第82話 そいつは拳銃を持って現れた
「随分と俺のことをコケにしてくれたな」
「お前、そんなもの持って何考えてんだ!」
「ワン!」
「ピキィ~!」
「マァ~!」
俺が声を上げ皆も抗議するように吠えるが於呂は動じない。何かヤバい気配を感じて俺もモコたちも警戒を強めた。
「ハッ、テメェみたいな雑魚が冒険者になれて俺がなれないなんて納得がいかねぇんだよ! おまけにジョブストーンまで奪っていきやがって!」
「それなら説明があった筈ですよ。もしそれが購入したものと証明できる物があればギルドで返金するとね」
冒険者になれないことを恨み節のように語る於呂。それに対し香川さんが答えた。
冒険者の資格なしと判断されるとジョブストーンが没収になるとは知らなかったが、よく考えたら登録無しで持たせておくわけにはいかないか。
「そんな話をしてんじゃねぇんだよ! なんで俺が不合格なんだって言ってんだ!」
於呂から怒りの声が上がった。例え没収されたとしてもジョブストーン分の保証はあるようだが、それでは納得出来ないらしい。
「貴方に適性がないと判断したからです。あのテストはその為に行いました。それに貴方の言動はとても冒険者として相応しいものではなかった。それだけです」
拳銃を持っていても彼女が動じることはなかった。凛とした声で於呂に現実を突きつける。
「お前、この状況わかってんのか? まさかただの脅しとでも思っているんじゃねぇよな?」
そう口にし於呂が銃口を揺らした。いつでも撃てるんだぞ、と暗に示してるようにも思えた。
「――そんなものモデルガンか何かなんだろう? 拳銃なんてそう簡単に」
俺が口にした瞬間、銃声がして床に野球ボール大の穴が出来た。こいつ、本当に発砲しやがった――まさか本物かよ。しかもこの威力……。
「これでわかったか? 言っておくがただの銃じゃねぇからな。魔導銃って奴だ。全くダンジョン様々だな。こんな楽しそうなモンが手に入るようになったんだからよ」
口角を吊り上げ於呂が言った。魔導銃だって? ダンジョンとも口にしているし、特殊な素材で作られた銃ってことか。
しかしそんなものが簡単に手に入るものなのか。いや、こいつがそもそもそういった世界に精通していて裏ルートで手に入れていた可能性もあるのか。
だとしても、講習にこんなものまで持ち込んでいるなんてマジでヤバい奴じゃないか。香川さんの顔をチラッと確認してみると額に汗が滲んでいるのがわかった。
彼女も心のどこかで拳銃が偽物かもしれないと思っていたのかもしれない。だけど本物となれば流石に強気ではいられないか。
「貴方の目的は何?」
「さて、どうしようかね。とりあえず奪うもんは奪いたいがその前に――あんたこの場でちょっと脱げよ」
「は?」
於呂がとんでもないことを口にした。思わず間の抜けた声を発してしまったぞ。香川さんに脱げとか一体何を考えてるんだ。
「…………」
「どうした? だんまり決め込めば許されるとでも思ったか。いいからとっとと脱げや!」
吠える於呂と視線を合わせる香川さん。この状況はかなりまずい。だが、於呂の意識が彼女に向いているなら――
「私が脱げば誰にも危害は加えないと約束出来る?」
「ま、そうだな。その後の態度次第では考えてやってもいいぜ。ただしすぐだ。今から10秒以内に行動に移せ」
「わかったわ」
於呂が命じると香川さんが制服のボタンに手を掛けた。於呂の視線が彼女の胸元に向けられ鼻の下が伸びている。これは――チャンスだ!
「ウォォオォォォオオオ!」
俺は於呂の意識が香川さんに向いている隙をついて奴に突撃した。このまま黙って彼女が辱めにあうところなんて見ていられるか!
「風間くん!」
「ワン!?」
「ピキィッ!?」
「マァッ!?」
香川さん、モコ、ラム、マールの声が聞こえるのと俺が於呂に飛びかかったのはほぼ同時だった。
「テメェ! ふざけやがって!」
そのまま於呂と揉み合いになり、俺は於呂の手から魔導銃とやらを奪おうと手を伸ばした。これさえ奪ってしまえば!
そう思った直後、耳をつんざくような轟音が轟き腹部に衝撃。一瞬何が起きたか理解出来なかった。だが直ぐに焼けるような痛み。口の中に鉄の味が広がり咳き込むと同時に赤い液体が吐き出された。
これは、俺の血、見ると腹部に風穴。撃たれた――そう気がついた時には俺の膝が折れ、床が急接近していた。
いや違う、俺が倒れているのか。ヤバい目がチカチカして意識が掠れていく。声を上げようにもゴボゴボと苦い液体が込み上げてきて声にならない。
まいったな。これはちょっとヤバいかも。だけどせめて皆は無事で、そう思って何とか意識を保ち於呂に視線を向けると、香川さんのハイキックが於呂の首にめり込んでいた。於呂は首が妙な曲がり方をしたまま吹き飛び、天井に叩きつけられていた。
ハハッ、なんだ彼女は十分強いじゃないか。これなら俺がわざわざ動くことなかったかななんて思いつつ、意識が急速に遠のいていった――