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乙女ゲームのヒロインとして転生しましたがシナリオ外の現実が重過ぎて生き残ることに全振りします!

作者: きなこ
掲載日:2026/02/13

この世界が2次創作の世界線だからなのか、ゲームではなく現実だからなのか、それともヒロインが超人だったのか。

理由は分からないが現実は途方もなく厳しかった。




私は数年前まで下町に住んでいた。お母さんは美人薄命の言葉通りの人だった。美しい人であるが、まだ幼い私を一人で育てていたため段々と体が弱っていった。無理が祟って風邪を拗らせて、儚くなった翌日に"父"を名乗る人がやって来たのだった。


何だかよく使い古された設定だなと頭に浮かんだ瞬間、違和感がよぎった。貴族のよくある話ではなく、設定って何?


疑問が解決されたのはその夜だった。

お屋敷に着いてからは散々だった。持って来たなけなしの衣服は聞かれる前に捨てられるし、案内された部屋は蜘蛛の巣が張った物置小屋だし、使用人らしき人たちはこそこそと感じが悪い。それでももっと最悪だったのはここからだった。


母は男爵家のメイドとして働いていたが美しかったばかりに半ば強引に父のお手つきになったらしい。それに気付いた義母は母を折檻し、紹介状も渡さず身一つで追い出したそうだ。父も気まぐれで手を付けただけで、義母に頭が上がらないため探すこともなかった。


運が悪いことに母は私を妊娠してしまったが、もう伝える術もなくそれでも産んでくれたらしい。

母は私を愛してくれた。大切にしてくれた。未婚の母だとは知っていたけれどてっきり恋人と生き別れたのだと思っていた。それくらい負の感情を向けられたことがなかった。


そんな境遇で何故引き取られたのかと訝しんでいると義母は憎々しげに宣った。


借金のカタに売るために引き取った、と。


母を失ったばかりで傷が癒えていないのに更なる衝撃を受けた。男爵家は借金があるらしい。知らんけど。返済の充てがなく困っていたらたまたま私を見つけた。女衒にでも売られるのかと思ったが、学園に入れて貴族の子女という価値をつけて後妻として売られるらしい。それも妻が次々と亡くなっているといわくつきの好色な伯爵に。


使用人の愛想の悪さなんて気にならなかった。圧倒的な理不尽。放って置いてさえくれれば下町で静かに生きて行ったのに。父の存在なんて知らなかったのだからお金の無心なんてしなかったのに。私が何をしたって言うのよ。お母さんが何をしたって言うのよ。

泣くのはなんだか悔しくて唇を噛み締めていた。そしてほぼ気を失ったように夜寝たら前世の記憶を思い出したってわけ。


社畜が電車の中で気が遠くなりながら惰性でやってたゲームの1つよ?

大まかな流れは覚えてても台詞まで覚えてるわけなくない?

現実だと3択はないのに無理に決まってるでしょう?

こちとら半分正気を失いながらぽちぽち押してただけじゃい。悪役令嬢にクソ上司を重ねながら心の中でスラングぶち撒けてましたが何か?


監視が付いているから逃げることもできない。ここに来て良かったことは、ご飯がまともだったことくらい。それも理由が相手が肉付きがいい娘を望んでいるからなようだけど。クソしかいないのかお貴族様はよ。淑女教育という名の虐待を経て何とか形は身につけた。

暴言は多々あるが暴力はない。それは私と言う商品を高く売る目的ではあるものの、救いにはなっていた。


「学園の入学金は出すがそれ以外のお金は出すつもりはない」


(はい?)


どうやら学園は入学さえすれば貴族として認知されるらしい。貴族としてまともに生きて行くなら卒業は必須だが、私は売却先が決まっているから入学さえすればいいと言われた。どうせ社交なんてしないもんね。

特待生になれば学費は免除されるらしいが、お前には無理だと罵られた。

どうせすぐ退学になるのだから制服のお金すら出さないと言われた時には本当にどうしてくれようかと思った。馬鹿なの?


