第42話 皆でお風呂
道場での稽古を終えた後、楓師範に案内され、俺たちは広い浴室へ。白木の天井からやわらかな湯気が立ちのぼり、壁いっぱいに富士山の錦絵──まるで銭湯か温泉旅館だ。
「ここは客間の離れと同じくらい自慢でな」
楓師範が誇らしげに胸を張る。大人七、八人でも脚を伸ばして浸かれそうな浴槽は檜づくり。湯面がほのかに木香を漂わせ、モコとラムは目を輝かせて「ワン!」「ピキィ!」と小躍りした。
まず体を流し合う。モコは俺が腰を抱えて流してあげると、気持ちよさそうに目を細めて尻尾をフリフリしていた。
ラムは体表をぺたりと泡で包み込む。スライムの身体は石けん要らずかと思ったが、泡の弾力が心地いいらしく「ピキュ~♪」と喉を鳴らした。
いざ湯船へ。俺がモコを抱くと、前足で湯をかき「ワフ、ワフ」と声を弾ませる。ラムはぷかりと浮かび、クラゲのように半透明の身体をたゆたわせた。
湯の反射が薄青いゼリーに揺れ、宝石めいた煌めきが天井へうつる。それを見たモコが「ワン!」と鼻を鳴らし、湯面を跳ねてラムにちょっかい──やわらかな湯しぶきが月光に似た幻想的な輪を描いた。
「いい湯だろう? 地下から汲み上げた真水を薪で沸かしている。木の香は疲労を抜くぞ」
楓師範が湯で顔を拭い、胸板を打つ。俺も肩まで沈むと、檜の甘い匂いと稽古後の火照りが相まって、溜息がこぼれた。
湯上がりは互いに背を流し合う流れに。俺が師範の岩のような背筋をブラシで洗い、モコは小さな前足にタオルを巻いて俺の背をゴシゴシ。ラムはモコの背に張り付き、ムニッと吸盤のような切り口で泡を転がす。
湯船に再度浸かると、ラムが俺の背中に張り付いてじゃれついてくる。
「くすぐったいって、ラム……!」
「ピキュ~♪」──湯船から聞こえる笑い声と尾で湯をはねる音が、木壁にやさしく反響した。
のぼせる前に脱衣所へ。入れ替わりで秋月・紅葉・月見さんが現れる。
「いいなぁ、私もモコちゃんやラムちゃんと入りたかった」
紅葉が目を輝かせると、モコとラムは「ワン!」「ピキィ♪」と尻尾と体をフリフリ。どうやら“もう一湯”への意欲満々だ。
「また入りたいみたいだからお願いしていいかな?」
「もちろんだよ。二度風呂なんて贅沢だね」
秋月が笑い、月見さんは「お湯を少し足しておきますね」と帯を解く。その所作の美しさについ見惚れてしまい、慌てて視線を外した。
浴後、俺と楓師範が広間に戻ると、師範は「門下生が来る時間だが、夕食も食べていけ!」と快活に笑う。断ろうとしても「遠慮は毒だ!」と豪快に肩を叩かれ、結局、台所の手伝いを買って出た。
鍋の下ごしらえで包丁を握ると、秋月が「風間さん手際いい!」と目を丸くする。
「キャンプで鍛えられまして」
「むむ……私より早いかも」
軽口を交わしつつ、モコは器を抱えて食器棚へよちよち、ラムは菜箸をバトンのように運び、紅葉が「モコちゃんもラムちゃんもえらい!」と撫で回す。
湯気と笑い声が漂う食卓の準備が整い、山守家に夜の団欒が訪れようとしていた――。




