第8話 聖獣使いのスカウト
「アメリア、イヴァン王子の顔知らないの?」
「ウィルマ!だから、アメリアはキルベキア人!」
双子たちが私とイヴァン王子の間で何か喋っているけど、2人の声は私に耳には届かない。
「アメリア、俺の正体を知ったからって敬語に戻るのはやめてくれよ?俺は君とこの距離感で話したいんだ。」
「で、デデデデッ!」
できませんとすら言えないくらい、私の口は緊張して言葉を紡げなくなってしまった。ゾロンに助けを求めようと辺りを見回してみたけど、いつの間にか来ていたシフと視界の隅でじゃれ合っていてこちらに気付いていない。ゾロンお前!!
「できま…できますん!」
「どっちだ。」
イヴァンは笑いながら私にツッコミを入れる。喋りあっていたウィルマとコレッタはいつの間にか口を閉じ、私とイヴァンの会話の続きを待っている。
こうやって心の中ではイヴァンを呼び捨てにできているけど、今は彼の名前すら口に出すのが怖くてできない。
「まあ、アメリアはキルベキアで人生のほとんどを過ごしたんだろう?」
「ハイ…。」
「隣国の王族なんて、現国王を把握しているだけで充分だものな。俺のことを知らなくても無理はない。」
私は思わず半笑いになりながら対応をする。もしかしたら不敬罪で捕まるかもしれない。さようなら、ブランディ一家。さようなら、ブランディ牧場。
「お前は俺を何だと思っている。俺はそんなことで怒ったりしない。」
思わず心の声を口に出してしまっていたらしい。このまま挙動不審になっているわけにもいかないので、私は思い切り自分の頬を両手で叩く。ついでに自分の膝も拳で叩く。突然の私の行動に、ウィルマとコレッタはびっくりしていた。
「…落ち着きました。ではイヴァン、今まで通りでお願いします。」
「ふむ、それでこそアメリアだ。今度一緒に猫を吸おうな。」
「イヴァン王子も猫吸うんだ…」
「吸うんだ…」
ウィルマとコレッタが、目を細めてじっとイヴァンのことを見つめている。それに気が付いたイヴァンは『まだ吸ったことないぞ』と真面目に返している。
「お前はキルベキアの王族と婚約していたんだろう?王族と接するのは今更だろう。」
「職場の人間に近しい存在である王族と、隣国の王族はわけが違いますから…。」
私は首を振りながら、イヴァンの発言に反論する。
ふとイヴァンは何かを思い出したのか、ウィルマとコレッタに向き直って話しかけた。
「ウィルマ、コレッタ。俺とアメリアはこれから個人的な話がしたいんだ。悪いが、少し外してもらえるか?」
イヴァンがそんなことを言い出して、私は頭に疑問符を浮かべる。
「何するの?」
「こくはく!?告白!?」
「ああ、プロポーズに近いかもな。」
ははっ、何か言ってる!
きゃあああと歓声を上げた双子は、地面に置いていた鞄を急いで持ち上げるとバイバイと手を振った。コレッタに至っては私に小声で『後で結果を聞かせてね!』と言って去って行った。
「…と、まあ、プロポーズは嘘なんだが。」
「真に受けてないので大丈夫です。で、何の用ですか。」
「単刀直入に言おう。聖獣使いの末裔アメリア・オルコット氏、我が国が管理する天竜エングブロムをまとめる聖獣使いになってくれないか。」
(なるほど、これがイヴァンの本音か。)
私も彼もまとめて天竜と言ってしまっているが、実は天竜は2つの種類に分かれる。
1つ目は、キルベキア王国に生息している4足歩行の天竜。正式名称はベルクトリガンで、大きなトカゲに翼が生えているような姿のドラゴン、といえば伝わるだろうか。
2つ目は、このラルヴァクナ王国に生息している手(というか前足)が翼と一体になっている姿の天竜。正式名称はエングブロムで、鳥のように翼を折り畳むことができるドラゴンが、これに該当する。
私のようなキルベキア人が言う天竜は基本的にベルクトリガンを示し、イヴァンのようなラルヴァクナ人が言う天竜はエングブロムを示す。
「ということは、私の素性やここに来た経緯も知った上で、話しかけてきたんですね。」
「ああ、黙っていたこと、何も知らないフリをして近づいたことは謝ろう。」
「別に、怒っていないので結構です。」
本当に、怒ってはいない。ただ何というか、目的が知れたことによる安堵のほうが大きいというか。
「ですが、天竜エングブロムは特殊な技術で的確な操縦が可能であるってお聞きしましたよ?」
「ああ、この”翼竜の笛”だな。」
_翼竜の笛
人間には甲高い笛の音くらいに聞こえるが、天竜エングブロムにだけは特殊な音色に聞こえ、”意識を保ったまま意思を操ることができる状態”にすることができる代物なのだ。
「その笛があれば、私の聖獣使いの力は必要ないのではありませんか?」
「それには俺も同意だ。しかし、翼竜の笛は絶対的なものではない。稀に効かない個体もいるし、完璧なものではない。そこで、お前の力を借りたいんだ。要するに、スカウトだ。」
イヴァンは力強く言葉を発し、拳を握りしめる。確固たる確信を持って私を見つめる彼の瞳に、私はキリっと表情を引き締めて笑いかける。
「お断りします!」
「まあ、想定通りの返事だ。」
私とイヴァンの間に流れる鋭く重い雰囲気をぶち壊すように、シフとヒッペがゆっくりと現れ私たちの足の間に寝転ぶ。
「…猫を撫でて落ち着けってことだな。」
「…かもしれませんね。」
私は地面にドカッと胡坐をかいて座り、シフを抱き上げて足の間に置く。頭を撫でて、顎の下をわしわし撫でる。一方、抱き上げてどんどん伸びていくヒッペの体を見て、イヴァンが『伸びしろしかないな!』と楽観的な声を上げている。
「私はキルベキアにいた時、聖獣使いとして働きながら第三王子であるアンディ・キルベキアと婚約をしていました。」
「ああ、知っている。」
「聖獣の制御に関する重大な秘密を黙っていたことで断罪され、ラルヴァクナの辺境にある森を彷徨い、一度は死を覚悟しました。」
「それも聞いている。」
「ルイスという同僚だけは私を信じてくれましたが、一職員でしかない彼が何かできるはずもなく。っと、これは関係のない話でしたね。」
「………。」
「ですが、ブランディ一家に助けていただき、励ましてもらい、私はあの人たちのために生きたいと心の底から思ったのです。」
「だから俺のスカウトは断ると。それもまた、立派な心がけだと思うぞ。」
イヴァンは私の隣に座りながら、ヒッペの頭を撫でている。ヒッペは居心地良さそうに喉を鳴らし、イヴァンの足の間で伸びている。
「まあ、いきなりこんなこと言われても困るのは当たり前だ。無理強いをする気はない。」
どこかに行っていたゾロンも戻ってきて、私とイヴァンの間をウロウロしながら纏わりついてくる。
「ゆっくり考えてくれたら良い。いつでも席は開けておくから。」
「…そのうち。」
私とイヴァンは満天の青空の中、ただひたすらに空を眺めて猫を撫でた。
今この時が、一番幸せかもしれないと、そんなことを考えた。