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婚約破棄された公爵令嬢は、王子に決闘を挑む

掲載日:2026/09/13

「ヴィオラ、お前との婚約を破棄する。俺はこのマリアと結婚する!!」


「……」


 国中の貴族が集まる晩餐会で、アーサーは堂々と宣言した。


 突然の婚約破棄に、会場の空気が凍りついた。


 ヴィオラは目の前の王子を見つめながら、冷ややかに思った。


 ――この王子は、何を言っているんだ。


 貴族たちは、ヴィオラがどんな反応をするのかと、固唾をのんで見守った。


「アーサー様、本気で言ってますか」


 アーサーは自信に満ちた顔で答えた。


「ああ、本気だ。そうでなければ、こんな場所で言わないだろう」


 隣に立つマリアも、勝ち誇ったような笑みを浮かべていた。


 ヴィオラは小さく息を吐いた。

 

 なんと哀れな男だ。自分がどれほど浅はかなことをしているか、まるで理解していない。

 ならば、私が教えてやるしかない。


「そうですね。……では、私も言わせていただきます」


 ヴィオラは近くに控えていた執事へ、静かに視線を向けた。


「手袋を」


「かしこまりました、お嬢様」


 執事が差し出した手袋を、ヴィオラは受け取った。


 そして、ためらうことなくアーサーの顔面へ投げつけた。


「な、何をするんだ!」


 手袋が床に落ちた。その音が、静まり返った会場に妙にはっきりと響いた。


「よくも皆様の前で、私を侮辱しましたわね」


 ヴィオラは背筋を伸ばし、アーサーをまっすぐ見据えた。


「決闘を申し込みます」


「なんだと……」


 予想外の展開に、会場が一斉にざわついた。


「おいおい、公爵令嬢が王家の人間に喧嘩を売ったぞ」


「聞いたことねぇな。アーサー様、引き受けるのか?」


「ここで受けなかったら、王家の面目が立たない。でも、令嬢の決闘を受けても、どの道アーサー様には分が悪い……」


「フフッ、見ものだな」


 王族に決闘を申し込むなど、前代未聞である。


 だが、ヴィオラの申し出を笑う者はいなかった。


 彼女が本気で怒っていることだけは、誰の目にも明らかだったからだ。


 そんな中、マリアはアーサーの腕を掴み、甘えるように声を出した。


「……アーサー様、私、ああいう女嫌いですわ。一思いに懲らしめてください」


 マリアはヴィオラを見ながら、わざとらしく眉を寄せた。


 アーサーはその言葉に応じるように、彼女へ熱い視線を送った。


「……マリア、君の願い僕が叶えてやるよ」


 ヴィオラは鼻で笑った。


 婚約者の前で、別の女に言われるまま決闘を受けようとしている。どこまで愚かな男だ。


「女の助言がなければ、決闘も受けられない。王族とは、ダサいですね!!!」


「ヴィオラ!!」


 アーサーは怒りで顔を歪めた。


 ヴィオラはさらに一歩、彼へ近づいた。


「ほら、ムカついたなら手袋を取りなさい」


「覚悟しろよ!」


 アーサーは床に落ちた手袋を拾い上げた。


 決闘を受ける意思を示したことで、周囲からは小さなどよめきが起こった。


 ヴィオラはそんなアーサーを見て、不敵な笑みを浮かべた。


「それでは、一週間後に王都の決闘場でやりましょうね」


 まるで、これから楽しい催しでも始めるかのような口調だった。


「皆様に、素敵な決闘を披露しましょう。逃げないでくださいね」


 ヴィオラは会場を見渡した。貴族たちの視線が、自分たちに集まっていた。


 アーサーが怒鳴り声を上げた。


「逃げるわけないだろう!!!」


 ヴィオラは満足そうに微笑んだ。


「では、ご機嫌よ」


 ヴィオラは優雅に一礼すると、アーサーとマリア、そしてざわめく貴族たちを残して、会場を後にした。


 馬車で屋敷に帰ると、ヴィオラは向かいに座る執事に声をかけた。


「爺、手袋を一つ駄目にしてしまって悪かったわね」


「いえ。あのような態度を取った無礼な王子には、私めが手袋を投げつけ、決闘を申し込んでやろうと思っておりました」


 その口調に隠しきれない怒りが滲んでいた。


 爺は長年ヴィオラの家に仕える執事である。