私が外に出られるのは教会に行く時くらいだったから、その時間で商業ギルドに顔を出し内職を手に入れた。どうせ監視は私のことなんて注視していない。あの男爵家に勤めるくらいの人だから抜け出すのも容易だった。教会の隣に平民の職業訓練所がある。そこで商会で務めるのに有利になる資格の授業もやっていたので喜んで参加した。


修道院に逃げ込むことも考えたけど、未成年は家族の同意がないと難しいし、お金を渡せば簡単に戻されてしまう。下手に反抗する方が危険だった。


ヒロインが婚約者のいる男性でも片っ端から落として行く理由がわかった気がした。誰でもいいから救ってくれる人を求めていたんだろうね。

少しでも勉強やマナーを手を抜くと退学でゲームオーバーになっていたからクソゲーだと思っていた。だけど「特待生を維持しなければ学費を払えない→問答無用で退学→好色サディスティック爺に売られる」の図だからバッドエンドに違いない。


私はまず生殺与奪の権利を男爵家から自分の元に取り戻す。そのためには成人を迎える卒業の年まで特待生を維持しなければならない。ここは前提条件だ。


そして高位貴族には近寄らない。うっかり近寄って声を掛けられれば断れないから。ゲームみたいに結ばれればいいけど現実はそんなに甘くない。男爵家の庶子で美人な女の子なんて、目を付けられたら終わりだ。手頃な遊びの道具だ。人権なんて存在しない。遊びで弄ばれて飽きて捨てられて、身持ちの悪い女として遊ばれ尽くされる。体のいい無料の娼婦に落とされるなんて死んでもごめんだ。それでも悪いけど、婚約者の女の気分を害せば即排除されるだろう。


運良く婚約者のいない低位貴族と恋に落ちたとしても相手の両親は評判の悪い男爵家の庶子なんてお断りだろう。義母だって借金返済が出来ないし、私が幸せになるなんて許せないから認めやしない。


結論、恋愛はコスパが悪すぎる。


なるべく目立たない格好を心掛ける。手元に持っていたので残っていた母の形見の丸眼鏡を掛けた。少し野暮ったく見えるこれは母の処世術だった。髪はひっつめて、そばかすを付け加える。あまりにも身だしなみに気を遣わなすぎると逆に目立つことになるからちょうどいいだろう。


生徒会は特待生から3名選ばれる。これは純粋な成績と内申を加味して選ばれるので、全力で勉強するしかない。


従順にしていたおかげもあり、男爵家に連れて来られて半年も経てば監視は減った。おそらく監視に出すお金も勿体なくなったのだろう。メイドが朝晩に確認するだけになったので、内職がかなりやりやすくなった。義母は日中は好き勝手に出歩いてるし、父は私を気にかけることはない。義兄という存在がいるらしいけどどうやらひきこもりのようだった。


教会には寄付した物を誰でも好きに持って行って構わないコーナーがある。たまにそこには学園で使用した教科書なども置いてある。最初に発見した時は信じてなかった神様に感謝した。思わずうるっときて教科書を抱き締めて泣いていた。通りがかった神官様には二度見された。どうしたのかと問われて学園に通うが勉強が不安でこれで予習が出来ると素直に告げた。次に会った際に、使っていた教科書を全て譲ってくれたからこの人こそが神様だと思った。

この日から神様への祈りを欠かさずにすると決めた。


内職と勉強に精を出していればあっという間に学園に入学する季節が来た。学園は全寮制なのでここから離れられるだけでも幸運だ。

授業料には遥か及ばないが制服1着買えるお金は手にできたので市販品を購入出来た。本来貴族はオーダーメイドなのだけど、それは仕方ない。

市販品はぶかぶか過ぎたので自分の体に合わせて繕う。さすがヒロインと言うべきかスペックは高く学びさえすれば何でも出来た。


制服と勉強道具は念のため教会に保管させてもらい、学園に向かう日は薄っぺらい鞄に下着と着替えだけいれて家を出た。馬車で送ってもらえるわけもないので辻馬車を乗り継いで学園まで向かった。かなりの時間は掛かったが、義母の嘲笑を暫く見ることはないと思うとそれだけで清々しかった。





そして私はとうとう一面地雷原の学園に足を踏み入れたのであった。4年間何とかしがみつかなければならない。



ヒロインはこんな境遇で何で天真爛漫でいられたの?

