ばかりが、こんな目にあわなくてはならないのかというような理不尽な状況に対する怒りがふきだしてくる。かといって、錬太郎の力を使わないわけには行かない。彼らには力というのがものすごく少ないから。そんな状況が重なり、涙があふれているのだ。

 シージオは目を伏せた。バリー・マーロンの言葉というのにまったくこたえられなかった。その言葉は人からききたくなかった。シージオには後ろめたい感情があった。シージオは自分のやっていることが、あまりにも罪深いと理解しているのだ。バリー・マーロンの涙の理由だとか、錬太郎が疲れふしている状況というのは、自分に原因がある。そう思っているから、シージオはまっすぐに前を見れなかった。

 シージオがバリー・マーロンにこういった。

「錬太郎を休ませよう。話はそれからだ」

 バリー・マーロンがうなずいた。涙をぬぐいながらではあったが、しっかりとうなずいていた。バリー・マーロンは錬太郎を休ませて上げたいといういたわる気持ちがわいていたのだ。

 そしてバリケードを守っていた警察官たちもそれに続いて、うなずいた。



 シージオに運ばれてきた錬太郎は、ベッドに寝かされていた。ベッドは警察署で働いている職員たちが、仮眠を取るために使っているベッドである。今は職員たちが忙しく働いているので、錬太郎しか使っていないが、まだほかにもたくさんのベッドが用意されていた。ここにつれてきたのはシージオでほかの避難民している人たちとはまったく違うところに連れていている。錬太郎というのは避難している人たちと同じ一般人ではない。そのため一緒にするということはできなかった。

 仮眠室に連れてこられてからずっと錬太郎は天井をぼんやりと見つめていた。錬太郎の目には力がまったくなかった。よどんでいた。錬太郎は考え事をしていたのだ。自分の体というのが理解できない力を宿しているということ、しかしその力というのが思い通りに使えるということ、人の命を奪って、しかも食べてしまったということ。自分の体が非常にだるく、重たくなっているということ。そして、憎むべき存在をうらやましいと思ってしまったこと。

 そうなってきて、錬太郎の気持ちというのはずいぶん暗くなっていた。世界など終わってしまっていいのではないかと。疲れているときというのは気分が落ち込むものであるが、錬太郎もそうだったのだ。

 錬太郎が休んでいる部屋の扉が開いた。ずいぶん音を立てないようにしているという注意があった。錬太郎のお見舞いに来たのだ。

 部屋に入ってきたのはイオニス少年とルアウダが入ってきた。二人はシージオに連れられてやってきた。イオニス少年もルアウダもずいぶんと暗い表情をしていた。特にルアウダは青ざめていて見ていられないような顔だった。二人とも錬太郎が侵入者に対して防衛を成功したということをきいて喜んでいたが、戦いの影響で錬太郎が動けなくなってしまったということを聞き、すぐに心配になったのである。そうしてすぐに錬太郎のところへ行きたいということでルアウダがシージオにお願いをして、それにイオニス少年が引っ付いてやってきたのだ。二人とも錬太郎の様子が気になったのだ。

 ベッドに横たわっている錬太郎を見つけてすぐルアウダが錬太郎に駆け寄ってきた。

「錬太郎! だからいったのに」

自分のいっていることは間違いではなかった。どうしてこんなことになってしまったのか。やはり自分の考えというのは間違いだったという、深い後悔が言葉ににじんでいた。ルアウダはシージオの話にいったんはうなずいてはいたけれどもシージオと同じように錬太郎を利用するということに深い後悔を感じていた。シージオはまだ警察官で、人を守らなくてはならないという義務感があるためかろうじて心を保っていられたが、ルアウダには無理だった。

 ルアウダが駆け寄った後で、イオニス少年が錬太郎に静かに近づいてきた。できるだけ静かに、錬太郎を刺激しないようにという丁寧な動きだった。イオニス少年は錬太郎の身を案じていた。イオニス少年は自分が風邪を引いて体調を崩しているとき、うるさくされるととてもいやな気持ちになったのを覚えていた。もしかしたら錬太郎も気分を悪くするかもしれない。そう考えて、イオニス少年はできるだけ静かに動いたのだ。

