第4話 太郎とヒロインと小町
「――先輩、今日はどうしたんですか」
学校からの帰り道。
私はいつものように部活を終えると、いつものように勝手についてくる小町といっしょに、いつものように住宅街を歩いていた。
「先輩、今日はいつもと様子が違いましたよー。なんだか気迫が無いっていうか、やるぞー! っていうのが無いっていうか」
「…………」
私は、云い返す気力も失っていた。
昨日の夜、あれから自称エクソシストとかいうやつが父さんに連れられてきて、私に向かって「神の名において、悪魔よ立ち去れ!!」とド真剣な顔で私に十字架とニンニクをぶつけてきた。
「ニンニクは吸血鬼だろ!」と私が云うのにもお構いなく、その青野とかいうエクソシストは母さんに向かって「この強力な悪魔を退散させるには、聖なる力を秘めた特別な十字架を使う必要がありますね……。追加料金が十二万円かかりますが」
「ぜひお願いします!」と母さんがとびついたのを私は必死に止め、それを父さんが「悪魔よ、静まるのだ!」とさらに止めようとして、なんかもういろいろ大変だった。
詐欺師を追っ払って、母さんと父さんを説得して、やっと納得してもらえたのは深夜。無駄に疲れた体で寝て起きて、すぐに部活の朝練。そしていまにいたる、というわけ。
「今日は小町と話もろくにしてくれませんしー。小町、さみしいです」
「いや、ごめん。悪かったよ。なんか今日は体が重くて。いろいろ考え事もしててさ」
「先輩、どうかしたんですか? 悩みがあるなら小町が聞きますよ。代価とひきかえに」
「なんだよ、代価って」
「決まってるじゃないですか。休日の深夜に学園の体育館で二人きりの稽古ですよぉ」
「どんなシチュエーションを想像してるんだ……」
「やだなあ先輩。小町にやましい気持ちなんてこれっぽっちもないですよ。まじめに先輩と秘め事にいそしむだけじゃないですかぁ」
「誤解を生む言い回しやめろ!」
ああ、狂った調子がよけい狂う……。
でも今日は本当に調子が悪かった。部活でも三十人どころか二人目で負けたし、小町にすら一本とられた。「えへへ。先輩から一本とっちゃいましたぁ。生まれたころからの夢がかないました」とか云われたりして、いつもなら悔しいと思うはずなんだけど、今日はやたらとだるさだけが残って、そんな気も起きなかった。
やっぱり、あのイヌのせいだ。結局そこに行き着くんだ。
いつ襲ってくるのか分からないイヌ。今日も私を正義のヒロインにさせようと、私が一人になったところに姿を現して――
あれ。
そこで、私は気づいた。
そういえば、今日はあいつ、まだ一度も出てきてないな。
朝起きたときも、授業中も、部活のときも。
いつも気合満点で出てくる神出鬼没なイヌが、いままで一回も姿を見せない。
ここ三日間、あいつはこれみよがしに私の前に出てきていたのに。
なにかあったんだろうか。そういえば、マルオがもうすぐ日本を滅ぼすとか云ってたな。もしかして、イヌの身になにかあったとか――
私は首を振った。いや、そんなわけないだろ。今日はたまたま忙しいから私のところに来なかっただけだ。毎日毎日私とばかり付き合うわけにはいかないだろうし。きっと偶然だ。
「……先輩。急に首を振ったりして、どうかしたんですか」
「えっ」
小町に訊かれてはじめて気づいた。心の中だけで振っているつもりだったのに。
私はなんとか言い訳をとりつくろった。
「いや――なんていうかさ。こんな私じゃだめだな、って……今日みたいなんじゃ、全国優勝なんて夢のまた夢だからね」
「そうですよ先輩! 私に負けるなんて、先輩らしくなかったですよ。先輩は、いつも私をゴミくずのように負かしてこそ、先輩なんです!」
