第3話 秋の日のドライブ
4か月ぶりに再会した克彦と理沙子。とても自然で安心感のある会話に、あっという間に4か月の空白が埋められていく。二人にとって、それはとても幸せな一日だった。
すっきりと晴れた午後だった。秋風がとても爽やかで、1年のうちで最もいい季節だった。
道路沿いの木々が、少しずつ色づき始めている。10月も半ばといえば、もうそろそろいろんな景色が秋色に染まり、見る人の目を楽しませてくれる。こんな秋晴れの日は、ドライブにはうってつけだ。それはそれは快適なドライブ。それに、隣にはあんなに逢いたかった克彦がいる。やっと逢えたのだ。思わず笑みがこぼれてしまう。理沙子はもう夢を見ているようだった。
「会社替わるの?」
「そうなんだ」
「転勤なの?」
「いや・・」
「じゃ、転職?」
「まあそうだね。同じ車のディーラーだけど、親会社が違うんだ。今度の店、輸入車販売のキャリアのある人がいなくて売れないらしいんだ」
「あら、じゃ、ヘッドハンティングってこと?」
「あはは、よく言えばね。でも今度の店のほうが売れると思うんだよ、立地条件からして。俺に言わせれば、あそこでちゃんと仕事して売れないっていうのはおかしいっていう感じ。」
「ふーん、そうなの?」
「うん。今度はさ、実は家からもずっと近くなるし、開店時間が遅いし、朝の時間を有効に使えるという利点もあるんだ。」
「そう、それは良かったじゃない。通勤時間が短いのはなによりだわ。今までは、確か1時間くらいかかってたのよね?」
「そうなんだよ。今度はとても近くて15分くらいなんだ。それに店長やってくれってい言われたからさ、引き受けたんだ。」
「あら、また店長さん?」
「そうそう。どれだけ売れるか、今からもう楽しみだよ。」
嬉しそうに、克彦は、新しい職場への意欲を語った。理沙子は安心した。この不景気で、仕事のほうは大丈夫なのかと内心心配していたのだ。勿論、理沙子の心配する範疇ではないのだが、『仕事が替わる』というメールをもらったときから、ちょっと気になっていた。でも相変わらず、前向きでチャレンジ精神旺盛な、子供のような克彦を前に、理沙子はとても嬉しい気分になった。
いつも彼は前向きだった。そのバイタリティーには良く驚かされたものだった。きっと営業の仕事に向いているのだろう。強気で、そしていつもハングリーだ。
仕事の話をするときの克彦は、いつも自信たっぷりで、とても大きく見えた。理沙子は、そんな彼が大好きだった。克彦の口から、今まで一度も仕事の愚痴を聞いたことがない。好きな仕事をしている男性というのは、こんなにも魅力的なのか、と、彼を見るたび理沙子は思うのだった。
でも、案の定、その転職が理沙子の引越しとはなんら関係がなかったと知り、ちょっぴりがっかりもした。同時に、克彦らしいなと思った。
とても自然に会話が成り立つ。こんなにフレンドリーな関係も、なかなかないかもしれない。もしも男女の友情というのがあるとすれば、克彦と理沙子のような関係をいうのかもしれない。
「ところで、その後、子供の様子はどう?」
「だいぶ落ち着いてきたかな」
「そう、それはよかった。どうしたかなと思って心配してたんだ」
「ありがとう、心配してくれて」
理沙子には高校1年の息子がいる。ちょうど思春期で難しい年頃だ。ずっとスポーツ少年だった息子が、ある日突然、大好きだった陸上をやめて、ロック・バンドにのめりこんでしまった。そのとき、母親でありながら息子のことが理解できず、何が何だかわからなくなってしまったった理沙子は、いろんなことを克彦に相談した。克彦は、パニックになった彼女の話を丁寧にやさしく聞いては、励ましたり慰めたり、時にはアドバイスをしたりした。そんな克彦から、いつも理沙子は元気をもらった。
理沙子の現実生活での悩みに、丁寧に優しく耳を傾ける克彦。そんな彼に、理沙子は、一人の人間として、ますます惹かれていくのだった。