第4話 そして現在
…と、ここまでが数か月前の話。
ブランディ牧場に身を置くことになって早数か月。
私は正式に手続きをし、籍をキルベキア王国からラルヴァクナ王国に移した。ブランディ一家の優しさに触れ、命を助けられ、私はこの短期間でこの地に骨を埋める覚悟までした。
色々な動物たちに囲まれながらここでの生活に従事しており、他の従業員たちとも仲良くなり、私は充実した日々を送っている。
この牧場にいる動物は2種類。
1つ目はカウモーという種類の動物で、主に牛やウシと呼ばれている動物である。お肉として流通したり、牛乳が採れることで有名な動物だ。
2つ目はメーウールという種類の動物で、主に羊やヒツジと呼ばれている動物である。定期的に羊毛という毛を刈り取る事ができ、衣類などの原料になっている。もちろん、お肉も美味。
他にも動物がいたりするんだけど、牧畜というよりペットに近い感覚で飼育されている子たちだからまたこれは別の話。
聖獣である天馬、天狼、天竜とは違うけど、同じ動物であることに変わりはない。私は毎日動物たちの世話に追われ、幸福感のある疲労に苛まれる日々を送っている。
「んまあああ羊ちゃんたち可愛いでちゅね!モフモフ最高んふふふふ…!」
「アメリア、モフモフも良いけど羊たち放牧するよ!」
「分かりました。」
「わああああ!いきなり冷静にならないで!」
休日の朝である今日は、双子たちもジョシュアも学校がないため、一緒に動物たちの面倒を見ている。私とコレッタとゾロンの2人と1匹で、数十頭いるヒツジたちを放牧していく。
「いつ見ても壮観だねえ、ゾロンのヒツジ捌きは。」
「うちの牧場で一番羊の扱いに慣れているのは、ある意味ゾロンだからね!」
コレッタは誇らしげにゾロンのことを語っている。あの日私を見つけて助けてくれて、ブランディ一家に会わせてくれたのはあのゾロンだ。私も、彼には頭が上がらない。…あれ?頭が上がらないのは私だけか?
「さてと、羊舎の掃除しようか。」
「はーい!先にアレクシスとデイビットが向かっていったよ!」
_アレクシス。
この牧場で働いている壮年の男性で、寡黙で真面目と評される人物。でも動物のことになるとデレるらしく、たまに笑顔を見せてくれるとはコレッタ談。
_デイビット。
この牧場で働いている若い男性で、私とそんなに年齢は変わらない。みんな口を揃えて『お調子者だけど憎めないキャラ』と言う。しかも獣医の資格も持っているとか。
◇◇◇
「あ、アメリアさんちっす!どもっす、今日は涼しいっすね!」
私の姿を見つけたデイビットが、帽子を上げて挨拶をする。私も軽く手を上げ、挨拶を返す。デイビットはこんな調子のキャラだけど、何故か他人のことを敬称をつけて呼ぶ。年齢とか関係なく、私はアメリアさんだしウィルマとコレッタはウィルマさんとコレッタさん。
アレクシスさんは奥のほうで、1人黙々と作業をしている。顔を上げたタイミングで目が合い、私は小さく会釈をする。
「あ、そうか。今日は休日だからコレッタさんもいるんすね。どもっす!」
「どもっす!そうだよ!ウィルマは牛舎にいる!」
デイビットとコレッタはハイタッチをして、拳と拳を合わせて挨拶をしている。私はそんな2人を、横で微笑ましく見守る。ディーナさん曰く、デイビットとコレッタはお調子者コンビだとか。
「アメリアさん、後でいっすか?」
「何かあった?」
「05番の調子が良くないみたいで。軽度だとは思うけど、水分不足かなって。後で一緒に見てもらえると嬉しいっす。」
言われて私は、羊の群れを見つめてみる。団子になってまとまっている集団、各々走り回っている個体、こちらを興味深そうに見つめている複数の目、などなど、みんな自由に過ごしている。そんな中に1頭、大きな木の下で動かない子がいることに気がついた。心なしか少し元気が無いように見えて、あれが05番かと理解する。
「本当だ。後で個別に様子を見てみようか。」
「流石アメリアさん!よろしくっす!俺も一緒に見ますから!」
そう言い残し、デイビットは奥にある自動トラクターの元に行く。給石口を開け、ガラガラと魔法鉱石を詰め込んでいく。
_魔法鉱石
魔法の力が詰まった特殊な鉱石で、ラルヴァクナ王国を始めとする一部の国で採掘、使用されている特殊なエネルギー源。キルベキア王国には流通しておらず、私も知識だけがある状態だったため、ここブランディ牧場に来て初めて目にして感動したのが懐かしい。
今買っている魔法鉱石はあまり質が良くないらしく、いつもより早く魔法が尽きてしまうのだとか。
私が把握している限り、この周辺国あたりには魔法というものが少ないながらも存在している。戦闘になったり魔法の力そのものに殺傷力のあるほどのものではないが、炎や水を操る力とか、簡単な治癒ができる人もいるらしい。私は会ったことないけど。
「動物たちに使える有益な魔法とかないのかな。」
「今それ研究中らしいっすよ。」
自動トラクターの設定を終えたデイビットが、私の独り言を拾った。
「もっと魔法が一般的なものになったら、法の整備も進むでしょうね。このままだと無法国家になりますし。」
いつもの軽快な声のトーンではありながらも、彼の言うことはすごく真面目で全うだった。私は魔法も法律も詳しくないけど、今のままでは適応できないのは確かだろうなと納得した。
そんな私の思考を他所に、自動トラクターはテキパキと与えられた仕事をこなしていく。汚れていた藁が回収され、地面が露出する。
(いけない、仕事に集中しなきゃ。)
私は頭を軽く振り、羊たちのご飯の用意に取り掛かるのだった。