第7話 涙とヒロインと分岐点(3/3)
「じゃあ先輩、お邪魔しました~♪」
玄関先で、小町は元気に手を振る。その顔には、さっきみせた泣き顔のなごりは少しもなくて、いつものような小町らしい明るい笑顔が浮かんでいた。
「先輩の家にあがれたなんて、小町、一生ものの思い出です! この感動は、さっそく『ついったあ』で全世界に報告しますから!」
「いや、しますから、っていわれてもな……」
「先輩も『ついったあ』やればいいのに。ガラケーでもできますよ。もし始めたら教えてくださいね。すぐにフォローしてお気に入りにしてリストに入れてリツィートして、先輩のこといっぱい宣伝しますから!」
「……よくわかんないけど、まあいいよ」
始めないけど。
「先輩、いま『どうせ私は始めないけど』とか思ったでしょう」
「う」
「ほら、やっぱりです。小町は先輩のことなら、なんでもお見通しですよ」
その言葉に、私はなんとなくうなずいた。
「――ああ、そうだな。小町は私のこと、ほんとによく気がつくよ」
「えへへ、先輩にほめられた~」
幸せそうな小町に、私は心から云った。
「小町。今日はありがとう。わざわざ家に来てくれて」
「いえ。小町こそ、病み上がりにお邪魔してすみませんでした。では明日、朝練で!」
遠ざかる小町に、私も手を振りながら云った。
「ああ、じゃあ。――それから、怪物には気をつけろよ。まだ京東都にしかいないみたいだけど、こっちにいつやってくるかわからないからな」
「かいぶつ?」
そこで、小町は首をひねった。
「なんのことですか? 怪物なんて、どこにも出てないですよ」
「えっ」
「それじゃあ先輩、失礼します~!!」
そのまま、小町は手を振って行ってしまう。
――あれ。
なんでだろ。小町、ニュース見てないのかな。
インターネットのことはよく知らないけど、情報が早いみたいだから、真っ先に出てきてもおかしくないんじゃないかな。テレビのニュースでも、トップニュースになってたのに……。
私は家に戻るとリビングに向い、リモコンでテレビの電源を入れた。
画面には、ニュース番組。キャスターの姿と、右上のコマに、怪物が暴れているような映像。大きな字幕で「謎の怪物、周辺の市町村にも出現」と書いてある。やっぱりまだ、騒動は続いているんだ。
私はソファに腰掛けて、女性キャスターが報道を伝える映像をみつめた。
『京東都に現れた謎の怪物は、自衛隊がやってきたところでいったん姿を消しましたが、今日になって再び、今度は周辺の市町村に姿を現しました。怪物が現れたのは、福山県荘武市、偉座見市、青木県夜分町など、全部で三つの市、五つの町に及び――』
「えっ」
そのとき、どこかで見た言葉が私の記憶にひっかかった。
いやな予感がした。
鼓動が早くなる。云い様のない不安が、せり上がってくる。
『このうち、福山県荘武市では、市内で最も大きな教会が怪物に襲われ、中にいた人のうち十三人が怪我をし、病院で手当てを受けているとのことです。一方、偉座見市では――』
私はすぐにソファから立ち上がり、テーブルの上に置きっぱなしのお母さんの手紙をあわてて開き、文面に目を通した。
……なので私たちは、本当のエクソシスト――悪魔祓い師とはなんなのかを追求するため、三日間、エクソシストを知る旅に出ます。行き先は福山県荘武市です。
「――!!」
福山県荘武市。
教会が、怪物に襲われて――。
私は青ざめた顔のまま、急いで二階にあがった。そして自分の部屋に入ると、ふだん滅多に使わない携帯電話を手に取った。
なれない手つきでボタンを操作しながら、私はアドレス帳を開く。そして、お母さんの名前を選ぶ。
お母さん――お父さん――。
私は祈るような気持ちで、電話をかけた。コールが一回、二回と聞こえる。
まさか……怪物に襲われたなんてこと……。
三回、四回――。
無機質に鳴り響くコールが、とても長く感じられた。
そして――
六回目のコールで、電話がつながった。
「お母さん!!」
思わず叫ぶ私。お母さんは――
「あら、穂積さん。え、携帯からですか? 珍しいですね。お父さん、穂積さんから電話がかかってきましたよ。それも携帯から」
……あ、あれ。
思ったより緊張感のない口調のお母さんに、私は戸惑う。それでも私は、確かめずにはいられなかったから、すぐに訊いた。
「お母さん、そっちは大丈夫!? 怪物が出たって、ニュースでやってたけど――」
「かいぶつ? こちらは何も――あ、お父さん、それはそうやって使うものじゃ……」
「えっ。で、でもこっちは、荘武市の教会に怪物が出たっていうニュースやってて……」
「なんの話でしょう……? 私、さきほど旅館のテレビでニュースを見ましたけど、そんなことはひとことも――きゃっ、お、お父さん、そこはだめですよ……」
……どういうことだ?