「へりくだり過ぎだろ……もうちょっと反骨心もったほうがいいんじゃないか」
「もってますよぉ。先輩以外のときは。『あんたなんかに構っているヒマはないの! 早く先輩のところにいかなきゃ!』って」
「小町はほんとそればっかだな……」
そこまで云って、いつものT字路に着いた。
「それじゃ私、こっちから帰るから」
「ええ~~っ!? 先輩、またそっちに行くんですか」
「ああ。仕方ないだろ。親から買い物頼まれてるんだから」
「む~~。ここ最近、毎日じゃないですか。何を買ってるんですか」
「いいだろ、何でも。じゃあな」
「あ、先輩! つれないですよぉ~~!!」
さみしそうな表情と声で、小町がウルウルしている。まあいつものことなので、私は無視してさっさとT字路を右に曲がった。
今日はさんざんな日だったな。こんなときは、太郎になぐさめてもらおう。
私はいつもの公園に向かう。日が差すクスノキの下に、今日も太郎はいた。
捨てられた子犬。まだ拾ってくれる人はいないらしい。それが悲しいような、うれしいような気持ちで、私は太郎のいるダンボールに近寄って行った。
最近は、私が公園にやってきた時点で太郎は気づくらしく、もうかなり遠くから「ワンワン!」とほえてくる。それを聞くと自然と、私の足も速まる。今日は肉、いっぱいもってきたからな。
「元気だったか、太郎!」
私はしゃがみこんでダンボールの中をのぞきこむ。そこには太郎――
――と、あのイヌがいた。
「わんわん! 僕も肉がほしいだわん」
「…………」
顔がひきつった。
太郎と一緒のダンボールに入り、とぼけた目で私のほうを見上げつつ、しっぽをふりながらわざとらしくわんわん云ってる。かわいらしくみせようとしているのか、元々低い声をむりやり高くしているところが変に涙ぐましい。
「早く肉をくれだわん。肉をくれたら、お礼にこの魔法のリストバンドをつけてあげるだわん」
「おまえ、こんなことやってて恥ずかしくないのか……」
「ぬ。なぜばれた」
「ばれないほうがおかしいだろ! 何度おまえの姿につき合わされてると思ってるんだ。せめて違う姿になってから出てこいよ!!」
「太郎をダシにするうまい方法だと思ったのだが、残念だ」
「全然うまくないっつーの! っていうか太郎をダシに使うな!!」
さっきイヌのことを心配して損した。いつもどおり、腹が立つほどピンピンしてる。
いつものハスキーボイスに戻ったイヌは、リストバンドをにぎりしめながら、ダンボールの中から軽くジャンプして出てきた。太郎が不思議そうな目で私たちのほうをみている。
「これでも命がけだったのだぞ。何度この犬にリストバンドをとられそうになったことか。万が一、前足にでも通されたりしたら、この犬が魔法戦士になってしまう。そうなれば、世界は破滅だ」
「おまえがそんな無駄に危ない橋、渡るからいけないんだろ。自業自得だ」
「貴様にリストバンドをつけさせるためだ。仕方ないだろう」
「まだ言うか! いい加減、あきらめろよ」
「貴様こそ、早くあきらめてこのリストバンドをつけるのだ。日本の危機は、もう目の前まで迫っているのだぞ」
「だから私はつけないって何度も言ってるだろ! おまえのせいで、昨日から散々なんだぞ。今日こそ決着をつけてやるからな!」
「のぞむところだ、四条穂積。いまこそ、おまえを一人前の立派な魔法戦士に仕立ててみせる」
「カッコつけるな! ただリストバンドつけさせるだけだろ!」
「おとなしくつけろ!」
「つけない!」
「つけろ!!」
「つけない!!」
「先輩……」
――?
