警察署とエルバーハ 二
シージオが両手を挙げた。拳銃を突きつけられたときの行動そのものである。両手を挙げて、自分は武器を持っていません。戦うつもりなどありませんよといって証明しようとする動きであった。この動きをしたのはシージオが自分自身に考える力があるということを証明するため、そして戦うつもりなどないのだというのを伝えるためであった。
そして歩くのをやめた。歩くのをやめてバリケードから十メートルほどのところでまっすぐに立った。当然、手を上げたままである。
足を止めたシージオが大きな声を出した。
「私は、シージオ・ケラスイア! 私の名前に覚えがあるものはいるか! もしも覚えのあるものがいるのならば、ぜひ話がしたい! 避難させたい人たちがいるのだ。あの車に、一般人が乗っている!」
先ほどの錬太郎の声と同じくらいによく、声が響いていた。またはきはきとした調子で話すものだから、理性的な印象を感じられた。シージオが大きな声で名乗り、目的を話したのは、安心させるためである。シージオは自分が疑われるだろうということも、攻撃されるかもしれないということも頭に入れていた。そもそもシージオは自分が受け入れてもらえるとは思っていなかったのだ。そのため、自分をさらけ出して、なんとしてもまず一般人だけでも保護してもらおうと、考えたのである。また、できるのならば、ダナム博士の所業について語る時間も手に入れたかった。
両手を挙げたままの格好で相手の対応をシージオは待った。先ほどの言葉以外はまったく語らなかった。いいたいことだけ伝えると、後は相手側の対応を待つ。彫刻のようにまったく動かないのはすさまじかった。シージオは自分がすべてをさらけ出すことで、相手に安心感を与えたいと思っていた。これだけさらけ出しているのだから、少なくとも知性がないなどとは思わないだろうと。
そうしていると若い警察官が、警察官たちの群れをかき分けてきた。そしてこの若い警察官というのはバリケードを守っている警察官の後ろから出てきた。
「ちょっとごめんなさい」
といいながら、人ごみを進んでくる。この若い警察官が前に出てきたのはシージオの名前に覚えがあったからである。そしてシージオの声、話し方に覚えがあったからだ。シージオが本物なのかどうかというのを彼は確かめにきたのである。
そして、バリケードのぎりぎりのところまで出てきた。バリケードを完全に超えるというようなことはなかった。シージオのことを完全に若い警察官は信じきっていないのである。もしかしたらシージオの名前をかたる怪物かもしれない。錬太郎とイオニス少年は錬太郎の武力に頼った行動があったために信用が少なくとも近づくことができた。しかし拳銃をもってやっと怪物と渡り合えるという武力しかないものたちにとっては、命を大切にするという上では距離を離して慎重に会話をするというのは当然の選択だった。
若い警察官は大きな声を出した。
「私はバリー・マーロン! シージオ警視の部下であります!
