第二話 「気持ちの告白」
昨日の帰宅イベントの結果がどうあれ、とりあえず、はてなちゃんに嫌われてはいないだろうことを確信した僕は、昨日に積極的に彼女にアタックを仕掛けることにした。
「昨日は夕暮れを見たから、今日は夜明けを見てきたんだ」
学校に着いて、靴箱で偶然はてなちゃんと出会えた僕は、もちろん意気高揚としていた。早起きは三文の徳とは言うけれど、これは三文としてはいささか物足りなさ過ぎるね。
教室まで行く廊下での僕の言葉に、「……あ、あの」と彼女は、
「私も、見たの……」
「へ?」
ちらりとこちらを見たり、はてなちゃんは視線をキョロキョロさせながら、
「その……夜明け」
……えっ?
「……ほんと?」
「……ほ、本当よ」
疑って訊いたわけじゃないけど、はてなちゃんは慌てた様子で応える。
へえ……これはこれは、いよいよ三両ぐらいの価値じゃないかな。サラリーマンの月収ぐらいは稼げたんじゃないかな。つーか、素直に嬉しい。めちゃくちゃ、べらぼうに嬉しい。
「紫式部が言うだけはあるよね。春の曙は」
「で、でも……ちょっと、雲が掛かってた」
確かに、今日の日の出は雲の傘が掛かっていた。
「そうだったね。でも、僕はああいうのも好きだなー。朧月夜みたいで」
「私は……ぼんやりしているのは、好きじゃない」
「ふうん。はてなちゃん的には、くっきりした景色がいいんだね」
「うん。……雲は、あんまり好きじゃないから」
「そっかー」
彼女の性格を考えたら、分かる気がするなあ。
それにしても、楽しいなあ。はてなちゃんとの会話は。
互いに感じた質感は違えども、共通の話題でこうやってお喋りに花を咲かせることができていて、きっと、今、このときだけは同じ気持ちでいられているような錯覚がして、
彼女も「楽しい」と感じてくれていたらいいなって思う。
「はてなちゃーん。ランチに勤しもーぜー」
昼休みの始まりを告げるチャイムがなって、そう言って近づいていくと、はてなちゃんはあらかじめ机の半分のスペースを空けてくれていた。
「ほほーう?」
「……な、なに?」
無表情でバスケットを開けている彼女を、にやにやと笑いながら覗き見る。
「たぶん……来ると、思っていたから」
わざと目は合わせないで、はてなちゃんは平静を装いつつミニドーナツを頬張る。
「へーそーなんだー」にやにや。
「な、なに……っ?」おどおど。
「ん、なんでもないよー。それより今日はドーナツオンリーなんだね。一つもらってもいい?」
「……うん」
はてなちゃんは、自分の食べているものと同じ、チョコチップをまぶしたミニドーナツを一つ取ってくれた。おいおい手渡しだったよ?
「うーん。美味しいー」
「あ、ありがとう」
ヤバいなあ。にやにやが止まらないなあ。本格的に変態化してきてるのかなあ。
まさか、たった一日で、ここまでとは。どうやら、昨日の帰り道での心配なんて必要なかったみたいだ。
これは……いけるんじゃないの?
「はてなちゃん」
ドーナツをお茶で流し込んで、僕は真剣な面持ちではてなちゃんを見つめる。
「……なに?」
「好きだ」
「分からない」
「ええっ! 即答!?」
しかも「分からない」って……それ、もはや僕に対する決まり文句になってない?
突然いつもの鉄仮面に戻って、はてなちゃんはもくもくと咀嚼を開始した。
「おーい、はてなちゃーん」
「……」
そして何故か、それっきり彼女は一切口を利いてくれなかった。
だがしかし、無視されたからといって、そう易々と引き下がる僕ではない。
また一緒に帰って、夕暮れの景色について小一時間ほど語り明かしてやる! と、僕は靴箱にはてなちゃん待ち伏せスタンバイを決め込んでいた。
しばらくして、昨日と同じぐらい時刻に、彼女は靴箱に姿を現した。
「あ、はてなちゃん。偶然だね。一緒に帰ろう!」
前回と一字一句違えない台詞と共に、僕は彼女に爽やかスマイルを送る。自分がキモいなんて思ってたらやっていけないのが世の定石さ。
はてなちゃんは「別にいいけど」といった具合に僕を一瞥し、靴箱からローファを取り出そうとして……そこで動きを止めた。
「……どうしたのー?」
すでに昇降口から出たところにいた僕は、硬直している彼女に呼びかける。だが、返事はこなくて、仕方なく僕は彼女の元へ歩いていった。
すぐ近くまで来て、僕は気づいた。はてなちゃんが、自分の靴箱から、靴の代わりに「手紙」を手に取っていたことに。
「……あちゃー。呼び出されちゃったんだね」
彼女がこくりと頷いて、僕はわざとらしく溜め息をついてそれに呼応する。
……夕暮れ時のロマンチックな帰宅イベントは、今回はお預けになってしまったようだ。
なぜなら、はてなちゃんの方に、優先的なイベントが発生してしまったから。
そう、優先的。
大事な人に大事な気持ちを伝える、とても大事な……はずの、イベント。