第43話 夕食もごちそうになりました
夕食の支度が整い、寄せ鍋を囲んで「いただきます」。檜の香りがまだ残る身体に、湯気と出汁の匂いがしみ込む。
「晴彦は酒もいける口かな?」
楓師範が徳利を傾ける。随分と打ち解けたからか、自然と下の名前で呼ばれるようになっていた。
「少しなら……」
「よし、遠慮するな。まずは一杯!」
盃を受け取り、俺も返杯。モコとラムは湯呑みで白湯をすすり「ワン♪」「ピキィ♪」と声を弾ませた。
鶏団子に秋月が山で採って来たという自慢のきのこ、月見さんが刻んだ山菜──出汁をまとった具が次々と鍋肌を泳ぐ。かと思えば、楓師範は牛乳瓶ほどの瓢箪を取り出し「山守秘伝の薬味だ」と豪快に投入。
芳ばしい香りにモコが鼻をひくつかせ、ラムはとろりと身を揺らして湯気を味わう。
「最初はどうなるかと思ったけど、お父さんも風間さんを気に入ってくれたみたいだね」
「うむ、根性がありそうだからな。だが娘の結婚は──まだ早いぞ!」
「だから誤解ですって」
俺が苦笑すると、モコとラムが慌てて「ワウ!」「ピキィ!」とフォロー。紅葉は「もう、お父さんっ」と頬を膨らませた。
月見さんは湯気越しに穏やかな微笑みを浮かべ、秋月の椀に白菜をそっと足す。家族の視線と湯気が交差し、腹も心も温まっていく。
「何だかこういうの、久しぶりな気がして心地良いですね。今日は山守家にお呼ばれして本当に良かった」
「それなら良かった。晴彦はご家族と離れて暮らしているのか?」
ふと俺の両親について楓師範から聞かれ、言葉を探してしまう。
「……いまは、いないんです」
とだけ返すと、卓が一瞬静まる。
「ならば、ここを自分の家だと思うといい。家族同然に鍛えてやるぞ!」
師範が背をどんと叩き、月見さんは「ご飯もいつでも食べにいらして」と優しく茶碗を差し出した。なぜか秋月は目を潤ませ「よかったね」と小声で囁く。
紅葉は腕を広げて「家族がふえたみたい!」と嬉しそうに跳ね、モコとラムは尻尾と体を左右に振って同調。
「ワン!」
「ピキュ~♪」
「そうだお兄ちゃん! モコちゃんやラムちゃんと一緒にここに住もうよ!」
紅葉が名案とばかりに言った。それは流石に難しいと思うけど、きっと純粋な気持ちで言ってるんだろうな。
「ごめんね。ダンジョンのことも気になるから――」
出来るだけ紅葉が傷つかないように説明した。モコとラムは残念そうだけど、ダンジョンが気になるのは本当だし、それはモコとラムも一緒だと思う。
「うぅ残念。一緒に暮らすなら遠足も一緒にいきたかったのに~」
「へぇ~遠足があるんだね」
「うん。今週の金曜日に陽輝山で登山遠足があるんだって」
陽輝山か。陰倉山の反対側にある山だな。あそこは登るのは比較的緩やかだし、子ども用の登山コースもあるから学校の行事で利用されるのはわかる気がする――
お腹も満たされ、そろそろお暇をと伝えるも、泊まっていけと強く誘われてしまった。
光栄ではあったけど、ここでもダンジョンが気掛かりなのでと伝えて丁重に辞去。かわりに後片づけを申し出ると、モコやラムも手伝い、皆も喜んでくれた。
別れ際、紅葉が小さく手を振る。
「モコちゃんたちにもまた会いたいな!」
「うん。また寄らせてもらうよ」
そう返すと、少女の笑顔が夜道の街灯より明るく見えた。
秋月の運転する車に乗り込み、俺とモコ、ラムは窓から手と前足を振った。
「また来てねー!」
「ワウワウ!」
「ピキィー!」
ヘッドライトが門を照らし、山守家の暖かな気配が後方へ遠ざかる。胸の奥に、あの湯気のぬくもりがまだ残っていた――。