魂と肉体の子 一
ルアウダの料理を食べた後、ルアウダが席を立った。お金が有り余っていたルアウダが人付き合いの一環で購入した少し高めのイスで床を傷つけないように、静かに動いていた。そして軽く伸びをして見せた。彼女が立ち上がったのは後片付けをするためである。
そしてこういった。
「そろそろ休むわ。いろいろありすぎて、体力ナッシングよ。イオニス君も眠そうだし」
イオニス少年は、舟をこいでいた。まぶたがほとんどおちている状態で、何とかいすに座っている状態であった。イオニス少年は怪物に追い回されたり、錬太郎と研究所から脱出してみたりといって、いろいろなことをやってきた。そのため体の力というのがほとんどなくなってしまっている状態なのである。
シージオがルアウダにいった。
「食器の片付けは私がやっておこう」
シージオはルアウダとイオニス少年のように疲れがたまっていないのだ。まだまだ余裕があった。余裕があったので、自分が代わりに皿洗いでもしておいて助けになろうとしたのだ。
それに加えてこういった。
「後、私は侵入者があるかもしれないから、リビングで番をするつもりだから、よろしく」
眠らないということである。シージオはルアウダの別荘に侵入者がないことはわかっていた。しかしわかっていたけれどもこれから進入されないとは限らないことを知っていた。そのためもしもの時を考えて、寝ずの番をすることに決めたのである。
ルアウダはうつらうつらしているイオニス少年を起こした。テーブルに頭をぶつけそうになっているイオニス少年の肩を軽くたたいて起こした。ルアウダはそろそろ意識を失いそうなイオニス少年を寝かしつけるつもりなのだ。
そしてイオニス少年の手をとった。寝床に連れて行くためである。イオニス少年はどこで眠ればいいのかというのを知らない。
ルアウダはこういった。
「じゃあ、イオニス君は、私と一緒ね。錬太郎はどうするの? 一緒に寝る?」
少しふざけているような調子だった。しかし本当にふざけているわけではない。ルアウダにしてみると錬太郎もイオニス少年も子供である。シージオという怪物のような格好だけれども警察官をやっているような大人ではないのだ。休めるときに休んでおけばいいし、無理をして大人の真似事をする必要はないと思っている。そのため、錬太郎が一緒に休みたいと思っているのならば、休めばいいというような気持ちがある。
一緒に眠るかと誘われた錬太郎は表情をまったく崩さなかった。錬太郎は少しも疲れというのがなかったからである。一緒に休むかといって誘われているのにもかかわらず、少しも表情が変わらないのは、自分がまったく疲れというのがないのに気がついたからだ。まさかここまで眠気が襲ってこないとは思ってもいなかったのである。女性に誘われたということよりも、まったく体力の消耗がないという自分が不思議で気になったのだ。
錬太郎はテーブルに視線をやった。断る理由を探したのである。
テーブルの上にはきれいになった食器がある。錬太郎たちが、ルアウダの作ってくれた晩御飯をきれいに食べてしまったからだ。
錬太郎はルアウダの目を見ていった。
「シージオさんと番をします。休むのはまた今度でいいです」
ルアウダは空いている手を振った。
そして錬太郎に言った。
「じゃあ、映画でも見ていたらいいわ。リビングにいろいろと置いてあるから、それで暇でもつぶしてよ。夜は長いでしょ?」
錬太郎はうなずいた。夜は長いのだ。もしかすると何時間も何もせずにぼんやりとしておかなくてはならないということもあるかもしれない。そんなときに暇つぶしをしたいという気持ちになるのは誰でも同じだろう。錬太郎は自分の体力の問題で、眠らなくてもいいというように思ったが、眠らないというときには暇なのはしょうがない。そういうときには時間をつぶす必要になるだろうというのが思い当たり、ルアウダの提案というのに簡単にうなづけたのだ。
そしてルアウダとイオニス少年に錬太郎は挨拶をした。
「おやすみなさい二人とも」
ルアウダが答えた。
「はい、おやすみなさい」
イオニス少年は、目をこすっていた。イオニス少年は挨拶もできないくらいに眠気が襲ってきているのである。後数分もすれば、眠り始めるだろう。