 二人が近づいてきた後で錬太郎が二人のほうを向いた。ゆっくりと体を起こして、二人の目を見つめた。錬太郎の頭にはずいぶんと薄暗い考えというのがあった。疲れが錬太郎の頭の中を暗くさせているのだ。しかし薄暗い考えがあったとしても錬太郎の明るい気持ちが、二人に対して思いやりを発揮した。せっかく自分の身を案じてここに来てくれた二人に対して、まったく何もしないというのは心無い行為だろうと。だから無理にでも体を起こして、二人に対応しようとした。

 錬太郎が無理に起き上がった後、錬太郎の目を見たルアウダがシージオにこういった。

「シージオさん、少しお話があります」

覚悟を決めたような声があった。非常に凛として迷いがなかった。錬太郎の無理やりに体を起こし、そしてその目を見たときに錬太郎が変わってしまったのを理解したのである。そうして、理解してしまったからこそ、今までのように振舞うことができないといことにも気がついた。つまり人類全体のために錬太郎を利用して生きるというのができないと悟ったのだ。自分の良心の咎めにどうやっても打ち勝てない。気がついたからこそ、ルアウダはもう自分を偽るのをやめたのだ。それが未来の結果を左右するとしてもである。

 ルアウダが声をかけてすぐシージオがうなずいた。

「私もだ」

ルアウダとはまた違ったりんとした声だった。覚悟を決めたようだった。シージオの覚悟というのはルアウダの覚悟とはまた違った覚悟である。シージオはルアウダの覚悟というのを先の一言で気がついた。そして自分がどういう振る舞いをしなければならないのかというのを確信した。つまりそれは今もなお生きているだろう人類のために錬太郎を使うということ、そしてその罪は自分が背負い戦うということである。目の前で動けなくなりつつある錬太郎を使うということ自体がシージオの良心を追い詰めるが、しかし目の前にいない人たちのことを思うと、犠牲もやむないと思うのであった。

 ルアウダとシージオが部屋から出て行った。部屋から出て行く二人の姿は、まったく穏やかでない。空気がぴりぴりとしていて、近づくのが恐ろしい。これから命を懸けて戦うのだといわれても信じられる。ルアウダもシージオもお互いが何を言いたいのかというのがわかっていた。シージオが錬太郎を利用してでも人類を救う道。ルアウダは自分の命を救ってくれた錬太郎の命を、救う道である。どちらも間違いではない。立場が違えばひっくり返るだろう主張である。ただ、今この瞬間二つの主張が並び立つことはない。だから二人はお互いの意見の交換が、完全な分かれ道であるということを察していた。どちらも、譲るつもりはなかった。

 大人二人が出て行って、少ししてからイオニス少年が錬太郎にこういった。

「聞いたよ、錬太郎。僕たちを守ってくれたんだよね?」

確認するような感じだった。イオニス少年は錬太郎がどのように戦ったのかというのを知らない。警察署の職員が、教えてくれただけなのだ。教えてくれたのはバリー・マーロンなのだけれども、その様子というのをきいてみても、錬太郎がまた自分のことを助けてくれたのだというようにしかわからなかった。錬太郎の戦う様子だとか、どういう力を使ったのかというのも、人から聞いたことでぼんやりとしていた。だから確認のために聞いたのだ。

 イオニス少年の質問に、少し考えてから錬太郎はうなずいた。全身の力が弱くなっているせいなのか、うなずくだけのどうさが、弱弱しくなっていた。錬太郎がうなずいたのは、答えるだけの気力がわいてこなかったからである。不思議なことで暗い考えが頭の中を渦巻いていると、どうしても力というのが出てこない。すでに力が満ち始めているのだけれども絶望に近い感情があると、満ちている力が使えなくなるのだ。病は気からというが、絶望が今ある力を捨てさせる。

