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第9話 雨とヒロインと怪物

 得体の知れない怪物が、太郎の方へにじり寄る。


 雨に打たれながら、太郎は必死に「ワン、ワン!」とほえ続けていた。でも怪物は構うことなく、後ずさりする太郎との距離を縮めていく。


 あいつが本当にマルガーなのかは分からない。でも一目で、この世のものではないことが直感できた。そのくらい「それ」は異質な存在感を醸し出していた。


 それなら、答えは決まってる。


 あいつが、マルガーじゃないはずがない。


「太郎ーーーーー!!」


 私は傘とカバンを振り落とし、走り出していた。


 びしょぬれになるのもかまわず、一直線にマルガーへ突っ込んでいく。そのまま地面を蹴ってジャンプ。


「うあぁぁぁっ!!」


 飛び蹴り。


 マルガーの顔面目がけて、私は右足を繰り出す。


 それにマルガーは一瞬早く気づき、とっさに身をかわす私の足が空を切る。


 地面に着地した私は、すぐさま振り返ってまた立ち向かう。


「せっ!!」


 体を大きくひねって、目の前のマルガーの横腹に蹴りこむ。


 だけど、マルガーは私の蹴りをくらっても、びくともしない。


「はあっ!」


 私はマルガーの横面に回し蹴り、そしてまた横腹に中段蹴りと、立て続けに打つ。でもマルガーは私の蹴りを避けもせず、痛がることもなく、ただ「受ける」だけ。


 手ごたえが無い。まるで丸太を相手にでもしているみたいだ。


 マルガーは緩慢な動きでこっちに近づいてこようとするのを、私は距離をとりながらとにかく全力で蹴り続ける。でもどれだけ蹴っても、マルガーは倒れるどころか、ダメージを受けている様子すらない。


(どうなってるんだ……?)


 体が固いわけじゃない。蹴った感触は、人間と似ている。でもマルガーはどこふく風で、私の攻撃を受け続ける。


「くっ!」


 私はもう一度、上段蹴りをあびせようと、右足を振り上げる。


 そのとき。


 マルガーは、これまでおろしたままだった左腕を急に上げた。


 私の足がマルガーの側頭部に当たる。その足を、マルガーが左手でつかむ。


「っ!?」


 なにもしてこないものだと思って少し踏み込みすぎたのが、あだになった。


 私の足首をがっちりつかんだマルガーは、そのまま左腕を大きく引き込んだ。


「うわっ!?」


 足を引っ張られた私の体が宙に浮く。信じられない力でマルガーは私の足を引くと、背後にあったコンクリートの壁に向けて、私を軽々と投げつけた。


「ぐあっ!!」


 そのまま壁にたたきつけられる私。受身も取れず、地面に落ちる。


 一瞬だけ、意識がとんだ。


 アスファルトの歩道に横たわった私は、ふわふわと浮いたような意識になる。壁にぶつけられたとき、少し頭を打ったのかもしれない。


 徐々に目の焦点が合い、私は気づいてあわてて起き上がろうとする。でも、右足と背中の痛みがそれを許さない。


「ってぇ……!」


 壁にぶつかった背中の痛み。マルガーにつかまれた右足首の痛み。


 襲う苦痛。それでも私は、力を入れ直してなんとか立ち上がった。


 マルガーはゆっくりとこっちに近づいてきている。完全にターゲットを太郎から私に替えたようだった。


 よし、いいぞ。お前の相手は私だ。


 私は目に流れ落ちる雨をぬぐいつつ、マルガーの前に進み出る。相変わらず、マルガーは顔の中央にある赤い目を光らせながら、のっそりと歩いてくる。


 動きは遅い。でも、とんでもなく怪力。それがマルガーの特徴。


「せやあぁっっ!!」


 私はまた全力で、マルガーの横腹に蹴りをたたき込む。でも、びくともしない。


 ひるまずに、私はマルガーめがけて正拳突きを放つ。たまにマルガーが腕を上げるけど、私はそれをかわしつつ、また蹴りや突きをあびせる。


 だけど、いくらやってもマルガーの様子に変化が無い。同じ箇所に何度も打ち込めばいつかは効くかと思ったけど、そういうわけでもなさそうだった。


(くそっ。どうすれば……)


 絶対どこかに弱点があるはずだ。動きの遅いマルガーに、私はすばやく打撃を放つ。肩口、腕、ひざ、首――。足払いもしてみるけど、びくともしない。


 私は思い切り踏み込んで、顔面に正拳突きを放つ。マルガーはそれをかわす。二度、三度繰り返しても、全て首を横に避ける。


 首筋へ手刀。マルガーが腕を振り上げるのをかわしつつ、後ろ回し蹴り。さっきから何度も当たっている横面にまた足をぶつける。


 でも、マルガーは直立したまま。


(なんで効かないんだ!?)