やっぱり養殖だったのか、それともいっそサイコパスに思えるくらい人の心に疎かったのか。それとも異常にポジティブだったのか。


まじで学園怖い。貴族怖い。


私のクラスは低位貴族と平民のクラスのため予想よりはだいぶ平和だった。ヒエラルキーでは中間あたり。商家の子たちと仲良くなった。アンナとリリーだ。

変装のおかげで容姿で目を付けられることもなさそうだった。まあ当たり前だ。一般的には貴族のお嬢様は磨いてなんぼだ。ピカピカに磨き上げられた宝石と並べば埋没する。

カースト上位の子爵令嬢たちはプライド高そうではあるが悪い子ではなかった。適度に持ち上げとけばどうにかなる。程よい関係を築けて安堵している。


しかし、クラスから一歩出てみればそこは別世界であった。前を歩いていた令嬢がハンカチを落とされたので私の隣を歩いていたアンナが拾ってしまった。止める間もなかった。気づいたのか振り向いた彼女は絶対零度の目をこちらに向けた。


「あら、ハンカチがゴミになってしまったわ。学園で物乞いなんて嫌ね」


と溢すのを聞いた瞬間背筋が凍った。くすくすと取り巻きも嘲笑を浮かべている。アンナの手を引き慌てて頭を下げた。彼女たちが去るのを待つまでは生きた心地がしなかった。そこからの記憶はないが意識が戻れば子爵令嬢たちの心配そうな顔があった。

いくら善意でもものを拾ったり、許しなく声を掛けたりはしてはいけないとルールを教え込んでくれるあたりかなり良心的だ。恐怖に晒された私たちは彼女たちの温もりに号泣したのだった。


貴族マジ怖い。マジで無理。


最初は中位貴族の取り巻きもいいかもしれないと考えていたが、絶対に無理だと悟った。


(これってもしかして生徒会もリスキーなのか?)


色々情報を集めてみればリスクはあれど、悪い訳ではなかった。

生徒会は表向き貴族6名と特待生6名で構成されている。役職持ちは当たり前だが貴族だ。特待生は雑用係だった。やんごとなき方はあくせく働いたりしないので彼らの実績作りとして利用される。豪華絢爛な生徒会室は高位貴族だけのもので、特待生はその手前にある控室で仕事をすることになる。ほぼ関わりはないと聞いて安心した。

書類なども貴族の使用人に渡すようで顔を合わせることもない。


(よかった〜!!)


低位貴族のクラスの先生は穏やかな方が多いのでかなり平和だった。放課後に質問に行っても対応してくれる。中間テストと期末テストでは好成績を取り特待生の座を得ることができた。これで今年は学園にいられる。


たまに心臓に悪い思いをすることはあったが予想よりも平和に1年過ぎて行った。学期末も好成績だったので来年度も特待生を得られることになった。ほくほくしていれば担任に呼び出される。


君のご両親から退学の問合せが来た、と。


久しぶりにゾッとした。私はここのところぬるま湯に浸かり過ぎていたのだ。顔色が一瞬で青ざめた私に担任はしっかりとした口調で言った。


「君は我が学園の優秀な生徒だ。来年も特待生として通えるし男爵家としては鼻高々でしょう。男爵家の教育の賜物ですね。来年も期待しておいてくださいと伝えておいたが問題はないか?」

「両親は何と?」


「褒められたことに面を食らっていたが満更ではなさそうだった。名誉だからな。無理に退学を推し進めることはしないだろう」


ありがとうございます、と何とか引き摺り出した声は震えてガサガサだった。


「入学早々奨学金の申請をしたことから薄々察しはしていたが、折り合いが悪いのか?」


この先生はかなりいい人だ。学園に入る前商業ギルドでも、職業訓練所でも、教会でもいい評判を聞いた。それでも最初は頼らなかった。これ以上生殺与奪の権利を他のものに渡すわけにはいかなかったからだ。


口を噤んでいれば息を吐き出された。


「無理には聞かないが終業式後の長期休みもし帰りたくないのであればサマースクールに参加してみないか?」


パンフレットを渡される。複数あった。要するに長期期間中に行えるボランティアらしい。成績の補完や内申稼ぎにも使えるらしい。


「奉仕活動として社交界では評価されるから男爵家としても文句は言えないだろう。有償と無償のものもある。どこも家族関係がいい家ばかりではないからな」


この年の夏休みはサマースクールと内職に励んだ。参加したのは実際の現場で働ける事務で辺境伯に派遣された。将来官吏や官僚として働く人向けだったので身を立てるには悪くないかと思って選んだ。次の年からはサマースクールはこなしつつ子爵令嬢の家の家庭教師に推薦されて、懐事情はだいぶ改善されていく。


