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第5話 ー 裁きの天秤 ー


風が、完全に止まっていた。


焦げた大地。倒れた兵士。折れた旗。

そのすべてが、まるで時間から切り離されたかのように静止している。


ヨルは、倒れ伏すヘカトを見下ろしていた。

ナイフは構えない。

ただ、静かに立っている。


ヘカトは荒い息を吐きながら、ヨルを睨んだ。


「……貴様…貴様が黄道十二宮おうどうじゅうにきゅう天秤座リブラだと…?笑わせるなッ!!」


ヨルは答えない。

代わりに、背後へと視線を向けた。


トゥーラが、アザゼルの背に隠れるようにして立っている。

小さな体は震え、目は涙で赤く腫れていた。


ヨルは静かに問いかけた。


「トゥーラ」


「……う、うん……」


「君の願いを、聞かせてほしい」


一瞬の沈黙。


トゥーラは震える手を握りしめ、必死に言葉を絞り出した。


「……もう……誰も死んでほしくない……」


声は小さい。

だが、その重さは戦場全体を満たしていた。


「お父さんも……お母さんも……

たくさんの人も……もう……いなくなった……」


トゥーラは俯き、涙をこぼす。


「だから……だから……これ以上……誰も死なないで……ほしい……」


その願いは――復讐ではなかった。

怒りでもなかった。


ただ、終わりを求める言葉だった。


ヨルは目を閉じた。


ゆっくりと息を吸う。


そして、静かに口を開いた。


「――星界の天秤(アストラル•リブラ)


その一言が、戦場を震わせた。


ヨルの足元に、淡い光の輪が広がる。

空中に、巨大な天秤の幻影が浮かび上がった。


片方の皿には――トゥーラの願い。

もう片方には――ヘカトの命。


二つは、ゆっくりと傾く。


ヨルは静かに告げた。


「ヘカト。

君の命を代償に、トゥーラの願いを量る」


ヘカトは、笑った。


「……くだらん……!

俺は力の星に選ばれた……!

死ぬわけがない……!」


オリオン座(オリオン) 侮りの覇力(ドミネート•オーバー)ァァアッ!!」


ヘカトの叫びは虚しく、星が応えることはなかった。


「ヘカト…裁きの時だ…」


その瞬間――世界が歪んだ。


ヘカトの視界が暗転する。


彼は一人、見知らぬ荒野に立っていた。


目の前に――一人の少女がいる。


長い黒髪。

優しい笑顔。


彼女の名は――フィア。


幼き日のヘカトが、そこにいた。


まだ巨体ではなく、ただの少年だった頃の自分。


フィアは笑っている。


「ヘカト、また喧嘩したの?」


幼いヘカトは俯いた。


「……俺は弱いから……フィアを守れない」


フィアは首を振る。


「弱くないよ。ヘカトは優しいだけ」


「俺はフィアに守られるのが情けなくて。フィアと共に戦える力が欲しかった」


だが――場面が変わる。


戦場。

炎。

悲鳴。


フィアは剣を握り、震えていた。

星の刻印が、彼女の額に浮かんでいる。


戦星士となったフィア。

だが、その瞳は恐怖で満ちていた。


剣を握る手が震える。

仲間が次々と倒れる。


そして――


彼女は崖の縁に立っていた。


ヘカトは叫ぶ。


「フィア!! 戻れ!!」


だが、彼女は泣いていた。


「ごめんね……ヘカト。…村に帰るって約束したのに… ……」


彼女は身を投げた。


ヘカトは叫び、手を伸ばす。


だが、幻影は掴めない。


彼女は落ちていく。

消えていく。


――そして、場面が再び変わる。


大人になったヘカト。

彼の額に、星の刻印が輝く。


オリオンオリオン


彼は膝をつき、天を仰いでいた。


「なぜだ……」


声が震える。


「なぜ今なんだ……

フィアが亡き後で……

今さら俺に力を与えるのか……!!」


星は何も答えない。


ヘカトは拳を地面に叩きつける。


「俺に力があれば……

あの時、フィアと共に戦えた!フィアを救えた……!!」


やがて彼は立ち上がる。


涙は枯れ、瞳は獣のように鋭くなった。


「誰にも、二度と奪わせない……

俺は――誰よりも強くなる……!」


幻影が崩れる。


現実の戦場に、ヘカトは戻ってきた。


彼の体は、すでに光に包まれている。


ヨルは静かに言った。


「それが、君の後悔だね」


ヘカトは震えた。


「……黙れ……」


ヨルは続ける。


「君は強さを求めた。

でも――その強さは、誰も救わなかった」


ヘカトは歯を食いしばる。


「……違う……俺は……」


ヨルは静かに首を振る。


「違わない。

でも――君だけが悪いわけでもない」


光はさらに強くなる。


天秤が、完全に傾いた。


ヨルは目を閉じ、最後の言葉を紡ぐ。


「ヘカト。

もし、やり直せるなら――君は何を望む?」


ヘカトは震えながら、呟いた。


「……フィアと……一緒に……戦いたかった……

一人にさせないように……心優しいフィアには命のやり取りは……辛いものがあった……俺があの時そばにいれば……」


ヨルは静かに頷いた。


その瞬間――


天秤の光が、ヘカトを包み込む。


幻覚が再び現れる。


今度は、違う景色だった。


ヘカトは戦場にいる。

だが隣に――フィアが立っている。


二人は背中合わせで戦っていた。

笑い合い、助け合い、支え合っている。


血にまみれているのに、どこか温かい。


フィアは微笑んだ。


「一緒だよ、ヘカト」


ヘカトの頬を、涙が伝う。


「……フィア……」


そして――幻覚は、静かに星の光へと溶けていく。


現実のヘカトの体も、同じように光に包まれた。


ヨルは静かに言った。


「君の命は、願いと等しく量られた。

そして――星へ還る」


ヘカトの体が、粒子のように崩れていく。


最後に、彼は微かに笑った。


「……ありがとう……小僧……」


光が消えた。


ヘカトは、跡形もなく消滅した。


戦場に、静寂が戻る。


ラジエルは静かに目を閉じた。

アザゼルはトゥーラの前に立ったまま。


トゥーラは震えながら、呟く。


「……星に……還ったんだね……」


ヨルは何も言わない。

ただ、空を見上げた。


そこには、静かに輝く星々があった。


天秤座リブラは、すでに消えている。


だが、その秩序だけが、確かにこの世界に刻まれていた。

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