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第10話 ー 地下水路にて ー

 10話



 地下水路は、夜のように静かだった。


 壁を伝う水滴が一定の間隔で落ち、遠くからは地下河川の重い流れが低く唸っている。

 薄明かりの魔術灯が、湿った石壁を青白く照らしていた。


 レオンは古びた地図を広げ、地下水路の分岐を指でなぞっていた。

 ラジエルは弓を抱え、壁にもたれかかるように立ち、周囲へ神経を張り巡らせている。

 トゥーラは寝台の端に腰かけ、両手を膝の上で固く握っていた。


 レオンは自身の憶測を小さく口にした。


「……最悪の場合、軍は侵攻の混乱に乗じて、予言の少女を探すため周辺の村々を焼き払うかもしれない。」


 レオンは絶えず続ける。


「だが、王都内部に予言の少女がいるかもしれないと予測して動き出す可能性は低くない」


 やがて、ラジエルが小さく息を吐いた。


「……ならここに留まるのは、無理ね」


 レオンは顔を上げずに答えた。


「分かっている。だが地上はすでに包囲されている可能性が高い。

 無策で出れば、ただ捕まるだけだ」


 ラジエルは静かに首を振る。


「でも、時間をかければ水路も封鎖される。

 敵の目的がトゥーラちゃんなら――必ずここに手を伸ばすわ」


 その名に、レオンの指が止まった。


 トゥーラは俯いたまま、小さく呟く。


「……ヨルさんに伝えなきゃ」


 その声はか細い。だが、確かな意志があった。


 レオンはゆっくりとトゥーラを見る。

 彼女の目には恐怖がある。だが同時に――逃げ続けるだけの人生を拒む光もあった。


 ラジエルは静かにトゥーラへ視線を落とした。


「……なら、行くしかないわね」


 レオンは地図の一点を指さした。


「ここだ。王都兵団の本部に近い水路出口がある。しかし王都内部に包囲網を引くなら間違いなく先に潰されている可能性は高い。

 危険な道だが、地上に出てから合流するには最短ルートだ」


 ラジエルは眉をひそめた。


「なぜ兵団に向かうと?そして、合流……誰と?」


 レオンは一瞬だけ言葉に詰まり、嬉しそうに話した。


「恐らくヘカトは王国軍に討たれた訳ではない。そして、ここに君たち“二人だけ”がやってきた?君たちが信じている者たちがいるのだろう?」


「それも、別行動ですでに内部に侵入している。一番可能性が高いのは兵団だ。」


 ラジエルは小さく息を吸った。


「……流石真の王様ね。信じる価値はある」


 トゥーラは不安そうにレオンを見上げる。


「……こわいけど……いく」


 レオンは静かに頷いた。


 その瞬間――


 遠くで水音とは異なる足音が響いた。


 石壁に反響する規則的な靴音。

 松明の赤い光が、曲がり角の先で揺れる。


 ラジエルは即座に弓を構えた。


「……もう来たの?」


 レオンは剣の柄に手を置き、トゥーラを背に庇う。


 やがて、水路の奥から影が現れる。

 王国の私兵――重装の男たちが列を成していた。


「おい!いたぞ!」


 先頭の男が冷たく告げる。


「エルフの少女を引き渡せ。

 抵抗すれば――全員この場にて反逆罪の為、処刑する」


 ラジエルは一歩前に出た。


「その要求は飲めない。

 この子は渡さない」


 私兵が一斉に武器を構える。


「ならば悪く思うな」


 トゥーラは震える手でラジエルの袖を掴んだ。


(やるしかない)

 レオンは低く剣を構え、静かに息を整える。


 ――その時。


 ラジエルの表情に、わずかな迷いが浮かんだ。


 弓を握る手が、ほんの一瞬だけ震える。


(今の私の力ではトゥーラちゃんを守れない。)


 彼女はトゥーラを見る。


 小さな肩。

 それでも必死に立とうとする少女。


 ラジエルは目を閉じ、静かに息を吸った。


 そして――覚悟を決めた。


「……ごめんね、トゥーラちゃん。

 ちょっとだけ、驚かせてしまうかも」


 低く、だがはっきりと。


「――顕現、我は七大天使が一柱。

 座天使ラジエル。」


 瞬間、空気が震えた。


 青白い光がラジエルの身体を包み、

 背から――純白の翼が静かに広がる。


 金色の瞳が淡く輝き、声が二重に響いた。


 その場にいた私兵たちが一斉に息を呑む。


「な――……!?」


「て、天使……!?」


「馬鹿な……人間じゃ、なかったのか……!」


 水路の壁に光の紋章が浮かび、低く澄んだ旋律が空間に満ちる。


 ラジエルは振り返らずに言った。


「レオン。トゥーラちゃんをお願い」


 レオンは一瞬だけ驚いた顔を見せ――すぐに真剣な表情へ戻った。


「……必ず守る」


 私兵が動く。


 ラジエルは弓を引き絞り、光の矢を放った。


 矢は一つではない。

 幾筋にも分かれ、通路を縫うように敵を打ち払う。


 悲鳴が反響し、松明が倒れ、水面に炎が揺れる。


 ラジエルは一歩前に出る。

 矢を放ち、踏み込み、迫る刃を紙一重でかわす。


「行って!」


 その叫びと同時に、レオンはトゥーラを抱きかかえ、水路出口へと走った。


 冷たい夜風が頬を撫でる。


 三人は地上へ飛び出した。


 しかし――そこにはすでに兵団が待ち構えていた。


 松明の列。整然と並ぶ正規兵。


 そして中央に立つ男。


 灰色の髪。冷たい銀の瞳。


 副司令官――オルヴェン・レイヴァン。


 彼は静かに口を開いた。


「……やはり、地上に出てきたか」


 ラジエルは弓を構え直す。


 オルヴェンはレオンを一瞥し、淡々と言った。


「予想外の客もいるようだ」


 そして最後にトゥーラを見る。


「エルフの少女――

 お前が“予言の子”か」


 ラジエルは一歩前に出た。


「下がって。トゥーラちゃんには触れさせない」


 オルヴェンは薄く笑う。


「長身の男、そして小柄だが独特な存在感を放つ少年。その二人が志願兵に紛れ込んだ時から違和感はあった。

 だが――決定打は大臣の報告だ」


 松明の炎が揺れる。


「王都で“それらしきエルフの少女”が目撃された、と」


 オルヴェンはゆっくりと剣を抜いた。


「……どうやら、単なる偶然ではなさそうだな。

 お前たちは――繋がっていると見るべきか。」


 レオンは剣を構え、低く息を整える。


 ラジエルは弓を引き絞り、静かに呟いた。


「……退くつもりはない」


 夜風が止まる。


 松明の炎だけが揺らめき、影が伸びる。


 王都の闇の中で――

 天使と副司令官が、対峙した。


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