 攻略法が分からずに、私は焦り始めていた。


 マルガーはただ漫然と腕を振ってくるだけ。気をつけていれば当たらない。そう判断した私はどんどんマルガーのふところに入って、拳打と蹴打を放っていった。


 それがいけなかった。


 右拳に左拳。交互に突きと殴打を放つ。その間、自分の打撃に集中しすぎて相手の動きをみていなかったことに、私は気づかなかった。


 少し間合いが近すぎるかも。でもかまわない。こいつの動きはどうせのろいんだから――


 そう考えた次の瞬間。


 いままでの動きからは想像のつかないくらいの速さで、マルガーの足が前に進み出た。


「えっ!?」


 右手を繰り出していた私。それをはねのけ、マルガーは突然右の拳を握りこみ、力強い一撃を放つ。


 狙いは、鳩尾みぞおち


 前のめりになってがら空きの私のふところに、マルガーの容赦ないボディパンチが入る。


「っ!?」


 体に走る衝撃。脳に響く鈍い音。


 内蔵が全て逆流してくるかのような、耐えがたい感覚。苦痛。そして吐き気。


 息が止まり、全身の力が抜ける。ひざが折れた私は、それでも反射的に両手を地面についた。


 でもそこへ、追い打ちをかけるようにーー


 マルガーの深く握られた拳が、私の背中にたたき落とされた。


「ぐぁっ!」


 衝撃。骨のきしむ音。


 強制的に、私の体は地面にぶつけられる。


 雨に濡れたアスファルトにはいつくばった私は、体の前と後ろを襲う激しい痛みに打ちのめされた。


 意識がまた遠くなる。腕も、足も、力が入らない。雨粒がほおを打つ冷たい感触だけが、私の目を何とか開かせる。


 油断だった。


 のろい反撃しかしてこないだろうという勝手な予測と、なかなか打撃の効かないことへの焦り。それが、私の警戒心を甘くしていた。マルガーは、すばやく動くことができる。ただそれをいままで見せなかっただけだったんだ。


