魂と肉体の子 二
ルアウダが料理を作りに向かった後、シージオが立ち上がった。そして錬太郎にこういった。
「では、イオニス君をおこしてこよう。心配しなくてもいい。子供を起こすのはなれている」
シージオがイオニス少年をおこしにむかうと、錬太郎は、映画の続きを見始めた。今の錬太郎にできることというのは少しもなかった。暇になってしまったのだ。暇になってしまったから、ぼんやりとしておくというのもつらい。そのため映画の続きでも見て、暇をつぶすことに決めたのである。
そして独り言を言った。もしかしたら面白いことになるかもしれないという気体がこもっていた。いたずらをする小さな子供のような顔をしていた。
「朝起きたらライオンヘッドが目の前にあるって、結構つらいだろうな」
ルアウダの寝室から、小さな悲鳴が上がった。イオニス少年の悲鳴であった。目が冷めたら目の前に二足歩行するライオンがいて、しかも話し変えてくるのだから驚いてもしかたがない。
錬太郎は特に動かなかった。笑いをこらえているようで口元がゆがんでいた。
錬太郎が続けて映画を見ていたとき、キッチンからルアウダが錬太郎を呼んだ。
「ちょっと手伝ってぇ」
ルアウダに呼ばれるとすぐに錬太郎が立ち上がった。ソファーからすくっと立ち上がり、ルアウダのほうに目を向けていた。立ち上がったのはルアウダの手伝いをするためである。
少し遅れて、シージオがイオニス少年を担いできた。イオニス少年は担がれてもがいていた。シージオがイオニス少年を起こしたのはいいが、イオニス少年はなかなかベッドから動けなかったのである。そのためしょうがないということでシージオがイオニス少年を担ぐ形でつれてきたのだ。
イオニス少年は、まだ目が開いていなかった。錬太郎たちがおかしいだけで、まだ太陽が昇ったばかりの時間である。昨日はつかれきって眠ったのだ。なかなかすばやく目を覚ますことはできない。担いでおこされるようなことをされても、目は覚めないものだ。
そしてシージオに担がれたままもごもごといっていた。目が覚めているのか、夢を見ているのかわからない状態である。イオニス少年はまだ夢と現実のはざまにいるのだ。
シージオがイオニス少年を担いできていると、ルアウダがてきぱきと、朝ごはんを机に並べていった。料理を載せている皿を次々とテーブルに並べていく。女優であるといってイオニス少年は語っていたが、むしろ食堂で長年働いていたかのような動きの身軽さがあった。皿の並べ方、動き方に慣れ、というのがある。
錬太郎はそれを手伝っていた。ルアウダに負けないくらいには丁寧な仕事ぶりである。
さて、食事だというときだった。錬太郎が窓の外を見た。そしてこういった。
「誰かきたみたいですね」
錬太郎の耳が車の走ってくる音を聞き取ったのである。そしてもしかすると何か悪意のあるものではないのかということで、注意するために声を出したのだ。
シージオが立ち上がった。シージオの目は真剣だった。錬太郎と同じように何者かが、悪意を持ってこの別荘に近づいているのではないかと考えたのである。
そのまますぐに、窓の外を確認した。まずは、何者が現れたのかを確認しなければならない。もしかするとまったく悪意のない人かもしれないのだ。たまたま車が走っていて、たまたま助けを求めてきたということもなくはない。
ルアウダの表情が固まった。錬太郎とシージオの警戒する様子を見たからである。二人が緊張しているということは怪物か、それに近い何者かが現れるということ。平穏な日常の中にいるような気持ちでいたけれども実際のところはまだ世界は危機的な状況にあるのだ。それに気がついたからこそ、ルアウダというのは固まったのである。
錬太郎は、窓の外をじっと見つめていた。車に乗ってやってくるものたちが、何者であるのかを見定めようとしているのだ。
シージオがルアウダにいった。
「イオニス君と一緒に隠れていてくれ。どうやら、この屋敷に用事があるらしい」
ルアウダが立ち上がった。隠れておくためである。ルアウダは自分に戦う力がないことをよく承知していた。シージオの邪魔をすることはできなかった。
そしてまだ半分眠っているようなイオニス少年を抱えた。一緒に隠れるためである。イオニス少年には戦う力がない。
ルアウダが錬太郎にこういった。
「錬太郎、あんたも一緒に隠れるわよ」
錬太郎が、首を横に振った。錬太郎は戦うつもりだからだ。錬太郎が立ち上がった。
錬太郎はシージオにいった。
「シージオさん、銀の銃を渡してください。俺も付き合います」
シージオは錬太郎の目をじっと見た。錬太郎の覚悟が本当なのか見定めるためである。車にのってやってきたということはおそらく人間に近い者たちが現れるはず。すでにダナム博士の話をしているのだから、もしかするとその手のものかもしれない。もしもそうだったとして、錬太郎はダナム博士の関係者たち、人間に近い者たちを撃てるのだろうか。それをはっきりと見定めておかなくてはならなかった。
