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第7話 毛皮のコート

 克彦の母が亡くなったのは、8月のことだった。理沙子には彼の辛さがよくわかった。男の人にとって母の死というのは、あまりに大きな出来事だ。特に彼のように、母一人子一人で育った場合、それはとてつもなく大きな出来事に違いない。勿論、そんなそぶりはまるで見せない克彦だったが、理沙子には痛いほど感じるのだった。

 克彦が『父』と呼ぶその人は、母の再婚相手の人だった。よくしてくれたといっていた。それなりに親子関係はうまくいっていたらしい。

 その新しい父と母の間に、年の離れた妹が生まれた。勿論、血はつながっている実の妹だ。しかし、父が違う。複雑な家庭環境で彼は育ってきた。

 それだけに、最初は理沙子になかなか心を開いてはくれなかった。しかし、何度か会っていろんな話をするうちに、お互いに何かとても悲しいものを背負いながら、懸命に生きている部分が、なぜかよく似ている気がした。そして、不思議とお互いに惹かれあうのだった。


 愛する人を失うこと。これこそが、究極の悲しみだ。この悲しみをどう乗り越えて生きていくのかということが、とても大きな課題のような気がする。


 人間はとても弱い存在である。だから、時には寄り添うことを必要とする。一人では決して生きていけない。もし生きていけると思っている人がいるとすれば、それはとても大きな勘違いだ。助け合って、支えあって生きていく、それが人間なのだ。勿論、生まれてくるときも死ぬときの一人だ。しかし、この世に生を受け、大切な人生を歩んでいく過程においては、決して一人ではないはずのだ。


 理沙子はふと思った(私は毛皮のコートかもしれない。)昔はとてもイヤだった。毛皮のコートなんてとんでもない。ちょっとでも暖かくなったら、必要とされない。そんなのはイヤだと思っていた。

 しかし、克彦との、お互いに相手を縛り付けない優しい関係を続けられるのは、もしかしたらそれぞれが、毛皮のコートのような存在だからなのかもしれない。若いときには考えられなかったことだった。昔の理沙子なら、きっと嫌悪していたに違いない。

 でも今は、自分を必要としてくれる克彦を、とてもいとおしいと思ったし、理沙子自身も、同じくらい克彦を必要としているのだ。それはまるで、毛皮のコートのような存在なのだ。暖かくなったら、必要なくなる・・・。それでもよかった。それ以上に何も望まないし、何も求めない関係。それでとてもバランスが取れているのだ。

 

 デザートの杏仁豆腐を食べ終わり、お互いにとても満足だった。ひとしきり話をして、心もとても満たされていた。4ヶ月の空白は、もうすっかり埋められた。まるで、毎日会っている恋人同士のように、何の違和感もない二人だった。


 ゆっくりと流れる時間の中で、理沙子も克彦もとても幸せを感じていた。誰にも邪魔されない二人だけの贅沢な時間。幸せすぎて、目に映るものがすべてきらきらと光っていた。 

 

 店員さんが、空になった食器を片付けにくると、お茶をお代わりしてからゆっくりと立ち上がり、克彦が伝票を手にレジのほうに向かった。理沙子は化粧室に立ち寄り、口紅を直すと、足早に克彦の後に続いた。

 

「ごちそうさま。」

と理沙子が言うと

「どういたしまして。」

と克彦が答える。いつもそうするように。何も変わっていない。


 お店を出ると、見上げた空はとても高くきれいだった。さわやかな秋の空気がことさら心地よかった。理沙子は思わず背伸びをした。彼女は、この上ない開放感に浸っていた。

 

 これからどこへ連れて行ってくれるのだろう。ふたりきりのドライブはいつも楽しい。素敵な車と素敵な音楽。そして素敵な恋人・・・。秋の陽光が彼らの上に降り注いでいた。駐車場に停めてあるミスティーブルー色のゴルフは、よりきれいな色に輝き、少し色づき始めた街路樹にとてもよく似合っていた。

 





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