聞き覚えのある声がした。
私の後ろから。
イヌも私もその声に反応し、云い合いを止める。
おそるおそる、私が振り返ってみると――
「先輩……買い物に行くって言ってたのに、やっぱりウソだったんですね……」
「――小町!?」
そこには、小町がいた。
私がイヌの方に気を向けていたからか、それとも小町が尾行の腕を上げたのか……。すぐ後ろに立たれるまで、全然気づかなかった。
「怪しいと思ったんです。毎日毎日買い物って……そんなわけないって……」
「い、いや、違うんだ、小町」
後ろをちらりとみる。イヌはいつのまにか姿を消していた。逃げたな、あいつ……。
「ウソをつくつもりはなかったんだけど、太郎に――ここに捨てられた犬にいつも会いにきていたんだ」
「ウソです」
「えっ」
「男の声がしました」
「男の声――」
あのイヌのことか?
「先輩は、いつも公園でハスキーボイスな男の人と会っていたんです。そうに決まってます」
「いや、あいつは……その、なんていうか、説明に困るんだけど……」
「小町のことなんて軽く外へ追いやって、先輩は公園で男の人と秘め事にいそしんでいたんですね――」
「だから誤解を生む発言するなって!」
「ひどいです先輩! 小町というものがありながら、他の人に走るなんて!! 先輩は絶対に二股しない人だって思ってたのに!!」
「走ってない! そもそも一股も無いから!!」
「あんまりです! 小町との下校より、ただ声が低いだけのブタ野郎をとるんですね!」
「落ち着けよ小町! 言葉が汚くなってるぞ!」
「ブタ野郎はブタ野郎です! 先輩にとってはシブくてかっこいい飛行気乗りの豚かもしれませんが、私にとっては金満体質な丸々太ったピンク色のブタ野郎です!!」
例えがよくわからない。
「っていうかなにからなにまで誤解してるから! 私の話も聞いて――」
「聞きません! 小町は怒りました。いまからそのブタ野郎をぶちのめします! さあ、どうせその草むらに隠れてるんでしょう。小町の目はごまかせませんから。さっさと出てきなさいよ!!」
すると小町は、クスノキの下にある草むらにずかずかと進んでいった。
「小町から先輩を奪うなんて、いい度胸していますね。さあ、小町とブタ野郎のどっちが先輩にふさわしいか、はっきりさせてあげます!!」
そう勢い込んで、小町は胸ほどの背丈の草むらをわっとかき分ける。
――と。
そこには、驚いて立ち尽くしたままの、イヌの人形の姿があった。
「貴様……なぜここだとわかった」
「…………え」
小町の目が点になった。そりゃそうだ。私も最初は点になってた。
「――ブタ野郎?」
「ブタではない。私はアシュレイだ」
人形が、パクパクと口を動かして、はっきりと日本語をしゃべっているんだから。
「ばれたからにはしかたない……。貴様にも全てを説明しておかねばな」
「先輩、これは……これはどういうことですか……」
小町が、なにかを押し殺すような調子で、つぶやくように云う。
「いや、それはだな……なんていうか、異星人、なんだけど……そいつ」
私もひとことではよく説明できないから、自信なげにしか云えない。
「……ずるいです」
でも小町は、私の言葉に納得しなかったのか、鬼気迫る様子で声をふるわせた。
「先輩、ずるいです……。私にだまって、こんな――」
「小町……?」
私が声をかけると、小町はとつぜん叫びだした。
「こんな……こんなオモシロキャラ相手に公園で遊んでいたなんてーーーーーーーーーー!!」
小町は興奮を爆発させると、いきなり目の前のイヌに飛びかかっていった。
「や、やめろ!!」
イヌは逃げようとするが一足遅く、小町にとらえられてしまった。
「人形がしゃべるなんて、ありえないですよ~! どうなってるんですかこれ? おもしろ~い!!」
