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警察署とエルバーハ 五


 要求にこたえてバリケードをこえたシージオがエルバーハ・アリウムに質問をした。丁寧な調子であった。

「どういう用件で、怪物たちを率いてこんなところまできたのです。戦うだけならば、あなた一人だけでいればよかったはず」

戦うために現れたといっているのにもかかわらず、明らかに別の目的を持った行動をとっていたからである。

 シージオの質問にエルバーハは答えた。はきはきとしていた。

「もしも戦ってもらえないときのために、というやつだ。襲うといえば、やる気になるだろう?

 そして、まぁ、頭のおかしい爺の、ダナム博士の命令もある。表面上はこれが一番さ。腹立たしいことだがな。立場上、逆らえない」

 エルバーハの答えを聞いて錬太郎がにらみつけた。不穏な空気というのがあった。口元も、微妙にゆがんでいる。怒りのためだ。錬太郎は自分の背後にいるものたちというのが悪意にさらされるというのを考えたとき、どうしようもないほど心が揺れてしまった。背後にいるものが失われてしまうかもしれない。それを思うだけで、まったく攻撃もしていない相手を始末してもかまわないというような怒りがわいてきたのである。

 怒りを宿した錬太郎を見てエルバーハが笑った。ずいぶん楽しそうだった。

「いい感じだ。強い意思を感じる。むかついていたが、ダナム博士の計画に乗ってよかった。報われた!」

 エルバーハはそしてこういった。

「やる気満々だな。なら、戦おうじゃないか。さぁ、やろう!」

 戦いのゴングを勝手に鳴らしたエルバーハの体が、光に包まれた。戦いの開始を告げると同時に、体の内側から光がにじみ出てきたのである。赤色の光だった。その光が、物質的な質感を持つようになり、ついには光り輝くコートを作ったのである。この光のコートをエルバーハが引っ張り出してきたのは、この形をとることが一番ネフィリムの力を発揮しやすいと知っているからである。エルバーハは本気で錬太郎を叩き潰すつもりなのである。

 光のコートをまとったエルバーハを前にして錬太郎は目を見開いた。驚いていた。大きく眼を見開いて、何が起きたのかを理解しようとつとめている。錬太郎は目の前で起きた現象というのが、どういう理屈でおきているのかがわからなかったのだ。自分自身が光を操って復活を果たしたというのは覚えてはいたが、この光のコートを生み出す理屈というのは錬太郎にはなかった。

 驚く錬太郎を見てエルバーハがこういった。がっかりしていた。

「あぁ? もしかして使いこなせていないのか? それは困ったな。どうしたらいい? どうしたら本気になってもらえるかな? あぁ、そうだ」

どうしたものかと悩んで見せて、そして何か思いついたらしく手をたたいていた。エルバーハは完全なるネフィリムの力と戦いたいのだ。そのため錬太郎がどうしたらいいのかわからないという状態で戦うつもりというのはなかった。

 何か思いついたエルバーハは自分の後ろに控えている怪物の群れを見た。いやらしい笑みが浮かんでいた。エルバーハは錬太郎にひとつ教えてやるつもりなのだ。自分たちの力をどうすればうまく使えるのかというのを。そのために教材というのが必要になる。その教材を自分が引っ張って連れてきた怪物たち、怪物に変えられてしまった哀れな犠牲者たちを使ってエルバーハは行おうとしていた。

 エルバーハの様子から察したシージオが叫んだ。

「やめろ!」

錬太郎に負けないほどの怒りが含まれていた。エルバーハのやろうとしていることは、力のないものを巻き込む恐るべき行動なのだ。シージオと錬太郎ならば怪物にやられることはない。しかし数え切れないほどの大群を完全に自分たちの背後に通さないというのは無理だった。そして無理だったときにおきるのは、たくさんの命が消えるという結果である。それは許せないことだった。

 叫ぶシージオを無視してエルバーハが号令をかけた。

「怪物たちよ、警察署と、病院を襲え!」

指をさして警察署と病院を示していた。そして数え切れないほどの怪物たちに命令をかけた。すべては自分の目の前にいる完全なるネフィリム、錬太郎に力の使い方を教えるためである。