 かつて東国で名を馳せた騎士だけあり、ヴィオラへの忠誠心は並々ならぬものがある。


「ふふっ、私と考えが一緒ね」


「それで、お嬢様。代闘士はどなたになさいますか。よろしければ、国最強の男をご紹介しましょうか」


「勝ちたいけど……」


 ヴィオラは窓の外へ目を向けた。


 先ほどの晩餐会で、皆の前に晒された屈辱が脳裏に蘇る。


 これはアーサーとの個人的な問題だけではない。公爵家の名誉にもかかわる。


「私自身のためにも、私の手でどうにかします」


「左様でございますか」


 爺はそれ以上、代闘士を勧めなかった。


「心配しないで。木刀での決闘ですもの。何かあれば、周りが止めてくれるでしょう」


「では、お嬢様は勝利をお望みですね」


「ええ、当然よ。今から剣術をしましょう」


「いえ、剣術は……私が見る限り、成長の見込みはーー」


「……」


 ヴィオラは無言で爺を睨みつけた。


 それでも、爺は顔色一つ変えなかった。


「そんな顔をなさらないでください。別の方法で勝利を目指しましょう」


「王子の料理に下剤を混ぜるの?」


 爺は即座に否定した。


「いえ、そのような手段ではありません。

 喉を鍛えますよ」


「喉?」


 こうして、爺による謎の喉の特訓が始まった。


 その声は屋敷内に響き渡り、怪奇現象としてメイドたちの噂になった。


☆ ☆


 決闘当日


 ヴィオラは王都にある決闘場へ向かった。


 控え室で決闘用の甲冑を身につけ、身だしなみを整える。鏡に映った自分の姿を確認すると、ヴィオラは静かに息を吐いた。


 控え室には、覚悟を決めたヴィオラに最後の助言をする爺がいた。


「お嬢様、決闘が始まったら、すぐに間合いを取ってください。それから、アレを始めてください」


「ええ。貴方と散々練習しましたからね。本番で焦るような真似はいたしませんわ」


「それさえできれば、会場はお嬢様のものです。成功を祈っております」


「絶対に勝利します。そして、皆の前で婚約破棄を宣言したことを、後悔させてやりますわ」


 ヴィオラは拳を握りしめた。


 婚約を破棄されたこと自体は、もう気にしていない。

 だが、あのような形で自分を侮辱したことだけは、決して許すつもりはなかった。


 爺はふと尋ねた。


「アーサー様に未練はありますか」


「あんなことした方を、やっぱり好きなんて、私、言わないわよ」


「つまらないことをお聞きしてしまい、申し訳ありません」


「いえ、貴方が気になるのも分かるもの」


 ヴィオラは少しだけ表情を和らげた。


 爺が心配しているのは、決闘の勝敗だけではなかった。


 長年仕えてきた彼には、ヴィオラが本当にこの決闘を望んでいるのか、確かめておきたかった。


 控え室の外から、係員の声が聞こえた。


「ヴィオラ様、お時間になりました」


「行ってくるわね、爺。私の勇姿見ていてね」


「はい、お嬢様」


 ヴィオラの表情に、迷いはなかった。


 決闘場へ入ると、観客席には貴族たちが集まっていた。


 王子と公爵令嬢の決闘。しかも、婚約破棄を宣言した王子と、その相手である公爵令嬢の決闘である。


 気にならない貴族はいなかった。


 観客たちは、どちらが勝つのか、そして、この騒動がどのような結末を迎えるのかを楽しみにしていた。


 ヴィオラは観客席を見渡して、口元に笑みを浮かべていた。


 勝っても負けても、ヴィオラにとっては悪くない状態だった。


 ここで勝てば、自分の実力を皆に示せる。たとえ敗れたとしても、少なくともアーサーに決闘を挑んだという事実は残る。


 もっとも、ヴィオラは負けるつもりなど毛頭なかった。


 決闘は殺し合いではない。真剣は使わず、木刀を使用する。相手が戦闘不能になるか、降参すれば勝負は決まる。


 アーサーは最低限の武具を身につけていた。ヴィオラを舐めているというほど軽装ではなかった。

 王族としての体面もあり、女相手に甲冑姿で現れたのは恥ずかしいと考えたのだろう。


 ヴィオラはアーサーの姿を見て、心の中で呟いた。


「(見栄を張るところだけは、昔から変わりませんわね)」


 審判の声が響いた。

 