「は、はなせ! 目! 目をさわるのはやめろ! 口の中に手を突っ込むな!! 私をだれだと思っているのだ!!」
「わ~、かわいい外見なのにプライドの高そうな態度が、またそそるギャップですね~!」
小町はそのままイヌを胸にだきしめる。ほおずりまでする。
「きゃ~! 感触まで人形そっくりじゃないですかぁ! 気持ちいいです~(すりすり~)」
「やめんか、こら!……く、苦しい、放せ……!」
「先輩、ずるいですよぉ! 小町に黙って、いつもこんなことして楽しんでいたんですねっ!?」
「……いや、してないから、全然」
しらを切る私。少しして、イヌはなんとかもがいて小町の胸から抜け出す。
「あん。もう、勝手に逃げないでくださいよぉ」
「ぜぇ……ぜぇ……も、もうやわらかい胸はこりごりだ。四条の胸で一度窒息しかけたからな」
「だまれコラ」
私がとっさに蹴りを入れる。イヌが「ぐふっ」とうめいてその場にうずくまった。
「あれ、先輩。いま、人形氏が『四条の胸で』とかなんとか――」
「いや、なんでもないよ。空耳だろ」
私は冷静を装いながら、必死に「四条穂積は無類の犬好き」という証拠をもみ消そうとした。
「それよりなんだよ、人形氏って」
「彼氏だけど人形だから、人形氏です」
「だから彼氏じゃないって!」
「先輩こそ教えてくださいよ。人形氏じゃなかったら、なんなんですか?」
「説明すると長くなるんだけど、そいつ、別の次元からきた異星人なんだよ」
「いせ――」
すると、なぜか小町はいきなり噴き出した。
「ぷはははははっ!! せんぱ~い、異星人なんて、この世にいるわけないじゃないですかぁ! B級オカルト記事の読みすぎですよぉ」
「そんなわけのわからんもの読むか!! ほんとなんだって! じゃあ小町は、そいつがなんだと思ってるんだよ」
「ぷふふふふっ……。決まってるじゃないですか。見た目は犬の人形ですけど、実は百万人の軍隊と百発のミサイルに対抗できるだけの武器を備えながら、人形サイズの小型化に成功した、日本の叡智と技術力の結晶、可変型アーマード・ロボ『アシュレイ』です!」
「おまえこそSFの読みすぎだ!!」
「そんなことありませんよぉ。最近同じクラスにアンドロイドの女の子が転入してきたって、先輩言ってたじゃないですかぁ」
「それは違う話だろ!」
「とにかく、今日は人形氏と三人で楽しくブランコだけで遊びましょう♪」
「ブランコ限定かよ!」
そこへ、イヌがよろよろと立ち上がってきた。
「四条穂積……リストバンドをつけろ……」
「この期に及んでまだ言うか!!」
「つけなければ、貴様の家にトマホーク型ロケットミサイルをぶちこむぞ……!」
「おまえまで小町の話に乗っかるな!!」
「きゃ~!! やっぱり動いてるーー(パシャパシャ)」小町はスマホとかいうのを取り出して、なにやらイヌを撮影し始めた。
「貴様……なにをしている」
「えへへ。犬型最新兵器の映像を、ついったぁで全世界に発信しようかなと」
「やめろ!」
「でも加工したんだって思われちゃいますかね~。『本物! これがイヌ型ロボット・しゃべるアシュレイちゃんだ』。えいっ(ポチッ)」
「やめんか!!」
「きゃー、怒ってる! ついでだから、ミーチューブとワイワイ動画にもアップしますよぉ」
「いい加減にしろ!!!」
私にはよくわからない単語が続いているけど、小町はインターネットを使って写真や動画を全世界に広めることができるらしい。そっちの知識は、小町の方が完全にうわてだ。
「わ~、ついでだからアシュちゃんがもっていたこれもUPしちゃお。……あれ? なんですかこのリストバンド。変な模様が入ってますねぇ」
小町が手に持ったリストバンドをまじまじとみつめる。
――って、あれ?