 数え切れないほどの怪物たちが動き出したとき、錬太郎の目に危険な光が宿った。錬太郎の眼球の奥に夕焼けのような光が宿った。錬太郎が震えるたびに夕焼けのような光が残像を描く。錬太郎の心が完全に決まったのである。そして、その完全に決まった心に肉体が応じた。

 満ちていく力を感じながら錬太郎が、叫んだ。

「てめぇはここで死ね!」

 叫びと同時に錬太郎の体の内側から光がほとばしった。夕焼けのような光が警察署前を染めた。夕焼けのような光はあっという間に物質的な質感を手に入れた。そしてコートのような形をとった。錬太郎の戦う意思にネフィリムの肉体が能力で応えたのだ。結果、エルバーハが身にまとっているのと同じような光のコートを手に入れるにいたったのである。

 夕焼け色の光のコートをまとった錬太郎を前にしてエルバーハが笑った。

「そいつが見たかった! 混じり物なしのネフィリムの力!」

 笑うエルバーハを無視して錬太郎が手を振った。錬太郎の表情には怒りのみだった。錬太郎は目の前のエルバーハよりもいま警察署と病院に向かう怪物たちが邪魔だった。錬太郎は超能力を使って、数え切れないほどの怪物を始末するつもりなのである。錬太郎はそれができると信じていたし、まったくおかしいことであるとは思わなかった。自然と使い方がわかったのだ。

 錬太郎が手を振るのと同時に、病院と警察署に向けて走り出していた怪物たちの姿が消えた。数え切れないほどの怪物の大群が幻のように消えてなくなったのである。後には、銀の砂山が残っているだけであった。錬太郎が放った超能力の力である。念力だ。ネフィリムの力に目覚めた錬太郎の念力は有象無象の怪物を問答無用で滅ぼす力があった。

 錬太郎の諸行を見てエルバーハが引きつった。

「おいおい、何でもできる存在とは聞いていたが、ここまで桁が違うのか? 内側から壊しやがった」

笑顔というのは消えていた。エルバーハというのは錬太郎の力、混じり物のない完全なるネフィリムの力というのを小さく見積もっていたことに気がついたのである。そして初心者相手だという余裕がなくなった。

 警察署の前を銀の砂山で埋め尽くした錬太郎が、エルバーハをにらんだ。まったく油断がない。錬太郎は自分の力というのを完全に使いこなせていない。しかし、使いこなせていない力を使ってエルバーハと戦うつもりなのだ。

 気力十分な錬太郎を前にしたエルバーハは曇り空に飛び上がった。二千メートルという高さまで一気に飛んでいった。エルバーハが空に飛んでいったのは錬太郎がまだ力を使いこなせていないと見抜いたからである。見抜けたのは錬太郎が自分がまだ生きているということとネフィリムの光のコートを知らなかったことからである。本当に力を使いこなせていたら怪物たちを消し飛ばした後、間をおかずに攻撃が来ていただろうと考えていた。

 そして力が使いこなせていないのならば、空で戦うというのも難しいだろうし、当然超遠距離からの攻撃というのを行うのも難しいと予想を立てていた。この二つを行うためには訓練が必要だ。今まさに動き出した錬太郎にはそれがないはず。エルバーハはまだ、あきらめていなかった。

 そして地上二千メートルの地点から警察署と、病院に向けて、念力での攻撃を仕掛けた。完全なるネフィリムであったとしても全力での念力で攻撃すれば通用すると考えたのであった。

 曇り空をにらむ錬太郎が、手を振った。ハエを払うようなしぐさだった。曇り空に逃げたエルバーハが攻撃を仕掛けているのに錬太郎は気がついたのだ。そしてその攻撃が警察署と病院を狙うものであるというのに気がついていた。その攻撃を防ぐために、自分の念力を合わせ、相殺しようと試みていた。

 錬太郎の狙い通り攻撃は掻き消えた。念力と念力がぶつかり合ったことで、空が大きく震えた。鐘が鳴るような音が響いていた。巨大な鐘が残響するような低い男である。そして音がするのと同時に、念力がぶつかり合ったことで空に穴が開いた。警察署と病院の上空だけ晴れたのだ。