かといって錬太郎の挨拶は聞こえていたようでイオニス少年は空いている手で挨拶をした。声をかけてもらったのだから反応を返さないのはまずいと思ったのである。
二人はリビングから出て行った。
二人が出て行った後、シージオが食器を片付け始めた。かなり大きい手を使って非常にぎこちない動きだった。シージオはルアウダとの約束を守るために動き始めたのである。
シージオのぎこちない動きを見てすぐ錬太郎がシージオに言った。
「手伝いますよ」
手伝いたいという気持ちというよりは、このまま任せていたら間違いなく食器を壊すだろうという予感があったのである。シージオが食器を落として壊さないように、錬太郎は自分が全部やってしまえばいいと思ったのだ。
シージオが笑った。自分があまりのも不器用なのがおかしかったのだ。
そしてこういった。
「助かるよ。手がでかくなっているから、思いのほかてこずると思っていたところだ」
錬太郎も笑った。
そしてこういった。
「俺に任せておいてくださいよ。わっちゃったらそっちのほうがまずいでしょ」
シージオが少し困ったような顔をした。シージオが食器を片付けるとルアウダと約束したのだ。それなのにすべて錬太郎に任せて、何もしないというのはおかしい。かといって、錬太郎の様子を見ているとおそらく食器を洗うのを手伝わせてもらえそうにない。手を出そうとしたら邪魔になるから引っ込んでおいてくれというのが錬太郎の様子から見て取れた。さてどうしたらいいかということで、シージオは困ってしまった。
そして、こう返事をした。
「では、頼もうかな」
申し訳なさそうな声だった。錬太郎にすべてを任せるというのは少し無責任な感じもある。しかし、錬太郎の邪魔をするというのはまたまずい。そしてもしもうまく食器をうまく洗えずに壊すようなことまでやってしまったら、それこそ問題である。そのためでシージオは引っ込んでおくことに決めた。少しだけもやもやとしているけれどもそれはもうしょうがなかった。
錬太郎が、食器を洗い始めた。
錬太郎がつぶやいた。
「水道は壊れてないみたいだな」
錬太郎は不思議だったのだ。これだけ世間が混乱しているというのに、どうして電気が通っていたり水が出たりするのだろうかと。電気が通っているというのも水が通っているというのも、人間が管理しているからできることのはず。それが今もまだ動いているというのだから、これはおかしい。もしかすると人間は思いのほか多く生き残っているのかもしれない。そんな気持ちが錬太郎にはあった。
錬太郎の背後から、シージオが声をかけてきた。シージオがきいた。
「眠くないのか?」
錬太郎は変わらずに食器を洗っていた。錬太郎は答えた。
「眠くないですね」
嘘ではない。少しも眠くなかったのだ。あれだけ走り回り、怪物と戦ってみたというのに体力が減っているという感じがしていないのだ。
シージオがつぶやいた。
「そうか」
錬太郎がシージオにきいた。探るようなところがあった。
「シージオさんは、おなかすいていましたか?」
シージオが答えた。少し考えていた。
「すいていなかったな。満腹でもなかったが」
錬太郎が蛇口を閉めた。洗い物が終わったからである。錬太郎は手早く食器を片付けてしまった。
錬太郎が振り返った。そしてこういった。
「俺もです」
太陽が、世界を照らし始めた。夜の時間が終わったのだ。
カーテンの隙間から光が差し込んできていた。
ベッドルームで眠っていたルアウダが目を覚ました。特に気分が悪いという様子はなかった。いつもどおりの朝が来ていつもどおりの時間に起きているという感じである。ルアウダは目覚まし時計のようなものを必要としていなかった。これは彼女が規則正しい生活をしているということの証拠である。
そしてベットからおきだしてきた。目が覚めてからの行動というのも大体決まっていることがある。ルアウダも同じだった。目を覚ましたらシャワーを浴びて、朝の用意をして動き出す。それが彼女の一連の朝の動きだった。
