第一話 「好きの告白」 2
「あ、はてなちゃん。偶然だね。一緒に帰ろう!」
靴箱で待ち伏せをしていると、案の定帰宅部だったはてなちゃんに、自然な流れで遭遇することができた(?)。
彼女はさして迷惑そうなそぶりも見せず、ローファをとんとんと鳴らす。
「……別に、い」
「やったー! で、はてなちゃんはどっち方面に住んでいるの?」
「……こっち」
彼女が指差した方向は、偶然か運命かいや絶対後者だろう、僕の帰宅ルートと一致した。
「あ、僕もこっちなんだ。やったね」
さりげなく、こちらへの好意を確認する言い回し。
「……」
はてなちゃんは何も言わずに歩き始めた。ああん、いけずう。
「おおっと、けっこう歩くの速いんだね。待ってよー」
彼女のペースに合わせて、ちょっと慣れないスピードで僕も歩き出す。
西日に傾いた陽光が、空に浮かぶ雲や目の前に広がる景色を赤く染めている。ううん、ファンタジック。春の夕暮れ時はいい。紫式部は、夕暮れは秋が良いなんて言っていたけど、春も負けちゃいない。少なくとも、夜明けよりは好きだね。
そんな景色の中を、この子と歩いているなら、その情感はなおさら僕を高揚させる。
「こうやって二人で歩いていると、なんだかカップルみたいだねー」
「……そうね」
お、肯定の反応。ちらっと彼女の表情を覗き見るも、相も変わらずの無表情……ということは、別にどうでもいいってことか。……まあ、白い目で見られたりするよりはずっとマシかな。
それにしても……と、今度はわりと堂々と隣を見てみる。辛うじて見えるのは、はてなちゃんの頭のてっぺん。それは、彼女の身長の低さを表している。この高さ……百五十いっているかどうかぐらいじゃなかろうか。
昼休みの時も思ったが、こういう風に接していると、「要塞」って言うより、「要塞に守られているお姫様」って感じがする。小さくて、か弱くて、口下手で、何より可愛くて……。
「……なに?」
気付けば長く見つめてしまっていたようで、はてなちゃんは僕を見上げる形で言った。その顔は依然として鉄面皮で、どうやら、「怒っている」ということでもなさそうだ。惜しいことに、喜んではいないだろうと思われ。好感度、未だにプラマイゼロってとこかな。
「あ、ごめんごめん。はてなちゃんが可愛すぎて、つい見惚れちゃって」
「……」
気恥ずかしい台詞を爽やかスマイルでやってのけたにも関わらず、はてなちゃんは頬を赤らめるでもなく不謹慎だと咎めるでもなく、ただじっと僕を見つめては、表情を変えないまま視線を前方へと戻した。
取った言動がキザ過ぎたがために、その反応がこうだと、僕はいよいよ自分に対する自信を喪失してしまいそうな空しさに駆られる。穴があったら入りたい、というやつだ。むう、やっぱり彼女は二つ名の通り「難攻不落の哲学要塞」なのかもしれない。
……というか、この子、本格的に色恋沙汰に興味がないんじゃないか? 本気の本気で、「人を好き」っていう気持ちが分からないんじゃないか、と僕は心底、彼女のこれからを按じてしまう。
これはあくまで僕の個人的な意見だけど……やっぱり、僕らは一人じゃ生きていけないものだ。物質的に考えて、とか精神論で、とかではなくて、ただそう感じるだけ。どんなに「他人との関わりがなくても生きていける」と考えていても、やっぱり割り切れない気持ちっていうはあるハズで、それを受け止めてくれるのは、思想や論理ではない他人の心であって、その際に生じてくるものが「友情」や「恋愛」だったりするもので、それらを自分なりに理解することはとても大切なことなのだ。
……と僕は思う。ああ、久しぶりに真面目に脳みそ使ったよ。
「ねえ。はてなちゃん」
僕は、眼前に広がる景色を眺めながら、呟くように言った。
「……なに?」
対するはてなちゃんも、僕の方を向かずに応えた。