私は、証拠を求めます。
私はあなたのことを疑っております。なぜならシージオ警視はそんなライオンみたいな頭ではありませんでした。ついでに言えば、そんなに毛深くもありませんでした。
しかし、本当かもしれないとも思っております。なぜなら、半年前にシージオ警視は相棒のオウル先輩と一緒に行方不明になっているからであります。
そしてもしかすると、何らかの出来事が先輩方に降りかかり姿かたちが変化したということも考えられます。現在の混乱の原因が人体が怪物へと変化してしまうというところにあることから考えると、可能性は高いでしょう。
しかしまたあなたがシージオ警視の情報を手に入れた怪物である可能性が否定できない。
ですから、あなたがシージオ警視であるというのならば、証拠をお見せいただきたい!」
声にまったくよどむところがなかった。明らかに怪物の姿をしているシージオを前にしても震えたりしていなかった。非常に勇気があった。この若い警察官バリー・マーロンはライオンのような姿になってしまったシージオというのがもしかしたら本当なのかという気持ちがあったのだ。それは長い付き合いがあったからである。ライオンになってもシージオの日常生活で見せていた振る舞いというのは、変わらない。そのため近しい人間というのが見ると、もしかして、そうなのではないかという気持ちになってしまう。疑わしいとバリー自身が話していたが、彼自身はほとんどシージオだろうというように直感を得ていた。
シージオがうなずいた。満足げだった。バリー・マーロンが自分のことを信じようとしてくれているということもうれしいことであるし、生き残ってくれていてよかったという気持ちもある。そして自分を試すためにチャンスをくれたというのもまた、うれしかったのである。それはまだまだひよっこだったバリーがいつの間にか成長したのだなという喜びでもあった。
うんうんとうなずいていたシージオはバリーの質問に答えた。
「なるほど、バリーか。ならばいい証明の仕方がある。お前の秘密をここで語ることで、お前に信じてもらうというのはどうだろうか? お前さえよければ証明としたい」
確認を求めるような言い回しであった。しかし秘密をばらすというのをまったくやめようという気持ちはなかった。証明しろといったのだからしょうがないよなというような、からかうようなところがライオンヘッドに浮かんでいた。
若い警察官バリーの表情が少しだけ曇った。周りにいる警察官が見てもわかるくらいに曇っていた。これは間違いなくまわりに聞かれるとまずい秘密を握られているのだなと思うような、曇り方だった。実際まわりの警察官たちが、察してしまうような秘密というのがバリーというのには会った。聞かれると死んでしまうような秘密ではない。しかし、シージオが知っている秘密というので、周りに聞かれても特に問題がない秘密というのを考えたとき、間違いなく面倒くさいことになる秘密というのが、バリーには思い当たったのである。というより、それしかバリーには思い当たらなかった。
周りの警察官たちが、少しざわついた。ものすごくどうでもいい噂話で盛り上がっているような楽しさがあった。
「女性関係か?」
「汚職か?」
「失敗談か? シージオさんなら、知ってるだろうな。あいつの直属の上司だし」
人の秘密というのはどういうものであっても面白いのだ。話題にはなる。特にそれが、身内の秘密なら、余計に面白い。
バリーは大きな声で答えた。
「いいでしょう! 証明できるというのならば、それが一番です。証明して見せてください!」
やけっぱちだった。いえるものならいってみろよという感じがある。シージオというのが本当のシージオであるというのならそれが一番いいのだ。秘密がひとつ漏れたとしても、おそらく大丈夫だろうという気が、バリーには合った。秘密が漏れるのは非常にいやだけれども、いやだけれどもシージオが戻ってくるというのなら、秘密のひとつ明らかになったとしても惜しくはない。惜しいけれども惜しくはないのだ。
シージオはそれをきいて、うなずいた。よく、言ってくれたという感じがあった。もしもここで、勘弁してくれといわれたらどうやって、自分であるということを証明しようかといって困っていたところであった。もちろんほかにも証明する方法というのはある。自分のデスクの秘密だとか、上司のカツラを別物に変えたのは自分だとかいって、話すということもできたし、事件にかかわっていたということを話すというのもありだった。ただ、大勢の前で話せるような秘密ではなかったので、かなりいやだったのである。
シージオは大きな声で秘密を語った。
