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魂と肉体の子 三


 ダナム博士が笑った。博士がこういった。

「怖いな。怖い怖い。君も怖い。シージオ捜査官といい勝負だ。まったく触れることもできないとは。だがね、彼女を見たら、そうもいっていられなくなるぞ」

 博士が振り返った。そして車に乗っている誰かに呼びかけた。

「頼子ちゃん! 出番だ! このわからず屋どもを説得してくれ!」 

 博士の呼びかけにこたえて車から、池淵頼子が降りてきた。車の扉が開いて、当たり前といった様子で姿を現した。

 彼女はかつて見た姿とそっくりそのままだった。顔も、髪の毛の長さも変わらない。少し違っているのが、服装である。錬太郎は少しの私服と、学生服しか見たことがなかった。今の池淵頼子は、ドレスのようなものを着ていた。そして足元は背の低いヒールを履いている。ずいぶんと彼女にあわせたコーディネートがされてあった。この服装を用意したものはセンスがいいのだろう。

 車から降りてきた池淵頼子をみて錬太郎は愕然とした。錬太郎は自分と同じ世界に生きていたものたちはすべていなくなってしまったと信じていた。しかし今いなくなってしまったと思っていた人が現れた。錬太郎は、何が起きているのかわからなくなっていた。亡霊でも見ているような気持ちになっていた。

 錬太郎は歩いてくる池淵頼子に話しかけた。喜びで声が震えていた。

「先輩? 無事だったんですか?」

錬太郎はうれしかったのである。錬太郎は自分の世界のものは、何もかも奪われてしまったのだとそう思っていた。しかしどういう理屈なのか、自分と同じ世界を生きていた人が目の前にいる。あの絶望は、すべて嘘だったのだ。もしかしたらみんなどこかに生きているかもしれない。そう思える理由がある。それがとてもうれしかった。たとえ、ダナム博士のそばにいたとしても。

 車から降りてきた池淵頼子が博士の隣に立った。背筋をまっすぐに伸ばしていた。見事な立ち振る舞いである。そして、錬太郎にこういった。淡々としていた。しかし、できるだけ落ち着いて見せようとしているというのがわかるような、わざとらしさがある。演技をしていた。

「錬太郎君、博士の言うことをきいて」

 お願いを聞いた錬太郎が目を瞑った。安心しているというところではない。困ったことがおきたという苦悩が浮かんでいる。錬太郎はうれしさというのからダナム博士の頭の悪い計画というのに引き戻されたのである。そのため目の前の問題をどうやって解決したものかといって、悩んでいた。 

 少し悩んでから錬太郎がこう返した。突き放すような調子と、いい加減にしてくれよというあきれが混じっていた。

「意味がわかりませんよ先輩。本当にまったく何がなんだかわからない。

いや、わからないことはいったんおいておいても、人類を滅ぼすなんて頭のいかれた計画を誰が手伝うんです?

 俺は、いやですよ。そういうのは、たくさんなんです」

 錬太郎の答えを聞いた池淵頼子が一歩前に進んだ。するとシージオと錬太郎を囲んでいる兵士たちが頼子を通すために道を明けた。

 池淵頼子が兵隊たちの間を通ってくる。カツカツと彼女が歩くたびに音がした。

 ダナム博士が注意をした。ずいぶん優しい声だった。本当に池淵頼子のことを心配しているように見える。自分の孫に注意をするおじいさんのような必死さであった。

「頼子ちゃん、あまり油断してはいけないよ。錬太郎君は見えない位置に私のおもちゃを隠している」

 ダナム博士の忠告を聞いた錬太郎が舌打ちをした。錬太郎はいらだっていた。ダナム博士の言う通り、錬太郎は銀色の銃をシージオのたてがみに隠している。もしもの時にはシージオのたてがみに手を突っ込んで、使うつもりだった。その試みが失敗して錬太郎は機嫌が悪くなったのである。しかも命を狙っている相手に簡単に見抜かれたというのも、腹が立っていた。

