第7話 ー 王都アストレア ー
高くそびえる城壁は精緻な石造りで、幾度もの戦火を耐え抜いてきた歴史を物語っている。塔の頂には獅子の紋章が掲げられ、赤い旗が風を孕んで揺れていた。
この国は、はるか昔――
魔王との死闘に打ち勝つべく女神が加護を与えたとされる初代聖王アストレアが建国したと伝えられている。
現聖王は黄道十二宮の一つ、**獅子座**の啓示を持つ。
その容姿と力から、民衆は彼をこう呼んでいた。
――白金の勇者。
だが、王都に近づくにつれ、ヨルの胸には小さな棘のような違和感が刺さっていた。
城門へと続く石畳の街道を、四人はゆっくりと歩いていた。
遠くに見える王都の城壁は白く、陽の光を受けて淡く金色に染まっている。行き交う商人の馬車、武装した兵士、行列を作る旅人――人の気配は途切れることなく続いていた。
ラジエルはトゥーラの歩幅に合わせ、やや後ろに寄り添うように並んで歩く。
「トゥーラちゃん、足は痛くない?」
優しく問いかけると、トゥーラは小さく首を横に振った。
「……だいじょうぶ、です」
だが、その指先はわずかに震えていた。
祖母を失った記憶は、まだ彼女の胸に生々しく残っている。
アザゼルは二人の背後を静かに歩いていた。
影に潜むでもなく、前に出るでもない――ただ主の背を守るように、一定の距離を保っている。
ヨルは少しだけ足を緩め、城門を見上げた。
整然と並ぶ兵士。
高く掲げられた獅子の紋章。
人々のざわめき。
そのすべてが“栄光の王国”を装っている。
(――けれど)
ヨルの胸の奥に、小さな違和感が残った。
王国がトゥーラの村を焼いたのなら――
その目的は何だったのか。
考えながら歩くうちに、城門前の掲示板に自然と視線が吸い寄せられた。
そこに貼られていたのは、大きな張り紙だった。
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《王国軍 志願兵募集》
先の星戦により多大なる犠牲を払った王国は、新たなる戦力を必要とする。
志願者には通常の三倍の俸給を保証する。
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ラジエルが小さく息を呑む。
「三倍……?こんな額、普通じゃないわ……」
アザゼルは静かに告げた。
「命を買う額でしょう」
ヨルはしばらく掲示を見つめ、やがて静かに言った。
「……僕とアザゼルは、これに志願する」
ラジエルが目を見開く。
「兵団に入る気?」
ヨルは掲示から視線を外さず答えた。
「外から見ているだけじゃ、何も分からない」
アザゼルは迷いなく一礼した。
「御意。ヨル様に従います」
ヨルはトゥーラに視線を落とす。
「ラジエル、トゥーラちゃんを頼む。王都内で身を潜めてほしい」
ラジエルはトゥーラをそっと抱き寄せた。
「……任せて。トゥーラちゃんは、私が守る」
トゥーラは不安げにヨルを見上げる。
「ヨルさん……」
ヨルは微笑んだ。
「安心して。ラジエルは僕より強いから」
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王城に隣接する兵団訓練場には、荒くれ者たちが集まっていた。
鎧の擦れる音。
酒の匂い。
剣を打ち鳴らす音。
多くは傭兵崩れや、戦場から流れてきた者たち。
その目は飢えた獣のように鋭い。
中央に立つのは、王国軍の教官だった。
「これより志願兵の力量確認を行う!
