第9話 ー レオン=アストレウス ー
9話
(この一連の騒動にあの青年は深く関係している。そんな直感が拭えない。)
二人は追いかけるように、教会を出た。
教会の重い扉が、静かに軋んで閉じた。
外の光は眩しく、石畳は朝の空気を含んで冷たかった。
鐘楼の影が長く伸び、広場には巡礼者のざわめきがまだ残っている。
ラジエルは無言で振り返った。
トゥーラは胸元の髪留めを握りしめ、足先を少しだけ速めている。
そのとき――
人混みの縁を、静かに歩く金色の後ろ姿が目に入った。
昨日、教会で見かけた青年だ。
彼は広場の中央を避けるように、壁沿いの細い道へ消えていく。
「……行くわよ」
ラジエルが小さく囁いた。
トゥーラは頷く。
二人は足音を殺し、青年の後を追った。
やがて石壁に挟まれた裏路地に出る。
人通りはなく、風だけが通り抜ける。
青年はそこで足を止めた。
振り返らず、低く言う。
「――ついてきたんですね」
ラジエルは一歩前に出た。
「あなたに話を聞きたいの」
青年は肩を落とす。
「関わらない方がいい。あなたたちを巻き込むわけには――」
その言葉を遮るように、トゥーラが震える声で言った。
「……わたし、村を壊された」
空気が変わった。
ラジエルが息を飲み、思わず手を伸ばそうとする。
だが青年は、ゆっくりと振り返った。
その瞳には――怒りでも、疑念でもなく、深い痛みが宿っていた。
「……君は」
短い沈黙。
「巨人の星戦士と…王国の兵士が戦って…それで…」
「これ以上はここで言ってはいけない」
青年はトゥーラの言葉を遮り、
やがて決意したように言う。
「――ついてきてください」
彼は石壁の隙間に手を差し入れ、古い鉄格子を押し開けた。
そこは王都の地下へ続く水路だった。
湿った空気。滴る水音。
足元に流れる細い水脈。
松明が一本だけ灯る、狭い通路を進む。
やがて小さな石室に辿り着いた。
壁には簡素な地図と、朽ちた聖印が掛けられている。
青年はそこで初めて、二人の前に正面から立った。
深く息を吸い――静かに告げる。
「――私の名は、レオン=アストレウス」
トゥーラが小さく息を呑む。
ラジエルは拳を握った。
「それって…」
レオンは続けた。
「そうです。私はこの国の……真の聖王です」
しばし、重い沈黙。
レオンは壁に手を当て、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
「今、王城に立つ男は偽りの聖王。私の実の弟であり、名はリオン。
その横に立つ大臣カイエンは、民衆に催眠を施し、彼を正当な王として信じさせている」
トゥーラの肩が震える。
ラジエルはそっと抱き寄せた。
「そして――王国軍は、巨人種の国への侵攻を準備している。それは先の星戦にて失われた国の誇りを取り戻す為だと。」
レオンは低く言った。
「だが、それは表向きの理由だ」
彼はトゥーラを真っ直ぐに見た。
「真の目的は――君の抹殺だ、トゥーラ」
「理由はわからないが、大臣はエルフ種の少女を抹消せよとの命を忠実な配下に出している。」
「恐らくは君のことだ。」
石室の空気が凍りつく。
トゥーラは唇を噛み、涙をこらえた。
レオンは苦しげに目を伏せる。
「私は知っていた。
それでも――止められなかった」
拳が震える。
「私には、まだ力が足りない」
それでも彼は、顔を上げた。
「だが、あなたたちがここにいるなら――道はある。」
「僕と。…共にこの国を救ってほしい」
静かな決意が、その声に宿っていた。
――
王城の奥深く。薄暗い回廊。
副司令官オルヴェンは、数名の私兵を前に立っていた。
鎧も紋章もない、王国の影の部隊。
机の上には王都周辺の地図が広げられている。
オルヴェンは冷たく言った。
「侵攻準備の混乱を狙う」
部下が緊張した面持ちで問う。
「副司令官……エルフの少女は――」
オルヴェンの銀色の瞳が細まる。
「大臣が“それらしき少女を見た”と言っている。
もはや王都外だけでは足りぬ」
彼は机を叩いた。
「王都の隅々まで洗え。
見つけ次第――痕跡ごと消せ」
松明の炎が揺らめき、オルヴェンの影が長く伸びた。
「予言の少女…。」
――王都は、静かに包囲されつつあった。