 ダナム博士の忠告を聞いた池淵頼子が錬太郎とシージオにお願いをした。

「動かないでねライオンさん。錬太郎君もいうことを聞いてくれないとひどいよ?」

 そして背中側のたてがみに隠していた銀の拳銃を引き抜かれた。

 池淵頼子がつぶやいた。おびえていた。

「これで、博士を殺すつもりだったんだ」

 錬太郎とシージオの仕掛けを見事に解決した池淵頼子を見てダナム博士が笑った。テストでいい点数を取って帰ってきた子供を見ているようなやさしい目をしていた。

 そして池淵頼子をほめた。

「よくやってくれた頼子ちゃん。さぁ、錬太郎君を説得してくれ。同じところからきた頼子ちゃんの話なら、聞いてくれるだろう。私みたいな爺が話をするよりも、君みたいなかわいい子がお願いをするほうがずっと効果的さ」

 錬太郎の眉間にしわが寄った。ダナム博士がいちいち腹の立つ言い方をするという以上に、池淵頼子が頭のいかれた計画に力を貸しているという事実が、錬太郎の怒りに火をつけていく。

 池淵頼子は拳銃を重たそうに握っていた。錬太郎とシージオは特に問題にしていなかったが、銀色の拳銃というのは非常に大きな武器なのだ。池淵頼子のような細い腕では、重たくて仕方がないだろう。

 銀色の拳銃を錬太郎に向けながら池淵頼子が錬太郎にお願いをした。声が震えていた。手も震えていた。顔色も悪かった。拳銃を突きつけているものの顔色ではなかった。

「錬太郎君、何度も言うけれど博士のお願いを聞いて。手を貸して。手を貸してくれたら、私たちは幸せになれるわ」

 池淵頼子のお願いに錬太郎がすぐに返した。

「その代わり、たくさんの人が死にますよ?」

 池淵頼子がこういった。

「この世界はもう滅びたも同然なの。みたでしょ? 怪物になった人たちを。あれが、全人類の間で起きているの。私たちの仕事は、どうしようもなくなった人たちの介錯をすることよ。無駄に生かしておいてもかわいそうなだけ。それならいっそ、私たちで」

 錬太郎、首を横に振った。うなずけるわけがなかった。錬太郎はまだ生きている人たちがいることを知っているのだ。少なくとも三人、シージオ、ルアウダ、イオニス少年がいきている。そしてもしかすると終わったといわれている世界でも生きている人たちがいる。見えていないところで生きている人たちがいるだろうという確信があった。そういう人たちがいるのに、必死で生きているというのに、無駄などとはまったく思わなかった。

 そしてこういった。池淵頼子を射抜くような視線をしていた。

「博士にそそのかされましたか? それとも、博士がそういったのをそのまま俺に伝えてますか?」

錬太郎は、池淵頼子のことを少しは理解していた。そこそこの付き合いがあった。彼女がこのような頭のおかしい計画に簡単にうなずくわけがないとどこかで信じている。そのため、すぐに考えたのだ。もしかしたら老紳士のようなダナム博士に何かだまされるような話でもされたのではないかと。

 離れたところで、ダナム博士が笑った。大いに笑った。何せ錬太郎はずばり言い当てていたからだ。ダナム博士はそれが愉快だった。池淵頼子のことをよく知っていて、まっすぐに見ているではないかと。それが素敵に見えたのだ。

 錬太郎の指摘を受けた池淵頼子の眉が動いた。眉がつりあがって怒っているようであった。錬太郎が、簡単に自分のことを言い当てたことに腹が立ったのだ。

 ダナム博士が、池淵頼子にこういった。心なしか声が弾んでいる。

「どうやら見抜かれているらしい。

錬太郎君は本当に頼子ちゃんのことをよく見ていたようだ。いいこだ」

 そして錬太郎にこういった。

「君の言うとおりだ。今のセリフはそっくりそのまま私が伝えたのだ。

しかし嘘はない。本当のことだ。人類はみな怪物になった。残っているのは適応できたわずかな人間だけ。おそらくこのまま、人類は衰退していくだろう。

 かわいそうだとは思わないか? 栄光を極めていた人類が一気に追い詰められて、つらい道を歩いていくなどというのは。

 私はかわいそうだと思った。だから最後にきれいに殺してやる。嘘はない。では、君はどうする? どうにもできないのは変わらないぞ」 

 錬太郎が博士をにらんだ。何もできないのは本当だったからである。ダナム博士に飛び掛るのも囲まれていてできない。また、人類を助けることもできない。苦しみが続くというのが本当だったとしたら、それもどうしようもない。人類の救済策をまったく思いつかないうえに手も足も出ない状況である。できるのは、黙ってにらむくらいのものだった。そして、今の状況はうなずかなければ生きられない状況、もともと選択の余地などなかった。