一対一の模擬戦だ。合図があるまで手を出すな!」
まず呼ばれたのは――アザゼルだった。
相手は屈強な重装兵。
長槍を構え、鼻で笑う。
「白髪の細身か……悪いが手加減はしねぇ」
教官が叫ぶ。
「――開始!」
その瞬間。
重装兵が踏み込もうとした刹那――
アザゼルの姿が、視界から消えた。
次の瞬間、男は地面に叩き伏せられていた。
喉元にはアザゼルの剣先。
場が静まり返る。
アザゼルは静かに剣を収めた。
「……次を」
副司令官オルヴェンの目が、鋭く光った。
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次に呼ばれたのはヨルだった。
対戦相手は、身の丈二メートルはある大男。
剣を担ぎ、ヨルを見下ろして笑う。
「おいおい……ガキが戦場に来るのか?」
ヨルは静かにナイフを構えた。
教官が叫ぶ。
「――開始!」
男は一気に踏み込み、横薙ぎに剣を振るう。
風圧だけで砂が舞った。
ヨルは紙一重でかわす。
「逃げるだけかァ!?」
男は連撃を浴びせる。
重い。速い。だが――粗い。
ヨルは後退しながら冷静に見極めた。
(間合いが広い。踏み込みが単調……)
男が大振りで剣を振り下ろした瞬間――
ヨルは滑るように踏み込み、膝裏に鋭い一撃を入れた。
「ぐッ――!?」
体勢を崩した男に、ヨルはナイフを喉元に当てる。
「降参でいいね?」
沈黙。
やがて歓声が上がった。
オルヴェンは腕を組み、冷たい目でヨルを見つめた。
(ほぉ…ただの子供ではない……)
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日が沈み、王都に灯りがともり始めた頃――
ヨルとアザゼルは、兵団本部へと呼び出されていた。
重厚な石造りの建物。
壁には王国の獅子紋が刻まれ、長い回廊には松明が並ぶ。
「ヨル様。これはただの挨拶ではありません」
アザゼルが静かに告げる。
ヨルは頷いた。
「うん。恐らく何か掴める。」
二人は円卓のある大広間へと通された。
広間の中央に座るのは総司令官――ギルベルト・ヴァレンス。
白髪混じりの老将。分厚い肩と鋭い眼光を持ちながら、その瞳には深い憂いがあった。
その隣に座るのが副司令官――オルヴェン・レイヴァン。
灰色の髪に冷たい銀の瞳。感情を表に出さず、常に計算している男。
ギルベルトが重々しく口を開く。
「諸君。先の星戦で王国は多くを失った。
だが――王国は立ち上がらねばならぬ」
その声には、迷いと覚悟が混ざっている。
オルヴェンが淡々と続ける。
「ヘカトは排除されました。王国の威信は守られた。今こそ報復の時です」
ギルベルトはわずかに眉をひそめた。
「……本当に、ヘカトは討たれたのか?」
オルヴェンは一瞬も揺らがず答える。
「副司令官として、確かな報告を上げています」
円卓に地図が広げられた。
ギルベルトは北方を指し示す。
「王国は――巨人種の国へ侵攻する」
幹部の一人が声を上げる。
「司令官、それはあまりにも――」
ギルベルトは拳を握りしめた。
「わかっている…だが、これは“聖王”の命である。そしてこのままでは、王国兵団の名は地に落ちる。民の不安を鎮めねばならぬ」
オルヴェンは冷徹に言い放つ。
「志願兵の俸給は三倍。覚悟ある者のみが残ればよい」
ヨルはその言葉を聞きながら、静かに悟った。
(これは最初から、生きて帰る前提の作戦じゃない)
ギルベルトは苦悶の表情を浮かべながらも、やがて静かに言った。
「……すまぬ…王国のためだ」
会合の最後、オルヴェンは静かに宣言する。
「ヘカト討伐は――私の功績として公表する。」
「宜しいですね?司令官」
ギルベルトは、何も言えなかった。
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会合が終わり、石の回廊を歩きながらアザゼルが低く言う。
「ヨル様……副司令官は何かを隠しています」
ヨルは頷いた。
「うん。でも、まだ証拠はない」
窓の外では、王都の灯りが次々とともり始めていた。
まるで何も知らぬ民衆の希望のように。
ヨルは静かに言った。
「焦らない。
僕たちは、内側から見る」
遠くで鐘が鳴った。
――闇は、すでに王都の奥深くに巣食っている。