3年目には生徒会に選ばれた。初めて見た攻略対象者は一目見たら分かるくらいキラキラしていて、血の気が引いた。特待生は同学年からは3名選ばれるが、他2名は男の子だった。

絶対に近づきたくないのでくれぐれもよろしくと頼み込んだが、彼らも貴族の恐ろしさは身に染みていたので力強く頷いてくれた。散々理不尽を見て来たので低位クラスの男の子は女の子にかなり優しい。本当クラスメイトは恵まれた。


「だけどお前も貴族だろ?」

「彼らを見た後でそれ、言える?」

「「……むり」」


下っ端として雑務に追われて内職は出来なくなったが、家庭教師のおかげで生活費は賄えた。かなりの名誉になる王宮官吏の推薦も来たし、サマースクールで参加した辺境伯からの推薦も来た。成人さえしてしまえば、自分で進路を決められる。男爵家でも断れない高待遇だった。

ちなみに余談ではあるが例の好色伯爵爺は私が学園にいる間に2人お妾さんを貰ったらしい。


毎年退学の問合せが来たが何とか最終学年まで走り抜けた。大体事情を把握した担任が煽てて対応してくれた。本当に感謝しかない。

芽生えつつある淡い思いは多分気のせいだと思う。きっと憧れ。助けてくれる年上の男性なんて憧れないはずないもの。

この先生の言うことを両親は聞いてくれる。なぜだろうと少し疑問に思っていたが、それは卒業式で解決した。


卒業を控えたある日、私はとうとう成人を迎えた。男爵家から廃籍される書類に名前を書いたときは感慨深いものがあった。その頃には先生にもクラスメイトにも事情を説明していたから、役所から帰って来たときは温かく迎えられた。

寮内でお疲れパーティーをした際は、涙が止まらなかった。お母さんが亡くなって以来初めて満面の笑みを浮かべたのだった。


廃籍は卒業式の後通知されるように、先生が取り計らってくれた。王宮官吏は丁重に辞退し、辺境伯の推薦を受けることにした。実際に働いた時に肌に合っていたからだった。


肩の荷が降りた。それからは卒業まで毎日パジャマパーティーをしたり、学生街で買い食いしたり、たまに校舎裏で告白されたりした。たった1ヶ月であったが、学生らしいことを満喫できた。




卒業パーティーの日がやって来た。貴族らしいことはこれが最初で最後だった。学園の貸衣装から好きなものを選んでみんなでメイクやヘアアレンジをするのは楽しかった。眼鏡を外さないのかと聞かれたが、母の形見だからと言えば無理に勧められることもなかった。


生徒会で切磋琢磨し合った片割れがエスコートをしてくれた。エリックは王宮官吏として卒業後働くようだ。エリート街道まっしぐらである。


「いつか会ったらご飯でも奢ってね」

「お前も高級取りだろうが」

「官吏様には及びませんわ」

「頭が高いぞ」


そんな風に掛け合っていれば集まっていたクラスメイトたちもくすくすと笑っている。低位クラスなので壁際にまとまっていた。

そんな穏やかなパーティーに相応しくない怒号が飛んできた。


「頭が高いぞ、控えろ!!」


おままごとのような掛け合いではなくリアルな声色に一様に振り向く。あれって時代劇だけの言葉じゃなかったのか。


「エリザベス・レゼルヴァ、お前は私の大切なアリスを悪辣にも虐げた。そんな暴虐非道な女を王太子妃に据えるわけにはいかない。こんな婚約はこの場で破棄するっ!!」


断罪劇が始まった。私の預かり知らぬところで。ところで、アリスって誰?

疑問に思っていたのは私だけのようで、周りは呆れ果てた表情を何とか取り繕っている。

隣の子にこそっと聞いてみれば二学年下の子らしい。男爵家の庶子で、王太子を始めとする生徒会メンバー、つまり攻略対象者に近付いてハーレムを築いていると有名だとか。


(え?ヒロインじゃん。ヒロインって同級生じゃなかったっけ?)