「バリー・マーロンの秘密は、自宅の書斎にへそくりをためていることだ。しかも結構なへそくりがたまっていて、奥さんに見つからないようにといつも祈っていた。今も書斎にへそくりが埋まっているかどうかというのはわからない。しかしへそくりをためて買いたいものがあるといってうれしそうに私とオウルに話しているのを覚えている。
たしか、数年前にはやった特撮もののグッズだったはずだ。一点ものでやっと見つけられたといっていたな。そのときにはすでに手付金を払っていたはず」
秘密が完全に暴露されていた。シージオがこの秘密を選んだのは、おそらく一番バリー・マーロンに対してのダメージが少ないものだったからである。仕事で失敗した話というのももちろんある。しかしそれは、流石にかわいそうだろうと思い引っ込めておいた。へそくりの場所がばれて、取り上げられるようなことになったとしても、それはまた、仕方がないと思ってもらえたらいいなという気がある。
警察官たちがざわついた。先ほどの和気あいあいとした感じがまったくない。緊張しているようだった。それは秘密の暴露というのがどうでもいいようなものだったからではない。バリーの秘密が、ばれてはならない人にばれてしまったからざわついているのである。
警察官たちの中から女性の警察官が出てきた。女性警察官はバリー・マーロンよりも少し年上のように見えた。鋭い目をしていて、意抜かれるような威圧感がある。警察官たちの群れから出てきたのは、彼女の夫が内緒でへそくりをしていたことがわかったからである。
そして、固まっているバリー・マーロンに近づいていき肩をたたいた。少し話したいことがあるのだけれどもいいだろうかという強い意志があった。
バリーが青い顔をして振り返った。ほんの少しだけ血の気が引いているようだった。表情が、まずいことをいってくれたという感じで固まっていた。現状で、逃げられるわけもないのだから、この女性警察官の追求から逃げられるわけがない。これから訪れるだろういろいろな質問をどうやって潜り抜けていけばいいのか。難しい未来が待ち構えているのを見通して彼は青ざめたのだ。
女性警察官は、耳元でささやいた。
「後で話がある。先月あなたが買ったプレミアつきのガラクタについてだ」
ささやくような声だった。しかし非常に怒りというのが含まれていた。何せ女性警察官は自分の夫が、自分の知らないところで自分がまったく価値を見出せないよくわからないガラクタを集めて楽しんでいるのを知っていた。趣味自体は受け入れていたけれども、高い買い物になるときには相談をするようにという話をしていたのだ。が、それが破られて先月一括で高い買い物をしてきたのを見つけている。あの時ははぐらかされたが、今の秘密の暴露でどうして資金が用意できたのかというのがはっきりした。などといろいろと家庭事情があり、怒りがわいていた。
バリーは小さくうなずいた。これから訪れるだろう自分の、残酷な運命を受け入れた、静かな表情をしていた。どうやっても言い逃れすることはできないだろう。ならば、受け入れるのみ。という悟りに似た気持ちが、バリー・マーロンに芽生えていた。
女性警察官は、警察官の中に聞えていった。バリケードを守っていた警察官たちが、女性警察官の行く道を邪魔しないように、きれいに割れて見せた。女性警察官はまだ仕事が乗っていたので、その仕事を片付けにいったのである。仕事が片付いたら、少しばかりバリー・マーロンと話し合いをしなくてはならないので、やる気満々だった。
周りの警察官たちが、ざわつき始めた。バリー・マーロンのみを心配するような声がいたるところから上っていた。女性警察官の怒りっぷりが、どういう形でバリーに向けられるのかというのが、想像するだけでも恐ろしかったからである。死にはしないだろうし、殺されたりはしないだろうが、無事に終わった後、おそらくお小遣いというのが激減するのは間違いなかった。へそくりなどもう二度とできないようにされるだろう。
バリーは大きな声を出した。
「あなたがシージオ先輩であると信じることにします。でも、もう少し別の秘密もあったんじゃないですかね!」
八つ当たり気味であった。
シージオが肩をあげて見せた。お前の事情など知ったことではないという感じがあった。シージオにしてみるとかなり配慮した結果なのだ。もしもこれでだめなら、後は事件でものすごい失敗をしたこと。そして失敗でへこんで酒を飲んで酔いつぶれ、そのまま先ほどの女性警察官に慰められているうちに、結婚したという話を、みんなに聞こえる形で話して聞かせる必要があった。が、流石にそれは男の沽券にかかわるだろうということで、やめておいたのだ。シージオにしてみると結構な配慮をしているつもりだった。




