エピローグ
それから私は、鬼のように空手の練習に没頭した。
学校でも、道場でも、鬼気迫る勢いで相手を倒していく。目指すのは、日本の頂。高校空手日本一。それしか私の目には見えていない。
「一本! すごいぞ四条。これで五十人抜きだ」
顧問の先生が告げる。でもそんな人数にこだわりはなかった。
目指しているのは、大会での優勝だけ。ただそれだけ。そのために、私自身を究極まで高める。私という肉体を、精神を、極限まで引き上げる。
「いきますよ先輩! 今度こそ小町が勝ちますからね~!」
そんな小町の言葉にも乗らず、私はあっというまに――
「先輩、ひどいですよぉ、もう二本とっちゃうなんて! 小町、もっと先輩と触れ合っていたかったのにぃ……」
小町の捨て台詞を無視して、私は次の対戦相手に集中する。
「先輩、最近冷たいです。小町、泣いちゃいますよぉ……。あ、もしかして先輩、小町のほかに女ができたとか? 二股なんてひどいです!」
「分かったから、邪魔だ小町」
「ふえ~ん……」
小町には悪いけど、私は空手に打ち込みたいんだ。頭からつま先まで、全部。
そうやって、私は三ヶ月を過ごした。
毎日毎日、一日も休まず、稽古にはげんで。
他の部員が少し距離を置くくらい、私は練習、練習、練習の日々を送った。顧問の先生には「以前から四条はすごかったけど、いまは何かにとりつかれているみたいだぞ」と云われるくらい、私は生活の全てを、空手に注ぎ込んだ。
後悔したくない。私にできる全てを賭けたい。そう思って。
その間にも、マルガーが日本にはびころうとしていた。都心部にマルガーが現れたときは、正体不明の怪物のニュースで世間の話題が持ちきりだった。マルガーが学校の近くに出現したときは、学校が一日休校になったりもした。
でも、私がアシュレイに見せられたニセ番組のように、街が破壊しつくされるようなことはなかった。どうやらマルガーに対抗する魔法戦士――奏が、頑張ってくれているようだった。魔法戦士はマルガーの出現したときだけ現れて、倒すとすぐに姿を消すため、マスコミはマルガーを不思議な力で倒す謎の少女の出現にも大騒ぎしていた。
それを横目で見ながら、私は相変わらず空手の練習を続けた。対抗する気はなかった。でも、どこかで意識していた。
私も、もっと頑張らないと。
そうして迎えた、八月の高校総体。
数少ない高校二年生の選手として出場した私は、ノーシードから次々と年上の選手を倒し、勝ち進んでいった。
そして、決勝戦。
相手がそれまでの戦いでだいぶ疲労していたこともあってか、流れは最初から私の方に傾いていた。一歩も退かず、次から次へと拳と蹴りを放つ。
その結果、私は――
「せんぱーーーーーーーーーーーーーーーーーい!!!」
戦いを終えて最後に礼をした私は、いきなり横から小町に抱きつかれた。
「優勝! 優勝ですよ先輩!! おめでとうございますーーーーー!!」
「わ、わかった! わかったから離れろ小町!」
小町だけじゃない。応援してくれていた部員みんなから、祝福をあびた。
私は、勝った。
空手の全国大会で――高校総体で、優勝していた。
日本一に――
「なれたんだ、私……」
うれしかった。でも爆発するような思いじゃなく、どこか万感こもった静かな気持ちだった。
「もっとよろこんでくださいよ先輩! 盛り上がらないじゃないですかぁ~!」
「盛り上げるために喜ぶんじゃないだろ。これでも感動してるんだ」
「本当ですかぁ? じゃあもっと『よっしゃぁぁぁぁぁっっっ!! やったぞぉぉぉぉっっっ!!』くらい言ってくださいよ~」
そんなやりとりをしてるとき、急に私に大きなビデオカメラが向けられた。そしてそばに寄ってくる、マイクを持ったレポーターらしき女性。
「すみません、この大会を放送しているQBC放送ですけど、ひとことコメントよろしいですか? ええ……では、今大会で優勝した新星、椥辻学園第二高等学校の、四条穂積選手です!」
承諾もなにもなく、唐突にインタビューが始まった。私は戸惑いつつも、とりあえずカメラに顔を向けた。
(きゃー、全国放送ですよ、先輩! かっこいい台詞、期待してます!)
少し離れたところから小町が小声でしゃべりかけてくる。リポーターは私にマイクを向け、慣れた調子で私に質問する。
「四条選手はなんとまだ高校二年生ということで、高校空手のニューヒロイン誕生といってもいいでしょう。そんな高校生ヒロイン・四条選手に、今大会の感想をうかがいたいと思います。まず、全国大会での優勝、どんな気持ちですか」
ヒロイン。
そう云われ、私は少しだけ緊張しながら、でもはっきりと答えた。
「すごくうれしいです。ここまでの道のりは大変でしたけど、頑張ってきた甲斐があってよかったです。でも……私はヒロインなんかじゃありません。ヒロインは、もっといろんな人のために戦っている存在だから」
私の言葉に、リポーターは一瞬動きを止めた。でもすぐに、興奮したように早口で話し出した。
「謙虚ですね! そんな謙虚さが、四条選手の練習に取り組む姿勢にもあらわれていたことと思います。まさに日本を代表する武道・空手の精神を象徴しているといってもいいのではないでしょうか。――それでは最後に、四条選手にこれからの目標をうかがいたいと思います。日本一をとった今後ですが、目標は?」
「目標――?」
私は、言葉が切れた。
何かを期待するリポーターの目と、ビデオのレンズ。後ろにいた小町をはじめ、部員達の視線が刺さる。
次の目標――
考えて、私はただ思いついたことを口にした。
「……目標は、十月の中間テストを乗り切ることです」
部員が後ろで総コケする。でもリポーターには受けがよかったようで、
「すばらしいですね! まさに文武両道!!」
「いや、そういうんじゃないんだけど……」
「高校空手界に現れたニューヒロイン、四条選手でした! 今後もがんばってください!!」
「だからヒロインじゃないって……」
私が突風のように去っていったリポーターをながめていると、後ろから小町にどつかれた。
「先輩! なんですか中間テストって!! せめて『空手で世界を征服するのが目標です』くらい言ってくださいよ~!」
「空手で世界は征服できないだろ!」
「じゃあ、なになら征服できるんですか」
「征服の方をとるな! 私は空手がやりたいだけなんだって!!」
「それをコメントすればよかったのに~。芸人みたいなコメントしてどうするんですかっ」
あ、そうか。小町の云う通りだ。
……ともかく。
日本一になれたんだ、私。
さっきまではそうでもなかったけど……
少しずつ、実感がわいてきた。
夢をかなえることが、できた。ずっと前からの――小さいころから思い描いていたことを、現実にした。
私は胸にこみ上げてくるものを感じながら、私を応援してくれた小町を、部員を、顧問の先生を見渡した。みんながうれしがって、興奮してる姿をみて、私は改めて感じた。
私のやってきたことは、間違ってなかったんだ。
ヒロインになるわけじゃない。世界を救うわけじゃない。
でも――
私は、目の前の人たちを、喜ばせている。勇気付けている。
だから。
私はいま、最高に幸せな気持ちになってる。
ヒロインになることを拒否した私の決断は、間違っていないんだ。そう信じられる。
今なら。