あんたぐらいだよあの子知らないのって呆れられるが、仕方ないじゃない。ずっと生きるか死ぬかの瀬戸際だったんだもの。


(あれ?私ってヒロインじゃなかったの?)


生きるのに必死でガン無視していたからもうすでにストーリーとかほぼ覚えていない。ヒロインって確か生まれに謎があったんじゃなかったっけ?

やんごとなき方の娘だったとか?そしたらやっぱり私はヒロインではないのか。


アリスって子が泣きながら虐められた内容を話しているものの話し方が拙すぎる。よくあのマナーで公の場に立てたわね。あれでは初年度のマナー講座すら合格していないはずだ。


その一方で公女さまは優雅な姿で聴いてらっしゃるものの、目に温度がない。まじでない。絶対零度っておそらくこう言うことだろう。冷たいし、静か過ぎて怖い。アリスって子なんであの方の前で平然と王太子にくっ付いてられるの?やっぱりヒロインって種別はメンタル鋼なの?


「何を仰っているのか分かりかねますが、初対面ですわよね?」


公女さまのキレッキレの一言。つまり最大級の嫌味だお前なんて眼中にねえわっていう。

王太子はしらばっくれるなとブチギレてるけどまじで認識してない可能性あると思うな。「小蝿が邪魔ね」と言うだけで周りは排除しようとするだろうし。まじで公女さまが出る幕ではない。

一般人として生きていた時は分からなかったけど絶対そんなみみっちい嫌がらせなんてしない。


嫌がらせの是非はともかくとして、彼はアリスを婚約者にすると宣言した。すごいなヒロイン。

身分差はどうするのかというごく自然な問いに彼は自信満々で答えた。


「アリスは前国王の弟君の実の娘だ!!!」


(あ、そう言えばそんな話だったわ)


数代前に隣国から嫁いできた皇女様由来のヴァイオレットの瞳。この国で引き継ぐのは王族のみ。それが決め手になる、が。

背筋に冷や汗が伝った。思わず眼鏡に触れる。この眼鏡の下の瞳の色を思い出してゾッとした。


(やっぱり私がヒロインじゃないの!)


知らず知らずのうちに下がっていたらしい。背中が何かにぶつかった。慌てて振り向くと先生が立っていた。


茶番劇を鋭い目で眺めていたようだが、私と目が合って安心させるように緩んだ。頭をくしゃりと撫でられると彼は前に向かって行った。


(あれ、もしかして?)


後ろ姿に既視感を覚える。あれは確かスチルで?


「その生徒はシリウス殿下の娘ではない」


そうだった。断言した彼も攻略対象者だった。2週目以降で攻略できるシークレットだったっけ?実の父の懐刀。私が就職予定の辺境伯の三男だったと、思う。多分。


先生が出て行ってから幕引きはあっという間だった。王太子もその他の側近もアリスも引きずられていく。公女さまも関係者だから促されて優雅に着いて行かれた。格が違う。



理事長が出て来て取り仕切り直す。再度乾杯の声が響き、音楽も再開した。

卒業パーティーはぎこちなさを残しつつも続いて、終わりを迎えた。みんなとはなかなか会えなくなってしまうが、また会う約束をした。

怖くて何度も逃げ出したくなった学園だけどクラスメイトのおかげでここまでやり遂げられた。


「みんな大好きよ」


私の涙声はみんなの笑い声に包まれた。






辺境伯の政務官補佐として働き始めて半年経った。仕事は毎日初めてのことの連続で忙しいが充実している。


いつもは辺境伯のお屋敷から少し離れた行政の建物で働いているが、上司にお屋敷に向かうように言われた。何となく予感はあった。


「ご無沙汰してます」


(やっぱり)


少し上擦った声で先生と呼べば、彼は苦笑した。敬語で畏まられそうになったので慌てて引き留める。元気そうでなによりだ、と言われてくしゃりと笑い返すことしかできなかった。


「おそらく気付いていると思うが、君はあの方の娘だ」


王弟シリウス様と母は恋人同士だったらしい。学園で知り合って結ばれた。母は伯爵令嬢ではあったが、シリウス様は臣籍降下する予定であったからそう難しい話ではなかった。

いざ結婚する時になってシリウス様に恋する令嬢たちの家から妨害があり、対処している間に母の家は没落した。あれよあれよという間に母は姿を消し、行方知れずになってしまった。母はその時にはすでに孕っていたらしい。更に悪いことが続きシリウス様は意気消沈して体調を崩す。