そしてしっかりと見定めてから錬太郎に銀の銃を渡した。錬太郎の決意は本当だと判断したのだ。少なくとも逃げるということはないだろうということはわかっていた。錬太郎もまた、戦うものだとそう信じた。
シージオが錬太郎にこういった。
「ありがとう」
錬太郎は首を横に振った。御礼などひとつも必要ではないという様子だった。錬太郎はまだかくれていないルアウダにこういった。
「隠れていてください。たぶん、見逃してもらえるでしょうから」
ルアウダが何かをいおうとした。しかし錬太郎とシージオは先に行ってしまった。
屋敷の門を車がくぐっていった。大きな車だった。スクールバスよりも小さいが、普通の車よりは大きかった。
その車が、シージオたちの乗ってきた車の近くに止まった。
そして、車の中から、ぞろぞろと人が降りてきた。十人ほどである。顔は見えない。マスクをつけているからである。
そして降りてきた人たちは、装備を整えていた。軍隊のような装備である。この別荘の中に何が潜んでいるのかというのがわかっているのだ。わかっているからこそ、恐ろしいほどたくさんの装備を抱えて、屋敷に現れた。
兵隊たちが降りてきてから車の中からゆったりと老人が降りてきた。真っ黒なスーツを着ていた。背筋がまっすぐで、立ち姿がきれいだった。いかにも紳士という立ち振る舞いをしていた。
しかし少しだけおかしなところがあった。目である。この老人、右目が銀色に輝いていた。人間の眼球ではない。金属の眼球である。これは片目を失ったとして義眼を埋め込んでいるのかというとそれも違うだろう。なぜなら銀色の目というのが老人の意思に従ってギョロギョロと動いているのだ。普通の義眼ではなかった。また、奇妙な光のようなものが、銀色の目の奥に宿っているのだけれども、それがまた奇妙であった。
車から降りてきた老人が、拡声器を取り出した。どこかに隠れているだろう存在に対して、自分の意思を伝えるためだ。屋敷にいること自体はわかっているが、細かい場所まではわかっていない。わからないので、出てきてもらおうという考えである。声をかけて出てきてくれないときは屋敷全体を焼くつもりである。
拡声器を屋敷に向けてこういった。
「朝早く押しかけてきて申し訳ない。私はダナム・エリヤ。屋敷の中にいるだろう人たちにお願いしたいことがある。出てきてくれないか? 君たちがそこに潜んでいることはわかっている」
さらに続けた。
「もしも、君たちがおとなしく出てきてくれないようなら、少し野蛮なこともしなくてはならなくなる。できれば私にそのようなまねをさせないでもらいたい」
拡声器でのお願いから数分後、屋敷の玄関が開いた。ゆっくりと玄関の扉が開かれていった。
玄関の扉の向こう側から両手を挙げたシージオが現れた。降参のポーズをとっていた。大きなライオンが両手を挙げて立ち上がっている姿というのは、こっけいである。
そしてゆっくりと歩いてきた。
その後ろから、両手に何も持っていない錬太郎が現れた。錬太郎の目というのは非常に鋭かった。口元もきりりと結ばれていて、覚悟を決めたというのが目に見えていた。錬太郎はこの状況というのを受け入れて、どういう行動をとればいいのかというのを決めているのだ。その決意というのが表情に出てしまっていた。錬太郎はまだ、表情を抑える技術を持っていなかった。
そしてシージオと同じようにゆっくりと歩いてきた。
二人が現れると、ダナム博士がうなずいた。とても満足しているというようで、芝居がかっているような大げさな動きだった。ダナム博士は自分のお願いをよく聞いてくれたという気持ちになっているのである。特にシージオという男はこういう場合には無茶なことをしてくるというのを知っていたので、落ち着いた大人の対応をしてくれことに特に満足していた。
そして二人にこういった。茶化すような軽やかさが声に乗っていた。愉しくてしょうがないという感じがあった。
「よかった。君たちがおとなしく出てきてくれなかったら、この美しい屋敷を取り壊さなくてはならなかった」
錬太郎とシージオがダナム博士への距離を縮めてきたところで、ダナムの連れてきた兵隊たちが、二人を取り囲んだ。錬太郎とシージオというのがとんでもなく危険な物体であるということがわかっているのだ。わかっているからこそ、ダナム博士に近づかせないようにしている。
ダナム博士がこういった。まだ余裕のある声であった。しかし本当に危ないものと触れているのだという注意深い振る舞いがある。一定のラインからは近寄らせるつもりはない。そのような意思があった。
「それでは、そこで止まってもらおう。お久しぶり。シージオ捜査官。本当に君の執念には驚かされるよ。完全に封印したと思っていたんだがね」
シージオが答えた。できるだけ冷静に勤めていた。ライオンヘッドのたてがみがわずかに震えているのは、興奮のためである。
