彼女を吉野家に誘ったら
「どーん!」
「うわっ?! な、なんだなんだ!」
背中からの突然の衝撃で、この物語は始まった。
振り向くと、そこには白い歯をニカッと光らせて笑う岡本の姿があった。
「チィーッス! アキラ先輩、こんなところで何してるんスか? サボりっスか?」
「お、お前なぁ……いきなりタックルかましてくるなよ。あーあ、せっかくの俺のおやつが落ちちゃったじゃないか」
地面に落ちた肉まんを涙目で見ながら、俺はトホホと肩を落とす。
だが、ジャージ姿の岡本は悪びれた様子もなくニシシと含み笑いを見せている。
「悪かったスね、先輩! でも、こんなところでサボってる先輩が悪いんスよ?」
「んだよ。お前だって同じじゃねぇか。授業はどうしたんだよ」
「残念! うちらは体育の授業っス! これからソフトボールの試合があるっスよ。先輩とは違うっス。さてと、どうしよっかなー、先生にチクっちゃおうかな。あ、せんせーい!」
「おわっ! ま、待て岡本!」
俺は慌てて岡本の口を塞ぐ。
そんな俺を見ながら、岡本はニンマリと悪戯な笑みを浮かべる。俺は辺りを見渡す。先生の姿など何処にもない。
「岡本……お前、俺をからかったな」
「ピンポーン、ご名答♪」
岡本はスルリと俺から離れると、あっかんべーをしながらその場を足早に去っていった。まったく、猫みたいなやつだな。
「仲いいな、お前ら」
背後からの声にふりむく。そこには、友人の高橋が笑いながら立っていた。その笑みから、高橋が一部始終を見ていたのは間違いない。俺は、恥ずかしくなって顔を伏せた。
「結構マブい女じゃん。アキラ、お前の彼女かよ?」
「彼女?! ま、まさか! あんなガサツな女、彼女なんかじゃねーし!」
「ふーん。向こうはお前のこと好きそうだけどな」
「岡本が? 俺のことを? ないない、それは絶対にない! そもそも、あいつ、俺のこと男とも思ってねーし、俺もあいつのこと女と思ってねーし!」
高橋に言われ、俺は何故か慌てて否定した。
「そうか? 俺はああいう元気な女は好きだぜ? 付き合っても楽しそうだしな」
「付き合う? 冗談だろ? お前なら、もっといい女と付き合えるだろ。なんで、あんな女なんか」
だが、高橋は俺の問には答えず、岡本の去った先を見つめるだけだった。
岡本が俺のことが好き……? ははは、冗談きついぜ。
放課後。
帰宅組の俺は、ホームルームが終わるとさっさと帰り支度をして教室を飛び出した。
校門にさしかかったところで、見覚えのある顔が俺を見つけ駆け寄ってきた。
「待ってたっスよ、先輩! 一緒に帰るっス!」
岡本は人懐っこい笑顔で俺の腕に絡んでくると、懐からゴソゴソと何かを取り出した。
「じゃーん! 見て下さいよ、コレ。吉牛の100円割引券! 先輩と一緒に行こうと思って友だちから分けてもらったっスよ!」
「吉牛って……。女が食いに行くような場所じゃねーだろ」
「へへへ」
どうやら、昼間に俺が落とした肉まんのことを気にしてくれていたらしい。
な、なんだよ。可愛いトコロあるじゃん。
俺の顔がとたんに赤くなる。
挙動不審な俺の態度に、岡本がハテナを浮かべる。俺は、今の表情が岡本にばれないよう、さっと顔を背けた。
「でさ、高橋がお前のことをいい女だって言うんだよ。笑っちゃうだろ?」
「先輩、それは笑うトコロじゃ無いっス……」
吉野家で牛丼をかっこみながら、俺は昼間に高橋とのやりとりを岡本に話していた。
「それにしても、その高橋って先輩、私のことを可愛いだなんて、なかなか見どころある人っスね」
うんうんと岡本が満足気に頷く。その辺は華麗にスルーし、俺は話を続ける。
「でさ、その高橋がさ、お前が俺のことを好きなんじゃないかって言うんだよ。な、笑っちゃうだろ?」
「ぶほっ」
岡本が突然むせて、大量のご飯つぶを吹き出した。
「おいおい、何むせてんだよ、きたねぇなぁ」
俺はテーブルをナプキンでふきながら、冗談交じりに岡本の肩を肘で小突く。
だが、岡本は顔を真っ赤にして俯いているだけだった。
暫くの沈黙の後、
「……え? マジ?」
場の空気を読まない俺の一言。
「ご馳走様っス!」
足元の鞄をつかみ、岡本は足早に吉野家を飛び出した。
残されたのは、俺と二人分の伝票だけ。
「えー。お勘定は俺ですか……」
次の日の昼休み、目を真っ赤に腫らした岡本が俺の教室に飛び込んできた。
「先輩! 酷いっス!」
俺の机までやってきた岡本は、突然叫んだ。
「な、なんだよ岡本。いきなりやってきて……」
「先輩、私の気持ちを知りながら、なんで高橋先輩にあんなこと言うんスか!」
急ぎ早に岡本にまくし立てられて、俺は何がなんだかわからず混乱していた。
「さっき、高橋先輩が私の教室にやってきて、付き合わないかって告白されたっスよ! アキラ先輩が好きだからって断ろうとしたら、アキラからは許可とってる、私のことは好きでもなんでもないって……」
「え? 岡本が俺のことを好……き?」
どーん!