「小町!?」
イヌの手にあった魔法のリストバンドが、いつのまにか小町の手に渡っていた。イヌが驚く。
「き、貴様! いつのまに!?」
「さっき、ひょいっと頂いちゃいました」
「すぐに返せ!!」
「返す前に、ちょっとつけてみてもいいですかぁ?」
「ぜっっっっっっっったいにやめろ!! つければ貴様の枕元に末代まで出てやるからな!!」
「ぶっそうですねぇ。それだけ必死に言われると、逆に気になります。つけちゃお」
「やーーーーーーめーーーーーーろーーーーーーーーーーーー!!」
イヌが真っ青な顔になって小町に飛びかかる。私は云った。
「小町! リストバンドをこっちに!!」
「はい先輩!」
小町は瞬時に私のそばまでやってきた。イヌが空を切って地面にずっこける。
「そんなに大事なものなんですか、これ」小町が疑問の表情で私を見上げる。私はリストバンドを小町から受け取ると、してやったりの顔で答えた。
「ああ。でかした小町。ほめてつかわす」
「えへへ~。先輩にほめられた~」
イヌが向こうのほうで立ち上がる。一瞬、顔がほころんだ。
「四条穂積、まさかつける気になったのか――?」
「ならないよ」
イヌはずっこけた。
「やっぱり……。貴様、それをどうするつもりだ」
私は云ってやった。
「おまえが今後一切私に近づかない、って約束してくれたら、これを返してやるよ」
「くっ……貴様!」
「当たり前だろ。こうでもしないと、お前は明日からまたこりずにやってくるだろうしな。小町! ちゃんとイヌが私と約束する姿を撮影しておいてくれ」
「承知しました! 小町はいま、先輩の下僕です。なんでもお申し付け下さい!!」
「というわけだ。どうする?」
私の前で、イヌはくちびるをかんで悔しそうにする。
「貴様……それがどれだけ神聖なものなのか、分かっているのか。取引の道具に使うなどとは!」
「悪いとは思ってるよ。でも、ほかにやり方が思いつかないんだ。私には空手が一番大事だってことを、どうしてもおまえにわかってほしいんだ」
しおらしい表情をつくって、私が云う。
「ごめんな、イヌ」
「四条……」
「――というわけで、私の前でしっかりはっきり誓いを立ててくれ」
けろっとして、私は云い直した。イヌがずっこける。本当によくずっこけるな、こいつ。
「貴様……どこまで本気なんだ!」
「いつでも本気だよ、私は。さあ、早く」
私が云うと、イヌはしかたないというようにゆっくりと姿勢を正して、小町がスマホを構える前に進み出た。
「アシュレイハー、今後イッサイー、四条穂積ニ近ヅカナイコトヲ誓イマスー」
「ダメ、棒読み過ぎ」
「くっ……あ、アシュレイは……今後むやみに四条穂積に近づいたりしない。誓って。……これでいいか」
「はい。よくできました」私は拍手を送ると、リストバンドを投げ渡した。イヌはそれを奪い取るようにつかむ。
「先輩、ばっちりですぅ~」小町がスマホを振りながら近づいてきた。
「今世紀最大のオモシロ動画ですよ~。これをワイ動で配信すれば、7650000再生はカタいですね。では、いまからさっそく配信作業にとりかかります!」
「だからやめろといってるだろ!!」イヌが必死に反応するのに、私も合わせた。
「それはやめてやってくれ。あくまで私たちだけの取り決めだからな。ま、はじめのほうの動画は配信でも何でもやってくれればいいけど」
「それもやめろーー!!」
弱みをにぎられたイヌは、さっきから叫びっぱなしだ。小町は小町でそれをおもしろがってもてあそんでいる。イヌには悪いと思ったけど、そんな光景が、私にはどこか可笑しくてしかたなかった。
「ワン、ワン!」
横で太郎がしきりにほえている。ボクも仲間に入れてよ、と云っているみたいに。
今日はにぎやかでよかったな。私はうれしそうな太郎の表情をみて、そう話しかけた。
