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第8話 距離のある関係

「コーヒーが飲みたいね。」

「そうね。」

「どこかないかな、コーヒーショップ・・」

「うちの近くならあるんだけど。」

「じゃ、そこでテイクアウトしよう。」


 克彦は理沙子のいうコーヒーショップの方向にナビゲーションをセットした。今日はこのまま理沙子を送り届けて、秋の日のドライブ・デートは終了、といっても、理沙子の家まではまだかなりの道のりがあったので、もうしばらくは二人きりの時間が楽しめそうだった。

 

「音楽は何が聴きたい?」

「何でも。」

そう答えながら、理沙子は相変わらず自分の考えをあらわすのが下手だなと思った。というよりも、理沙子にはいつも自分の考えというものがあまりないのだった。よく言えば順応性が高い。でもそれは、優柔不断ともいえるし、それだけ自己主張にかけるため、存在感というものがないとも言えた。

 このままでいいとも思った。やさしいマイケル・フランクスの歌声で、そのままでいいとも思った。

「ギターはラリー・カールトンだよ。」

「あら、そうだったの、嬉しい。」

その手の音楽が好きというのは、ちょっと珍しいかもしれない。でも、二人にとってはごく自然な会話だった。こんな会話が二人をとても幸せにする。

「そういえば、今度ロベン・フォード聴きに行くんだよ。」

「あら、いいわね。でも、この前私が誘ったときには断ったくせに。」

「あはは!ごめんごめん。でもさ、あのときのバックバンドがいまいちだったからさ。」

「ふんだ。まったくね。いいよ、もう絶対誘わないからね。」

そういいながら理沙子は笑った。克彦も笑った。それにしても、なんて距離のある二人なのだろう。決して線で交わることがない。いつも点だ。二人のあっさりとした関係。


 昼下がりの午後には、マイケル・フランクスの歌声が似合う。それを理沙子に教えてくれたのは克彦だった。コーヒーをテイクアウトして、ドライブデートをする。これを克彦に教えたのは理沙子だった。二人はお互いがお互いを受け入れていた。いつも尊重しあう関係。どちらかがどちらかを支配する関係ではなく、常に平等な関係。でも、それだけ二人の間には、どうしても埋められない距離があるのだった。それは時としてふっと寂しさの漂うものだった。


 景色はすっかり秋色に染まっていた。銀杏並木を過ぎると、今度は楓の木々が並んでいた。フロントガラスから見える水色のよく晴れた空がとても高く感じた。


 いつの間にか克彦は、左手を理沙子の右手に重ねていた。大きくて温かな手。その手のぬくもりを、理沙子は今まで何度感じただろうか。どんなに心が悲しい時にも、克彦の大きな手が幸せをくれた。そして克彦も理沙子の細い指を感じながら、慌しい日常生活の疲れがふっと消えていくのだった。


 彼らはふたりとも、この上なくお互いを大切に思っていた。もしかしたら理想の大人の恋愛かもしれない。適度に距離があり、適度に求め合い、そして愛し合う関係。二人ともそれぞれの関係に満足をしていた。ただ、この関係をいつまで続けられるのだろうか、それだけがとても不安定であり、今にも壊れてしまいそうな、それはそれははかなくせつないものだった。

 

 きらきらした秋の陽光が、辺りを包んでいる。こんな素敵な日に、大好きな恋人とドライブできるなんて、これ以上幸せなことはない。そんな気持ちを確認するかのように、二人は時々見詰め合う。二人の大切な時間が、克彦の走らせる車のスピードにあわせて、穏やかにゆったりと、そしてやさしく過ぎていくのだった。

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