 念力が掻き消えたときエルバーハの顔から笑みが消えた。唇を結んで、真剣そのものになっていた。錬太郎が完全な怪物であると知ったからだ。見えないはずの位置にいた自分をたやすく捕らえ、全力での念力を完全に相殺するなどエルバーハの常識ではできない技だった。

 錬太郎の評価を完全に切り替えたエルバーハはさらに高度を上げて、大きな雲の中に消えた。錬太郎とできるだけ離れたかったのだ。そして大きな雲の中に消えてしまえば、見つけるのが難しくなるはずと考えた。また、見つけるのが難しいのなら攻撃をするののも難しかろうと考えたのである。

 そしてエルバーハは雲の中から攻撃を仕掛けようとしていた。敗北必死の戦いである。今からでも、命乞いをするのが頭のいいやり方である。しかし命乞いをするような真似はできなかったのだ。自分が何をしたのかわきまえていた。

 高度を上げたエルバーハだったが錬太郎の目が捕らえて逃がさない。錬太郎の目にはエルバーハのりりしい顔がよく見えていた。錬太郎が敵を見逃したくないと思うだけで、錬太郎の肉体が応えてくれたのだ。

 エルバーハの攻撃よりも早く錬太郎は手を握った。自然な手つきだった。目の前にあるものをつかむような気軽な動きだった。錬太郎はこうすることで十分な攻撃になるとわかっていたのだ。そして、握った手を振り下ろした。錬太郎はエルバーハが覚悟を決めていようがいまいが、許すつもりなどなかったのである。

 手を振り下ろしたあと十秒ほどたってから、空からエルバーハが落ちてきた。落ちてくる勢いというのはとんでもないものであった。再び空に穴が開いた。落ちてくるエルバーハの体を包んでいた光のコートというのが千切れていくのが見えた。錬太郎の力が、はるか彼方にいたエルバーハを捕らえたのである。そして錬太郎の願いにあわせて、エルバーハは空から引きずり落とされてきた。エルバーハはなんとか耐えようとしていたができなかったのだ。

 そして、地面に大きな穴を開けた。警察署の前にある広場に墜落した。錬太郎がここに引っ張り寄せたのである。

 地面に落ちて動かなくなったエルバーハに錬太郎は近づいていった。怒りの表情というのはもうない。錬太郎にあるのは冷えた心だけだ。自分が守ろうとしているものを、奪おうとしたものを処刑するという気持ちだけであった。

 錬太郎が完全に近づくころにはエルバーハの体をつつんで光のコートは消えていた。ネフィリムの光のコートを保てないほど消耗してしまったのだ。錬太郎の念力と、墜落の衝撃というのがすさまじいものだった。墜落の衝撃で命がなくなっていないというのだけでも十分すぎる。

 錬太郎がエルバーハに声をかけた。地面に墜落したエルバーハを見下ろしていた。

「まだ生きているのか?」

少し驚いていた。地面に出来上がっている墜落の痕跡というのを見ると人間が生きていられるようなものではないからである。しかしエルバーハはまだ動こうとがんばっていた。それがすごいと正直に思ったのである。

 錬太郎の顔を見てエルバーハが笑った。

「強いな。むちゃくちゃだ。一発で、動けなくなるとは」

悔しさというのもあった。しかしうれしそうだった。エルバーハというのはもともとそういう目的のためにここに来たのだ。本当に錬太郎という完全なネフィリムと戦ってみたかっただけなのだ。だからこの結末というのも問題にはならなかった。

 錬太郎がエルバーハに聞いた。

「なぜこんなことをした」

困惑していた。錬太郎はエルバーハがとても満足そうなのが不思議だったのである。これからエルバーハは死ぬ。錬太郎が殺す。どうやってもそうなるだろうというのに、エルバーハというのはまったく後悔するところがない。それどころかとても満足しているのだ。これはおかしなことだった。

