なぜばれる
「あれ、ルナちゃんじゃん。また副隊長のお遣い?」
「はい」
「頑張ってねー」
「訓練場にもまた顔だしてくれよ」
「時間が空けば」
「おお、楽しみにしてるな」
「またな!」
「はい」
この前の訓練場での模擬戦闘から何人かは気軽に接してくれるようになりました
困っている時に仕事上でのフォローもしてくれたりもして助かっています
あ、ちなみにルナはここでの私の偽名です
ルナちゃんなんて呼ばれて少し恥ずかしいですが、疎まれているよりはいいので、気にしないでおきます
悪意を向けてくるだけでなく、私の仕事の邪魔をする人がこれ以上増えては面倒ですし
いまでさえ被害があって困っているのですから
「あら!ごめんなさい!ちょっと手が滑ってしまって」
廊下を進んでいる中、掃除をしているメイドが持っていた水が都合よく私にかかりました
掃除に使った雑巾を絞った水ですからもちろん汚いです
ため息をつくのを堪えて「平気です」と告げてそのまま歩き出します
「クスクス、でもお似合いよその格好」
「身の程をわきまえないからそんなことになるのよ」
「なんであなたがあの人の側付きなのよ」
「さっさと辞めてしまえばいいのに」
去って行く後ろから声が聞こえてきますが、もちろん無視です
相手にしている暇なんてありませんし、慣れたことですから
それにしても、今回は書類に水がかからないように直前に魔法で水を操って防げて良かったです
以前水がかかり駄目にした書類を仕方なく持っていって見せた時の堕天使様の笑顔の空恐ろしさ…
思い出すだけで震えてきます
それを今回は防げたのでちょっとだけ気分が良いです
が、それが原因なのか角を曲がった瞬間に人に当たってしまいました
「っ、申し訳ございません」
油断していたのでしょう
気配に全然気付きませんでした
最近そのような失態が多いですね
気を付けなくては
「わりぃ、わりぃ、大丈夫か?」
見上げるといかついおじさんがいました
といっても野性味があるわけではなく、上品な感じがある人です
けれどもその雰囲気をぶち壊すように、ニカッとこちらに笑いかけてきています
って、この人は…
「怪我は無さそうだな。よし、じゃあなー」
堕天使様の上司、魔法第一騎士団隊長のバンデル=ハスカー様でした
40を超えてもいまだにバリバリの現役のこの人は、王家の親戚のハスカー公爵家の当主でもありながら、領地などの管理は成人している息子に一切を任せて文官ではなく軍人であり続けることを望んだ彼はこの国の防衛の要でもあります
そんな彼は今まで南にある砦との合同演習で城を留守にしていたはずですが、今日帰ってきたのでしょうか
ところでハスカー様が去って行った方には庭しかないのですが、どこに行かれるつもりなのでしょうか
まぁ関係ないですし、時間もおしてますしほっておきましょう
それに多分ーーー
「痛い、痛い、痛い!耳がもげる!」
「そんなに簡単に耳はもげません。それに人の話を聞かない無駄な耳はついていてもいなくてもかわりありません」
「かわる!かわるからやめろ!」
「あんなに何度も何度も帰城した時はすぐに報告書を提出しろと言ったではないですか。それが報告書が書き終わっていないからといって逃げるなんて言語道断です。だいいち、帰城するまでに仕上げるのが当たり前でしょう。まんがいち、終わっていなくても机について書き終えようとするのが当然の行動です。子供でもわかるようなことを私は何回言えば、わかっていただけるのでしょうか」
「わかった!すまなかった!今から書くから離してくれ!」
「…だて、副隊長、各部隊からの書類をお持ちしました」
扉を開けてみたら堕天使様がハスカー隊長の耳を引っ張って執務机に引きずって行く光景が目に入ってきました
その光景を見てやっばり捕まったのですね、と思いつつもずっと突っ立っているわけにはいかないので、声をかけて中に入ります
「ああ、ありがとう。そこに置いといて、後で見るから」
「あ、君はさっきの」
「お初にお目にかかります。新しくだ、副隊長の側付きになったルナと申します。以後よろしくお願いします」
耳を引っ張られながらこちらを見上げる構図に笑いそうになるも、無表情を取り繕い頭を下げます
それにしても心の中で堕天使様と呼んでいるからか、呼ぶたびに堕天使様と言いかけているのをそろそろ直さなくては
心の中でそう呼んでいるのがばれた時のことを考えると…
いえ、考えるのはやめましょう
「へえ、君だったのか。話は聞いていたが本当に女性を側付きにしたのか。珍しいなぁ。あんなにキャーキャー騒がれるの嫌いだったのに」
「彼女はそのようなことはしません。仕事も完璧ですし、なにより実力があります」
「随分と絶賛しているじゃねーか。そっちの方が驚きだな。お前が人を褒めるとは」
