第3話 ー オリオンの咆哮 ー
森は、異様なほど静かだった。
風は止まり、鳥の声も途絶え、湿った土と鉄の匂いだけが重く漂っている。
まるで、この場所そのものが息を潜めているかのようだった。
ヨルは足を止め、地面に刻まれた巨大な足跡を見下ろした。
深く抉られた大地。砕け散った岩。焼け焦げた幹。
誰が見ても分かる――ただならぬ力が通過した痕跡。
「……近いね」
ヨルは小さく呟く。
ラジエルは弓を肩に預け、周囲を警戒しながら歩いていた。
軽やかな足取りだが、その目だけは鋭い。
ヨルの背後には、アザゼルが静かに随行している。
影に溶けるように気配を殺し、必要以上に言葉は発しない。
だが、その存在感は確かだった。
やがて、森が開けた。
視界が一気に広がる――
そこに広がっていたのは、戦場だった。
折れた剣。砕けた盾。黒く焦げた大地。
無数の兵士が倒れ伏し、王国の旗は裂け、泥にまみれて地に落ちている。
トゥーラは思わず息を飲んだ。
「……ひどい……」
ヨルは静かに目を閉じた。
怒りでも恐怖でもない――静かな哀悼だった。
「間に合わなかった……」
ラジエルは唇を固く結ぶ。
「王国側の戦星士……ほぼ全滅ね」
その時――
大地が低く震えた。
ドン……ドン……と、重い足音が森に響く。
木々の影から現れたのは、巨大な影。
常人の倍はある体躯。
肩には巨大な鉄斧。
全身に無数の戦痕を刻んだ、巨人族の戦士。
その額には、淡く光る星の刻印が浮かんでいる。
男は高らかに笑った。
「ハハハ……弱い、弱い、弱すぎるッ!!」
巨人は倒れた兵士の兜を踏み砕く。
「これが“本当に”王国の誇る戦星士か?
笑わせるな――ただの肉の塊だ!」
ヨルは静かに一歩前へ出た。
「……君が、この戦場の主か」
巨人はゆっくりと視線を落とす。
その瞳は傲慢で、冷酷で――そしてどこか飢えていた。
「名乗る価値がある相手か、見定めているところだ」
男は鉄斧を地面に突き立て、胸を張る。
大気が震えた。
「だが、いいだろう。教えてやる」
重く、よく通る声が戦場に響く。
「俺の名はヘカト。
オリオン座の啓示を受けし戦星士だ」
その瞬間、額に刻まれた星の刻印と光と同時にヘカトの肉体が微かに光を帯びた。
ただ立っているだけで圧が増す。
ヘカトはヨルを見下ろし、鼻で笑う。
「小僧……お前も星に選ばれた側か?
その貧相な体で、何ができる?」
視線がトゥーラへ移る。
「……エルフ種のガキか」
ヘカトは嘲笑した。
「弱者が戦場に足を踏み入れるなど愚かの極みだ。
死にたくなければ今すぐ森へ逃げ帰れ」
トゥーラは震え、ヨルの袖を掴む。
「ヨルさん……」
ヨルは振り返らず、穏やかに言った。
「大丈夫。トゥーラは下がって」
ラジエルが一歩前に出る。
「言葉を選びなさい。
あの子は、あなたが踏みつけていい存在じゃない」
ヘカトはラジエルを一瞥する。
彼女の弓、立ち姿、そして纏う気配に、ただ者ではないと察する。
「……ほう。只者ではなさそうだな、弓使い。
だが――所詮は人の器だ」
ヘカトは空を仰ぎ、叫んだ。
「――オリオン座!!」
ほんの一瞬、静寂。
次の刹那――
ドンッ!!
空気が爆ぜた。
ヘカトの筋肉がさらに隆起し、動きが一段階速くなる。
ラジエルは即座に矢を放つ――
――キィン!!
矢はヘカトの皮膚に触れた瞬間、弾かれ火花を散らした。
ラジエルは歯を食いしばる。
「……弾かれた…!? …なんて硬さ……!」
ヘカトは肩を揺らして笑う。
「俺のオリオン座の『侮りの覇力』はな――
俺が相手を“どれだけ弱いと思っているか”で強さが決まる」
彼は斧を軽く振る。
その風圧だけで木々が軋んだ。
「つまり…ーーお前たちのような小物を前にすればするほど、俺は強くなるのだ!!」
ヨルだけが、その状況に違和感を覚えた。
(……発動してすぐに力が上がるわけではない?
一瞬、間があった……?)
ヘカトは再びヨルを見下ろす。
「小僧、まだやる気か?」
ヨルは静かにナイフを逆手に握る。
「君は強い。認めるよ」
ヘカトは口角を吊り上げた。
「ほう……理解したか」
ヨルの声は変わらず穏やかだった。
「でも――君は哀れだ」
ヘカトの笑みが消える。
「……何だと?」
ヨルは淡々と言った。
「力だけで世界を踏み潰す者に、未来はない。
その力は、君自身を縛っている」
ラジエルは弓を構え直す。
「ヨル、援護するわ!」
ヨルの背後で、アザゼルが静かに言葉を落とした。
「ヨル様。
トゥーラ殿の身――我が命に変えましても御守りいたします。」
ヨルは短く頷く。
そして、ヘカトを真っ直ぐに見据えた。
「ヘカト。
僕は――君と戦う」
風が止まる。
戦場に張り詰めた静寂が満ちた。
ヘカトは斧を担ぎ、獰猛に笑う。
「面白い……来い、小僧。
オリオンの力――その身で味わえェェェェェエッ!!!!」
――星と星が、ぶつかる。