そんなこんなで、私は家に帰ってきた。
ようやくイヌの襲撃から開放された。そう思うと、私の胸は安息感でいっぱいだ。これで気楽に足をのばして寝られるってもんだ。もう部屋のドアノブをガムテープでぐるぐる巻きにしないですむ。
私がリストバンドを返してやって帰ろうとしたとき、イヌは云った。
「……マルガーはもう日本に出現している。私は対応に追われるから、どのみち貴様の前に姿を現す機会は少なくなると思っていたのだ」
「負け惜しみか? まあ、悪いとは思ってるから、同情だけはしてやるよ」
「そうではない。家に帰ったらテレビをつけてみろ。そうすれば分かる」
「私、あんまりテレビはみないんだけどな」
「いいからつけろ! いいな、絶対だぞ。ではさらばだ。フハハハハ!!」
「いちいち笑いながら去っていくのやめろ!!」
最後までうるさいやつだった。ま、それもこれからはずっとマシになるだろ。
私は機嫌よく、玄関に向かっていった。いつものように、白い西洋風のドアを開ける。
「ただいま……って、今日はだれもいないか」
忘れてた。
今日は家の様子がいつもと違う。明かりが消えていて、人気も無い。それもそうだ。今日は父さんも母さんも、遠い親戚の法事にでかけていて、家にはいないんだった。
私はリビングに進むと、電気をつけた。すると、テーブルの上に一枚の置手紙があるのをみつけた。
「なんだろ」
私はそれを手にとって読んだ。
~~穂積さんへ~~
昨日、お父さんとお母さんは、穂積に大変な迷惑をかけてしまいました。すみません。穂積のことを、なにもかも誤解していました。とつぜん十字架なんか振り回して、ごめんなさい。
なので私たちは、本当のエクソシスト――悪魔祓い師とはなんなのかを追求するため、三日間、エクソシストを知る旅に出ます。行き先は福山県荘武市です。あと二日、帰ってきませんが、お金は置いておきますので、適当になにか食べてください。
帰ってきたら、穂積さんの中の悪魔を取り除くために、本物の儀式をとり行います。それまで、穂積さんの中の悪魔が目覚めませんように。お母さんより。かしこ。
「まだ誤解してるーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」
私はずっこけそうになった。
昨日の一件がまだ尾をひいている。せっかくイヌの脅威が消えたのに、もう勘弁してほしい……。
私はうんざりした気分で、リビングのソファにどかっと座った。まあ、考えようによっては、あと二日は家をひとりじめできるんだから、うれしくないこともない。なにをして過ごそうかな……。
私はなんとなく、テーブルの上においてあったリモコンを手にとり、テレビをつけた。イヌに云われたからじゃなかった。ただ家に音がなかったから、なんとなくさみしくて、無意識につけただけだ。
私の視界に、テレビの画面が映る。ちょうど、ニュースが始まった。
『こんばんは。早速、京東都に出現した謎の怪物のニュースからお届けします』
『怪物により、町は混乱を極めています。今日の正午過ぎ、繁華街に突然、身長2mをこえる怪物が現れました。怪物は近くの住民を無差別に襲い、現在もまだつかまっていません』
『また、怪物は別のところにも次々と現れ、来別市や編見市、恵美寿町など、確認されているだけで計12体にのぼります』
『これまでのところ、100人以上が重軽傷を負い、病院に搬送されています。また車で町から逃げ出そうとする住民が多数おり、怪物も線路内に侵入するなど、交通網は完全にマヒ状態となっています』
『警察は、自衛隊に出動を要請しており、数時間以内には怪物のいる場所に到着するものと思われます。では、現場の状況を、狩宮アナに伝えてもらいます。狩宮さん、お願いします――』
悪い夢をみているようだった。