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第4話 大切な人・・・

日常生活の悩みを打ち明ける理沙子の話を、優しく聞いてくれる克彦。そんな彼の優しさに、いつも理沙子はたくさん元気を分けてもらうのだった。

「男の子なんてそんなものだよ。」

「そう・・なの?」

「うん。でも、お母さんはやっぱり心配なんだろうな。」

「勿論そうよ。」


 車を走らせながら、克彦は優しく理沙子の話に相槌を打った。理沙子も克彦には安心して何でも話せた。


「陸上は、自分には向かないって思ったんじゃないの?」

「そうなのかもしれない。」

「よくがんばったじゃない。通学距離だって遠いわけだし。」

「それはそうだけど・・」


 いつも克彦は理沙子の味方だった。だからなのか、決して理沙子を苦しめるようなりアクションをしなかった。


「大丈夫だよ。いろいろと人生は悩むんだから。自分はどんな道に進んだらいいのか、とか、自分には何が向いてるのか、とか。」

「そういうものかな。」

「そういうものだよ。わかってあげなよ。」

「そうね。そろそろ子離れしなくちゃいけないのかもね。」

「なーんだ、理沙子はまだ子離れしてないのか。ははは!」


 克彦と話してると、いつも心が軽くなった。理沙子は不思議なことだと思った。克彦という人は、どうして彼女の心を軽くしてくれるのだろう。まるで心の中が見えているみたいだ。


「そのうちに彼女でもできたらまた変わってくるんだから。」

「え?もっと変わっちゃうの?」

「そりゃあそうさ。ほら、だからもう子離れしなさいって。」

「そっか、そうよね。」

「楽しみだよ、これから。とことんやらせてあげたらいいじゃない。プロになりたいって言うのなら、それを応援してあげたらいいよ。」

「そうなのかな。でも確かに私が彼のバンド活動を認めてあげたら、反抗的な態度がだいぶ落ち着いてきたような気がする。」

「そう、良かったね。じゃ、きっともう大丈夫だよ。」

「そうかな、そうよね、きっと。」


 理沙子は、今まで悩んでいたことが、そんなにたいしたことではないように思えてきた。(子供を信じよう。自分が生んだ子だ。愛する我が子だ。信じて、そっと見守ってあげよう。)そんなふうに、優しく大きな気持ちになれた。隣りで克彦が優しく微笑んでいる。


 克彦にとって理沙子は大切な人だった。その大切な人が苦しんでいるのは、たまらなく辛かった。(でも自分だって、何も言ってあげられるような立場じゃないんだ。親としては失格なんだよ。苦しんでいる理沙子の何の役にも立たない。ごめんね。)克彦は心の中でいつもそう思っていた。なぜなら、自分だって、愛する一人娘は、別れた元の妻が女手ひとつで育てているという現実が目の前にあるのだ。でも、そんな克彦だからこそ、理沙子の心の辛さがよくわかるのかもしれない。


「美和ちゃんは元気?」

「ああ、元気だよ。やっとメールくれるようになったんだ。中学校に入ってバスケットを始めたらしいんだ。」

「あら、そうなの。お父さんに似て背も高いし、丁度いいわね。」


 克彦は、愛娘と、なにも好き好んで別々に住んでいるわけではない。いろいろと事情があるのだ。離婚という事実を受け止める中で、辛いことをたくさん経験してきた。それは当人同士でなければ決してわからない、大きな精神的苦痛を伴うものだった。それを少しずつ少しずつ乗り越えて、今に至っているのだ。

 克彦は理沙子に対して、そんなことは何一つ語らない。でも彼女には克彦の辛さがとてもよくわかった。そして、どんなにか愛娘を愛しているのかも、理沙子には手を取るようにわかるのだった。



理沙子は、克彦にとってとても大切な人。それは、人生の中で辛い経験を乗り越えてきた人だけに感じられる、深い愛情から滲み出る優しさだった。

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