 軽く人一人を投げ飛ばすくらいの怪力を秘めたマルガー。その力で殴られれば、ひとたまりもない。


 後悔しても後の祭り。私の体は、痛みに勝てないまま動かせない。


 揺れる意識のまま、私は体を起こそうと力を込める。その瞬間、腹部に激しい吐き気が襲う。私は身を縮め、口の中に湧く酸っぱいものを必死に飲み込む。


 すぐそばで、マルガーが動く気配。私にとどめを刺そうとしているのかもしれない。けど、私にはマルガーが何をしようとしているのか、見えない。


 そのとき――


「ワンワン! ワンワン!!」


 太郎の声がした。


 倒れている私のすぐ前で。


 私は顔を上げる。そこには、マルガーに向かって必死にほえ続ける太郎の姿があった。


「ワンワン! ウーー……ワンワンワン!!」


 太郎は近づくマルガーに少しずつ後ずさりしながら、何度も何度もほえる。本当は怖いんだろう。なのに、私を守ろうと勇気を出して、目の前の怪物に立ち向かっている。


 逃げてくれればよかったのに。なんで戻ってくるんだ。太郎を助けようとしたのに、逆に助けられている。その現実に、私は唇をかんだ。


 魔法戦士になっていれば。


 今ほど、そう思うときはなかった。


 もうろうとする意識の中で、私の頭にアシュレイの姿がよぎった。


 もし私が、アシュレイの言うことを聞いていれば――あいつの云うとおり、リストバンドをつけて正義のヒロインになっていれば、もっと簡単にこいつを倒せただろう。


 でも、私はそれを断った。空手で日本一を目指したいと云って。それが正義のヒロインになることより大事なんだと云って。


 マルガーが真っ先に私の前に現れるなんて、夢にも思っていなかったから。


 私が不運なだけなのか、それともなにか必然性があったのか。まだ日本中にのさばる前に、マルガーは私の近くへやってきた。


 なんで私なんだ。


 なんでこいつは、空手がしたいだけの私に立ちはだかるんだ。


 そう思っていた私の目の前で――


 マルガーは容赦無く、抵抗する目の前の小さな子犬を、足蹴にした。


「――!!」


 私の目に、蹴り飛ばされた太郎の姿が映る。


 小さく軽い太郎の体は、20mほど空中に投げ出され、アスファルトの地面に落ちると、二回、三回と転がっていった。


 そのまま横たわる太郎。動く気配は無い。


 気絶したのか。ぴくりともしない。


「……太郎」


 まさか――


 私は太郎に駆け寄ろうとした。でも、体がいうことをきかない。上体を起こそうとするたび、背中と鳩尾に、激しい痛みが走る。吐き気もおさまらない。


 脂汗をかく私の方へ、マルガーは歩み寄ってくる。


 太郎には無頓着だった。あいつにとっては、太郎なんて、邪魔な小石を蹴飛ばしたようなものなんだ。


 太郎――。


 視界に、ずぶぬれのまま力のない太郎の姿が見える。


 あのクスノキの生える公園にやってきてから、毎日エサをやっていた太郎。


 まだ遠くに私の見えるうちから、待ちかねたかのようにいつも声をあげた太郎。


 いつも好奇心いっぱいの目で、私を見つめ続けてきた太郎。


 そして――


 私を助けるために、おびえながら、マルガーの前にふさがった太郎。


 勇気ある小さい犬の光景が、記憶の中でスライドする。


 全ての映像が終わったとき、遠い意識の奥底で――


 私の中の、何かがはがれ落ちた。


 それは、私の中に残っていた無意識の保身。受身の心。五体満足で無事に済ませるために、私が逃げ道として残していた架け橋。


 その橋のたもとを、私は切った。


「――うぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 雨の落ちる車道で、私はいつのまにか叫んでいた。


 それは、痛みを、吐き気を、全ての弱気を振り切るための、心の根底からの声。


 私は苦痛を押しのけ、無理やり立ち上がった。


 骨や肉がつぶれてもいい。血ヘドを吐くことになってもいい。


 でもあいつだけは――


 マルガーだけは、許さない。


「やぁぁぁぁっーーーーーーー!!」


 私はマルガーに全力を込めて殴りかかった。目も口も無い、ただ赤く光る点だけがついているやつの顔面に。


 マルガーはそれをかわす。代わりにまた強烈なパンチをあびせようと腕を前に繰り出してくる。


 同じ手は食わない。それを上体をひねってかわし、そのまま回転して左手の裏拳でバックブロー。マルガーはそれを避けず、横面で受け止める。道場で大人の人にやったときは、相手の人が気絶しかかって怒られたくらいだ。そのときと同じ勢いでまともに入ったはずだけど、やっぱり効いている様子は無い。


 マルガーが二手、三手と両腕を振るってくる。私は距離をとろうと、右足の底でマルガーの顔めがけて押し蹴りを放つ。マルガーはそれをギリギリかわし、動きをいったん止める。


 向かい合う私とマルガー。


(ハァッ……ハァッ……)