「褒めるべきところがあるなら褒めますよ」
「俺はいつも貶されている気がするが?」
「それはあなたがそのような行動ばかりなさるからでしょう。褒めて欲しいなら逃亡なんてしないで下さい」
「へーへー、仕方ねぇ。やるか」
ようやく耳を離してもらったハスカー隊長は
立ち上がると長く不在だった机に腰掛けて書類を手に取り始めます
「最初からそうして下さい。逃げれないことはわかっているのだから」
堕天使様のその言葉をハスカー隊長は綺麗に無視しました
堕天使様に対してそのようなことができる人がいるのにも驚きですが、それに対して堕天使様は仕方ないとでも言うように肩をすくめるだけで机についたのにはさらに驚きました
鬼畜な堕天使様があれだけで許すとは、ハスカー隊長恐るべしですね
「それにしても、なぜ服が濡れているのですか?ルナ」
その声にはっと意識を堕天使様に戻し、さらに自分の姿を見てしまったと思いました
いつもなら魔法を使って服の水分を飛ばすのですが、ハスカー隊長に会ったことに気を取られてすっかり忘れていました
堕天使様にばれたら私ではなく彼女たちが酷い目にあいそうなのでイジメのことを黙っていましたが…迂闊でした
「これはたまたま足を滑らしたメイドが持っていたバケツの水をかぶってしまっただけです」
「ふうん?この前、書類を駄目にした時も同じことを言ってたよね?」
「どうやらドジな人がいるみたいで」
「書類は無事みたいだけど、自分はよけられなかったの?」
「前回と同じ人がいたので今回は書類は防げたのですよ。そっちに気を回していたら自分はかかっただけです」
「書類だけ?随分と器用だね。自分ごと防いだ方が簡単だと思うけど?」
「前回のことがあったので書類ばかり気にしていたらこうなっただけですよ」
もしかして、わざと水にかかったのがばれたのでしょうか
彼女たちの気持ちもわからなくはないですから素直にイジメにかかれば気が済むと思ったのです
メイドとして彼の部屋の掃除を頼まれるだけでも盛り上がる彼女たちからしてみれば、他国のメイド、しかも魔法が使えない、あるいは弱いと思っていた仲間が(といっても対して仲が良い人もいなかったですが)いきなりの抜擢ですからね
嫉妬の嵐になっても仕方ないというものです
ぱぱっと魔法で服の水分を取り、窓を開けて外にとばします
「ほお、器用だなーお前。しかも無詠唱かよ」
その作業を仕事をしていたはずのハスカー隊長は見ていたらしく、感嘆の声をあげました
堕天使様は無詠唱ができるのを知っているのにわざとらしく詠唱するのも馬鹿らしかったので、あえてそうしましたが
「なるほどなぁ。確かに実力は凄そうだな」
「ええ、この前、模擬戦闘をさせましたが一回も負けずに全員のしていましたよ。魔法だけでなく、戦闘力も充分ありますよ」
「ふうん?」
楽しそうにこちらを見てくるハスカー隊長に
嫌な予感がよぎります
「来週のパーティー、お前エスコートする人はもう決まっているのか?」
「いえ、まだですが」
「ならこいつを連れてけ。どうせ警護にはあたらせるんだろ?だったらパーティーのお客として潜らせても変わりはないだろう」
「なるほど…」
って、待って下さい、そのパーティーってもしかして陛下の生誕パーティーですよね?各国からの大使が沢山くるような盛大なパーティーに私が、堕天使様の、パートナーとして、でる、と?
迂闊でした、さっさと服を乾かせばいいと思ってやったことが逆に裏目にでましたね
「無理です」
「無理じゃねーだろ。一週間あれば礼儀作法はなんとか身につけられるだろう。なにかあった時に警護の人間だとわかりにくい格好してるだけで油断が誘えるだろうし、結局警護につくなら寒い外で立っているよりは中にいた方がましだろう」
確かに中は暖かそうですが、堕天使様の隣に立つなんて嫉妬の嵐そうで面倒で嫌です
それなら寒いのを我慢する方がましですね
「私ではなくてもアテは他にあると思います。どうぞ、そちらに」
「人混みの中で貴族たちと話しながらも周りに気を配ったり、別の奴の同行に目を光らせるのはなかなか大変なんだよ。それができる女隊士は少ないんだ。でもお前ならできそうだからな」
「できるとはまだ決まったわけではないんでしょう」
「それもかねて実力を見るために今回のお供だ。だだをこねてもこれは決定だからな。諦めろ」
「…わかりました」
「では、決まりだね。ドレスなどは私が用意しとこう」
「ありがとうございます」
仕方ありません、ここで問答するよりは無能さを発揮したほうが早そうです
本番でなにか失望させるようなことをしましょう
「あ、わざと手を抜いたり失敗したら………わかってるよね?」
「っ、はい」
なぜ、ばれたのでしょうか…