聞きなおす途中で、俺は岡本に突き飛ばされた。
「な、なにすんだよ! 岡……」
そこまで言いかけたところで、俺は何も言えなくなってしまった。何故なら、岡本が大粒の涙をボロボロと流しながら泣いていたからだ。
「あー……。もう、順番が滅茶苦茶っス。ちゃんとアキラ先輩に自分の気持ち伝えるつもりだったのに……」
そう言って、岡本は教室から飛び出していった。
後に残された俺は、クラスメイトからの好機の目に晒されていた。
「わりぃ、アキラ。俺、余計なことを言っちまった」
外から教室に入ってきた高橋が、すまなそうに俺のもとにやってきた。
「やっぱりあの子、お前の事が好きだったんだよ。だけどほら、お前、あの子のことなんとも思ってないって言っていたからさ。それでつい……」
そこまで言いかけた高橋を制し、俺は首を横にふった。
「いや、俺が悪いんだ。ちゃんと彼女の気持ちに向き合おうとしなかった俺が……」
放課後。
校門の前で待ち構えていた俺は、目的の人物を見つけた。
「先輩……」
岡本は俺を見つけると、恥ずかしそうに顔を伏せて俺の前を通り過ぎようとした。そんな岡本の肩を掴み、俺は彼女を呼び止めた。
「ごめんな、岡本。俺が悪かったよ」
神妙な俺の態度に、岡本が驚いた表情を浮かべる。
「俺、いつもさお前とふざけあってるのが楽しくてさ。本当は前からお前の気持ちに気づいていたんだ。でも、この関係が壊れてしまいそうで、確かめるのが怖かったんだよ。ごめん、本当にごめんな」
「先輩……」
岡本が俺の胸に飛び込んでくる。その拍子に、彼女の肘がみぞおちに入ったが、俺は必死にむせるのをこらえた。
岡本がモジモジしながら、上目づかいで俺を見つめる。
「じゃ、じゃあ、私のこと好きっスか?」
「好き」
パアっと岡本の表情が明るくなる。
「だと……思う」
「ズコッ! せ、先輩、この期に及んでそれは無いっスよ!」
怒る岡本に、俺は悪い悪いと謝る。
「俺さ、こんなヘタレで、未だにはっきりした態度が取れない情けない奴だけど、それでも岡本の気持ち嬉しかった。少しずつ、自分の気持ちをはっきりさせるからさ、それまで待ってくれないか」
岡本の肩を掴み、俺は彼女を見つめる。
「イヤっス」
だが、岡本はぷいっとそっぽを向いてしまった。
「私がこんなにアピってるのに酷いっス先輩。これ以上待てないっスよ」
「ごめんよ岡本~! 吉牛の大盛り奢るからさ、機嫌直してくれよ~」
両手を合わせ、俺は岡本に懇願する。
そんな俺の姿を見て、岡本はニンマリと悪戯な笑みを浮かべた。俺はドキリとする。
「味噌汁と卵もつけるっスよ」