 うなずいた後で、錬太郎はこういった。

「あぁそうだ。そのつもりだった」

錬太郎はこういってたときに笑っているようだった。しかし楽しく笑っているのではない。自分がやってきたことを、馬鹿にしているような笑いだった。錬太郎は自分が戦ったということ自体が、なんとも馬鹿らしいことのように思えていたのである。人を守るとか、一生懸命になるのだとか。そのような考え自体自体が、理にかなっていないような気になっている。これもまた、絶望の作用だ。何もかもがおろかに見える。そして他人のために命をかけることというのも馬鹿でしょうがないと笑えたのだ。

 錬太郎の言葉をきいて少し考えて見せてから、イオニス少年が首をかしげた。そしてこういった。「何かつらかった? どこか、怪我した?」

イオニス少年はずいぶん心配していた。錬太郎の体をよく見て、怪我をしていないかといってきょろきょろとしていた。純粋に心配したのだ。錬太郎が今までに見たことがないくらいに暗い顔をして、もうだめだといわんばかりに落ち込んでいる。それが、戦いの結果、怪我をしてしまって、体のどこかがつらくなっているのだろうとそう考えたのだ。イオニス少年は自分ではわからないどこかに、それこそ医者にかからなくてはわからないようなところに不調があると思い、錬太郎に聞いたのだ。もしもだめならば、すぐにでも医者に行こうというつもりだった。

 イオニス少年の様子を見て、錬太郎は微笑んで見せた。自然な微笑ではない。作った微笑だったので、ずいぶんいびつな感じがあった。しかし、絶望の影が消えようとしていた。これはイオニス少年を笑ったのではない。自分のことを心配してくれるイオニス少年に報いたいと思ったのだ。笑顔を見せることだけで大丈夫だと思ってくれるかどうかはわからないが、それでも大丈夫だと見せたかった。

 そしてこういった。

「いや、つらくないよ。ぜんぜんつらくない」

まっすぐな言葉だった。先ほどの薄暗い感情は心のそこに沈んみはじめていた。この言葉はイオニス少年と、自分自身に送られた言葉だった。自分を心配してくれるイオニス少年に、心配しなくていいと伝えるための言葉。そして、守れたものがあるという事実と、何もかも奪われたことを今でも抱えている自分に対しての、励ましの言葉だった。つらいのかと問われたときに、錬太郎はこう思ったのだ。

「つらくない」

と。少しもつらくなかった。つらくなかったのである。戦いも体の倦怠も、つらくなかった。つらいことといって思い出すのは、あの失われた光景だけだった。

 ほんの少しだけ力を取り戻した錬太郎はこういった。

「みんな、大丈夫だった? 襲われたりしなかった?」

錬太郎の言葉には徐々に力が満ち始めていた。暗い気持ちがどんどん消えうせていっていた。絶望をわずかな光が吹き飛ばすことがある。

 イオニス少年が大きくうなずいた。元気いっぱいだった。イオニス少年は今まで元気のなかった錬太郎が、再び元気になってくれたことで安心したのだ。辛そうにしている錬太郎がやっといつもどおりに戻ってくれた。それだけでうれしかったのである。

 錬太郎は何度もうなずいていた。錬太郎もまた、イオニス少年と同じくらいにうれしそうだった。錬太郎はイオニス少年のうなずくのを見て、自分の大切なものたちの姿というのを思い出していた。それは今はもうどこにもない姿である。家族、友人、故郷。何もかもが遠くなっている。錬太郎はその姿を、この少年に重ねていた。

 そして小さな声でつぶやいた。

「今度は、守れた」

もう絶望はない。希望に満ちた言葉だった。錬太郎は自分のどうしようもない状況を、どうすることもできないものだとわかっていた。わかっていたからこそ、人に重ねることにした。それがまったく意味のない、利益の出ない、無駄な行為であるともわかっていた。何せ絶望する理由でもあったから。つらい目に合うのは自分なのだとよくわかったのだから。しかし、理由はまったく納得してもらえないだろう理由だが、この道を選ぶことに決めた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