やっとのことで母の痕跡を辿って見つけた時には母は亡くなり、私は男爵家に引き取られていた。

シリウス様は私を望んだそうだが、母が存命でないため実の娘だと証明するのは至難の業だった。

評判の悪過ぎる男爵家に引き取られたことで、乗り込む寸前だったようだが、何とか止められた。学園に入学する予定であることを突き止めると先生に守るように依頼したらしい。


「もしかして、私があれだけ奮闘しなくても好色爺に売られることはなかったんですか?」


当たり前だという顔で頷かれた。思わず脱力してしまう。シリウス様は私に会いに来るためにリハビリに精力的に取り組んでいるらしい。体調を崩していたことで臣籍降下は保留になっていたが、国王に辺境伯近くの王領を貰えるように交渉しているとか。


「私は辺境に戻ってくることになった」

「私がここにいるから、ですか?」

「いいや、元々学園の教師は限定的に引き受けていたんだ。こちらで仕事をしつつ、殿下がいらしたらまたそちらで働くことになる」


暫くは同僚だな、と付け加えられてこそばゆい感じがした。


場所は異なるものの同じ建物で働いているため、顔を合わせる機会は多かった。食堂でお昼を共にすることもあり、次第に仲良くなっていった。いつのまにか先生ではなく、ロアンと名前で呼ぶことになった。

休みの日にも約束することも増えて、暫く経った時彼から告白された。


「いささか危なっかしいが、ひたすら努力する姿に目が離せなかった。警護対象だからと言い訳していたが、もう自分を誤魔化すことはできない。君が好きだ」


夕陽が映える丘で、私は前のめりに頷いた。



この後リハビリを終えて王領を賜ったシリウス様が来られた。威厳のある姿は私を目に留めた途端に崩れて、ギャン泣きし始める。ぎょっとしたが、何だか嬉しくなって思わず抱き締めていた。シリウス様と呼んだ途端、またパパかお父様がいいとギャン泣きされたことは余談である。ロアンと付き合っていることを告げた際には、彼はぶん殴られていた。慌てて止めたがヒートアップするので、パパ嫌いと叫べば砂のように崩れ落ちた。



私は教会にて行った親子鑑定とヴァイオレットの瞳によりシリウス様、お父様の実子と認められた。そしてファーブル公爵領と名を変えた王領の後継者にもなった。領地運営は勉強中だが、何とか喰らい付いている。

ロアンとの結婚式は今年の秋に領地で、来年の春に王都で行うことになった。そしてそのまま私のお披露目となる。出来れば避けたかったが、王位継承権も、王家の印も持っているのでさすがに無理だと言われた。それでも終われば遠方なことを言い訳に領地にいていいようなので、少し安心した。




「ロアン、ありがとう。大好きよ」


まさかこんなに幸せな人生になるなんて、思いもしなかった。私は愛しい人とこの領地で生きていく。もう2度と生殺与奪の権利は他者に渡さないと誓って。









ある男たちの会話


進展ってあったんですか?

ああ、あの偽物のか?ないよ。私はヒロインとか言って喚いてるらしい。

隣国の間者の線はどうなりましたか?

あの頭じゃ無理だろう。どこかで聞いたのを利用して男遊びしただけだ。もうすぐ処分されるだろうよ。


公女の方は?

ああ、あの公女もヴァイオレットの瞳を探していたらしいな。まあ薄くても王家の血筋だし、王太子妃教育もしていたからそこで知り得たのかもしれないが。

何のために調べていたんでしょうか。

さあな。さすがに取り調べは不可能だったから、国外の縁談を勧めたよ。

それならあの子には関係なくなりますね。


王子は幽閉ですか?

いずれはそうなるだろうが、まだ王妃の方が抵抗していてな。とりあえずは立太子を取りやめて、継承順位が下がっただけだ。まあ時間の問題だろうけどね。


伯爵家と男爵家は?

伯爵は叩けば埃がうじゃうじゃ出て来たから捕えられたよ。あそこから出れることはないだろうね。男爵の方は、ちょっとだけ噂話を流しておいたから様子見ってところかな。

あなたの様子見が1番怖いんですが。

まあ生かさず殺さずってところかな。逃すわけないよね。


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