恐すぎる
こんにちは、ルーネです
私は今、ゾルデの王宮の廊下を歩いています
…ツキ様の後ろで
気分はドナドナです
あの後、どうにか回避できないかと頑張りました。が、
あの美しい、けれども有無言わさない微笑みに勝てませんでした
…勝てる人なんているのでしょうか
いたら誰か教えて下さい
ただのメイドと見目麗しい副隊長様が一緒に歩いているので、通り過ぎるたびに目を丸くされます
時には羨ましいという声も
代われるものなら代わってあげたいです、はい
大歓迎ですよ
それはともかく、大注目なので居心地が悪いです
目立ったらダメな仕事しているハズなのに
まぁ、私でもツキ様と見知らぬメイドが連れ立って歩いていたらじっと見てしまいそう………一瞬で興味を無くしそうな自分が思い浮かびました
ありえませんでした
それにしても随分と歩きますね
どこまで歩くつもりなのでしょうか
って、え、
あの、この部屋は魔法第一騎士団の隊長、副隊長の執務室ですよね?
機密とか一杯ありそうな気がするんですが、ただのメイドが入っていいのでしょうか
っすみません、今入ります
だから微笑みながら圧力かけないでください
怖いです
「どうぞ、そこに座って」
またもや圧力に負けた私はそろそろと執務室に入ります
部屋の中には大きな机が二つあり、その上に様々な書類がのっています
壁際には本棚がありギッシリと本がつめられています
さっと一回部屋を見回した私は、タイトルが書かれている本のタイトルは一回見れば覚えるのには充分ですし(瞬間記憶能力というそうです)ここからでは書類の内容は読めないので仕方なくツキ様に目線を動かしました
私の視線に気付いたツキ様は、ぼぉっと立ってる私を見て、ああ、というような顔をして部屋の真ん中のソファに私を促しました
どうやら、どこにいればいいの?って視線に思えたらしいです
実際、どこにいるべきか迷っていたので、促されるままに座りました
「ちょっと待っててね」
またもや美しい微笑みをうかべたツキ様は隣の部屋に続いている扉を開けて出て行ってしまいました
誰か呼びにいったのでしょうか
というか、私はこの後どうなるのでしょう
縛り首にでもされるのか、全てを語るまで拷問を受けさせられるのでしょうか
…最悪、殺されるでしょう
そこまで考えたとき、なんで自分は焦っていたのかわからなくなりました
死ぬ覚悟があるかどうかの前に、私は自分の命を大事だなんて全く思っていません
ただ、私を助けてくれた人が自ら死ぬなんて悲しいことしないで、と言ったからなんとなく生きているだけで
別に生きる目的も死にたくない理由もない
だったらなにも恐れる必要はない
拷問されても、訓練はされてるから何も話さない自信はありますし、部屋を探られても身元がわかるようなものはいっさい持ってきてません
バレる心配もない
そう考えた私の心に、ストンと何かが落ちて焦りが全く無くなった私は落ち着きを取り戻しました(傍目には最初からずっと落ち着いているように見えるでしょうが)
周りを見渡す余裕ができたものの、書類は座っているためまたもや見れないし(机の高さと目線がほぼ同じなので)、他に見るべきものはなにも無く、無闇に動いて何かないかさぐるわけにもいかず、結局はツキ様が出て行った扉を眺めることにしました
なかなか彼が返って来ないので、眠くなってきた私は思わず欠伸をしてしまいました
「ぷっ」
何か噴き出す音が聞こえたので、欠伸で自然と閉じた目を開けてみたら、そこには銀のお盆を持ったツキ様が笑を堪えて立っていました
「くくっ、随分大きな欠伸だったね」
クスクス笑っているツキ様は、しばらくおさまらなかったのか笑い続けています
そんなに変な欠伸だったのかと首を傾げながら私がそれをじっと見ていると
ようやく笑うのをやめたツキ様はうかんだ涙を拭って、手に持っていたお盆にのせていた紅茶セットをローテーブルに置き、クッキーが入っていたバスケットも置いて紅茶の用意を始めました
バスケットに入っているのは執務室で食べるときのために元々入っていたんだろうかとか、隣は給油室だったのかと考えながら私はぼおっとそれを見ていて、途中で我に返りました
