第7話 犬と犬
「きゃあっ!?」
何かがやって来る気配を察した瞬間、甲高い悲鳴が売り場に響いた。何事かと顔を向けると――
「ワウワウ!」
大型の犬が一直線に駆け込み、そのあとを女の子が必死で追っている。
「こら~! 待ってよ~!」
ようやく追いついた女の子が犬を抱きしめて「どうどう」と宥めた。
「はぁ、はぁ……ほんとに元気なんだから……」
直後、若い女性が肩で息をしながら俺の前に現れた。
「す、すみません……うちの犬と娘の紅葉が迷惑かけちゃって」
――紅葉が女の子の名前というわけか。とすると、この女性は母親。ずいぶん若くて綺麗な人だ。
「あぁ、だいじょうぶですよ。それより、そのワンちゃんは――」
「は、はい。家で飼っている菊郎といいます」
――菊郎。なかなかパワフルな犬だ。
「もう、勝手に走り回ったらダメだよ」
「ウォン!」
紅葉は菊郎にまたがったまま戻って来る。よほど懐いているらしい。
「ウォン?」
「ワフ?」
菊郎とモコが目を合わせ、不思議そうに見つめ合った。犬同士とはいえ、モコは二足歩行で菊郎より小柄。互いに物珍しいのだろう。
「――ウォン♪」
「ワプッ!?」
菊郎がモコの顔をぺろりと舐めた。モコは驚いて鳴き、俺の後ろへ隠れる。
「あはは、菊郎、その子を気に入ったみたい♪ ねぇお兄ちゃん、その子の名前は?」
紅葉は怖がる様子もなく尋ねる。子どもの順応は早い。
「この子はコボルトのモコだよ。よろしくね。モコ、ほら」
促すと、モコがそろりと前に出た。
「ワウ……」
「わぁ、かわいい~!」
紅葉が菊郎から降りてモコを撫でる。モコも尻尾を振り、すぐに打ち解けたようだ。
「よく懐いていますね。えっと……ジョブとかスキルのおかげなんでしょうか?」
「え? あ、はい。一応そうですが、モコが元々人懐っこいのも大きいと思います」
母親に聞かれ、とっさに取り繕う。――実のところ、俺はまだジョブを得ていない。
モコは単純に俺に懐いているだけだ。賢く温厚で、少し臆病なところがまた可愛い。だからテイムしていなくても問題はない。
「菊郎は元気そうですね。でも娘さんにはとても懐いているみたいで」
「うん! 菊郎はおじいちゃんが飼ってた大切な家族なんだよ。お姉ちゃんと紅葉にとって宝物なの!」
紅葉の言葉で察する。祖父はすでに亡くなったのだろう。
「お姉さんがいるんですね」
「はい、上に一人。紅葉の言う通り、菊郎は二人にとてもよく懐いているのですが……」
母親は少し口ごもる。
「えっとね、お姉ちゃん、そうぞく? で今忙しいの。だから紅葉が菊郎のお世話してるの!」
紅葉が張り切って補足し、母親は苦笑い。
「もう、紅葉ったら」
「聞いてまずい話なら、聞かなかったことにします」
「いえ、そこまで深刻ではないんです。ただ義父が急に亡くなって、まだ整理がつかなくて」
山の相続――管理が大変だから親族も放棄したがる気持ちはわかる。
「いけない、もう行かないと。つい話し込んでしまって」
「こちらこそ、楽しかったです。モコも喜んでいますし」
「うふふ、それなら良かった。モコちゃん、またね」
「モコちゃん、また遊ぼうね!」
「アオン!」
菊郎を連れた親子は笑顔で去っていった。
――そういえば、今お世話になっているダンジョンの山の所有者を最近見かけない。いい人だったし、一度挨拶しておいた方がいいかもしれない。けれど住まいまでは知らないんだよな。
その後、モコと店内を回り、必要そうな品をリュックに詰めていく。公園の一件もあるし、護身用に使えそうなツールもいくつか追加した。
結果、そこそこの出費になってしまった。退去費用でまとまった金はもらったが、このペースで使えばすぐ底を突く。今後は手持ちと相談しながら考えないとな――