「それでは、開始してください」


 開始の合図が出ると、ヴィオラはすぐにアーサーから離れ、間合いを取った。


 アーサーは青眼に構えたまま、動こうとしなかった。


 どこから打ち込んでも対応できる、安定の構えである。


 ヴィオラは木刀を握り直した。


 相手に隙がないのなら、私が隙を作ってやろう。そう考え、ヴィオラは静かに息を吸い込んだ。


 そして目を閉じ、木刀をゆっくり上段に構えた。


 アーサーは眉をひそめた。


 「(ヴィオラは何を企んでいるんだ)」


 ヴィオラの動きに、わずかな変化が生まれた。


 次の瞬間、彼女は一気に間合いを詰めた。


「キェェェェェェェ!!!!」


 凄まじい叫び声とともに、木刀を振り下ろした。


「なっ!?」


 アーサーは声量に驚きながらも、反射的に木刀を掲げて受け止めた。


 しかし、衝撃までは受け流しきれなかった。


 ヴィオラの木刀を受けたアーサーの腕が、大きく震える。


「ぐっ……!」


 奇声とともに繰り出された一撃は、想像以上に重かった。


 ヴィオラの叫び声は会場中に響き渡り、観客たちを圧倒させた。


「今の声、ヴィオラ様の声なのか」


「可憐なお姿とは違う、奇妙な声を上げているわ」


「面白い。力ではなく、声でも勝負を仕掛けたのか。荒業だが、理にかなっているな」


 観客たちは驚きながらも、次第に決闘へ引き込まれていった。


 アーサーはヴィオラから距離を取り、木刀を構え直した。


「おい、なんだ、その奇声は!」


 ヴィオラは堂々と言い返した。


「決闘のルールに、静かに打ち合わなければならないという規定はございません。正当な戦術ですわ」


「くそ……!」


 アーサーは苛立たしげに歯を食いしばった。


 だが、ヴィオラは彼に考える時間を与えなかった。


「ほら、行きますわよ」


「なっーー」


 ヴィオラが再び踏み込む。


 その動きは、先ほどよりも速かった。


「(間合いを詰めるのが早い!!)」


 アーサーは慌てて木刀を構えた。


「チェストおおおおお!!!」


 ヴィオラの叫び声が轟く。


 アーサーは振り下ろされた木刀を必死に受け止めたが、今度は耐えきれなかった。


 乾いた音が響く。


 アーサーの木刀が、真っ二つに折れた。


「……」


 会場が静まり返った。


 誰もが、目の前の光景に言葉を失った。


 ヴィオラは折れた木刀を見つめ、アーサーへ視線を向けた。


「……勝負あり、ですわね?」


 アーサーは折れた木刀を手にしたまま、しばらく動かなかった。


 まさか木刀を叩き折られるとは思っていなかったのだろう。やがて、彼は手元の木刀とヴィオラを交互に見つめた。


「……ああ」


 短く答えたものの、その声にはわずかな戸惑いが混じっていた。


 周囲の貴族たちも、ようやく我に返ったようにざわめき始める。


「すげぇ、ヴィオラ様が勝ったわよ」


「木刀を折った女性初めて見たわ」


「王子、このあとどうすんだ?」


 観客席にいたマリアがアーサーのもとへ駆け寄った。


「アーサー様、大丈夫ですか!」


「ああ、大事ない。木刀が折れただけだ」


 ヴィオラは、すっかり満足した様子で木刀を下ろす。


 先ほどまでの激しい攻防が嘘のように、その表情は落ち着いていた。


「私、貴方に一つだけ感謝してるところがあるのよ。ファーストキスを奪わなかったことよ」


「そんなものになんの価値があるんだ?」


「やはり貴方とは価値観が合いませんわね。マリア、アーサー様はこういう男です。結婚は勢いではなく慎重にしなさいよ」


「……貴女にそんなこと言われても」


 マリアは困ったように答えた。


 ヴィオラはそんな彼女の反応を気にすることなく、アーサーへ最後の視線を向ける。

「さようなら、アーサー。お元気で」


 そう言い残し、ヴィオラはその場を立ち去った。


 アーサーに対する未練は、もう残っていなかった。


 ただ、晩餐会で侮辱されたことへの鬱憤を、盛大にはらせた。その満足感を胸に、ヴィオラは凛々しくも美しい後ろ姿を見せて歩いていく。


 その姿に、観客の貴族たちは次々と、拍手を送った。


☆ ☆


 決闘を終えた馬車の中で、爺はヴィオラへ尋ねた。


「お嬢様には幼少期から剣の手ほどきをしてまいりましたが、木刀を折るような技術など、教えた覚えはありません」


「東国の文献に書いてあったの。力や腕だけで刀を振るものではない。膝も使って振り下ろせば、とてつもない破壊力が出るとね。だから、あの場で実行したのよ」


「そうでしたか……」


「ありがとうね、爺。何もかも貴方のおかげよ」


「いえ、あれはお嬢様の実力ですよ。

 このあとのご予定はどうしますか。少し休養されますか」


「いえ、晩餐会に行くわ。さっさといい男を見つけないとね」


「そうですね、男は星ほどいますからね。きっとお嬢様にお似合いの方が見つかりますよ」


「ふふ、楽しみね」


 ヴィオラは、この先出会う素敵な殿方への期待を膨らませながら、屋敷へ戻った。


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