第4話 ー 弱者と強者 ー
空気が裂けた。
ヘカトが地面を踏み抜く。
次の瞬間、その巨体は消え――ヨルの眼前に現れた。
「遅いッ!」
鉄斧が振り下ろされる。
ヨルは身を捻ったが、避けきれない。
風圧だけで身体が弾き飛ばされ、倒木に叩きつけられた。
ドン――ッ!!
肺の空気が押し出され、視界が白く揺れる。
「ヨルッ!!」
ラジエルが即座に矢を放つ。
だが――
――キィンッ!!
矢はヘカトの皮膚で弾かれ、火花を散らした。
ヘカトは嗤う。
「無駄だ。小細工で俺は止まらん」
その瞬間、砕けた岩片が雨のようにトゥーラへ飛んだ。
だが――
トゥーラの前に、アザゼルが“静かに立っていた”。
長い白髪が揺れる。
左腰の長物が一閃する。
――シュンッ。
飛来した瓦礫は触れる前に斬り裂かれ、粉塵となって消えた。
続く破片は、彼の掌がかざされた瞬間に軌道を逸らされ、地面へ叩き落とされる。
アザゼルは振り返らない。
背中だけでトゥーラを庇い、低く告げた。
「トゥーラ殿。
――私の後ろから動かれてはなりません」
トゥーラは震えながら頷く。
⸻
ヘカトは再び斧を担ぐ。
「――オリオン座!!」
一瞬の“間”。
その直後――空気が爆ぜ、ヘカトの肉体がさらに膨張する。
踏み込みだけで地面が割れた。
斧が横薙ぎに振るわれる。
ヨルは受け流すこともできず、地面を転がる。
血が滲む。
ラジエルは矢を連射するが、すべて弾かれた。
「くっ……!」
ヘカトは悠然と歩み寄る。
「見たか、小僧。
これが力だ。お前の策など意味を持たん」
ヨルは荒い息のまま立ち上がる。
だが瞳は冷静だった。
(……やっぱりだ)
(発動してすぐ強くなるわけじゃない。
“間”がある――しかも、長くは続かない)
ヘカトが再び構える。
「終わりにしてやる」
三度目の宣言。
「――オリオン座ッ!!」
その瞬間――
ヨルは静かに口を開いた。
「――南十字座」
世界が、ほんの数秒だけ“遅れた”。
ヘカトの動きは止まらない。
だが、ケシルの“発動波”だけが鈍くなる。
斧が振り下ろされる寸前、ヨルはその間隙へ滑り込み、地面を蹴った。
ナイフがヘカトの膝へ深く突き刺さる。
「――ぐぅッ!!」
巨体がよろめく。
ラジエルが即座に矢を放つ。
今度は弾かれない。
矢が肩口に突き刺さった。
ヘカトは地面を踏み鳴らす。
「小癪なッ!!」
しかしヨルは、すでに次の手を打っていた。
小さく息を吸う。
「……琴座」
音は鳴らない。
だが空気が澄み、思考が鋭く研ぎ澄まされる。
――踏み込みの角度。
――斧の軌道。
――血で滑る地面。
すべてが手に取るように見えた。
ヘカトが突進。
ヨルはあえて一歩遅れる。
足元がぬかるみ、ヘカトが体勢を崩す。
その刹那――ヨルは距離を詰めた。
膝裏へ深い一撃。
続けて側腹へ切り込む。
巨体が大きく崩れ落ちる。
「――ぐ、が……ッ!!」
それでもヘカトは立ち上がろうとする。
ラジエルは弓を引き絞り、ヨルを援護。
アザゼルはトゥーラの前に立ち続け、微動だにしない。
ヨルは静かに歩み寄り、倒れたヘカトを見下ろした。
「君の力は、絶対じゃない。
君が相手をどう見ているか――それが強さを決めていた」
ヘカトは歯を食いしばる。
「黙れ……小僧が……!」
ヨルはナイフを構えた。
だが――振り下ろさない。
彼は空を仰ぎ、静かに言う。
「まだだ。まだ終わらせない」
ラジエルが小さく息を飲んだ。
ヘカトは荒い呼吸のまま、嗤う。
「……何を、企んでいる」
ヨルはゆっくりと視線を落とす。
その瞳には、揺るがぬ決意が宿っていた。
「僕の星は――」
風が止まる。
戦場が凍りつく。
ヨルの声だけが静かに響いた。
「――天秤座」
ヘカトの瞳が見開かれる。
「な……に……?」
ヨルは続ける。
「またの名を――裁きの星」
淡い光がヨルの足元に揺らめく。
しかし、まだ発動はしない。
ヨルはヘカトを見据え、静かに告げた。
「ヘカト。
次の瞬間が――君の審判だ」