 そして忌々しげに下唇をかんだ。




 悔しさで下唇をかんでいる錬太郎を見て池淵頼子が提案した。

「ねえ錬太郎君。コイントスで決めようか。表が出たら、私のお願いを聞いて、博士の計画を手伝う。裏が出たら錬太郎君の好きなようにすればいい」

 提案をきいた錬太郎はあきれたような顔をした。そしてこういった。冷たい響きがあった。

「何を馬鹿なことを」

 池淵頼子が言った。

「でも、決められないんだよね。なら、いいじゃない。私が背中を押してあげる」

 ダナム博士が笑った。クスクスと小さく笑った。人類の未来が、コイントスなどという遊びで決まるというのが面白かったのだ。

 そしてこういった。

「いいじゃないか。コインで決めてしまえばいい」

 そしてダナム博士はこうも言った。

「ちょうどいいのがある。こいつを使ってくれ。アカシャ師匠とリピカ先輩との研究が認められた年に作られた記念硬貨だ。命運を分けるにはちょうどいい」

 池淵頼子はダナム博士からコインを受け取った。

 そして、錬太郎など知ったことではないとして、コインをはじいた。親指の上にコインを乗せて、それを思い切りはじいた。池淵頼子はこうすれば、錬太郎が自分に従ってくれるような期待があったのである。錬太郎は自分と同じような悩みを持っていた。だから、こういうようなやり方で背中を押してやれば、自分と同じように振舞ってくれるだろうと、期待したのである。

 コインが宙を舞った。

 シージオがつぶやいた。あきれていた。

「馬鹿げてる」

超能力があるという世界で、コイントスなどというものは成立しない。なぜならコインの裏と表などというのなら、弱い念力でも使えば、簡単に変えられるからだ。コイントスにあるのは明確な意思だけである。

 錬太郎がコインの行方をにらんだ。コイントスで錬太郎は道を決めるつもりなど少しもないのだ。錬太郎がにらんでいるのは、人類の命運をこのような方法で決めようといって平然としている二人に怒りを感じているからであった。

 コインが、頼子の手の中に落ちた。

 コインは表を示していた。

 池淵頼子が笑った。ほしいものが手に入った子供のようだった。コインが表を示してくれたことで、錬太郎が自分のいうことを聞いてくれるとそう思っていた。そしてそれはとても幸せなことだった。だから彼女は笑ったのである。

 そして錬太郎にいった。

「表だね」




 楽しそうにしている池淵頼子に錬太郎がこう言った。冷たい声だった。怒りも十分に含まれていて、決別の意思が見て取れる。

「なめるのもいい加減にしろよ。いやなんだよ。滅びるとかはもうたくさんなんだ。人類がほとんど怪物になったとしても、つらい状況なんだとしても、あんたらの計画には乗らない。絶対に従わない」

 錬太郎の答えを聞いたダナム博士が笑った。こうなることがわかっていたからである。ダナム博士がコイントスを進めたのは池淵頼子が錬太郎のことを同族を求めているのがわかったから。彼女が満足するのならばそれでいいだろうと考えたのだ。

 そして、兵士の一人に命令をした。やさしさなどまったくない威厳に満ちた声だった。

「つれて来い。丁寧にな」

 兵士たちが、屋敷の中からルアウダとイオニス少年を引っ張ってきた。

 シージオがつぶやいた。

「ばれていたか」

あせりというのはまったくなかった。そうなるだろうなという諦めだけがあった。

 ダナム博士がこういった。

「頼子ちゃん、錬太郎君に銃口を向けなさい。そのおもちゃには弾丸はいらない、強い能力を持っていさえすれば、弾丸が生み出される。ネフィリムである君たちが撃てば、最高の武器になる。錬太郎君は何度か使ってくれたようだがね。研究所の側面がぶち抜かれていたのは驚いたよ」

 ダナム博士が続けていった。

「さぁ、どうする。これでもいやだというのか。何なら、君が守ろうとした人たちだけ見逃してやってもいい」

 ダナム博士の話を聞いて錬太郎が笑った。大きく笑った。面白くてしょうがないようだった。そしてダナム博士が本気で人類を滅ぼそうとしているようにしか思えなかった錬太郎は、この申し出というのが性質の悪い冗談にしか思えなかった。