同じベッドにイオニス少年が眠っていた。どこから引っ張り出してきたのか、子供用のパジャマを着ていた。ベッドの上で小さく丸まっていた。イオニス少年はルアウダに引っ張られていった後、ルアウダが用意してくれたパジャマに着替えて、そのまますぐに眠ってしまった。イオニス少年がまだ眠っているのは、朝の早い時間であるからだ。まだ太陽が昇ったばかりで、普通の感覚から言うと、ルアウダというのは目覚めるのが早いといえるだろう。
ルアウダは寝室から出て行った。目が覚めたばかりだというのにずいぶんしっかりとした足取りだった。ルアウダはこれからシャワーを浴びるつもりなのだ。
寝室から出たルアウダは立ち止まった。聞きなれない音が聞こえてきたからである。音はリビングから聞こえていた。ルアウダは自分が休む前にシージオと錬太郎が寝ずの番をするという話をしたことを思い出していた。そして二人はもしかして本当に一睡もしなかったのかと思い不思議に思ったのだ。
リビングでは錬太郎とシージオが映画を見ていた。シージオはソファーに深く腰掛けてじっくりと画面を見つめていた。錬太郎はカーテンの隙間から入ってくる太陽の光をうっとうしがっているようだった。二人は真夜中に侵入者がないかといって、ずっとリビングで気を張っていたのである。しかし夜の間まったく侵入者というのがなかった。そのため二人は長い時間を暇なまま過ごすことになっていた。そうなって暇だったものだから二人はルアウダに進められたように映画を見てすごすことになったのである。
リビングにルアウダが現れたとき錬太郎が振り向いた。侵入者だろうかという感じはない。ルアウダがおきてくるというのがわかっているようだった。
そしてルアウダに挨拶をした。
「おはようございます、ルアウダさん」
ルアウダは挨拶をした。
「おはよう、錬太郎」
続いて、シージオが挨拶をした。
「おはよう、ルアウダさん。ずいぶん早かったな。もう少し休んでいても大丈夫ですよ」
シージオは時計を見ていた。時間はまだ朝の五時を過ぎていない。眠っていたいというのならばもう少し眠っていてもいいだろうという時間だった。シージオも無理をさせるつもりというのはなかった。太陽が昇って、しまえば視界が確保できる。確保できさえすれば錬太郎とシージオの武力を使い警察署までの道を確保できるのだ。それほど無理やり動くつもりというのはなかった。
テーブルの上には映画の記録媒体のパッケージがつみあがっていた。シージオと錬太郎が夜の間に見ていたものが、そのまま積み上げられていたのだ。二人ともカセットにしまうということはやっていたのだが、後で一緒にしまったほうがいいだろうということでそのまま積み上げられていたのだ。
ルアウダは目をこすった。まさか、一晩中映画を見続けるなどということをやるとは思わなかったのだ。
そして二人に聞いた。
「本当に一晩中見てたの?」
錬太郎が答えた。
「そうですね。おもしろかったです」
シージオが続いた。
「そうだな、なかなか面白かった」
ルアウダがため息をついた。そしてこういった。
「はぁ、あんたら少しは休みなさいよ。体力持たないでしょ」
錬太郎とシージオは不思議そうな顔をした。何を言っているのかという感じであった。二人とも自分の体力にまだ余裕があるのがわかっていた。体力に余裕があるというのではなく、まったく疲れというのがなかったのだ。二人がつらかったのは夜の長い時間をまったくやることもなくだらだらとすごすことだった。
ルアウダの忠告を受けて錬太郎は答えた。まったく本気で聞いていない。自分の体力というのを信じきっていた。
「そうですね、やばかったら休みます」
シージオが答えた。淡々としていた。
「夜勤は慣れてる」
ルアウダがため息をついた。ルアウダはこういう自分の体力を過信して無理をするタイプの人間というのをよく見てきた。そのため二人が無理をして動いているのがどうにもいやだった。無理をせずに余裕を持ってやればいいのに。余裕もなく動いていたらいつか壊れてしまうではないか。そういう気持ちがわいてきて、ため息になった。
二人にこういった。これ以上の追求はしないという気持ちになっていたけれども、無理をするようなら無理やりにでもとめてやるぞという気持ちが、ルアウダの目に宿っていた。
「あぁ、そう。まぁいいわ。朝ごはん作るから、イオニス君を起こしてきて頂戴」
そしてリビングから出て行った。