斜陽に照らされる空、雲、側の住宅街や遠くに聳えるビル群。そのどれもが紅く滲んでいて、まるで赤いフィルムを通して世界を覗いているようだ。そして、その感情は、色とりどりの虹を見る時に感じる質感とは、何か逆の方へ向かっているようで、青や緑や白なんて色がなくとも、ただこの景色だけで生きていけるような気がして。でもそれは、夏の海や山々、冬の雪と銀世界を見ているときにもそう思うのだろうなと考えては、この鮮やかな景色に対する想いを、誰かに知ってもらいたいと願う自分に辿り着く。
僕は、この景色が「好き」だ。
そして……隣にいる少女のコトだって、同じく「好き」なんだ。
「いつも、この道を一人で帰っているの?」
ちょっとだけ柔らかく、だけどストレートに、彼女のような人にとって、琴線のような部分に触れてみる。
「……」
返事は、一向にこない。それこそが返事なのだろう。
こんなことを聞いて、嫌われたかもしれないなと思いながら、僕はちょっと会話の趣旨を逸らす。
「僕さ、この景色が好きなんだ」
「景色……?」
知らないうちに顔を伏せていたはてなちゃんは、俯いていた頭をゆっくりと持ち上げて、紅い世界を眺める。
「……きれい」
「だよね」
ぽつり、と呟いた彼女の言葉に後押しするように、僕は続ける。
「あのね、僕が君を好きだっていう気持ちは、この景色を見て「キレイだな」って感じることと同じだと思うんだ」
「……この、気持ちと?」
はてなちゃんは、上目遣い気味に、僕の目を見た。その瞳はとても透き通っていて、まるで純粋な水晶のようだった。……その裏側には、青い影が射しているような感じがしたから。
そう、と僕はにこやかに微笑んで、
「でもね、この景色だって、ただ見ているだけじゃ、何かもったいないような気がするんだ。この景色を、誰かに見て欲しい。そして感じた思いを、誰かに知って欲しい。人を好きになることってさ、もしかしたら、そういうことじゃないかな」
自分でも驚くぐらいに、どうやら今日の僕は口達者なようだ。確かに、僕がはてなちゃんに抱いている気持ちは、そういうものなんだろう。けれど、それと同時に思うことは……。
「……でも、私は、分からない」
「はは。……だよねー」
はてなちゃんの言葉に、僕は苦笑いを浮かべては肩を落とした。
そうなのだ。これは、僕の極めて個人的な考えであって、他の人を簡単に納得させられるような説得力なんてない。チャーマーズみたいに哲学的ゾンビがどうとか言うつもりはないけれど、結局な話、言葉で真意を伝えることは不可能なのだろう。
それに、こんなパッと見て上辺だけの恋愛観なんて、彼女は聞き飽きているはずだ。いくら言葉に隠した真意が立派だといっても、彼女に対してはお門違いも甚だしいといったところだろうか。
だからこそ僕は、言葉に頼らず気持ちを伝えようとしたわけだけど、それも結果として失敗に終わってしまったわけだし……。
むう……。これは本格的に八方塞だぞ。どうしたものか……。
「……で、でもっ」
あれよこれよと効果の期待できない案ばかり思索し迷走中の僕に、はてなちゃんは―――本人なりにはできる限り元気な声を出しているのだろう―――慌てたような声で話し始めた。
「こ、この景色がきれいだと思うのは本当……」
そんなデカルトみたいなこと申されましても……。……ん? いや、待てよ。
「この景色がきれいだと思うのは本当」……ということは、曲がりなりにも、僕の言っていることはそれなりは伝わっているんじゃないか? じゃあ、なぜ「分からない」……?
「ねえ、はてなちゃん。もしかして君は……って、あれ?」
隣を見てみると、彼女がいない。そういえば、さっきの台詞もちょっと遠くから聞こえたような気が……。
「ありゃ」
振り返ってみると、一つ前の交差点で、はてなちゃんは曲がって行ってしまっていた。
戻って追いかけようにも、もう信号は赤に切り替わってしまっていて、彼女の背中を追いかける視線は通り過ぎる自動車が遮っていき、その度に彼女の姿は遠のいていく。
「さ、さよならぐらい言ってくれればいいのに……っ!」
所詮、彼女にとって僕などその程度の存在なのか。
「はてなちゃんルート攻略」……こ、これは、厳しい旅路になりそうだぜ……!
本日二回目の絶望に、家路につく僕の足取りはおぼつかなかった。




