第5話 モコとお出かけ
明朝、俺とモコはダンジョンを出てホームセンターに向かった。山を下り、徒歩で三十分ほど歩く必要があるが仕方ないだろう。
「ワウ♪ ワウ♪」
モコはご機嫌だ。ダンジョンを離れるのは初めてらしく、外の世界を見るのが楽しくて仕方ないといった様子。
「ワウ!」
「お~い。はしゃぐのはいいけど、はぐれないよう気を付けろよ」
モコは蝶を見つけて追い回す。二本足で歩き回る姿は、昆虫にじゃれる子犬そのものだ。
しばらくは楽しそうなモコを眺めつつ山を下りた。モコのおかげで道中はまったく退屈しなかった。
「ワンワン!」
モコが俺のズボンを引きながら吠える。視線を追うと児童公園があった。子どもたちが元気に遊んでいる。
「あそこに寄ってみたいのか?」
「ワン!」
好奇心旺盛なモコが遊具に興味を持ったらしい。案内板を見るとモンスター同伴可とある。
「少し寄ってみるか」
「ワンワン!」
俺の言葉にモコは大はしゃぎ。賢い上に可愛いなんて最高かよ。
「あ! 犬が二本足で歩いてる!」
「可愛い~! なにこれ!」
「俺、知ってる! モンスターだろ!」
公園に入ると、モコはあっという間に子どもたちに囲まれた。
「これ、お兄ちゃんのペット?」
「あぁ。俺の大事な友だちだよ」
「名前は?」
「モコだよ」
「ワン♪」
質問に答えながらモコの頭を撫でると、モコは嬉しそうに鳴いた。
「私も撫でていい?」
「モコ、どう?」
「ワオン♪」
モコが尻尾を振って許可。
「いいってさ。優しく撫でてあげて」
「わ~い、モコ~!」
「モフモフだ~!」
「気持ちいい~!」
子どもたちに懐かれてモコも嬉しそうだ。
「滑り台、一緒に行こうよ!」
子どもたちの誘いにモコは「ワオン♪」と元気に鳴き、滑り台の階段を器用に二本足でトコトコ登る。頂上で振り向き、ちょこんと手を振ってから勢いよく滑走。着地後は尻尾をぶんぶん振りながらブランコへダッシュ。子どもたちは歓声を上げ、芝生には笑い声が弾けていた。
俺はベンチに腰をかけ、その幸せな光景を眺めていた――その時だ。
「ンまぁ! なんザマスか!」
金切り声が公園に響く。角ばった眼鏡をかけた太めの女が眉をひそめ、こちらへノッシノッシと歩いてくる。真紅の服装で自己主張が強そうだ。
「ンまぁ! 一体どういうことザマスか! なぜ公園に汚らわしいモンスターがいるザマスか!」
どうやらモコに文句があるらしい。
「すみません。俺がモコの飼い主ですが、何か問題が?」
「ンまぁ! あなたがこの汚らわしいモンスターの飼い主ザマスか!」
「汚らわしい」と聞き、気分が悪くなる。
「ママ!」
「ンまぁ! 健太! そんな汚らわしいモンスターと一緒だなんて早くこっちへ来るザマス!」
モコと遊んでいた子どもたちの中に、この女の息子がいたらしい。
「ママ、モコはとてもいい子だよ!」
「ンまぁ! そんなモンスター、どんな病気を持っているか分からないザマス!」
なんて失礼な女だ。
「あの、少し失礼では?」
「ンまぁ! あんたは黙るザマス! 公共の場にモンスターなんて連れてきてどういうつもりザマス!」
「案内板にはモンスター同伴可と書いてありましたが?」
「ンまぁ! 生意気な飼い主ザマス! うちの旦那は議員事務所でスタッフとして働いているザマス!」
自己紹介の意図が分からない。
「とにかく、その“汚物”を連れてさっさと出て行くザマス!」
「さっきから聞いていれば……」
「言うことを聞かないなら警察を呼ぶザマス!」
警察となると厄介だ。俺は冒険者登録もジョブも持っていない。
「クゥ~ン……」
モコが不安げに俺を見上げる。
「ンまぁ! 汚らわしい! シッシ!」
「ワン! ワンワン!」
モコが吠えて抗議。利口なモコはこの女の悪意を察している。
「警察を呼んで保健所にも連絡するザマス!」
スマホを取り出したのを見て、俺は腹をくくる。
「――本当に警察を呼ぶのか? あんたが後悔するだけだぞ」
弱みを見せたら負けだ。
「ンまぁ! なんザマスその態度は!」
「こっちのセリフだ。ここはモンスター同伴可だ。警察を呼べば恥をかくのはあんただ。議員事務所で働く旦那にも迷惑だろうな」
女は目を見開き、動揺を隠せない。
そこへ、別の女の声が公園の入り口から飛んだ。
「ずいぶん威張ってるじゃないか」
金髪の美人――鋭い目つきが印象的だ。
「あ、あんたは鬼姫――」
女の表情が一変し、明らかに怯える。
「この公園はモンスター同伴可のはずだけど? 大黒さん」
「ンまぁ、そ、それは……」
鬼姫が詰め寄ると大黒の声が萎む。
「それと、弟の会社から借りた金、まだ返してないよな? 遊んでる暇があるなら返済の段取りをつけるべきじゃないのかい?」
「ヒッ! ご、ごめんなさいザマス!」
鬼姫に追い込まれ、大黒は肩を震わせて謝罪した。
「謝るのは私じゃないだろう?」
鬼姫が俺とモコに視線を向ける。大黒は震えながらこちらに頭を下げた。
「ぐぬぬ……し、失礼なことを言って申し訳ないザマス……」
「いや、分かってくれればいいです」
「ワン」
大黒は肩を落とし、息子の健太を連れて公園を去っていった。
……強烈な女だったな。それにしても、鬼姫には助けられた――