 気勢と興奮で、いつのまにか息が上がっている。上気したまま呼吸を整え、私はマルガーをにらんだ。


 向こうで倒れている太郎の安否を確かめたい。でも隙を見せれば、マルガーはまたすばやく動いて襲い掛かってくる。そんな気がしていた。


 倒すんだ。マルガーを。ヒロインの力無しで。


 でも、どうすればいい。やっぱり私の攻撃は何一つ効いている気配が無い。同じ事をやっていてもだめ。


 考えるんだ。私は焦る気持ちのまま、いままでのマルガーの動きを思い返してみた。


 殴っても、蹴っても、マルガーは痛くもかゆくもないかのように、ただ私の攻撃を受けるだけ。何度打っても――


 ――まてよ。


 違う。私は勘違いをしている。


 私の攻撃を、マルガーは全て平気な様子で受けていたと、思い込んでいた。


 そうじゃない。


 私の中に、違和感があった。


 いままで私がやってきた中で、マルガーが正面から受けとめていなかったものがある。


 そうだ。


 マルガーののっぺりした顔を見ながら、私の中で確信がわいた。


 それがマルガーの弱点だ。それしかない。


 腹と背中の痛みがまだ続いている。特に腹部の方はずっと。じっとしていると、また吐き気が戻ってきそうだ。内蔵と肋骨を傷めているのかも知れなかった。


 チャンスは多くない。やるなら、一撃で決める。


 雨がまた一段と激しさを増す。地面を打つ水の音が、私の耳を覆っていく。雨音以外聞こえない状況が、逆に私の心に静寂をもたらす。


 全身に雨が染みるのも、髪が顔に張り付くのも、気にならない。


 私はいつのまにか、自分だけがイメージする世界に入っていた。


 暗闇の空間で、マルガーと相対する私。すこし離れたところに、太郎の倒れる姿。他にはなにもみえない。なにも聞こえない。家も、壁も、電信柱も、空も、地面も無い。


 私の目には、マルガーだけ。


 負けない。


 絶対勝つ。


 私は少しだけ腰を落とす。自分という拳銃の、トリガーをひいたように。


 ゆっくりと近づいてくるマルガー。相変わらず無防備に腕をぶらさげたまま。


 私は、両の手を握りしめた。


 私の体には、マナとかいう力があるらしい。アシュレイが云っていた。それでもいい。なんでもいい。


 私の中にある全ての力を、いまこの瞬間に、出し切りたい。


 ――いくよ。


 自分に云い聞かせるようにつぶやいてから、私は右足を蹴った。


 全力で前へ走り出す。すぐ先に、マルガーの姿。


(ここだ!)


 私は右足で踏み切ると、走り幅跳びのように前へ跳んだ。


 そして、左足を曲げながら、前に思い切り突き出す。


 飛びひざ蹴り。


 勢いを駆った私の足が、マルガーの顔面に迫る。


 かわすはずだ。私は思った。


 いままでもずっと、そうだったから。


 肩に、腹に、足に攻撃を加えても、マルガーは何一つ反応を示さなかった。側頭部に上段蹴りを放っても同じ。どこふく風だった。


 だけど、正拳突きでマルガーの顔面を狙ったとき、右足でマルガーの顔面を蹴り飛ばそうとしたとき、あいつは受け止めようとせず、首を横にやってかわした。


 どうしてだろう。答えは明白だ。


 そこが攻撃を受けては困る箇所だから。私の殴打に耐えられない弱点だから。


 たぶん弱点は、あの赤い点。


 目も鼻も口も無いマルガーの顔に唯一ついている、たった一つの紅点。


 私はその点目がけて、左ひざをあびせる。


 大きく跳び上がった私のひざが、マルガーの顔面に、紅点に迫る。


 だが――


 マルガーはそれを、首を横に曲げてかわす。


 左ひざが空を切る。そのまま私は、マルガーの肩の上を通り過ぎる。


 でも――


 マルガーが首をよけた先には、私の右ひざがあった。


 左をフェイントに使い、後ろに引いていた右足を、私は――


「はぁっ――!!」


 マルガーの『赤い点』目がけて、打ち込んだ!