「幸運が重なったようで、今ここにいられます。そしてお久しぶりです、ダナム博士。あなたのほうから姿を見せてくれるとは思ってもいませんでした。今回の騒動についていろいろと教えていただきたいことがあります」
ダナム博士と呼ばれた男が笑った。面白い冗談を聞いて笑うような大きな笑いであった。シージオのセリフというのは面白い冗談にしかダナム博士には聞こえなかったのである。なぜならば、いろいろと教えてもらいたいといっているシージオはとっくの昔に自分が何をしたいのかというのを知っているのだ。大都市に怪物が蔓延して、社会が麻痺しているのを見て、まさか自分が何もしていないだろうなどというようなのは、おかしなことだった。いい冗談である。
そして笑い終わってからシージオにいった。まだ震えているようだった。
「真面目な男だねぇ。まぁ教えて差し上げたいところだが、残念ながらできそうにない。君には私を捕まえるだけの力がない。この状況で取り乱さないハートの強さはほめて差し上げよう」
ダナム博士の対応を受けてシージオが牙をむいた。ほとんど間違いなく今回の事件を引き起こしただろう存在が、ふざけた言い回しをすることに腹が立ったのだ。せめてもう少し真面目な対応をしてもらいたいというところである。
ダナム博士がこういった。ダナム博士の銀色の右目が奇妙な光を宿していた。不思議な、ろうそくのような光であった。
「おぉ怖い怖い。そういうところが怖いのさ。まぁ、今はそんなに怖くないがね」
といって、少しいやな顔をした。目の前でライオンみたいなシージオがうなり声を上げるのはなかなかスリリングなものがある。噛みつかれたりしたら間違いなく死んでしまうだろう。こういう恐ろしいものが自分を狙っているというのは恐ろしいものがある。
そしてこういった。
「しかし許そう。今はとても気分がいい。何せ探し物が見つかったのだから。シージオ捜査官。君の事ではないよ。君の隣にいる青年。その青年を私は探していた」
錬太郎の眉が上がった。なぜ自分なのかがさっぱりわからなかった。思い当たるところがない。何せ錬太郎はダナム博士というのを話の中だけでしかきいたことがないのだ。顔を見るのは今がはじめてである。
錬太郎が質問をした。
「俺は、あなたに会ったことはありませんが?」
ダナム博士が笑った。
そして答えた。
「私にはある。君が眠っているところも見たことがある」
錬太郎の表情が変わった。はっとした表情だった。錬太郎は自分が目を覚ましたときのことを思い出していた。自分が裸の状態で、しかもよくわからない研究所にいたことというのが、目の前の博士の仕業であると考えたのだ。
錬太郎の反応を見てダナム博士がこういった。
「まぁ、君はわからないだろうだろうが、私は君の事を知っている。しかし、いまはそんなことどうでもいいじゃないか。それよりも君、これから私は月に上るつもりなのだが、一緒にどうだろう。
君が一緒にきてくれるのならば、とても楽に計画が済みそうなんだ。お誘いだよ。愉しい船旅になると思う。まぁ、せいぜい三十分くらいのものだけどね。それでどうだろう。それをきくために参上したのだ、こんな朝早くにね」
錬太郎が首を横に振った。馬鹿にするなよという笑いが浮かんでいた。そしてこういった。
「意味がわからない。月に上る? 計画? せめて説明してもらいたいですね」
ダナム博士がうなずいた。錬太郎の疑問に納得しているようだった。
そして答えた。
「月に上るというのはそのままの意味さ。宇宙船に乗って月に上る。計画というのは人類を滅ぼすという計画さ。すでに優秀な研究者たちを月に連れて行っている。彼らの力と、私の力を合わせて、まぁ、無理やり合わせるのだがね。そうして統一塔をつかってつながっているものたちを滅ぼす。
でも、これはね、やさしさなんだよ。恨みではない。苦しむ前にきれいさっぱり殺してあげようという優しさだよ。
今のままほうっておけばそのうち滅びるだろうが、最後まできっちりやるということでそのように動くつもりなのさ」
答えを聞いた錬太郎が呆然とした。目の前で頭の悪い計画が披露されたからというのもあるが、目の前に立っているダナム博士というのが本気で計画をやり遂げようとしているのがわかったからだ。本気でそんな馬鹿なことをやろうとしている人間がいるとは錬太郎はまったく思いもしなかった。
ダナム博士がさらにこういった。
「君にはその手伝いをしてもらいたい。きれいに滅ぼす手伝いさ」
錬太郎の目に危険な光がともった。錬太郎の表情は怒りでいっぱいになっていた。眉間にしわがより、血が上ったせいで顔が真っ赤になっていた。兵士たちが錬太郎たちを囲んでいなければ、そのまま襲い掛かりそうな勢いだった。そして怒りに染まっている錬太郎が、こういった。怒りで震えていたが、かろうじて冷静を保った声だった。
「ふざけてんじゃねぇぞ」