 笑う錬太郎を見てダナム博士が池淵頼子に命令した。今までの余裕ぶった表情はまったくなかった。決められたことを決まったように行うという強い意志だけがあった。

「打ちなさい頼子ちゃん。こいつはシージオ捜査官と同じだ。自分を曲げない」

 ダナム博士の命令をきいた池淵頼子が引き金を引いた。池淵頼子はまったく考えていなかった。博士に命令されたから引き金を引いたのだ。それだけしかない。錬太郎が憎かったわけでも、怒りに震えていたわけでもない。命令されて、思わず引き金を引いてしまったのだ。

 錬太郎の上半身が、吹っ飛んだ。池淵頼子の放った弾丸は空に向かって光の線を引いて、消えていった。

 錬太郎の残された下半身を見てルアウダとイオニス少年の悲鳴を上げた。大きな悲鳴だった。恐ろしいものを見て、二人の心臓が縮みあがったのである。またその悲鳴は錬太郎が死んでしまったという理解を経て、涙にかわった。




 その場が奇妙な静寂に包まれている中でダナム博士が錬太郎残った肉体をにらんでいた。死体を見る目ではない。今までにないほどの真剣さで、注意深く錬太郎の死体を見つめていた。ダナム博士は自分が生み出したネフィリムという存在が、この程度で終わらないと知っていたのである。つまり戦闘続行可能であるということを知っているために、注意を怠らなかったのだ。

 一方で引き金を引いた池淵頼子は震えていた。真っ青な顔をして、歯の根がかみ合っていなかった。殺したのは池淵頼子であったはずなのに、心配してしまいそうなほど動揺していた。池淵頼子は錬太郎を殺すつもりなどというのが少しもなかったのだ。しかし博士が命令をしたものだから、思わず引き金を引いてしまった。そして錬太郎が死んでしまったということで、自分のやってしまったことの重大さをやっと理解して震えていた。

 二十秒ほどしてからであった。ダナム博士が目を見開いた。そして大きな声を出した。

「全員はなれろ! ネフィリムだ!」

 声と同時に錬太郎の下半身が、光にかわった。一瞬出来事だった。夕焼けに似た光だった。光がその場に満ちた。まったく影がなくなり目を開けられなくなった。光りがおさまると残っていた錬太郎の下半身は消えていた。

 そして光が収まった後、消えたものは錬太郎の下半身だけではない。シージオを囲んでいた兵士たちの姿が消えた。そして、兵士たちがいたところに銀色の砂の粒の山が出来上がっていた。

 ダナム博士が叫んだ。目をこれでもかというくらいに見開いていた。そしてその声には恐れと素晴らしいものに出会えたという感動があった。

「喰われたか!」

 どこからか光が集まり始めた。光が人の形を作り始めた。光の形は、錬太郎の姿かたちを取り始めている。

 光の形が錬太郎の形をとり始めたとき池淵頼子はなんともいえない表情をしていた。泣いているのか笑っているのかわからない表情だった。彼女は自分のしでかしたことが何もなかったかのように元通りになるのがうれしかったのである。しかし、自分が行ったことが、あまりにも罪深いことを自覚していた。そのため錬太郎が復活しようとしているのをまっすぐに喜べなかった。

 ダナム博士が大きな声で命じた。必死であった。

「逃げるぞ頼子ちゃん。これは勝てない! 完全なるネフィリムには! まだ本調子でない今なら、逃げられる!」

 ダナム博士は池淵頼子の手を引っ張って、車に乗り込んだ。そしてあっという間に逃げ出した。ダナム博士の運転技術はなかなかのものであった。ダナム博士は自分の作り出したネフィリムという存在が本調子で動いていたら、まったくどうしようもないことを知っていたのである。そのためその場にいる誰よりも早く逃げなくてはならないという判断をつけられた。敵前逃亡というのはなかなか難しいものがある。敵を前にして逃げるというのはいやなものだ。しかし圧倒的に不利という情報があったために逃げるのは難しくなかったのだ。

 ダナム博士たちが逃げ去った後である。光は、錬太郎の形を完全に作り直していた。そして徐々に光は力を弱めていった。光が消えたところには、傷ひとつない錬太郎がいた。錬太郎は眠っていた。

 後に残った者たちシージオ、ルアウダ、イオニス少年は呆然としていた。まったく何が起きたのか理解できていないようだった。それはそのはずで、三人とも錬太郎が復活を遂げたということを説明できないからである。

 嵐のような出来事が過ぎ去った後、昇る太陽の光を浴びて地面に転がった記念硬貨が輝いていた。

 

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