たしかにテレビではそうやって報道してたのに……。
「本当に大丈夫なの、お母さん?」
「はい。今日も教会にいましたが、特になにも……あん、お父さん、そんなはしたない……。穂積さんの中から悪魔を追い出すためだからって、そこまでなさらなくても……ああっ、や、やめてくださいっ。穂積さんと話しているのに、私、恥ずかしい……」
「……いや、さっきからなにやってるの、お母さん」
「なにって、悪魔祓いの儀式の予行演習を……ああっ! お、お父さん、ローソクのろうが垂れて……あ、ああんっ!」
私は静かに電話を切った。
とりあえず、無事らしい。よかった。私はほっと胸をなでおろした。
でも――
一体、どうなってるんだ。
怪物は――マルガーは、もう出現したんじゃないのか。もしかして、ニュースで云ってるほど深刻なことにはなってないのか?
私はリビングに下りた。つけっぱなしのテレビには、まださっきのニュースが放送されている。
リモコンをつかんで、私はチャンネルをいじった。相変わらず、二つのチャンネルしか映らない。そして映るニュースには、破壊されつくした凄惨な街の映像。
――これだけ街がつぶされて、自衛隊まで出てきて、深刻じゃないわけがない。
私はそう思いながら、一方で、別の思いも持ち始めていた。
……そういえば、私がニュースを見たのは、このテレビだけなんだよな。
新聞とかインターネットとかで確かめたわけじゃない。今日は一日中家にいたから、会ったのは小町だけ。その小町も、このニュースは知らなさそうだったし……。
私はもう一度、注意深くテレビの映像を見た。
『……名の負傷者が出ている模様で、現地の自衛隊がさきほど出動し、現場の怪物の鎮圧に向かっているようです。以上、ここまで、謎の怪物に関するニュースをお伝えしました。次に、日本のアニメ文化が、アメリカ国防総省の職員に影響……』
そこで突然、映像が乱れた。
画面が白と黒の砂嵐だけになる。チャンネルが映らない放送局と同じ状態。ザー、と音が聞こえるだけ。
「あれ。もしかして、このチャンネルも……」
そう思って、私がリモコンでチャンネルを変えようとしたとき――
再び、テレビに映像が映った。
『こんばんは。早速、京東都に出現した謎の怪物のニュースからお届けします』
『怪物により、町は混乱を極めています。今日の正午過ぎ、繁華街に突然、身長2mをこえる怪物が現れました。怪物は近くの住民を無差別に襲い、現在もまだつかまっていません』
『また、怪物は別のところにも次々と現れ、来別市や編見市、恵美寿町など、確認されているだけで計12体にのぼります』
……あれ?
これ、昨日見たのと同じ映像だぞ。
『これまでのところ、100人以上が重軽傷を負い、病院に搬送されています。また車で町から逃げ出そうとする住民が多数おり、怪物も線路内に侵入するなど、交通網は完全にマヒ状態となっています』
『警察は、自衛隊に出動を要請しており、数時間以内には怪物のいる場所に到着するものと思われます。では、現場の状況を、狩宮アナに伝えてもらいます。狩宮さん、お願いします――』
間違いない。
昨日の夕方。家に帰ってきてから見たのと、全く同じニュース。
ってことは、つまり――
(……録画?)
もちろん、デッキにはなにも――DVDもブルーレイも――入っていない。だから、どうやってるのかわからないけど……
これは絶対に、一度みた映像だ。
そして、こんなことをしそうなのは、私の思いつく中で、一人しかない。
イヌ。