 私の右ひざが、マルガーの顔面をとらえる。


 完全に入った。


 食い込む蹴りに、マルガーは上半身をのけぞらせる。


 大きな上半身がそり返り、いままでびくともしなかった巨体が徐々に後ろへ倒れる。


 私が着地するのと、マルガーが地面に背中を打ちつけるのは、ほぼ同時だった。


「くっ……」


 すぐに立ち上がろうとする私に、腹部の痛みが襲う。私は体をかばいながらゆっくりとひざをのばした。そして後ろを振り返り、マルガーの様子を確かめる。


 マルガーも起き上がろうとしている。だけど、わずかに体を震わせながら、やっとという感じて上体を起こしていた。


 効いてる。


 手ごたえがあった。これまでなにをやっても苦しい様子を示さなかったマルガーが、初めて辛そうに動いている。


 もう一撃。飛びひざ蹴りみたいな大技、二度は食らわないだろうから、次は正面からだ。そう思い、私は足を踏み出そうとした。


 でも――


「あぅ……!」


 腹部と、肋骨。それに、左肩の後ろあたりも痛みが増してきた。


 少なくとも、肋骨にはひびが入っていそうだ。ためしにそっと触れてみると、一番下の左の骨がすでに腫れているようだった。吐き気も再び戻ってきた。


 ――ダメだ。私は首を振った。考えちゃダメだ。


 もう少しなんだ。あいつを倒すまで、私の体がもてばいい。よけいなことは考えるな。


 立ち上がるマルガーを前に、私は再び構えをとった。もう一撃、あいつの顔面に私の拳を、蹴りを、あびせてやる。


 少しずつ呼吸を整える。大丈夫。まだもつはずだ。早くこいつを倒して、太郎を――


 そのとき。


 マルガーの様子に、変化があった。


 顔の中央にある赤い点。やつの弱点であるその目のような部分が、とつぜん、色を変えた。


「えっ」


 黄色へ、青へ、紫へ……。さまざまに色を変化させる。そしてひととおりの色をめぐり終えると、その目は緑色になって落ち着いた。


(なんだ……なにが変わったんだ?)


 みたところ、顔の点以外に変わったところは見られない。動きらしい動きもない。


 直立不動のまま、動く様子がない。こっちに近づいてこようともしない。私も警戒して、前に出るのをためらう。


 少しの間、お互いににらみあいが続いた。だけど、マルガーに動く気配はない。


(もしかして、力尽きたのか……?)


 私は確かめようと、前に進み出ようとした。


 その瞬間。


(――なんだ!?)


 空間が――


 私の目に映る景色が、光景が、ゆっくりとゆがみ始めた。


 思わずまばたきを繰り返す。私の目がおかしくなったのだと思った。でも、何度見ても視界が上下左右に少しずつ曲がり、ひずんだまま。ずっとながめていると気分が悪くなりそうだった。


 一体、どうなって――


 そう思ったとき。


 私の全身に、衝撃が走った。


「うわっ!?」


 と思うと――


 突然私の体は何かにはじきとばされ、後ろへ吹き飛んだ。


 あまりに唐突だった。


 まるで見えない透明の壁に押し出されたように、私は宙に浮いたまま一直線に飛ばされる。そしてそのまま、背後にあったコンクリート壁に体を激しく打ちつけられた。


「かはっ……」


 わけのわからないまま、私は地面に落ち、そのまま力なく倒れた。


 ――何が起きたんだ。


 頭の中に、疑問が駆け巡る。マルガーは何もしていなかった。指一本、動かしていない。超能力でも使ったのか。


 超能力。


 そこで、私は思い出した。アシュレイが云っていたこと。


 ――マルガーは、空間を自由に移動する――。


 マルガーは空間を自在に操ることができる。詳しくは分からないけど、その力を応用すれば、いまみたいに離れた相手の周りにある空間を操作して吹き飛ばすことも、可能なのかもしれない。


 ……反則だ。そんなのないだろ。


 私は立ち上がろうとした。でももう足にも腕にも力が入らない。あまりの痛みに意識が混濁して、いまにも気持ちの線が途切れそうだった。


 結局――


 私じゃ、勝てないのか――。


 魔法戦士に――ヒロインにならないと、マルガーには、かなわないのか。


 なんだよ。空手の大会で優勝するって云ってたのに。ひどい様だな。


 地面を打つ雨音に混じって、マルガーの歩いてくる音が聞こえる。止めを刺そうとしているのかもしれない。


 ふるえた両腕を前に出す。ひじを立てて、なんとか体を起こそうとする。だけど、それが限界だった。


 すぐそばにまで、マルガーの足音が迫る。私はもがこうとするけど、もう体がいうことを聞かない。


 悔しさが胸を焦がす。でも再び立ち上がるには、私の体は傷みすぎていた。


 思考の隅に、子犬の姿が残っている。倒れたまま動かない、雨に打たれたままの子犬。


 私はなかば観念して、太郎のことを想った。


 私にもっと力があったら。


 私が魔法戦士になっていれば。


 私が、ヒロインになっていれば――。


 ごめんな、太郎。


 まぶたが静かに下がっていく。いつのまにか押し出された涙が私の顔を流れ、雨に溶けて、アスファルトの地面をぬらしていく。


 近づくマルガー。あきらめきれない思いが、薄れ行く意識の中で少しずつしぼんでいく。


 そのときだった。


 まばゆい光を放つ何かが、空から降りてきたのは。


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