「死にたくないというのが人間の気持ちなのではないか」

誰だって死にたくないはずなのだから、後悔していなければならないはず。そういう風に錬太郎は考えていた。しかし目の前の男は違っている。本当ならばすぐにでも殺すべきなのだが、どうにもわからなくて錬太郎は聞いたのだ。

 不思議そうにしている錬太郎にエルバーハが答えた。

「戦ってみたかった、ではだめか? 全力で戦ってみたかった。超能力の行き着くところってやつを。

 まぁ、いってもわからねぇだろうがな。馬鹿だといわれてもしかたねぇ。俺も馬鹿だとは思う」

 錬太郎の表情が曇った。下唇をかんで何かに耐えているように見えた。怒っているわけではない。錬太郎の胸の中に、もやもやとしたものが湧き上がってきていたのである。このエルバーハの話を聞いていると、どうしてももやもやとしてしまう。それは嫉妬に似た感情だった。錬太郎ははっきりと言葉にすることはできない。しかし無意識にそれが顔に出ているのだ。

 錬太郎がさらに聞いた。

「わからないのに、こんなことを? 馬鹿だといわれるとわかっているのなら余計にわからない」

 エルバーハが答えた。

「自分がこれだと思ったからな。なら、やらなくちゃだめだと思ったんだよ。理由が馬鹿らしくても嘘をつくのはいやだったのさ。

 さぁ、もういいだろう? 一思いに殺してくれや」

 エルバーハのあきらめの言葉を受けて錬太郎が迷った。本当にわずかな迷いだった。この、憎むべき存在を錬太郎は惜しいと思ってしまった。不思議なことでもう少し話をしてみたいという気持ちになったのだ。しかし錬太郎の胸にある、守らなくてはならないという気持ちが、目の前の男を許さなかった。そこの二つがうまくかみ合わなかったために錬太郎は迷ったのだ。よくわからない自分の心が迷わせた。

 止めを刺すのを迷っている錬太郎を見てエルバーハが笑った。あざけっているのではない。錬太郎が少年のように迷っている姿というのが面白かったのだ。すさまじい力を持つ存在というのも、その辺に転がっている小僧と同じではないか。そういう気持ちがわいてきて、笑いになった。

 そしてこういった。

「やりかたがわらねぇなら教えてやるよ」

 錬太郎の体を包んでいる光のコートが震え始めた。錬太郎の表情というのは驚きに染まっていた。何せ錬太郎が思いもしないで光のコートというのが動き始めたからである。これは錬太郎の同類エルバーハの能力が発動しているからである。エルバーハが自分の命を錬太郎に奪わせるために動いているのだ。錬太郎よりも、能力をうまく使えるエルバーハだからこそできる行為だった。

 光のコートが形を変えて、大きな口に変わった。奇妙な口であった。いろいろな生命体の口というのが現れては消えてを繰り返していた。

 錬太郎は目を見開いた。自分の肉体に宿った能力というのがあまりにも奇妙で、恐ろしかったからである。

 驚いている錬太郎にエルバーハがこういった。

「まぁ、迷惑をかけたからな、少しヒントをくれてやるよ。爺に味方しているネフィリムは俺を含めて三人だ。

 俺と同類がダナム博士の命令で動いている。まぁ、がんばれよ」

 錬太郎の意思に関係なく、大きな口はエルバーハを一口で食べてしまった。

 光の口が消えたところには何もなかった。銀色の砂の粒もなければ、血液も何もない。

 目の前にいた男が消えたとき錬太郎は何もいえなかった。呆然とした目で、何もなくなった墜落跡地を見つめていた。理由は二つある。ひとつは錬太郎は自分の能力というのがあまりにも奇妙であるということ。同類を食べてしまったというのは思いのほか気持ちが悪い。

 しかしもうひとつの理由が重要だった。この問題はもうひとつの感情というのをうまく処理し切れていないという問題だ。もうひとつの感情とは、憎むべき存在エルバーハの話を聞いたときに少しだけうらやましいと思ってこと。錬太郎はそれを認められなかった。そして何もいなくなって、黙ってしまったのである。

 錬太郎はズボンのポケットに入っているコインをなでた。



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