「すみません、手伝いもせずに見ていて。気付かなくて申し訳ありません」
その場に立ち上がり、頭を下げて謝罪をします
笑顔が恐い堕天使のような人でも、王子様でこの国の主要人物にそんなことをさせて黙ってみているなんて非礼にもほどがあります
けれども、そんなこと気にしないでと笑ったツキ様は自らも向かいのソファに座り、紅茶を優雅に飲み始めました
紅茶を飲んでるだけなのに、ここが天界のように感じられるほど様になっています
女と見間違えてしまうほどの美貌(本人に言った人は半殺しにあったそうなので、決して言ってはいけません)は紅茶すらも天にしか無いと言われる極上のお酒に見えてきます
不思議ですね
じっと観察されているのも迷惑だと思ったので、紅茶を飲むことにしました
コクリ
うん、とても美味しいです
王子様なのに紅茶をいれるのが上手いなんて完璧すぎやしませんか
さすが堕天使様。天界のお人は違いますね(いや、違う)
「それで、ここに来てもらった理由なんだけど」
紅茶を楽しんでいた私はその言葉に顔をあげました
「なにか御用でしょうか」
「うん。さっきの魔法について教えて貰おうと思ってね」
ち、上手く誤魔化そうとしましたが駄目でした
さて、どう言い訳しましょう
「言い逃れができるとはとは思わない方がいいですよ?」
うっ、またもや堕天使様の背後に黒いドロドロが出現しました
下手なことを言ったらその瞬間に首が飛びそうです
別に死ぬのはいいのですが、なんて言えばいいのか悩みます
そのままうんうん唸っていた(心の中だけで)のですが、堕天使様からみたら(もう名前ではなく、こちらで呼ぶことにしてみました)
ただ無表情で見つめてくるように見えたのでしょう
一つため息や落とすと苦笑した
「そんなに無反応にならなくても…。ただ、あんなに魔法が使えるなら、メイドとして入って仕事をしなくてももっと良い待遇で勤めるだろうと思っただけなんだよ。この国では強い魔法を使える者はそれだけで崇められる国なのは知っているだろう?他国の人であってもそれは変わらない」
そうですね。この国は魔法が全て。そのような考え方なのも、この国のあり方からしたら納得できます
けれども―――
「力を持っていることを誇らしく思えないのはいけないことなのでしょうか」
「うん?」
「別にこの力で仕事をしたいと思わなかっただけのことです」
「それは…自分が強い力を持っていることが嫌だと思っているということかい?」
困惑そうにこちらを見てくる堕天使様に首をふって否定します
「ただ、力を持っていることで他人に尊敬の目で見られたいと思っていないだけなんです。力はしょせんただ、力。私の一部としてそれを含めたくないんです」
ふむ…と腕を組むと堕天使様は考え込み始めました
「つまり、強い力を持ってはいても、それをわざわざ他人に知らせたくないし、それでとやかく言われたくもないということかな?」
「そんな感じですね」
「なるほど。わかった」
堕天使様はすっとソファから立ち上がると、一枚の紙を取り出しサラサラと何かを書きつけ始めました
しばらくして、こちらに戻ってきてその紙を私に渡しました
そこに書いてあったのは―――
「じゃあ、明日から私付きの側仕え兼、魔法第一騎士団の隊員だから、よろしくね」
「…は?」
そう、私の第一騎士団への配置換えの任命でした
いや、私、今、そういうの嫌だと言いましたよね?!
その直後にコレって鬼畜すぎやしませんか?!
さすが堕天使様ですね!
悪魔が逃げ出すほどの黒さですよ!!
堕天使様を見ながら心の中で罵詈雑言を言い続けます
といっても、何度も言うように顔には出ていません
けれども、
「なにか文句があるの?」
何も言わずに見つめてくる私の言いたいことを感じ取ったのか、首を傾げて聞いてきました
が、無言の圧力に屈した私は一言も文句を言えずに、その任命書にサインさせられました
堕天使様の逆らったら地獄行きだよ、という声なき声が届いた私に逆らえるわけがありません
堕天使様はやはり恐いです